初動


秋が深まる中、奥三河の地では花祭りが各地で開催されていた、この祭りは鎌倉末期から熊野の山伏など修験者から伝えられたとされ700年以上開催されている地域信仰行事祭りとされている、祭りに天からの神々を招き、酒と舞を献じてその年の穢れを払い五穀豊穣と種々の願いを神に願う祭りと言える、この花祭りを利用して京より公家が招かれていた。



「山科殿は来て頂き感謝致します、帝のご様子は如何でありましょうか?」



「帝は極力関白との接触を回避しております、変わりに上皇が関白側の要望を聞いております、今暫くはこの状態が続く者と思われます」



「やはり朝鮮出兵は回避出来ませぬな!! 我らも既に覚悟を決め動いております!!」



「動くとは? 止める手立てがありますのか?」



「手立ては一つだけあります、但しその方法は日ノ本一の大合戦となります、日ノ本を二分とした大戦になります!」



「・・・この日ノ本は一体どうなって行くのでしょうか?」



「仮に関白が戦に勝っても朝鮮へ出兵する力は残っておらず断念する事になります、但し我らの東国は支配される事になります! だが関白が勝つ事は万に一つも御座いません、我らが勝てば新しい日ノ本を作ります、戦の無い国造りを目指し新しい幕府を開きます!!」



「それは又稀有壮大な事であります、その場合朝廷はどうなりますか?」



「その前に山科殿は何故この日ノ本が長き戦乱の世となったのかを、その因をどう考えておりますか?」



「正直な処解しかねる、某には判らん、将軍に問題があったとしか思えん」



「某の見立ては朝廷にこそ一番の原因があると考えております、朝廷が武士を纏め支配している遠き昔に聖徳太子様を中心に律令を持ってこの国を支える大木を造る際に最後まで、完成させる前にその律令の仕組みを放棄した事に全ての原因があると見ております、何故放棄する事になったのか? それは公家達の堕落により、帝を支える者が少なく、律令が完成しなかった故に各地の武力を持つ豪族にその地の政を任せてしまったからこそ、この戦乱の世に繋がってしまったのです!! おわかりいただけたましたか!!」



「では那須殿は朝廷はいらぬと申すのか?」



「まさか、不要なのは堕落した公家達であり帝には責任は御座いません、山科殿がこうやって我らと会い心を痛めておりますが、帝の周りには一体どれ程同じく心を痛めておる方がおりましょうか?」



「内裏には昇殿出来ぬ半家と言われる公家の方達がおりますが、その方達は昔より伝わる芸事を伝え残す事を使命とし、貧しいながらも糊口を凌ぎ耐えております、余程その半家の方達の方が堕落はしておりませぬ、朝廷は帝を中心とした新しい体制を築かねばなりませぬ、山科殿の使命は実に大きい物となりましょう!!」



「確かに公家の多くは家格に拘り昇殿もせずに欲に走る者がいる、それらの者を排除せねばと思うても我らには無理であろう、新しい国造りと一緒に新しい朝廷を作るしか無いであろう!」



「その事は充分理解出来たが、その国を二分する大戦とはどの様な戦なのであるか!!」



「今から1年半後の五月に関白は朝鮮に出兵します、その時に我らも動きます、戦の場は京より離れておりますのでご安心下さい、今は詳しい話は控えますが帝には戦が終われば新しい幕府を開く事をお伝えください!!」



山科との会談は帝に伝える事が出来る最低限の話を伝え、帝の不安を取り除く事を中心とした、詳しい話を伝えれば露見する可能性もあり、仮に露見した話によって朝鮮出兵が早まり又は遅くれる可能性のあり、最小限だけの話だけをしたのであった、山科との会談を終えた後、三家は家康の居城浜松に移動して関ヶ原合戦の具体的な役割を詰める事にした。



── 秀吉と三成 ──



「良いか三成! 儂が此れから話す内容は誰にも言うな、言葉をしっかりと飲み込み七本槍の倅達をお前が長となり纏めるのじゃ、お主は文官としては一流であるが人の上に立つには三流じゃ、大谷を見習へ、七本槍を纏める事が出来てやっと一人前と心得よ! 厳命と致す!!」



「はっ、殿下! 必ずやご期待に沿えるようお誓い致します」



「それと暫くその威圧的な態度も改めよ!! 儂が関白に上り詰める道程を思い出せ、儂は常に敵将であっても頭を下げ懇ろに褒めたたえ相手の心を溶ろかして味方に付けあっと言う間に天下人になる階段を上った事はお主も判っておろう、お主もそれを見習え、儂の関白という衣を着て威張っておってはいつか手痛いしっぺ返しを受けるぞ、秀長の具合が回復せぬゆえ誰かが秀長の役回りもやらねばならん、頭を下げる術を身に付け平身低頭出来る位の力量を付けるのじゃ! ほれその顔じゃ!! 馬鹿者!! その嫌そうな顔付を人前でするな馬鹿者!!」



「申し訳ありませぬ…秀長様の役回りは某より前田様であれば・・・」



「馬鹿者!! お前はお前で成長せよ、利には中国九州勢を纏める役目があるのじゃ、七本槍を初め儂の本軍からお主が嫌われているようじゃ如何にする、加藤も福島もお主のせいで文官を信用しておらぬ、朝鮮出兵を控えた今は大事な時期じゃ、良いか20万の軍勢を引き連れて一気に朝鮮兵を捕縛するのじゃ、捕縛して九州に捕虜としてさらってしまう、捕虜として朝鮮兵を手駒として使うのじゃ、15万程手駒の兵として我らと一緒に戦わせるのじゃ!!」



「小田原での失敗は那須家と小田家の動きを自由にさせた事が原因よ、今回は小田原を無視して、常陸の小田に8万、那須には大津から10万の兵で侵攻させる、念の為に上杉にも7万で海側より侵攻致す、三方より東国を攻めるのじゃ!! さすれば各個撃破が出来よう、儂の面目を潰した那須資晴は獄門磔と致す、絶対に八つ裂きにせねば成らぬ、八つ裂きにする為には三成も成長せよという訳じゃ、戦でも役立つ武将となるのじゃ、良いな!!」



秀吉の考えは三家を攻略するには小田原攻めを行う前に那須家と小田家を先に潰してからゆっくりと最後料理をすれば良いと考えていた、その為には知恵者の三成が武将として成長させねば成らぬと考えていた、秀吉の子飼である七本槍の年長者であり纏め役が三成と判断していたが三成は知恵者ではあっても機転の利かぬ人を下に見る悪い癖が成長を阻害していた、誰よりも秀吉を慕う三成だからこそ厳しい注意を行っていた。


秀吉には信頼のおける弟秀長がいるが体調が優れず復帰は難しく、他に頼れる者は前田利家しか残っていなかった、他の者達は褒賞によって近寄って来た者達が多く信用が出来ない者が多かった、史実での関ヶ原合戦での敗因は調略による裏切りであり家康側に付く事の方が展望が開けたというのが本音の処と言える、それだけ三成は信用されていなかったと言える、もう一つ大きな敗因は毛利輝元の優柔不断な性格が影響したと言える、西軍の総大将でありながら戦場には赴かず大阪城に留まった事で2万以上の兵が城に居たとされる、兵が戦に参戦出来なかった事が敗因の一つとも言える、輝元が関ヶ原に参戦していれば小早川の裏切りも起きなかったであろう。


※ 余談だか三成は決戦の直前には輝元が戦場となる関ヶ原に来るようにと要請をしているとされている、しかし何故戦場に来なかったのか? 輝元の家臣が裏で家康によって調略されており三成の要請に対して秀頼公の側に居る事が豊臣家を守る事であり亡き関白の意志である等々など諭され出陣しなかったとされる、勿論毛利の本領は安堵するとの約もあったようだ、しかし、本領安堵は反故になります、家康の方が一枚も二枚も上です。



── 忍びの者達 ──



西側と東側に別れての戦準備が進む中、両陣営の忍び達も活発に動いていた、特に那須に仕える忍びの活躍が著しかった、那須家の鞍馬衆はその姿を商屋として屋号『しおや』の店を京、大阪にも出店しており働く小者達は西国に詳しい和田衆が担い武家の家に置き薬等を利用し出入りして確かな諜報を得ていた。


戦国時代における医師の数は極端に少なく家に置かれる常備薬は貴重であり小者の商人であっても薬屋の者は歓迎される、家の主に会う機会も多く、気の利く商人の姿をした和田衆の忍び達は適当な東国側の情報を主人に話しては不在となる時期など聞き出し那須資晴に届ける等の活躍していた。


和田衆以外にも伊賀の忍び達も那須家に協力する者が多く貴重な情報を得ていた、伊賀の者達はその昔、織田信雄が伊賀攻めをする際に事前に策を授け助けた経緯があった、伊賀の地は西国側となるため関白側に従軍している者も多くいるが心での中では主家は那須と誓う者も多くいた、忍びの世界は貴重な情報を得て届ける事が仕える事と言える。



「十兵衛! 面白い話が入ったぞ、この文を見てみよ!!」



「・・・関白が育てた子飼の者達は仲が悪いのでありますな!? それを取り持つ為に関白が酒席を設けたと書かれておりますな、文治派が石田三成、大谷、長束、前田という者がおり筆頭が三成だと・・ほう武断派が加藤、福島、浅野、池田、加藤嘉明等と書かれておりますな、纏め役が前田利家とあります、なんかめんどくさい話の酒席でありますな!!」



── 強訴 ──



朝鮮出兵に向けて関白が三成と子飼の者達との仲を取り持ち不安要素と見られる事柄に次々と手を打ち解決し準備を進めて行く中、最後の要求を強訴という形で強引に推し進める事にした、関白に逆らう事が出来る者とは形式上只一人帝である、その帝が朝鮮出兵の宣旨を中々発令しないことに強訴という強硬手段に出た秀吉であった、帝は那須資晴から朝鮮出兵を防ぐ手立てがある事を聞いてはいるが、宣旨を発令した場合は朝廷が公に出兵を命令した事になりその主犯の責任を負う事になる、それを回避する為に宣旨の発令をしていなかった、出兵迄残すところ約1年と3ヶ月を切る年明けの2月末に強行手段に訴えた。



「大変であります山科様! 内裏に兵卒が乱入しております、間もなくここにも狼藉の兵が来るやも知れませぬ、如何致しましょうか?」



「なんだと・・どこぞの兵が内裏に乱入したというのじゃ、急ぎ調べ所司代に通報せよ!!」



慌てふためく大内裏と内裏にいる公家及び朝廷の帝、秀吉が関白となってから各寺院の僧兵の数も減り代わりに京都所司代により治安警備が行われ狼藉を働く者達は皆無となっていた、そこへ突如多くの兵が乱入したのであった。



「山科様、狼藉の兵が判明しました、なんと狼藉の兵卒は所司代の者達であります、どうすれば宜しいでしょうか?」



「なんと所司代の兵卒が内裏に乱入したと言うのか? では狼藉はしておらぬのか?・・・確か前田玄以とか言う者が長官であった・・良しその長官をここに呼ぶのだ!! 正二位、権中納言の山科言経が呼んでいると申し付けよ!!」



京の都の世界は貴族社会であり武力より位が物を言う、例え相手が関白の手下であっても位が上の上となる山科の要求であれば簡単に断る事が出来ないであろうとの判断であった、現時点で山科より上の位を持つ者は関白秀吉と弟の大納言秀長の二人であり山科の地位は相当高い位と言えた。


京都所司代の前田玄以とは僧籍の住職であったが信長の臣下となり文官として重用されていた、その後主人が秀吉の代となり京都の公家、諸寺社との繋がりを持つ数少ない人物と見なされ、所司代として起用されていた。


所司代が内裏に向け強訴を主導するなどあり得ぬ事であり山科の脳裏には出兵を認めぬ帝を引退させ傀儡の帝を擁立させようとの魂胆では無いのかと恐ろしい策略があるのではと最悪の事を懸念していた。


前田玄以が山科邸に来たと言う事で広間に通し正装での対応を行う事に位が格上であるとの意思表示であり裏に隠れている策略を見抜こうとしていた。



「前田玄以殿よくぞ来られた! 山科言経である、急ぎ確認したくお呼びした、さぞ帝も心配している事でありましょう、そこでこの内裏に兵卒を率いての乱入はどのような意味があっての悪辣な行為でありましょう、内裏に兵卒を入れるは帝を攻撃するも同じ、本来であれば前田殿が乱入する者どもを成敗する役目、是非説明をお願いしたい!!」



「これはしたり、我らの役目は朝廷を御守りする所司代であります、役目上内裏に入り狼藉者を捕えんがために致し方なく取り調べを行っておるのです、狼藉者を放置すれば朝廷に被害が及ぶやも知れませぬゆえ役目を果たしております!!」



「なんと狼藉者がこの内裏に徘徊していると申すのか? してその狼藉者とは・・所司代が動く程の狼藉者とはどのような輩でありますか?」



「山科様におかれましては恐らくこの後内裏に参内し帝に言上されますでありましょうから仔細を少しお話致します、その狼藉者とは公家に中にいるのです、昨今関白殿下の下げ辛う風聞を流し歩く不届きな狼藉者がいるとの密告がありました、一人二人では無く、幾数人が不届きな風聞を広めあろう事にも関白殿下を貶める狼藉を行っているとの大罪であり、それを確かめる為の取り調べの為に大内裏に押し入った訳であります!!」



「なんと・・公家の中に関白殿下を揶揄する愚か者がいると言うのですか? この内裏である平安御所の費えを供養され荒れた御所再建をして頂いている恩義ある関白殿下を揶揄する狼藉者がいるというのですか? 犬畜生でさえ恩義ある者には尻尾を振り御礼を申すと言うというのに、なんと恥知らずな者が・・・それでその狼藉を働く輩は捉えたのでありましょうか?」



「既に身柄は確保しております、今は屋敷内を念入りに調べております、罪明らかとなれば何かしらの刑罰があるかと思われます」



「いやそれはお待ち下され、公家が犯した罪は朝廷が裁かねばなりませぬ、武家と朝廷は別儀の仕組みであり古来よりその様に図ってまいりました、武家の事は朝廷も口出しせずにお互いの信義を通じて行って参りました、罪が明らかになれば先ずは朝廷にて罰しなければなりませぬ!!」



「判り申した山科様からの言付けは関白殿下にお伝えします、そこで話は別儀となりますが、折角の場でありますので是非お聞きしたい旨があります」



「何なりとお聞き下さい!! 前田殿!!」


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