第10話 はんなりほっこり親子丼

10−1

 1月3日。先週までクリスマス気分に包まれていた街は一転して正月モードに切り替わっている。店先にはしめ縄や門松と一緒に「謹賀新年」のポスターが飾られ、デパートはこぞって新春セールを開催している。テレビを点ければ着物を着た芸能人が登場し、一週間で忘れてしまうような新年の抱負を語っては、やたら時間が長いだけの番組をだらだらと垂れ流している。


 そんな浮かれムードの正月の中、俺、笠原涼太かさはらりょうたは疲れた顔で神社の境内を歩いていた。元日でなくても初詣に来る人は多いらしく、境内は人でごった返している。俺は人混みが嫌いなので正直初詣も気乗りしないのだが、姉ちゃんと母さんがうるさいので毎年付き合わされている。


「あー、やっと終わった! お詣りするだけで20分くらい並んじゃった」


 そう言って人混みから抜けてきたのは俺の姉ちゃんである笠原美香かさはらみかだ。黒いダウンジャケットにスキニージーンズを合わせているせいで元々高い背が余計に高く見える。


「本当。日にちずらしたら人減るかと思ったけどやっぱり多いわねぇ。みんな考えることは同じなのかしら」


 姉ちゃんに続き、俺の母さんである笠原敏子かさはらとしこが人混みを抜けて現れた。手を擦り合わせながら背中を丸めているので小柄な身体がますます小さく見える。


「でも涼太、あんたお詣りしなくてよかったの? せっかく初詣きたのにもったいない」姉ちゃんが言った。


「俺はいいよ。別に願い事とかないし」


「ふーん? 相変わらず欲がないのね。あたしはばっちりお願いしたわよ! 今年こそ結婚できますようにって!」


「それ、去年も言ってなかったか? 確か一昨年も……」


「うるさいわね! 今年は本気なのよ! だってあたしもう30だし、今年逃したら一気にチャンス減るんだから!」


「でも、2年連続で叶ってないんだったらお詣りしても意味ないだろ」


「あれはお賽銭が足りなかったせいよ! だから今年は奮発して100円入れたんだから!」


 いや、奮発して100円ってケチすぎるだろ。そもそも姉ちゃんが結婚できないのは絶対賽銭の額のせいじゃない。が、正直に言ったところで殴られるだけなので黙っておいた。


「美香は相変わらず張り切ってるわねぇ」母さんがのんびりと言った。「私は毎年同じで、家族が1年健康で過ごせますようにってお願いしたわ。それが一番大事だもの」


「といいつつ、父さんはいきなり病気になってるけどな」俺は突っ込んだ。「この神社って御利益ないんじゃないか?」


「もう涼太ったら、そんなこと言っちゃダメよ。神様だって忙しいんだから」


 母さんが窘めるように言う。俺の父さんは単身赴任中で、本当は正月に帰ってくるはずだったのだが、よりによって大晦日にインフルエンザにかかってしまったのだ。今は常備薬を飲みながら家で安静にしているらしい。


「さ、お詣りも済んだし後はおみくじね。今年こそは大吉当ててやるんだから!」姉ちゃんが意気込んでガッツポーズをした。


「当てるとかそういうもんじゃないだろ。商店街の福引きじゃねぇんだぞ」


「だって去年は凶で、その前は大凶だったのよ? さすがにそろそろいいの当てたいじゃない」


「二年連続凶ってのも逆にすごいけどな。俺は両方中吉だったけど」


「ふん、無難なあんたにはお似合いってとこね。でも今年は負けないわよ! 絶対あんたよりいいの引いてやるんだから!」


 だからそんなところで張り合ってどうするんだよ。そもそも俺はおみくじの運勢なんて信じてないし、大吉だろうか大凶だろうがいつもと同じ1年を送るだけだ。でも引かないと姉ちゃんがうるさいので一緒に列に並ぶことにした。

 この神社のおみくじは箱に入ったおみくじの中から好きなものを選ぶタイプで、姉ちゃんは紙の手触りから大吉を探り当てようと難しい顔で箱に手を突っ込んでいた。俺はどれでもよかったので、最初に触ったものを適当に取り出した。


「さぁ、今年の運勢はっと……末吉? 大吉じゃないの?」姉ちゃんが顔をしかめた。


「よかったじゃん。3年連続凶じゃなくて」


「そうだけど……でも末吉って微妙よねぇ。で、あんたは?」


「中吉。まぁいつも通りだな」


「何よつまんないわねぇ。1回くらい大凶引きなさいよ」


「正月から大凶引く奴なんて滅多にいねぇよ。よっぽど日頃の行いが悪いんだろ」


「あんたそれ喧嘩売ってるわけ?」


 姉ちゃんがじろりと俺を睨んでくる。俺はごまかすようにおみくじに視線を落とした。


「内容もだいたいいつも通りだな。失せ物:出ず。旅行:東の方角に吉あり。学問:努力すれば成す。別に変わったことは……」


 俺は気のない顔でおみくじの文面を眺めていたが、ある点で目を留めた。いつもはスルーする『恋愛』の項目だ。『恋愛:身近に良縁あり』


「身近に良縁ありぃ? 何であんただけ!?」


 上から声が振ってきて俺は急いで顔を上げた。姉ちゃんが険しい顔をして俺のおみくじを覗き込んでいる。


「いや人のおみくじ勝手に見んなよ。自分の見ろよ」俺は慌てておみくじを背中に隠した。


「だってあんたが変な顔してたから。っていうかあたしのおみくじひどいのよ! ほら見てよ!」


 姉ちゃんが憤然として俺に自分のおみくじを見せつけてくる。俺はその文面を読み上げた。


「えーっと、待ち人:来ず。縁談:来ず。恋愛:運気なし……。こりゃひどいな。恋愛方面全滅じゃん」


「そんなはっきり言わなくてもいいでしょ! っていうか何でこんなに悪いの!? これホントに末吉なの!?」


「でも他はいいぞ。病気:回復。商い:繁盛。争事:勝つ。恋愛以外は完璧じゃん」


「恋愛が悪かったら意味ないの! せっかくお賽銭100円も払ったのに!」


 姉ちゃんが悔しそうに叫んでおみくじの左右の端を持って引っ張る。そのままおみくじを破るんじゃないかと見ていて冷や冷やする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る