第14話 こころも満腹、とん平焼き

14−1

 GW明けの昼下がり。大学のキャンパス内はいつものように大勢の学生であふれている。新学期が始まって早1か月、大学生活に慣れてきた新入生はだんだん授業をサボり始め、就活を終えた4年生は社畜になる前の足掻きとばかりに遊んでいる。他にも真面目に教科書を持ち歩いてる奴、サークルの部室に入り浸ってる奴、授業そっちのけでコンパの相談をしてる奴、みんな思い思いの方法でそれぞれの大学生活を謳歌している。


 そんなごった煮のようなキャンパス内のある教室で、俺、笠原涼太かさはらりょうたは教室の端の席で帰り支度をしていた。


 今は一般教養の授業が終わったところだが、内容は半分も頭に入っていない。開始5分で睡魔に襲われ、そのままぐっすり睡眠を取ったからだ。大学生の多分に漏れず俺も授業を熱心に聞く方ではない。だから試験前に焦ることになるのだが、それでも90分集中して授業を聞くというのはなかなか辛いものがある。


 開いただけの教科書を鞄にしまいつつ後の授業のことを考える。今は4限目が終わったところで、この後授業の予定はない。バイトもないのでは夕方からはフリーだ。帰って寝るか、どっかで暇つぶしをするかと考えていると前から声をかけられた。


「よう、涼太じゃねぇか!」


 知った声に顔を上げる。同じ学部の友人、井川昌平いがわしょうへいが立っていた。


「よう、昌平。お前もこの授業受けてたのか?」


「いや、俺は隣の教室のやつだ。廊下歩いてたら涼太がいるの見かけてさ」


「そっか。っていうか会うの久しぶりだよな。3年なってから初めてじゃね?」


「あれ、そうだっけ? 確かに授業はかぶってないけど」


「うん。前会ったの確か3月ぐらいだったと思うし」


「そっかー。そんなに前かー。この1か月いろいろあったから気づかなかったなー」


「いろいろって、なんかあったのか?」


「それが聞いてくれよ! 俺、牛丼屋辞めたんだ!」


「え、マジで!?」


 意外すぎて大声が飛び出す。昌平は入学当初から牛丼屋でバイトをしているが、そこはかなりブラックな職場らしく、常に人が足りなくて店はワンオペ。トイレにも行けないような有様らしい。そんなに条件が悪いなら早く辞めればいいのにと俺はいつも言っていたのだが、昌平は環境を変えるのも嫌らしく結局2年以上続けていた。そのバイトをいきなり辞めたと聞かされたのだから、どんな心境の変化があったのかと俺は訝った。


「辞めたって全然知らなかったな……。いつ辞めたんだ?」


「3末。前にお前と会った1週間後くらいかな」


「結構急だったんだな。文句とか言われなかったのか?」


「やーめちゃくちゃ言われたよ。急に辞められても困るとか常識がなってないとかネチネチしつこくてさー。でも向こうも勝手にシフト入れたりしてんだからお互い様じゃね?」


「まぁな。でもなんで急に? お前環境変えるの嫌だって言ってなかった?」


「それはさ、お前のおかげだよ」


「俺の?」


「うん。涼太、前会った時に言ってただろ? 現状を変えたきゃ殻を割れってさ。あれがなんか妙に頭に残っててさ。俺も殻割らなきゃいけないかなって気になったんだ」


 確かにそんなことを言った気がする。人間は卵と同じで、殻の中にいろいろな可能性を秘めている。だから勇気を出して殻を割れば、今とは違う自分になれるかもしれない。柄にもなくそんな説教を垂れたことを思い出し、今更ながら少し恥ずかしくなる。

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