第16話 もらって嬉しい、気持ちとエッグマフィン

16−1

 7月中旬。大学では前期の授業が終わり、間もなくテスト期間を迎える。図書館や食堂には大勢の学生が詰めかけ、綺麗なままのテキストやレジュメを漁りながら一夜漬けに精を出している。サークルに入ってる奴の間では過去問という名の虎の巻が出回り、そうでない奴は山勘を張り、それぞれが単位取得という死活問題に向けて奮闘している。


 そんな熱意あふれる学生が集まる大学の食堂で、俺、笠原涼太かさはらりょうたは端っこの席を陣取っていた。机にはプリントが散乱しており、俺はその上に突っ伏していた。他の奴がこの光景を見たら、張り切ってテスト勉強を始めたものの、開始五秒で挫折して睡眠学習に切り替えたようにしか思えないだろう。


 だけどそれは不正解。俺はそもそもテスト勉強をしているわけではない。


「あれ、涼太だよな?」


 上から声が振ってきて俺は突っ伏していた顔を上げた。友人の井川昌平いがわしょうへいが、立ったまま俺の顔を見下ろしている。


「あ……昌平か。今から飯?」


「いや、勉強しようと思って場所探してたんだ。図書館行ったけどもういっぱいでさ」


「ふうん。何ならここ座るか?」


「いいのか?」


「うん。俺寝てただけだし」


「そっか。サンキュー」


 昌平が俺の向かいに座り、鞄から筆箱とレジュメを取り出す。レジュメには書き込みが一切ない。こいつも授業中は睡眠学習をしているのだろう。


「にしてもだるいよなーテスト」昌平が背もたれに身体を預ける。「テストとか高校までで十分だろ。なんで大学来てまで受けなきゃいけないんだよって感じじゃね?」


「それは俺も思う。こっちは単位さえもらえりゃそれでいいんだけどな」


「それな。しかも3年なったら専門増えて、出席点ない授業も結構あるんだよなー。こっちとしては真面目に授業出たことを評価してほしいんだけど」


「それな。1限目の授業とか出るだけで100点だろって感じ」


 学生特有の勝手な理屈をこねくり回しながら昌平と俺は喋り続ける。こんな風にだべっていては勉強がはかどるはずもないのだが、それも含めての相席だ。


「そういやお前は何の勉強してんの? パンキョ?」


「……あ、いや、違う。つーか俺、実は勉強してるわけじゃなくて……」


「あれ、そうなのか?」


「うん。ちょっと調べ物してたんだ」


「調べ物って、何の?」


「それは……」


 何となく言いにくくて黙り込む。昌平は怪訝そうに眉を顰めたが、そこで机の上に散らばっているプリントに目を止めた。近くにあった一枚を手に取って読み上げる。


「何だこれ? 『女子100人に聞いた、もらって嬉しいプレゼントベスト10……』」


「あ、こら! 見るな!」


 慌ててプリントを昌平の手からひったくる。他のプリントも裏返して隠すも、昌平はすでに事態を悟ってしまったようで、意味ありげににやっと笑った。


「はっはーん。わかったぞ涼太! お前喜美きみさんへのプレゼント探してんだろ!」


「それは……」


「隠すなよー! 何だよお前、勉強そっちのけで彼女への貢ぎ物探しかー!? 熱いねーこのこの!」


「……そのウザい絡み止めろ」


 片肘で突っついてくる昌平を前に一気に疲れが出てため息をつく。なんで俺はこの状態で相席しようなんて言ってしまったんだろう。寝起きだったこともあって完全に油断していた。

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