13−12
「あ、でも……涼ちゃんは嫌だよね。人前でそういうことするの……。お昼ご飯の時もかなり嫌がってたし、これ以上わがまま言っちゃダメだよね……」
弱々しげに笑った喜美は、自己完結して何事もなかったように歩き出そうとする。
俺は少し迷ったが、ここは言わなければいけないと思った。
「……嫌、ではない」
喜美が足を止める。俺は言葉を探りながら続けた。
「……俺の方は正直あんまり付き合ってる実感なくて、つい今までみたいに冷たくしちまうこともあるけど、別にお前を嫌がってるわけじゃないんだ。ただ、どうしても慣れないから、恥ずかしいって気持ちがあるだけで……。
でも……、付き合ってる以上は……、ちゃんと彼氏らしいこともしたいとは思ってるんだ。手ぇつないだりとか、一緒に写真撮ったりとか、お前がしたいって思うことは、全部……。
だから……その、例のアレも、お前がしたいって言うんなら、別に……」
言ってるうちにどんどん顔が熱くなっていく。どうしてこんなに気恥ずかしいんだろう。女と付き合うのが初めてってわけでもないのに、喜美を相手にしてると中学生に戻ったみたいな気分になってくる。
「じゃ……じゃあ、いいの?」
「……うん。周りに人もいないし、ここなら、まぁ……」
「そ、そっか……。でもあたし初めてだから、あんまりやり方とかわかんないけど……」
「俺だって大して知らねぇよ。……まぁでも今日は初めてだし、軽くでいいと思う」
「う、うん……。じゃあえっと……目ぇ閉じるね……」
ご丁寧に宣言してから喜美が実際に目を瞑る。恥じらう素振りも、しおらしくなった言動も何もかもがいじらしくて、いっそこのまま抱きしめたくなる。でもそれは後回しだ。
身長150センチに満たない喜美と俺はそのままの位置では高さが合わない。俺は喜美の両腕に手をかけると、顔の高さが同じになるまで腰を屈めた。喜美は何かを我慢するみたいにぎゅっと目と口を閉じている。きっと初めてで緊張してるのだろう。緊張をほぐしてやれるほど俺も慣れてるわけじゃないけど、どうすればいいかの手順くらいはわかる。
閉じられた喜美の目と、結ばれた唇。そういうパーツを一つ一つ見つめた後、俺は少しずつ顔を近づけていった。直前で自分も目を閉じ、間もなく柔らかいものが口先で触れあう。卵サンドの名残なのか、唇は少しだけ、甘い味がした。
軽くと言いつつ5秒くらいはそのままでいたような気がする。俺はゆっくりと唇を離すと、改めて喜美の顔を見つめた。喜美も俺の方を見ていた。目は見開かれ、唇は少し震えている。今起こったことが信じられないみたいな顔だ。
「……こんなのでよかったのかな。あんまり上手くなかったかもしれねぇけど……」
「……ううん、十分。十分だよ涼ちゃん! っていうかこれ……夢じゃないんだよね?」
「夢じゃねぇよ。何ならもう一回やってやろうか?」
「いいいいいよそんなの! いいい一回で十分だから!」
顔を真っ赤にしながら喜美が身体の前で両手を振る。そんなに恥ずかしがられると逆に何回でもしてやりたくなるが、今はこの反応だけで我慢しておくことにする。
「……えへへ、でも嬉しかったな。桜の下でファーストキスなんてロマンチックだし。ありがとね涼ちゃん! さいっこうの思い出ができたよ!」
まだ少し顔を赤らめながら、照れくさそうに喜美が笑いかけてくる。弾けるような笑顔は今日見た中で一番眩しく、本当に嬉しかったことが伝わってくる。
その笑顔をもっと見ていたくて、俺は意識するより先に言っていた。
「……言っとくけど、この一回で終わりってわけじゃねぇから。たぶんこれからも何回もデートするだろうし、その時はもっと、彼氏らしいこともするから……。だからその、楽しみにしてろよ」
また気恥ずかしさが込み上げてくるのを感じるも、俺はなるべくはっきりとした口調で言った。
喜美はきょとんとしていたが、すぐに笑顔になって言った。
「うん! そうだよね! 次も、その次も、その次の次もいっぱいあるもんね!」
はしゃいだ声を上げて喜美が俺の手を握ってくる。俺も今度はためらわずにその手を握り返した。キスの熱が残っているのか、その手はさっきまでよりも温かかった。
「じゃ、今日は帰ろっか! ホント楽しかったし、来年も絶対一緒に来ようね!」
「ああ、そうだな」
つないだ手を振りながら俺と喜美は歩き出す。風が桜の木を揺らし、はらはらと舞う桃色の花びらが、俺と喜美を祝福するように優しく、柔らかく降り注ぐ。
来年、この桜を見る頃には、俺ももう少し喜美との関係に慣れているといい。手をつなぐことも、ツーショットを取ることも、恥ずかしがらずにできずようになっているといい。さすがにあーんをするのは気が引けるけど、それ以外のこと、抱きしめたり、キスしたり、そういうカップルらしいことは、ためらいなくできるようになりたい。
花の舞い散る公園を、俺と喜美は並んで歩いていく。
2人で迎えた初めての春。風に揺らめく桜の木々は、去年よりもずっと綺麗に見えた。
[番外編 キスのお味は卵サンド 了]
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