14−4
昌平が喜美と喋りたいと言ったので、俺達はカウンター席に座ることにした。喜美がお冷やとメニューを運んでくる。他に客がいないからか、喜美はそのまま傍の椅子にちょこんと腰かけて待っていた。
「にしても迷うなー」昌平がメニューを捲りながら言った。「どれもむちゃくちゃ美味そうだし……なんかお勧めとかあります?」
「どれもお勧めだよ! 出汁巻きはじゅわっと濃厚! オムレツはまろやかふわふわ! 天津飯は熱々とろとろ! 和洋中どれをとっても外れなし!」
「うわーそんなこと言われたら全部食いたくなる! なぁ涼太、お前はどれにすんだよ!?」
「オムライス」
「即答かよ! うーんでもマジで悩む……。どうせならがっつりいきたいけど……」
「何だったらメニューにない料理でもいいよ! 材料あったら作ったげるし!」
「……またお前はそうやって勝手なことする」俺は呆れ顔で言った。「メニューにない料理作ったら代金とか困るだろ」
「いいんだよ! お祝いなんだから! で、何かリクエストある? 昌平君」
「うーん……。じゃあ俺、とん平焼きが食いたいです!」
「とん平焼き? お前好きだっけ?」俺は尋ねた。
「ああ。あの豚肉と卵のがっつり具合がたまんねぇんだよ! それにちょっと名前似てるってのもあるし」
「どんな理由だよ……」
「で、どうですか喜美さん? とん平焼き、いけます?」
「うーん、卵はあるけど豚肉はあったかなぁ……。ちょっと待ってね、冷蔵庫見てくるから!」
喜美が椅子から立ち上がってとてとてと厨房に駆けていく。厨房と客席はカーテンで仕切られていたので中の様子は見えなかった。
「にしても喜美さんってやっぱいい女だよなー」昌平が感慨深そうに言った。「俺のためにメニューにない料理まで作ってくれるだからさぁ」
「まぁ料理人だしな。せっかくだし好きなもん食わせてやりたいんだろ」
「で、お前はそんな喜美さんの手料理を毎日食ってるってわけか。いいなー」
「毎日じゃねぇよ。バイトのまかないだけだし、せいぜい週3日くらいだ」
「十分だろ! でもやっぱいいよなー喜美さん、可愛いし料理美味いし性格もいいとか。ホントなんで今まで男いなかったんだろうな?」
「……さぁ」
気まずさを払うようにお冷を飲む。実際、昌平以外にも喜美を好きな奴はいた。そいつは喜美に弟子入り志願し、将来は夫婦食堂を経営するのが夢だとまで言っていた。そいつの件はもう片付いてはいるのだが、自分の彼女が男にモテている現状を見ると正直ちょっと心配になる。
「昌平君お待たせ!」喜美がぱたぱたと足音を立てて戻ってくる。「豚肉ちゃんとあったからとん平焼き作れるよ!」
「おっ、マジですか! じゃあお願いしてもいいですか!?」
「もっちろん! ちなみに実演調理もやってるんだけど見る?」
「実演調理?」
「うん! ほら、ホテルとかで目の前で料理作ってくれるやつあるでしょ? あれうちでもやってるんだよ!」
「へー面白そう! 見たいです!」
「じゃっ、そっちの準備もするね! あ、涼ちゃんはオムライスでいいんだっけ?」
「うん。俺は別に実演調理はいらない。いつも見てるしな」
「りょーかい! じゃ、ちょっと待っててね!」
喜美が再びとてとてと厨房に戻っていく。行ったり来たり忙しい奴だ。
「何だよお前、『いつも見てるしな』とか、暗にラブラブアピールしてるわけ?」昌平が冷やかすような視線を向けてくる。
「……いや違うし。バイトしてんだから見慣れるのは当たり前だろ」
「ふーん? にしてもお前ら付き合ってる割に前と変わんねぇのな。もっとこう、イチャイチャデレデレすんのかと思ったら全然そんな感じじゃねぇし」
「んなことしねーよ。第一俺のキャラじゃない」
「なーんだつまんねぇの。俺、喜美さんがお前に『あーん』とかしてくるんじゃないかって期待してたのにさ」
「……しねーよ。変なこと期待すんな」
仏頂面を作ってもう一回お冷を飲む。実際にはこの前の花見デートであーんもそれ以外もいろいろしてしまったのだが、それは絶対に秘密だ。
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