水計

── 水計 ──




「目標! 敵船左前方鉄甲船一番艦!! 全艦隊我に続け!」



小田大海将の作戦は九鬼水軍の鉄甲船1隻を全艦隊の大筒で狙い撃ちをして機能不全に陥れる作戦であった、如何に鉄板で覆われた耐久性のある頑丈な船であってもその鉄板を全艦隊から打ち出される砲撃に対して相当のダメージを与える事で鉄甲船からの攻撃は出来なくなると考えていた。


三家の海軍がたった一隻の鉄甲船に列をなして襲い掛かる、先頭は3000石船7隻とそれに引き続き1000石船24隻、500石船70隻、300石船70隻から怒涛の艦砲射撃が始まった、対する九鬼水軍はこれまで威嚇だけの艦隊行動であった事から初動の動きが全く出来ずに一門の砲撃すら出来ずに鉄板で覆われた船の板がひゃげ折れ曲がり凸凹となり無残な姿となった、最後は30石船420隻が船足を生かしボロボロとなった鉄甲船の周りを周回し石火矢で甲板上にある曲輪等楼閣の全てを燃し時間の経過とともに沈没は免れない鉄屑となった。



「次は隣り敵二番に襲い掛かる! 艦砲射撃狙いを定めよ!!」



九鬼水軍の残り11隻は一番艦が攻撃された事を知り急ぎ帆を上げ迎え撃つ態勢を整えようと漕ぎ手の水手に指示を出すも重量のある鉄甲船は初動の動きは大変に遅く目標とされた左側2番目の艦に三家の海軍が襲い掛かった、小田原の海域沿岸部で封鎖していた村上水軍も九鬼水軍が襲われている事を知り急ぎ救援に向かう事に、村上水軍の母船は500石船が8隻、300石船が12隻、30石船~50石船が約400隻あまり、数では決して劣っていない。


村上水軍は、瀬戸内海で活動した水軍(海賊衆)である、その勢力拠点は芸予諸島を中心とした中国地方と四国地方の間の海域であり、大まかに能島村上家、因島村上家、来島村上家の三家水軍から成る。


宣教師のルイス・フロイスは、村上水軍を日本最大の海賊と呼んでおり、危険な集団と記録が残っている、瀬戸内海を訪れたときに『日本史』に次のように記します。


その島には日本最大の海賊が大きい城を構え、多数の海賊と領地、船を持ち、獲物を襲っていた、強大な勢力を有していた、海辺の人々は、彼らを恐れるあまり、毎年、貢物を献上していた、という内容が記されている、戦国期における最大の海賊集団が村上水軍と言っても良いであろう、ただ村上水軍が活動していた海は主に内海であり外洋ではなかった、又、主な武器は火矢と焙烙玉を敵船に投げ入れての攻撃であり大筒を搭載している船は母船だけであった。


三家の海軍と関白の水軍にて海戦が行われている頃に富士川のやや上流で誰にも知らぬ間に堤が作られていた、堤を作り水を貯めていた者とは富士川太郎が率いる河原者達であった、太郎は富士川を渡る橋は二度壊して関白側に仕返しとばかりに行う事は河原者達に許可していた、但し三度目は行ってはならないと厳命していた、その理由は三度目は橋だけでなく具体的に関白側に被害を与えようと策を練っていた、太郎は家康の嫡子として育ちそれなりに幼少期より軍略など学んでおり水攻めの効果は知識の上では知っていた、那須資晴との出会いもあり、ここはもうひとつ暴れる事を実行する事にした。


富士川は、流域の約90%が急峻な山地で、3,000m級の山々に囲まれた日本を代表する急流河川であり水量も豊富であり現代では水力発電などの施設も多数設置されている、その富士川の支配者とも言うべき太郎が堤防を作り水攻めを行う準備をしていた。


海戦が進む中、富士川河川敷で徒過を巡る戦いに異変が生じる事に、それは半兵衛が最初から河川敷に生い茂る葦に事前に油を撒き火計が出来るように下準備をしていたのであった。



「敵の盾兵と鉄砲隊が渡り切り足軽も集まり始めております、何時でも石火矢を放てます!!」



「3隊全部で8000あまり集まっている様であるな! 少し懲らしめるのに丁度良いであろう! 石火矢を放つが良い!!」



一斉に富士川河川敷に集結している関白勢に向けて石火矢が放たれる事に、石火矢は焙烙玉が矢となって地面に突き刺さり炸裂する、筒の中に入っていた油が飛び散り燃え広がる、火炎瓶の炸裂版といった武器である、この計は一度だけの計であるが古来より火計では多くの犠牲者が出る大計の一つとされている。


河川敷の葦に一気に燃え広がり炎に包まれ倒れる者、煙に撒かれ悶える者、浅瀬となっている富士川に飛び込むも鎧が重く溺れる者、橋の上では隊列を組んでどよめきと明らかな狼狽と動揺が広がり急ぎ撤退が始まった、死傷者は4000以上となり他にも傷を負った者が多数出てしまった関白側は自陣に戻り策を練る事になった。



「おのれ卑怯にも関白の軍勢に火を使うとは許せぬ!! こちら側の葦を燃やせ! 再びこちら側に火を放たれける訳には行かぬ、全て燃やしてしまえ、さすれば同じ手は喰わぬ! 三成両岸の葦を焼き払え!!」



「御屋形様! ここまでは順調に進んでおります、恐らく罠を警戒し二日程は攻めて来ぬでありましょう、盾兵と鉄砲隊は打ち取りましたが、まだまだ一部でありましょう!」



「半兵衛ここまで上手く行くとはのう、我らが川を渡る立場であれば危険であった、次は関白も本気で攻めて来るやも知れぬ!」



富士川の両岸に群棲している葦は燃やされ見通しの良い状態となった、そこで関白は三本の橋の他に新たに三本の橋を作る事に、乾季という事もり富士川の水は軽減したように見えていた。




「三成どうじゃ! 橋はどうなっておる!!」



「簡易的な橋ではありますが明日には完成致します、これで六ケ所より一気に渡れます!」



「では明後日の早朝より徒過するのだ、先に強固な盾兵で陣を作り鉄砲隊を送り込めよ、前回より多くの盾兵と鉄砲隊を送るのじゃ!!」



「はっ! そのように手配致します!!」




「御屋形様! 忍びより報告がありました、柴田様は無事に徒過され山中に潜んでいるとの事です」




「了解した、狼煙の指示があるまで動かぬ様にと厳命するのだ、まだ動いてはならぬ!!」



「御屋形様大丈夫でありますかな? 柴田殿は血気に逸り関白目指して突撃せねば良いのですが」



「念の為に勝手に動かぬ様にと何度も言うておるが、後はアインとウインに任せるしか無い、幾ら蛇行突撃を身に付けたと言っても3000で10万の敵勢の中には突っ込まぬであろう!! そうであろう忠義」



「それは間違いでありますが、3000だからこそ10万の敵勢に突っ込むのです、1万であったら突っ込まぬでありましょうが、10万という大軍こそが目標となります、それが猪野武者の業であります!」



「本当か? それでは自ら死地に飛び込むのと同じでは無いか、猪野武者とは・・馬鹿なのか? 半兵衛は柴田殿をどのように見ておるのだ!!」



「はい、忠義様の言われている事が正しいと言えます、猪野武者とは御屋形様が言われた馬鹿の一言であります、但し阿保ではありませぬ、この馬鹿という猪野武者は滅法強い体躯と眼力と何者も恐れぬ阿修羅であります、猪野武者の本質とは命尽きる迄目の前の敵を倒すか倒されるかに悟りを求めて進みます、一度動けば途中で留まりませぬ、性ゆえ止まらぬのです、柴田殿は紛れもない猪野武者であります!!」



「えっ、では儂の考えと違う事になってしまうでは無いか、アインとウインはどうなるのじゃ、一豊になんと説明すれば良いのだ?」



「あの者達は猪野武者ではありませぬ、元々武士ではありませぬ、強き無双の者ではありますが頃合を知っております、一豊殿がしっかりと教育しております、まあー柴田殿もなんとかなるかと思います、某の室百合より策を頂き計らっておりますゆえなんとか行けるかと・・・」



「何だと! 百合が関係しているのか?」



「はい、出陣前に百合が柴田殿の奥方から預かったと言って渡した物があります、それを見た勝家殿は顔面を真赤にして破裂しておりました、それを大事に大事に懐にしまっておりましたのでなんとか行けるかと!!」



「何の話をしておるのじゃ、忠義は知っておるのか?」



「さあ~何でありましょうか? 特別な麦菓子でありましょうか?」



「御屋形様、忠義様もそっとこちらに来て下され、誰にも聞こえてはなりませぬ! もそっともそっと耳を貸して下され・・・・・・・であります」



半兵衛の話を聞き終えて真赤な顔になる資晴と忠義!!



「・・・・驚いた・・・言葉が出ないぞ・・・羨ましいのう、それでは無事に帰らるかもしれぬ、いや帰らねばならぬのう、そうであろう忠義!!」



「某今後どのように柴田殿の顔を見て良いのやら、見る度に今の話を思い出してしまいそうです、某の顔まで赤くなりますぞ!! 百合は恐ろしい事を考えましたなあ~、は~実に恐ろしい策であります」




猪野武者柴田勝家が秀吉への恨みを晴らすべく一命を掛けて飛び込む事は明白であった、そこで半兵衛の奥方百合が勝家の正室お市に殿方が戻らぬ危険があると話され、戻るにはお市様の大切な毛を(陰毛)包み、生還しなければ妾も自刃するとの文と一緒に出陣前に渡したのであった。



「その策は半兵衛の策では無いのであるな?」



「今孔明と言われた某ではありますが、策を思いついても流石にそれは出来ませぬ、某の策と知られれば柴田殿に殺されます!!」



「確かにそうであるな、女子の発想とは恐ろしい物であるな、半兵衛は百合より同じ物を頂かなかったのか?」




「某にも欲しいかと聞かれましたが、丁重にやんわりと急いで逃げました!!!」



「あっはははははー、この話は他言無用にしなければならぬ実に危険な話である、あっはははー!」



那須軍が初戦を勝利で飾る中、御殿場手前の山中湖周辺に謎の部隊が現れた、那須ナヨロシクが率いる山の戦士1万2千と津軽安東家8千、そこへ越後上杉家が率いる1万5千の総勢3万5千の部隊である、戦の状況を見極める為に軒猿衆の報告を待っていた。



「御実城様 戦闘は富士川を挟み既に始まっております、関白側は小田原の城の抑えに兵数を残し、主だった部隊は富士川で那須家と戦闘を行っております、今の処那須側に被害は出ておらぬようで御座います!」



「であれば上手に戦っている様であるな、我らは小田原の城を囲む輩を崩壊させ北条勢と合流し関白を襲うのが良かろう、安東殿! ナヨロシク殿それで宜しいか?」



「上杉様の御考えで宜しいかと、関東の地は我らには不案内となります、戦の差配に従いますので御髄に願います」



「ではこれより御殿場に向かい箱根を超え小田原へ向かいます、三日程で行けますでしょう、軒猿よ、この件小田原の風魔と伝を致せ、城を囲む輩への攻撃は四日後早朝と伝えるのじゃ!!」



「はっ! 判り申した、これより参ります」



援軍となる上杉連合軍の動きは那須資晴も知らぬ処であり当然北条側も全く預かり知らぬ援軍であった、小田原の城には豊臣大納言秀長が率いる約6万の部隊が囲み城からの北条側の出撃を封じていた、他にも牽制として石垣山にも1万の兵で囲んでいた。


三家の戦略は何としても小田原の城を攻略されぬ事が一番の肝心であり無理して城から出ての攻撃は控える事であった、その状況が一変していく事になる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る