第33話 鞍馬100貫


職人達の家族を迎えるために出港してより、正太郎は、日々精進していた、来るべき佐竹との戦いに備え、6才半の子供が、小さい身でありながら、今、なにをすべきなのか、どうすべきなのかを考え、午前は体を鍛え、最近では馬にも慣れ、1人で使いこなせる様になっており、午後は、漢字を学び、ひたすら勉学に勤しむという、気絶する日々を送っていた。



梅雨前の6月初め、堺より職人達の家族と新たに雇った者達が到着したと、連絡を受け、その5日後に鞍馬の配下と新しく雇った職人と浪人に面会した正太郎。


広間にて、正太郎が上座にて、忠義、侍女百合、侍女見習い梅が横に控える中、下座に船大工親方幸地を筆頭に控える者達、鞍馬より、全体の報告を受ける正太郎。



「よくぞ無事に帰った、幸地、職人達家族は難儀なく戻れたのか?」 



「はい、今はそれぞれ若様にご用意して頂いた村の家に、主人達と再会し、喜んでいるものと思われます、若様にご配慮して頂き、心より感謝御礼申し上げ致します」



「うむ、無事に家族と再会できた事を儂もほっとしている、その方達が、この那須の領国に安心して暮らせる事を切に願うものである」



「はっ、ありがたきお言葉、今後、私ども職人が感謝を込めて、ご奉公にて恩返しを致し、正太郎様にお仕えいたしますので、よろしくお願いいたします」



「うむ、儂こそ、そち達に感謝致す、那須家発展の為の政を支えてくれ、鞍馬の配下よ、堺では上手く事が運んだ様であるが、教えてくれ」




「はっ、油屋様にて、職人達のご家族を面倒見て頂き、引き渡されたのですが、ここにお連れ致しました者達も新たに、那須家にてお願い致すと言われ、遣わされました浪人様と新たな職人達をお連れ致しまた。」



「うむ、ではその者達を紹介してくれ」



「こちらにおりますご浪人様は、山内様と申します、ご挨拶をお願いします」



「はっ、お初にお目に掛かります、某、山内伊右エ門一豊と申します、横にいるのが、我が配下の五籐吉兵衛と林勝吉になります、尾張の国、織田家の内紛により主家が亡くなり、仕官出来るお家を探し流浪しておりましたが、油屋殿の紹介にて、恥ずかしながら此度、那須家に仕官したく参上致しました、お許し頂ければこの山内一豊、身命を賭して那須家の為に働きたこう御座います」


(史実では、関ケ原合戦後に徳川家康から土佐一国を与えられた山内一豊)



「うむ、よく当家を頼ってくれた、後ほど俸禄など仔細に話そうではないか、よくぞ来てくれた感謝致す、他の者達はどうであるか」



「はっ、こちらは職人達になります、若狭の国にて、動乱があり、同じく油屋にて研ぎ師として糊口をしのいでおりました、メノウ職人、藤田市松と申します」



「はっ、メノウ職人の藤田市松と申します、どうぞよろしくお願いいたします」



「うむ、済まぬが、メノウ職人とは、どんな職人なのであろうか?」



「はっ、刀を研ぐ職人と同じ様なれど、私どもは珍しき石の水晶などメノウ石などを研ぐ職人になります、その昔は、宮中での祭事に使われる勾玉など、五穀豊穣の祭事に必要となる玉石等を光輝く石に変えるなど貴重なる石を研ぐ、研ぎ師となります」



「ほう、それは古きいにしえなる技の持主であるな、よくぞ当家に来てくれた、これからは当家に仕えてくれ」



「次なる者は、飾り職人の、左之助になります」



「はっ、左之助で御座います、武具の飾りを初め、女性が使用する化粧箱など、漆塗りも行い、蒔絵箱なる雅な装飾を行う飾り職人になります、京が戦乱にて荒れ、公家様からの仕事が無くなり、同じく油屋様から庇護を受けておりました、是非当家にてお仕事を頂ければと思います」



「うむ、よく来たな、当家はこれからその方の技が必要なる家ぞ、頼もしく思う、当家に仕えてくれ」



「次に控えております者は、京にて料理人をしておりました、飯之介になります」



「はっ、飯之介と申します、駿河にて料理人をしておりましたのですが、今川様が織田様に討たれ、戦乱にて仕事を失い、油屋様にて糊口をしのいでおりました、この度、職人を探しているとのお話を聞き、恥ずかしながら那須家に身を寄せたく来させて頂きました」



「うむ、よく来たぞ、駿河の地の料理など無縁の地ではあるが、その方の身に付けたる食の腕を存分に振るって那須家の食を支えてもらいたい、よろしく頼むぞ」




 鞍馬の配下はそのまま残り、正太郎に続き堺での報告をする事になる。



「油屋と、那須家お抱えの茶臼屋との繋ぎはどうであった」



「はっ、商人同士の繋ぎなので問題なく今後は取引出来る事になりました、それと無事に持参致しました椎茸を売る事が出来ました」



「ほう、それは良かった、確か、干した椎茸1貫であったな、それは如何ほどで売れたのか?」



「はっ、全部で、112.5貫程になりました。」



「えっ、なに、もう一度申せ」



「112.5貫で御座います」



「えーと、なんだっけ?、一貫って、なんだったか、忠義、そちは解るか?」



忠義・・・無言の忠義。



「その方、なんの話をしているのか、椎茸の売れた金額を若様は聞いておるのだ、もう一度説明せよ」



「はっ、預かりました椎茸、一貫、椎茸の数は750個になります」



「うん、それで?」



「1個が150文になりました、しめて750個なので112,500文になります」



「うん、それで? ですから112,500文なので112.5貫となります。



「ちょっとまて、でもそこにある銭は、どう見ても100貫も無いぞ」



「はっ、某、若様のお言いつけ通り、砂糖やら珍しき料理に使う物、さらに油屋から紹介を受け、納屋なる商屋から沢山の火薬の元になる硝石を買ってまいりました」



「うん、それでどうなったの?」 



「はっ、ここにあるのが、その残りになります」



「そこにあるのは幾らの銭なのだ?」 



「はっ、全部で12.5貫になります」




「えーと・・・・椎茸を売った銭が112.5貫でお主が色々買い物して、残りが12.5貫という事なのか?」



はっ、その通りなります、と自信満々に述べる鞍馬の配下であった。



「その方、途方もない銭、100貫もの買い物を行ったという事で間違いないか?」



はっ、若様のお言いつけ通り、買いましたと胸を張って答える鞍馬の配下であった。

侍女の百合と、梅は、100貫という途方もない数字に首を傾げ、白目と黒目を忙しく回転させながら、あ~この配下は、打ち首であろうと考えた。

忠義は、しばらくして、刀に手を掛け、正太郎に、この場で処分をして良いかと目で合図を送っていた。



正太郎は、急ぎ、立ち上がり、部屋から出て、父の元へ、叫びながら走り出す、父上~、父上~、一大事です、父上~と言って走り出す。

父の部屋にはおらず、母上の所へ、駆け出す正太郎、喚きながら母上の部屋に近づく正太郎、正太郎の声を聞き、急ぎ身支度を整える、父と母、そこへいきなり扉を開ける正太郎、何をその方、慌てて叫びながらここへ来たのだという、邪魔されてやや怒り気味の父と母。



「それどころではありません、今鞍馬の配下から干した椎茸が堺で売れたのです、その額が報告されたのです、干した椎茸1貫が112.5貫で堺の商人が買ったとの報告を受けたのです」



・・・なんとなく、はあはあ、している父と母上、はあはあ~しながら、頭の中で112.5貫と聞く両親、えっ・・・、112.5貫とは、幾らだ・・・112,500文・・・えーと文ってなんだっけ?・・・なんだっけ・・・現代の1125万円となったのである。



父上と母上の乱れた肌着姿は、正太郎の目には入って無かった、父上も、母上も、突如立ち上がり、服を整えながら、広間にいるのかと確認し、頭を上下に振る正太郎を見て、急ぎ広間に向かう、その後を追いかける正太郎。


3人が、はあはあ、しながら、広間に入り、その方、今一度詳しく報告せよと、当主資胤から配下へ説明を求めたのである・・・



「ははあー、若様より預かりました、干した椎茸1貫を堺の商人が買い取り、しめて112.5貫となりました」 



胸を張って報告する配下、今後も同じ料金にて買うのでどうか、売って頂きたいとの事で御座いましたと報告する。



「そこにある銭はなんじゃ?」



「はっ、若様のお言いつけ通りに砂糖やらなにやらいろいろと買い揃えて残りがこの、12.5貫となります」



話を聞き、真っ青の顔で、般若の顔で正太郎を見つめる母上が・・・・これまで、苦しい財政でなんとかやり繰りしていた奥の財政・・・そこへ112.5貫の話であったのに、残り12.5貫とは・・・



「きさま、きさま・・・何を買ったのじゃ、何を申し付けたのじゃ」



ドスの聞いた声で正太郎に話しかける母上が・・・矛先が、恐ろしい矛先が自分に来たの?・・・



「えーと母上にも、何か買って来たであろうな」




「はっ、若様より、綺麗な着物の生地をと申されていたので、幾つか油屋にて見繕うて頂いております」




「おっ、それそれ、母上、そうです、私から特別に母上に、お美しい母上に似合う着物の生地を頼んでいたのです」



「堺で仕入れた素晴らしき生地かと思います」



「よくぞ、買い入れた、その方はもう下がってよいぞ」



鞍馬の配下を逃がす正太郎、叩き殺さなくて良いのかと刀から手を放す忠義。

その頃父上は、うわの空で、椎茸1貫で112.5貫という事は、年に正太郎が15貫栽培すると言っておったから、全部で、どうなるのじゃと計算していたのだ。


ふーなにやら1687.5貫・・・になるのか・・・いや待てよ、鞍馬に1割とか言っていたから、残りを正太郎と分配するとかの話であったな、そうなると、ワシの懐には・・・750か、いや、もう少し入るか等々、既に自分の世界に入った、当主資胤であった。



正太郎と、般若の母上は、母上の元に美しい生地をこれから届けると言い、急ぎ、退出する正太郎、結局広間には、12.5貫の銭と父と母が残され、それぞれ自分の世界に入り込み金勘定をしていた。



この日以降、鞍馬の配下は、一度の買い物で100貫という途方もない買い物をしたので、名を鞍馬100貫という名で呼ばれる事になった、現代の金で100貫は、1000万円である、ここに伝説となる鞍馬100貫が誕生した。

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