1ー3
「まずはチキンライスを作ります。用意するのは鶏もも肉と玉ねぎ、それに解凍したご飯ね! 鶏もも肉は1枚を2分の1、玉ねぎも2分の1、ご飯は200グラム使うよ!」
喜美がラップに包まれた鶏肉と玉ねぎを冷蔵庫から取り出し、調理台まで持ってきた。次いでボールに入れたご飯を隣に並べる。何か3分クッキングを見てるみたいだな。
「鶏肉の皮はカロリーが高いから取っておくね! それと脂肪や筋が残ってると触感が悪くなるから、極力取り除いておくよ! その後で肉を2センチ角くらいに切るよ!」
喜美がまな板の上ですぱんすぱんと鶏肉を切り刻んでいく。この辺りはやっぱりプロだな……と俺は手際のよさに感心する。
「鶏肉が切れたら、下味として塩胡椒をもみ込んで……次は玉ねぎをみじん切りにするね!」
喜美が玉ねぎを刻み始めた。とんとんという小気味よい音が響く。
「材料が用意できたらフライパンにバターを投入! 香りが立ってきてから玉ねぎを入れるね! 甘味が出るように、しんなりするまで炒めてね! 火加減は中火で!」
「あれ、バター使うんだ? サラダ油とかじゃなくて?」
「バターの方が風味が出るからね! なければ油で代用しても大丈夫
だよ! ただし鶏肉からも油が出るから、量は控え目にね!」
確かに、バターが溶けるにつれて香ばしさが広がってくる。調味料一つで違うものなんだな、と俺は素直に感心した。
「玉ねぎが透明になってきたところで、今度は鶏肉を投入するよ! 焼き色が付くまでしっかり炒めるね!」
鶏肉が入れられると、じゅわっという音がしてみるみる油が広がっていく。音からして美味そう……俺は腹の虫が鳴りそうになるのを堪えた。
「鶏肉の片面に焼き色がついたら裏返して……中まで火が通ったらもう一度塩胡椒をして、それからケチャップを入れるよ! この時、しっかり水分を飛ばすのがポイントね!」
「何で水分飛ばすのがポイントなんだ?」
「水分が残ったままだと、ご飯入れた時にべちゃっとした仕上がりになるんだよ。だからこの段階でしっかり炒めておくのが大事なんだ!」
「へぇ……ちょっとした工夫で変わるものなんだな」
フライパンではケチャップが沸々と煮え立っているが、喜美はまだご飯を入れようとしない。タイミングを計っているのだろう。こんな見た目でもプロなんだな……と俺は三度感心する。
「さて、そろそろいいかな?」1分ほど経ったところで喜美が言った。
「水分が飛んだら、いよいよご飯を投入するね! ご飯は逆に水分を残しておきたいから、炒めすぎないように注意ね! 軽くかき混ぜるくらいで十分だよ!」
喜美がボールに入れた白ご飯をフライパンに落とした。それからゴムベラで全体を混ぜ合わせる。ケチャップの酸味が鼻孔をくすぐり、俺はまた腹の虫が鳴りそうになるのを堪えた。
「さて、これでチキンライスは完成! 後は別のフライパンで卵を焼いていくよ!」
おお、いよいよか――。喜美の実演調理にすっかり夢中になった俺は、首を伸ばして続きを眺めようとした。
「卵は多めに3個使うね! ボールに割り入れてかき混ぜるんだけど、この時白身を切るように混ぜると全体が均一になりやすいよ!」
喜美が菜箸をかちゃかちゃ言わせながら手早く卵をかき混ぜていく。やみくもに混ぜればいいってもんでもないんだな。
「卵が混ざったら、フライパンにバターを入れて温めるよ! バターが溶けたらいよいよ卵液を投入……するんだけど、この時フライパンを揺らしつつ、固まったところから混ぜていくのがポイントね!」
「何でわざわざ混ぜるんだ?」
「その方が火の通りが均一になるんだよ。混ぜないといつまでも柔らかい部分が残ったままだし、かといって全体に火通るの待ってると、今度は最初に火通った部分が固くなっちゃうからね!」
確かに俺の母親も、卵が固まるのが遅いといった次の瞬間には焼き過ぎたと文句を言っていた。簡単なようで、意外と気を遣う食材なのかもしれない。
「半熟状になったところで火を止めるね! それからチキンライスを乗せていくんだけど、巻きやすいように、一センチくらいは卵の面積を残しておくね!」
喜美がいそいそとチキンライスを卵の入ったフライパンに移していく。オムライスの完成は近い。俺の腹の虫も限界だ。ごくりと唾を呑んで続きを見守る。
「さぁ、いよいよ仕上げに入るよ! 卵をチキンライスに巻いていくんだけど、ここではゴムベラを使うね! 卵の端をフライパンから剥がして、切れないように慎重に巻いていくよ……」
喜美が急に真剣な表情になると、慎重な手つきで卵を剥がし始めた。プロだからまず失敗なんてしないだろうに、何故か俺まで緊張してくる。剥がした卵をゆっくりとチキンライスの上にかぶせ、フライパンを手首で返して形を整え……。
「……はい、完成! 『たまご食堂特製・ふわとろオムライス』の出来上がりー!」
喜美が破顔して綺麗に包まれたオムライスを見せつけてきた。俺は思わず安堵の息をつく。
「これをお皿に移してって……っと、ケチャップはどのくらいかける? 何ならメッセージでも書いてあげよっか? 『涼ちゃんへ 愛をこめて』とか」
「いらん」
俺は一蹴した。喜美は「ちぇー」と言うと、M字型にケッチャプをかけ始めた。料理中はプロの顔だったのに、この言動はやっぱり未成年としか思えない。
「はーい。じゃ、お待たせしました! 『たまご食堂特製・ふわとろ』……」
「わざわざ正式名称で言わなくていい! 腹減ってんだからさっさと食わせろ!」
「もー、恥ずかしがることないのに」
喜美は唇を尖らせると、厨房から回り込んで客席の方に来て、俺の前にオムライスを置いた。綺麗な黄色をしたオムライスは、確かにふわとろ……。俺は慌てて首を振ると、スプーンを手にしてオムライスに切り目を入れ始めた。チキンライスと一緒に掬い、口に運ぶ。
途端に俺は目を見張った。水分の残ったチキンライスはふんわりとしており、それでいてべちゃべちゃとした触感はない。鶏肉からはじゅわっと肉汁が溢れ、取り残した小骨や筋はなく口腔内に不快さを感じさせない。極めつけはやはり卵で、半熟状を保った卵液がチキンライスととろりと溶け合い、絶妙な舌触りを演出している。焼き過ぎて固くなった部分はどこにもなく、舌の上で絹を転がしているような絶妙な質感は、まさに『ふわとろ』の名に相応しいものだった。
「ふふん、その顔からするに、気に入ってくれたみたいだね? 『ふわとろオムライス』!」
急に横から声がして、俺はオムライスをかっこんでいた手を止めた。いつの間にか隣の席に座り込んでいた喜美が、不敵な笑みを浮かべて俺を見つめていた。
「ま、まぁな……。別に対して期待してなかったけど、思ったよりはいけるな」
「またまたぁ。素直に言えばいいじゃない。『美味しくて舌が飛び出そうです』って!」
「それを言うなら『目玉が飛び出る』だろ」
俺は呆れ顔で言うと、再びスプーンを動かし始めた。厨房に引っ込んでいればいいのに、なぜか喜美は席を立とうとしない。
「……あのさ、そうやってずっと見てられると落ち着かないんだけど」
「そう? でも、自分が作った料理食べて、お客さんがどんな反応するか見たくない?」
「知らねぇよ。飯食う時くらい一人でゆっくり食わせろ」
「しょうがないなー。じゃ、あたしは奥で洗い物でもしてるから、お勘定の時声かけてね!」
喜美はそう言って立ち上がると、ぱたぱたと厨房に引っ込んでいった。腕はいいのにうるさい奴だ。
邪魔者がいなくなったところで、俺はじっくりとオムライスを堪能することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます