2年目 新しい春
第13話 キスのお味は卵サンド
13−1
4月初旬。新年度を迎え、春めいた陽気も加わって街はどこか浮足立っている。冬の間は殺風景だった街も今やあちこちで桜が咲き、制服に着られている新中学生や、就活そのままのスーツを着た新社会人がその下を行き交っている。期待に満ちた顔をしてる奴、逆で不安で不安で仕方がなさそうな奴、表情は人によって様々だが、みんな新しい生活に向けて一歩を踏み出していることは確かだ。
俺、
俺が今いるのは、下宿先から20分くらい電車に乗った先にある緑地公園だ。ピクニックなどもできる広々とした公園で、近所では桜の名所として知られている。ちょうど今は桜が見頃を迎えており、俺と同じ春休み中の学生や、家族連れの姿がちらほら見える。
ただ、普段の俺は花見なんてしない。基本人の多いところは嫌いで、花見の混雑ぶりをテレビで見るだけでもうんざりするくらいなのだ。
そんな俺が、どうしてわざわざ公園になんて来たのかと聞かれれば理由は1つ。人と約束があるからだ。
俺は公園の入口でそいつが来るのを待っていた。時計を見ると時刻は10時15分。待ち合わせは10時なのに相手はまだ来る気配がない。
「……あいつおっせえな。遅れるなら連絡くらいしろっての」
舌打ちをしつつズボンのポケットからスマホを取り出す。LINEを立ち上げて確認するが通知は来ていない。
「……寝坊したんじゃねぇだろうな。まだ家とか言い出したら帰るぞ」
普段の休みなら昼まで余裕で寝てるのに、今日はこの約束のせいで9時には起きないといけなかった。それで待たされたら自然と腹立たしくもなるが、一方で連絡が何もないことが少し不安にもなってくる。
「……ただ遅れてるだけだよな? 事故とか遭ったわけじゃないよな?」
あいつとは前にも一度出かけたことがあるが、その時もやはりあいつは遅れてきた。ただ、その時は単純に待たされたことに苛立っていただけで、今みたいに心配することはなかった。これはやっぱり、あの時からあいつとの関係が変わったことが原因なんだろうか。
俺がスマホの画面を見ながら考え込んでいると、前方から聞き覚えのある足音がした。スリッパを突っかけて走っているようなぱたぱたとした足音。聞き慣れたその足音は、ようやく待ち合わせの相手が到着したことを知らせてくる。
俺が顔を上げると、案の定の人間がそこにいた。身長150センチにも届かないくらい小柄な身体に、ソバージュの髪をした女。周囲を見回しながら小走りで進んでいたが、俺の姿を見るなりぱっと顔を明るくした。
「あ、涼ちゃん! ごめん遅れちゃって!」
小走りから全力疾走に切り替えてそいつが俺の元に駆けてくる。履いているのはスニーカーとはいえ、そんなにダッシュしたら転ぶんじゃないかと俺は冷や冷やしたが、そいつはつんのめりながらも転ばずに俺の前までやってきた。両膝に手を突いて息を切らし、俺はそいつのつむじを見下ろす格好になる。
「おせぇよ。待ち合わせ10時だって言い出したのお前だろ」
「ごめんごめん! 起きるのは早く起きたんだけど、服選んでたら遅くなっちゃって」
「確か前も同じようなこと言ってなかったか? 服くらい事前に決めとけよ」
「考えてたんだけどさー! やっぱり当日になったら迷っちゃって! やっぱりお出かけってなったら張り切っちゃうよね!」
「ならせめて連絡くらいしろよ。何かあったんじゃないかって心配しただろ」
「お? 涼ちゃんってばあたしのこと心配してくれたの? あたしが可愛すぎて知らない男の人に連れて行かれるんじゃないかって?」
「いや、そこまで具体的には思ってねぇけど……やっぱ気にはなるだろ。その……彼女なんだからさ」
未だにその単語を口にするのがちょっと恥ずかしく、照れくささをごまかすように頭を掻く。ようやく息を整えて顔を上げた彼女――喜美は最初虚を突かれた顔をしていたが、すぐに表情を綻ばせた。
「へへ……そっか! 嬉しいな! 涼ちゃんに心配してもらえて!」
手を後ろ手にした格好でうさぎみたいにぴょん、と跳ねて俺の隣に並ぶ。その立ち位置が周りに関係性をアピールしているようで、俺はまたしても少し気恥ずかしくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます