7−6

「なるほど、話は聞かせてもらいましたよお姉さん!」


 突然横からデカい声がして、俺は驚いて顔を上げた。オムライスの皿を両手に持った喜美がテーブルの横に立っている。


「……何だ、いたのかお前」


「あたしの店なんだからいるに決まってるでしょ!? せっかくオムライスができたから持ってきたげたのに、涼ちゃんってばお姉さんと喋るのに夢中で全然気づかないんだから」


「英語聞き取るのに集中してたんだよ。彼女、日本語は得意じゃないみたいだし」


「ふーん? そんなこと言って、本当は美人のお姉さんにのぼせ上がってたんじゃないの?」


「……のぼせ上がってなんかない。……まぁ、美人なのは認めるけど」


「ほーらやっぱり! どうりであっさり話聞きに行ったと思った! いつもなら『お前が行けよ』とか言うくせに、相手が美人だとすーぐ態度変えるんだから!」


「……うるせぇな。話せって言ったのはお前だろ」


 俺は気恥ずかしくなってヘレンと喜美の両方から目を逸らした。ヘレンがこの会話を理解していないことを心から願う。


「それよりお姉さん、あたしはお姉さんの気持ちがよくわかりますよ!」喜美がオムライスをテーブルに置きながら言った。「お姉さんは恋人との甘酸っぱい思い出を味わいたくてエッグベネディクトが食べたかったんですよね!? スイート、メモリー、アゲイン!」


「That’s right! Eggs Benedict is an important memory of me and George」


「そうですよね! 恋の思い出は女の子のインポータントですよね! ベリー、マッチ、アンダースタンド!」


「Wow.I’m glad you understand my feeling」


 ヘレンがさも嬉しそうに喜美に笑いかける。喜美は内容を理解していないはずなのにさもわかったような顔で頷いている。俺はなぜか敗北感がこみ上げてきた。


「まぁでも、どっちにしてもジョージとの思い出に浸るのは無理だよな。エッグベネディクトはメニューにないし……」


 ヘレンには悪いが、オムライスで我慢してもらうしかないだろう。でも、彼女に寂しい思いをさせたまま帰らせるのも忍びない。せめて他にエッグベネディクトを食べられる店を紹介しようかと考えていると、横から喜美の不敵な笑い声が聞こえた。


「ふっふっふっ……甘いよ涼ちゃん。あたしがこのまま終わる女だと思う?」


「は? 何の話だよ?」


「料理だよ料理! あたしはプロの料理人として、恋に悩めるお姉さんをほっとくわけにはいかないんだよ! イッツァ、プロフェッショナル、ソウル!」


「いやでも、実際どうすんだよ。エッグベネディクトはメニューにないだろ」


「ないなら作ればいいんだよ! ちょうど新メニュー欲しいと思ってたとこだし! トライ、アンド、ゴー!」


「はぁ……」


 ブロークンな英語で揚々とまくし立てる喜美を、俺はため息をついて見つめた。これはプロの料理人としての心意気なのか、それとも恋に悩める同志への応援なのか。


「そういうわけでお姉さん!」喜美が勢いよくヘレンの方を振り返った。「今は材料がないから作れませんけど、お姉さんが次に来る時にはエッグベネディクトを用意しておきますから! ネバー、ギブアップ!」


「Really? But I’m sorry for me……」


「大丈夫! あたしは恋する乙女の味方ですから! ラブ、イズ、ビューティフォー!」


「Wow,How happy! You are very kind!」


「いやぁそんな、明るくて可愛くて優しいだなんて褒めすぎですって」


 喜美が後頭部に手を当てて笑う。絶対そこまで褒めてないだろ。


「じゃ、とりあえず今はオムライスどうぞ!」喜美が両手でプレートを指し示した。「ジョージのエッグベネディクトには負けるかもですけど、こっちもベリーデリシャスですから!」


「OK.This omelet rice looks very delicious」


「見た目だけじゃなくて味もグーですよ! じゃ、ゆっくり食べていってくださいね!」


 喜美はにっこり笑って厨房へ戻っていく。ヘレンは嬉しそうに目を細め、そっとスプーンを手に取ってオムライスを口に運ぶ。


 すっかり蚊帳の外に置かれた俺は、半ばふて腐れた気持ちでテーブルを後にしたのだった。

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