第49話 卯月


 4月とは卯月、植える月、暦的に年の初めの月という意味合いもある様です、この時代の4月が、現代と同じその年が始まるという感覚が日本にはあったんですね。




 那須家の四月・・・この年の那須の領国内は農民から当主まで過去に経験をした事がない、恐ろしい程忙しい4月となっていた。


 その忙しい状況は、年明けより勢いを増し猫の手も借りたい程であった、原因は新しい田植えの準備、田植えに向けて、稲の桝板を何万枚も作り、板の手配、桝作りと、材木が不足し、木こりは山にこもり、大工は延々と材木を切り出し、燻炭を作れば国中が燻し煙が充満するという天地をひっくり返した大騒ぎとなった。



 戦準備は一体誰がしているのか? いいから今は田植えの準備をしろと、声を張り上げる当主、資胤、田植えが無事に終わらないと、秋の収穫が見込めず、一揆が起きる、佐竹より手強い一揆で死にたいのかという当主の雄叫び。



 田の土お越し、燻炭を撒き、水張りを行い、代搔きし、塩水選で稲を桝板で育て、やっとの事で田植えが出来るのである、5万石の那須家が新しい田植えで、6万3千国になるという魅力は、那須七騎の七家重臣達も寝る暇を惜しんでの作業であった。



 この年の那須は、田植えだけでなく、武蔵国、上野国からも庇護を求めた難民が連日烏山城に列をなして来る、那須家は5万石の小さい領国、武威だけで政を行ってきた大名、田植えと難民への差配は武威ではなんともならず、内政が行える文官が少ない事で余計に大忙しとなる。



 緊急措置として、読み書きが出来る奥を預かる奥方に出動して頂き、それでも人が足りず、急遽、計算が出来る国中の商人も駆り出され、あっちの村へ、こっちの村へと難民を配置する事態になっていた、そんな滅茶苦茶な騒動の中、洋一から止めを刺す事柄が伝えられたのである。





 ── 洋一と玲子 ──




「後3週間程でいよいよだねえー」



 何か漏れていないか、打ち合わせする結婚目前の二人、両家で150人が集まる一大イベント、一生に一回の結婚式、案内状の返事も全て来た、座る位置も配置済み、衣装合わせも終わっている、お返しの品も決めた、新郎、新婦の上司挨拶もOKである、友人知人達がなにやら盛り上げるサプライズもある様だ。

(桜先輩を中心に玲子の歴オタ仲間にも声をかけている様だ)



 父親が着るペンギン礼服も衣装合わせした、見落としている事は無いかチェックする二人。



 川越に泊るホテル手配は大丈夫なのかと玲子に聞く洋一。



「お父さんが張り切って手配してるけど、結婚式を終えて、ホテルに泊まって翌日バス貸し切りで川越観光ツアーになったのよ、参加者が35名という、とんでもない事になったのよ」



「二人の結婚式をいい事に一大観光ツアーになったのよ」



「それって今成様ご一行様とか、バスに貼られるのかな(笑)」



「150名中約80名が今成だからね、明和の今成が大結集よ(笑)」



「どっちがどっちの親類なのか、控室がパニックになりそうだね(笑)」



「新婚旅行は二泊三日の京都になったけど、こっちのプランは任せてね、お金も節約しないと、貯めてから海外に行きましょう」



「全然それで問題ないです」



 結局二人が住む場所は埼玉県羽生市にやや古い戸建てを賃貸したのである。



「新しい家具を用意したりで出費もありましたから、少し貯金しないと」



「一番の問題は、やっぱりご飯だね・・・・私って、センスが無かったとつくづく思ったよ、最近母に聞きながら作って家族で食べているんだけど、皆な無言なんだよねー、いつもは賑やかなんだけど、今はテレビの音だけしか聞こえて来なくて皆な無言なのよ」



 洋一も・・・・無言となった・・・・・



「やだな~洋一さんまで、無言になってと笑う玲子、無言でもいいから食べてね、食べないと私の刀で刺すよ・・・と」



 笑顔で言うが目が笑っていない玲子、洋一も笑顔で返すが、目が笑っていなかった。



「ところで那須の正太郎君は大丈夫かな?」



「はい、今は田植えと難民の事で手一杯の様です、田植えが終わればいよいよ那須も勝負どころですね、いろいろ準備して来ましたから、後は信じるしかないですね」



「本当だね、私がその場に参加出来ない事が残念だけど、絶対勝てると思うから、歴史を切り開いて欲しいね」  



「はい、不安ですが、その通りです」



「自分達の結婚と時期が重なりますが、偶然なんですかね? 少し不思議に思っていました」



「私もそう思っていたけど、これは偶然で片付く話ではないよ、私達二人の結婚と戦国那須の出来事は、時間の壁を越えて見えない何かで繋がっていると私は理解しているよ」



「そう思わないと理解出来ないし、私達二人も出会っていないよ、これは偶然とかの言葉で納得出来ない、見えない何かが関係していると、絶対に何かか関係していると思うの」



「うん、そうですよね、僕もそう思います、不思議な事ですが、何故かそう確信しています」



「結婚の事で忙しくて忘れていたけど、佐竹が攻めて来る道沿いの村って、大丈夫かな?」



「大丈夫とは? なんの事ですか?」



「前にも話をしたけど、戦国時代の戦争って、相手の国へ侵攻した場合に、乱取りするって話したかと思うけど、佐竹が攻めて来る道沿いの村は被害大丈夫なのかって事なんだけど」



「えっ、私から正太郎には、その事は何も伝えていません、向こうで気がついて手を打っているといいのですが、一応伝えておきます、被害を回避しないと大変な事になりますね」



「それなりの数の村があるから、対策していないと農民たちの死傷者数が相当出ると思うよ、乱取りをしながら戦意を高揚させ攻めて来るから、それが戦国時代の常識だから、じゃーこの件は確認お願いね、結婚式まで会うのはあと一回位かな」



「はい、農繁期は仕事柄繁忙期なので、すいませんが、そんな感じかと」



「うんそれじゃー、お父さんお母さんによろしくお伝えください」

(洋一は車中、結婚後の玲子が作るご飯の事を、考えるも、今は正太郎に道沿いの村の事を伝えなくてはと、ご飯を忘れる事にした)





 ── 正太郎 ──




 4月中旬に、くそ忙しい最中、夜中に目を覚まし、慌てる正太郎、まずいまずい・・・あ~あ~と、慌てる正太郎、洋一から伝えられた内容に、佐竹が攻めて来る道沿いの村の対策を全くしていない事に冷や汗を流す正太郎。



 横で寝ている百合を叩き起こし、火急の用が出来た、今から父上の元に行くと言い出し冷静に話を聞く百合。



「今御屋形様に伝えても、何も出来ません、御屋形様も連日のお働きで大変疲れています」



 朝餉を頂いてからお話しされ手を打つ事がよろしいかと話す百合であった。



「う~、そうであるな、今話しても、父上のお体も心配である、うん、百合の言う通りそうしよう、では儂ももう一度寝る事にする」



「では丁度良いので、厠に行きましょう、私が一緒にお供致します」



「厠に行くのか?」 



「そうです、間違って、若様が、おねしょをした後に御屋形様に大切な話をしても、それはそれでお困りになるかと」



「・・・・おのれ~百合め、いつか見ておれ、では厠について参れ~」



 翌朝、ぼーっとした顔で朝餉を食べる正太郎、7才の子供であれば致し方ないという百合であった、なんとか食べ終えてそろそろ御屋形様の元にいかれますかと確認し当主の元に。



 夜中の事を思い出し、なんで早く言わんのだ、と百合を叱る正太郎、急ぎ父上の元に向かう正太郎、父上が気づいて手を打っている事に期待し訪れる、資胤は配下の者と数名と陣振れについて、最後の確認をしていた、そこへ正太郎が急ぎ確認したき事があると割って入って来た。



 やや不機嫌な資胤であったが、どうしたその様に慌ててと、注意し、急ぎ確認したき事がありましたのでと。



「父上、佐竹が烏山城に攻めて来る際に通じる道々の村の者達への避難は如何相成っておりましょうか? 心配で来ました、いかがでしょうか?」



「うぅっ~なんと、儂は何も知らんぞ、いや、どうなっておるのだ? その方も何も手を打っておらなんだか?」



「はい、昨夜、夜半にあの者より伝わり、確認しに来たのです、もしや父上であれば既に手を打っているかと思い、念のため確認しに来ました」



 少し待てと言い・・・・考える資胤・・通る道々には約20程の村がある、佐竹に乱取りされたら相当な被害になる・・・・陣振れの打ち合わせを後にし、急ぎ広間に城にいる配下の者を集め、資胤が指示を出した。



「よいか、佐竹侵攻が間もなくである、しかし、佐竹が通る村々へ避難の指示を出しておらん、今より五日以内に田植えを終えさせ、通る道の村々の者全て烏山城に避難せよと指示を出し、通達するのじゃ」



「烏山城に八日以内に避難せよと徹底せよ、避難しない者は佐竹に殺されると言えばよい、いいな田植えは五日以内に終えて、八日以内に城に避難せよと徹底するのじゃ、今からその達皆で手分けして村々を回るのだ、行け!」



「正太郎は手の者を使い、城に避難して来る者達が寝泊まり出来る場所を急ぎ手配せよ、足軽の詰め所も自由に使え、足りなければ、城の中も開放する、これより既に合戦が始まるぞ、心して掛かれ」



 事の重大さを理解し、手を打つ、資胤であった、当主の姿、そこには与一様から流れている人としての矜持がはっきりと見て取れた。

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