第50話 潮汐(ちょうせき)


私達の地球に毎日、引き起きる現象、月と太陽の引力によって起きる、海面の昇降現象が1日に1~2回のゆっくりとした海面の昇降があります、干潮、満潮と言った方が良いかもしれない、これと似た現象が烏山城に向け人の大移動が起きていた。




烏山城が引力の中心地となり、急ぎ田植えを終え、避難に向かう農民達、それとは別に武蔵国、上野国からの庇護を求めて来る避難民が潮汐の如く押し寄せていた。



4月下旬烏山城に2000名を超える農民達を引き入れた事で、人出不足の為に城内にいる奥を預かる奥方と侍女達を中心に炊出し手配と休憩場所を作り、武蔵国、上野国からの難民は正太郎が持つ五つの村に一時的に預かってもらう措置を取り、那須家に関わる全ての武士達に総陣振れを発し、5月1日中に烏山城に集結する様に指示を出した。



この日を見据え、一年以上前から備えた那須七騎、日に日に顔色が変わり、満を持して決戦の日を迎えようとしていた、正太郎から父、資胤にこれをお使い下さい、そしてこの者を側に置いて下さいと話した。



「これは、遠眼鏡です、決して太陽を見てはなりませぬ、目が見えなくなります、この筒を覗いて外を見て下さい、遠くがよく見えまする、そしてこの者はアウンと言います、この筒と同じ様に遠くが見える者です、戦場にてお役に立てるかと思います」



「これはお主が作らせていた例の物だな、どれどれ、お~遠くが見える、あそこの米粒の様に小さい人の顔がわかるぞ、これは良い、これなら敵の動きを掴みやすい」



「はい、その通りです、そしてこの者アウンも鷹の目の如く遠くが見えますので、より良いかと思います」



「うむ、あい判った、いよいよ来たな、この時が!」



「そちは元服前故初陣はならぬが、この城より軍師として手配すべき事があれば手の者を使い行うのだ、儂は信用しているぞ、必ず儂が那須家当主として責を果たそうぞ」



「父上、私も父上が勝利する事、必ず吉報が烏山城に響くものと思っております、父上の後ろに私がおりますので、鬼に金棒で御座います」



大笑いする二人、そこへ正太郎に間もなく来訪者が来ると先触れが来た、では広間に寄こす様にと指示を出す、どうやら鞍馬の配下が接触し、洋一から伝わった浪人が来た、もう一人いるとの事、一体どの様な浪人であろうか、軍師玲子より洋一に伝え、私に召し抱える様にと言う程の浪人となれば、力ある人材なのであろう、と期待する正太郎。





 ── 浪人二人 ──





「この農民達は私達と同じ方向に向かっている様ですね?」



「農民と言うより、どこかから逃げて来た者達かと、身なりがひどう御座います」



「疎まばららに見えますが、延々とこの者達が列をなしています、一体どれ程の数でしょうか?」



「一日数百人としても、あっという間に数千人を超えているのではないですか? 那須の家で何が起きているのか?」 



「こちらの道からも農民達が来ております、ここでお待ちください、某聞いてまいります」



「理由が判りました、この者達は那須領の農民達です、殿様より田植えが終わり次第、城に避難する様にとの指示だそうです」



「そうでしたか、別の道から来る者この道から来る者、併せれば万の数は超えているでしょう」



「那須の家とは確か数万石の小さきお家かと、その家が万を超える農民達を引き入れるとは、上方の国でも聞いた事がありませぬ、いや、この様な大規模な避難を殿様が指示し、行った事は日ノ本で無いかも知れませぬ」



「大大名であれば・・・・それでも知る限り初めての事です、一体どの様なお家なのでしょうか? 少し興味が湧きますね」



二人の浪人はそれぞれが小さいとは言え、一城の主、国人領主という経験もある優れた知識を持ち合わせた二人、その二人が農民達が殿様の指示で城に避難するという話に驚くとともに那須という家に関心を示すのであった。






 ── 正太郎との謁見 ──





「遠き那須の国へ、よく来てくれました、私が那須家嫡男、正太郎です、そなたが明智殿であろうか?」



「はっ、某が文を頂きました明智十兵衛で御座います、こちらにおりますのは、同郷の者にて、竹中重治と申します」



「うむ、見ての通り、間もなく当家は戦となります、その戦を観戦して頂き、当家に仕えるに相応しくないと思いましたら、その際は残念ですが当家と縁が無かったと諦めます、先ずはお茶でも飲みながら些か歓談致しましょう」




二人にお茶を出し、麦菓子を出す正太郎。




「この菓子は此度の戦で兵糧丸として足軽含め全ての兵に支給している物です、よろしければ食してみて下さい、母上を初め奥の者にも好評ですので兵糧丸として用意しました」




「砂糖が使われているのですね、大変高価な物ですが、これを出されては皆様が大変喜ばれる兵糧丸ですね」




「これは美味しい兵糧丸ですね、お家は裕福なので御座いましょうか?」



「当家はたかが5万石の小さい貧乏大名です、兵糧丸にした理由は別にあります」



明智がどの様な理由なのでしょうか、差し支えなければお教えくださいと聞く。



「その様にかしこまった話ではありません、当家は小さい家ですが、これまで戦に負けた事は御座いません、数百年に渡りこの領地を守っております」



「お家を保つ上で一番大切な事は、民と、その民を守る武士達、その武士達を守る当主との信の強さが何よりも必要であり、共々に結ばれておらねばなりませぬ、大変貧しい家ではありますが、戦で命を差し出して戦う兵士の命に比べれば菓子に使われる砂糖など些事でありどうでも良い事なのです」



「民の命、兵の命こそ大切に扱わなければなりませぬ、その様に考え此度は用意致しました」



「それともう一つ、戦は体力が消耗し疲れた方が先に命を失いやすいかと、砂糖はその疲れた体力を一時的に回復させてくれる貴重な役割があるのです」



「今回は多数の騎馬も用意しました、その騎馬の飼葉にも砂糖を混ぜ、騎馬の体力維持に使います」



話を聞き、理に適った話に関心する二人、竹中より。



「嫡子様は大変にお若くありますが、その様な知識はどこで得たのでしょうか?」 



「砂糖の仕入れは、堺の油屋という豪商からになります、その主人油屋殿の話では、裕福なお家では病気などで食する事が出来ない者へ砂糖を水に溶かし与えていると聞き、調べたところ人にも効果があると判りました」



「戦で鉄砲を買わずに砂糖を買ったのです、あっはははは─」



「大変珍しきお話し、ありがとうございました」



「戦う相手は常陸の佐竹殿とお聞きしました、大変に大きいお家と聞いております、此度の戦での軍略を若様がお立てになったと聞いておりますが本当なのでしょうか?」



「父上と、重臣の皆様に我儘を言って軍師にさせて頂きました、大きい敵ではありますが、問題なく勝てるでしょう、お二人であれば、お国元の近くで起きました、今川様と織田様との、桶狭間の戦いを詳しくお知りかと思います」



「その戦いを模倣し、更に一つ上を行く軍略を此度行います」



「那須家は与一様が祖の国で御座います、一射にて世を変えた天下第一の武士で御座います、此度の戦で、那須が古の源流に還る事になりましょう、これにて戦国の潮汐が勢いを増し、平安へ向かうと期待したいと思っております」



「戦では私の近くで観戦して下さい、それまではこの福原を付けますので、私の所持している村など見学しごゆるりと過ごしてください、戦近きゆえ歓迎の宴が出来ず申し訳ありません、代わりに当家で評判の鮎の甘露煮を夕餉でお出ししますので、では又後ほど」


 



── 明智と竹中 ──




「竹中殿、先程のお話し、どうで御座いましたか?  某、何か途方もない方と話している感覚に襲われましてござる、これまでに経験の無い事です」



「明智殿、某も何か別の違う世界に来てしまった様に思われます、我らの美濃の国や京周辺の国とは違う、次元の違う国へ来たように思います、あの若様は見た目とは違う、何かをしっかり見ております、いや、先の先を見据えているとしか考えられませぬ」



「某も全く同じです、この戦の観戦は我ら二人にとっても大きい意味があるやも知れませぬ、明日若様がお持ちの村なども見てみましょう、何かが見えて来るかも知れません、それにしても不思議な若様でした、しかし、実に愉快で面白いお話しでした」



那須と言う遠き国へ来た二人、今までとは違った風景に何か新鮮で新しい風に触れたと感じていたのであった。





やはりオリジナル戦記に登場する定番の二人でしたね、十兵衛と半兵衛、人気の高い二人の登場に期待大ですね。 次章「異体同心」になります。

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