14−5
そこで急に前のカーテンがしゃっと開かれたので俺達は驚いて前を見た。客席と向かい合わせになった厨房に喜美が立っている。
「はい! おまちどおさま! それじゃあ今からとん平焼きの実演調理を始めます!」喜美が張り切って言った。
「おー待ってました! 楽しみー!」昌平が手を叩いて身を乗り出す。
「そういやお前、この店何回も来てる割に実演調理見るの初めてなのな」俺は言った。
「確かにな。まーあの時は料理より喜美さんが目当てみたいな感じだったから」
「……お前それ今もじゃねぇよな?」俺は小声で尋ねた。
「違うって! 今の俺は沙也加ちゃん一筋だから!」
「誰だよサヤカちゃんって」
「例のバイトの子! すげぇ可愛いんだぜ! 目くりっとしてリスみたいで……」
「あーわかったわかった。ほら、こいつがのろける前に早く作ってやれよ」俺は喜美に言った。
「はいはーい! じゃ、昌平君がそのサヤカちゃんと上手くいくように心を込めて作るね!」
喜美が気合いを入れるようにガッツポーズをする。最近の客はさっと食べてさっと帰る客が多いから実演調理をする機会も減っている。久しぶりに腕が鳴っているのだろう。
「ではレッツクッキング! 材料はシンプルに豚肉とキャベツ、それと卵だけ! 豚肉はバラ肉を使うけどなければ他の部位でもオッケーだよ!
じゃあまずキャベツを切っていくね! 切り方はざく切りまたは千切り! 自分が食べやすいくらいの大きさでオッケーだよ! 千切りにする場合でも触感は残したいからちょっと厚めで切ってね! 昌平君はどっちがいい?」
「うーんボリュームあるほうがいいから……ざく切りで!」
「りょーかい! ざく切りの場合はホントにざくざく適当に切る感じで行くよ! ただし芯のとこは硬いからちょっと細目に切るね!」
言いながら喜美がまな板の上でキャベツに包丁を入れていく。スパンスパンと軽快に食材が切られていく様は相変わらず見ていて気持ちがいい。
「キャベツを切ったら次は豚肉! 切り方は短冊切りか一口大くらいかな。キャベツと同じ大きさにした方が触感がいいから今回は一口大にするね! 4、5センチくらいに切ったら後は手で裂いちゃってもオッケー! 切れたら塩胡椒を振って下味をつけておくよ!
そこまで終わったらお次は卵! 1人分だと使うのは2個ね! ボウルに割り入れて、黄身と白身が均一になるまで混ぜるよ!」
喜美がまな板の前からボウルの前に移動し、卵を割り入れて菜箸で混ぜる。卵がシャバシャバ言う音や菜箸がボウルに当たってかしゃかしゃ言う音もまた小気味よい。
「卵混ぜる時ってだいたい均等にしろって言うよな」俺は言った。「確か卵焼きとかだし巻きとかもそうじゃなかったか?」
「そうそう! 涼ちゃんよく覚えてるね!」喜美が菜箸を動かしながら嬉しそうに頷いた。
「均等にしないと色がまだらになって見た目が悪くなっちゃうんだ。だからムラがなくなるまでよーく混ぜるのが基本!」
「でも親子丼だと逆に混ぜすぎたらいけないんだっけ」
「そうそう! 親子丼の場合は半熟を保つために卵の中に空気を入れるから、それには混ざりきってない方がいいんだ!」
「料理によって微妙に違うんだよな。一個一個覚えんの大変そうだ」
「でも涼ちゃんはちゃんと覚えてるじゃん! さっすがあたしが選んだ男!」
喜美が満面の笑みを向けてきたものの俺は気恥ずかしくなって視線を落とした。何も人前でアピールしなくたっていいだろうに。隣をちらっと見ると昌平がニヤニヤしながらこっちを見ている。だから来るの嫌だったんだよと早くも自分の選択を後悔したくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます