7−13

「あーあ、お姉さんが幸せになったのはいいけど、あたしの幸せはまだまだ遠いなぁ」


 喜美が天井を仰いで嘆くように言った。


「好きな人は全然振り向いてくれないし、他の女の人に鼻の下伸ばしてるし……あたしの愛が報われる日はいつ来るのかな?」


 言いながら喜美がちらちらと俺の方を見てくる。ようやく顔の火照りが引いた俺は、気恥ずかしさをごまかすように仏頂面を貫いていた。


「……俺に答えを求めるな。そもそも最初から期待するなって言ってるだろ」


「そうだけどさー、やっぱり人の恋愛見てると羨ましくなっちゃってさ。ほら見てよあのラブラブっぷり!」


 喜美がヘレン達のいるテーブルを指差す。ジョージはあれからオムライスを注文し、ヘレンと料理を食べさせ合っていた。確かに5年離れていたとは思えない熱愛っぷりだ。


「……あんな恥ずかしいこと人前でよくできるな」俺はテーブルから目を逸らした。「他に客がいないからって、店の中でイチャイチャすんなっての」


「お、涼ちゃんってば妬いてるね? お姉さんを取られて悔しいんだ?」


「……妬いてねぇよ。元々どうにかしようとも思ってねぇし……」


「そうだよね。涼ちゃんにはあたしがいるもんね! というわけでほら!」


 喜美がいきなり両手を広げる。俺は意味がわからずに目を細めた。


「いや、何が『ほら』なんだよ」


「ハグだよハグ! お姉さん達の真似! 涼ちゃん今人恋しいんでしょ? だったらカモン!」


「いやカモンじゃねぇよ。つーか仕事中だろ。客いるんだから仕事に専念しろよ」


「うわー、そういうこと言うんだ。あたしがこんなにギブミーラブプリーズしてるのに、涼ちゃんはそれをブレイクアンドスルーするんだ?」


「その意味不明な英語もいい加減止めろ。耳がおかしくなる」


「ちぇっ、つまんないの。涼ちゃんもちょっとくらいその気になってくれたっていいのにさ」


 喜美は拗ねたように言ってがちゃがちゃと調理器具を片づけ始める。音を立てているのはたぶんわざとだ。


 俺は疲れた顔でため息をつくと、今一度ヘレン達の方を見やった。ようやく料理を食べ終えた二人は、離れていた時間を埋めるようにゆっくりと話をしている。目を細めてお互いを見つめ合う姿は傍から見ても幸せそうだ。


(……確かにちょっと羨ましいけど、でもあいつが相手じゃな……)


 俺が喜美と向き合って座り、料理を食べさせ合ったり、うっとりとして話をする光景を想像してみる。が、気持ち悪すぎて10秒と続かないうちに映像を断ち切った。


(……余計なこと考えるのはよそう。俺にとってあいつはただのバイト先の店長で、それ以上の関係じゃないんだからな)


 俺は自分にそう言い聞かせると、自分も皿洗いを再開した。

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