12−8

「いやーでもびっくりだね! まさか懐かしいお客さんが同じ日に来るなんて!」


 厨房に戻った喜美が卵焼きと出汁巻きを作りながら言った。調理をしている姿はやっぱり活き活きしている。


「しかも後日談まで聞かせてもらっちゃってさ! お客さんのその後を知れるなんてなかなかないし、あたしもう思い残すことないかも……」


 すでに終わりを迎えた気でいるのか、喜美が感慨深そうに呟いた。テーブル席に注文の品を運び終えた俺は、それを聞いてぼそりと口を挟んだ。


「……こんなもんじゃないと思うけどな」

「え?」


 喜美がきょとんとしているとまた引き戸が開いた。背の高い金髪の外国人女性と中肉中背の日本人男性が立っている。対照的なその2人組にはやはり見覚えがあった。


「あ、ヘレンさんにジョージさん! こんばんは!」喜美が顔を輝かせた。


「Hi,girl and boy.Long time no see! How are you?」ヘレンが英語で挨拶した。


「お久しぶりです。お二人ともお元気でしたか?」ジョージが通訳した。


「はい。あたしも涼ちゃんも元気ですよ! お2人も変わらずですか?」


「ええ、あれから間もなく一緒に住むようになりましてね。彼女は女優業が忙しく本国と日本を飛び回り、私の店も有り難いことに繁盛しています。おかげで会える時間は少ないですが、その分一緒にいられる時間を大切にするようにしています」


「そうですか! でもよかったですね! また一緒にいられるようになって!」


「はい。これも白井さんのエッグベネディクトのおかげです。あれがなかったら私は彼女と再会できませんでしたから」


 ジョージこと小川譲二おがわじょうじさんが言ってヘレンの手を握る。ヘレンはにっこり笑って手を握り返すと、俺と喜美に向かって「アリガトウ」と片言の日本語で言った。


 この2人が来店したのは去年の秋頃だ。料理人の恋人ジョージとヘレンは5年前に別れたが、ジョージのことを忘れられなかったヘレンは、ジョージの得意料理だったエッグベネディクトを食べて失恋の思い出に浸ろうとした。ヘレンのオーダーに応えて喜美はエッグベネディクトを作ったのだが、それがきっかけで2人は5年ぶりに再会した。今もラブラブな関係は続いているようだ。


「えーと、とりあえずお席にどうぞ! 今日もエッグベネディクトにしますか?」


「いえ、せっかくですので今日は他の料理をいただきます。彼女もあれから少しずつ日本食が食べられるようになりましたので」


「そうですか! じゃあせっかくなのでゆっくりメニュー見てください!」喜美が2人をテーブル席に案内しながら言った。


「にしても不思議だねぇ。何で今日に限ってこんなお客さんいっぱい来るんだろ?」


「言ってる間にもう1人来たぞ」


 俺が入口の方を指差して言った。髪型を洒落たボブカットにした中年の女性が1人で立っている。


「えーと……あれ、お会いしたことありましたっけ?」喜美が首を傾げた。


「ううん。私はここに来るの始めてよ。今日は笠原かさはら君が招待してくれたの」


「涼ちゃんが?」


「……小林さん、そういう余計なことは言わないでください」俺はぶすっとした。

「たまたま通りかかったことしてって言ったじゃないですか」


「あらいいじゃない。私久しぶりに連絡もらって嬉しかったのよ? 笠原君の彼女がどんな子かも見てみたかったし。思ってたよりずっと可愛い子ね?」


「……彼女じゃないですから。とりあえず座ってください。1人ですよね?」


「ええ。本当は旦那と子どもも連れてこようと思ったんだけど、あんまり一遍に押しかけても悪いかと思って」


「まぁ今日はその方がよかったですね。見ての通りかなり埋まってるんで」


「本当ね。笠原君、お客さんが減ってるなんて心配してたけど、この調子なら大丈夫そうね」


「だからそういう余計なことは……」


「はいはい。それじゃ案内してくれる? 笠原君のエスコートで」


 小林さんが悪戯っぽく言って俺の腕に手を乗せる。俺はため息をついた。久しぶりに会うのにこの人は相変わらずだ。

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