15−2

「そ、そっか……。よかった……」喜美がほんのり顔を赤らめる。

「で、でもそう考えたらさ、今日みたいに暇なのも悪くないかもね……。だってお客さんがいないってことは、その分涼ちゃんと長いこと二人っきりでいられるってことじゃん?」


「それは……まぁ、そうだけど」


 言われてみれば、このシチュエーションってかなりおいしいんじゃないだろうか。普通のデートだったらどこに行っても周りの目があるが、ここにいるのは俺と喜美二人だけだ。雨がひどいので通行人もおらず、中で何をしていても見られることはない。


 喜美も同じことを考えたのか、俺の方をちらりと見上げると言った。


「ね、涼ちゃん……。ちょっとだけ、しちゃダメ?」


 恥じらいを見せつつ、上目遣いにそんなことを言ってくるものだから俺の心は激しく動揺した。普段食堂にいる時の喜美は仕事熱心で、彼氏が一緒に働いているからといってイチャついてくるような真似はしない。だからこそ今みたいなことをされると破壊力が半端じゃなく、俺は必死になって自制心をかき集めないといけなかった。


「……い、いや、それはまずいだろ。客来たらどうすんだよ」


「うーん……。大丈夫じゃない? こんなに雨ひどいんだしさ」


「天気悪いからって客来ねぇとは限らねぇだろ。見られてネットにでも書き込まれたらシャレにならねぇぞ」


「うーん……。まぁそうだよね。やっぱりお店の評判下げちゃうのはまずいよね」


 自分を納得させるように喜美は言ったが、まだ少し残念そうだった。そんな顔をされると俺は自分が悪いことをしたような気分になった。


「つーか急にどうしたんだよ? 今までのバイトの時はそんなこと一回も言ってこなかったのに……」


「うーん……そうなんだけど、なんか今日はそういう気分になっちゃったっていうか……」


「とりあえずバイト終わるまでは我慢しろよ。その後でならいくらでもしてやるから」


「う、うん……。でもね涼ちゃん、あたし、できれば今してほしくて……」


「……いや、でも……」


「お願い。一回だけでいいから……ね?」


 小首を傾げて見つめてくる喜美の破壊力がまた半端じゃない。男の経験がないのが嘘なんじゃないかと思えるくらい的確にツボを突いてくる。俺だって道徳の教科書じゃないんだから、彼女にこんな甘い顔でおねだりされて抗えるはずもない。


「……わかった。じゃあ一回だけだぞ」


「……うん。ごめんね、わがまま言っちゃって」


「……いいよ。その方が……俺もわざわざ来た甲斐があるし」


 こんなおいしい思いをできるなら台風の中でも余裕で出かけていける。俺はそんなことを考えながら、目を瞑った喜美の頬に手を当て、少しずつ自分の顔を近づいていった。

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