結束


那須資晴はこの戦国時代を終わらせる為には戦に勝つだけでは終息は出来ないであろうと、秀吉に勝っても日ノ本全体に安寧した受け皿が無い限り見えない処で戦が始まり自分だけを守ろうとする家が出て来るであろう、この負の連鎖を止めるには負に対して正の塊を幾つも作りしっかりと太い鎖で繋ぎ合わせ負という道を塞ぎ力を奪い取るしかないと理解していた、それには先ず自らの基盤である那須家を支えている面々と考えを共有し異体同心にする事が必要であった、身体はそれぞれ違えども同じ理想と使命に生きる者達、それが異体同心である、その者達がいる限り必ず理想は実現出来ると確信する資晴であった。




── 結束 ──



結束という言葉には二つの意味が込められている、一つは団結であり、もう一つは束を纏め終息させるという意味である、終息させる為に完成品を作り上げるという意味合いと言っていいであろう、稲が穂を膨らまし頭を垂れ始めた八月初旬、烏山城広間には那須家の面々が揃っていた、父親の那須資胤、当主の那須資晴、弟の蘆名資宗、芦野忠義他那須七家の当主、更に鞍馬天狗、山内一豊、竹中半兵衛、明智十兵衛、佐竹義重、和田惟政、長野業盛、武田太郎、諏訪勝頼、佐野宗綱、相馬義胤、岩城親隆、田村清顕という各家の当主が一同に呼ばれての極秘の評定が開かれた。


那須家300万石を支える当主一同が集まるという事は只ならぬ事が話し合われると言う証左であり、皆一様に緊張していた、秀吉が又もや三家に戦を仕掛けて来たのかと考える者も。




「皆よう集まった、間もなく夏祭りという時期ではあったが那須家に取って運命の刻が訪れたゆえ皆に来て頂いた、これから話す内容は父上にしか言うておらぬ、皆もその心算で聞いて欲しい、聞いた話は極秘と致すように、厳命を命じる、それと後ろにある紙に退出する際に血判状をして頂く! 先ずは儂の話を聞く覚悟が無い者は静かに退出するが良い、一切お咎めも何も無い安心して出るが良い!!」



此れから話す内容を極秘、そして血判状という説明に固唾をのむ一同、その言葉の重みに身動き出来ず室内は冷気が漂った。



「退出者が無いという事で皆が儂の話を聞く覚悟があるという事であるな!! では儂の話を心して聞く様に!! ここにいる者達と那須資晴は此れより『日ノ本の天下を取る』戦に入る、那須家が天下を獲るであり天下を執る為の戦に入る、皆者良いか、天下取りの戦を行うぞ!! 儂とその方達の命を共に致す、生きる時も死ぬ時も同じ使命のもと今世を全う致す、その血判の誓いの場である!!」



那須資晴の宣言を聞き一人涙する者がいた、幼少時より那須資晴に仕えていた芦野忠義は那須資晴の歩みを誰よりも知る忠臣であった、5才の時に山中険しい鞍馬の里に向かい椎茸の栽培方法を伝え、五峰弓の秘密を解明し那須家発展の現場に居合わせた忠義、5才の童が那須家滅亡と言う宿命を回避する為に小さな心で懸命に抗い動き5万石の家が今日の300万石を優に超える家にまで戦国一の大家にまで押し上げた資晴を知る忠義、忠義の願いは主君を天下人にする事であり資晴こそが相応しい人物であると常に天に願っていた、その主君が天下を取ると宣言したのである。



「御屋形様! 某 今日程嬉しい日は御座りません、天下を取るという宣言をこの忠義はひたすら待ち望んでおりました、よくぞ御決意して下さいました、秀吉の横暴を粉砕し止める事が出来るのは御屋形様しかおりませぬ、那須家が立ち上がらなければ北条家、小田家も立ちたくても立てませぬ、ここにいる者皆この日を待っていたのです、我らは同体となり一本の矢となりましょう、皆の者御屋形様は遂に天下取りに立ち上がったのだ!! 共に戦おうぞ!!」



「お ──── !!」



「忠義良くぞ申した、資晴よ!! ここにいる者達の多くはお主が育てた鳳雛である、又そなたを信じて集まりし雄志の者達である、その昔、祖である与一様を支えた七騎と同じ志と言えよう、忠義が述べた一本の矢と言う意味は那須家に取って実に大きい意味を成す、武神の神とされている八幡菩薩の呼び名には、はちまん、と、やはた、の両方の呼び名があり最初の呼び名は、やはた、という名前で呼ばれていたのじゃ、やはた、とは矢幡という文字から八幡に変化したのじゃ!! 矢が武神の力であったのだ!! 武神に相応しい武器が弓矢なのだ!! ここにいる者が矢となれば必ず天下取りが成就する、者ども己の命を燃やし尽くし天下を取るのだ!!」



「お ─── !!!!」



「父上 ありがとう御座りまする、皆の意志に感謝致す、此れより血判状に署名し、軍議を引き続き行う事にする!!」




那須資晴の天下取りという言葉こそ、待ちに待っていた言葉であった、那須家の面々には臆する者は誰もおらずこの歴史が動く回天の日を待ち望んでいた。



「儂より460年先の洋一殿より伝えられた軍師の策を大まかに伝える、この策を鑑み大戦時の軍略を練る事とする、秀吉は朝鮮出兵を行う為に本軍を率いて九州に向かう、我らはその時に動く、此度の戦は雌雄を決する、三家の中で攻撃力ある我ら那須家が敵本軍を撃破せねばならぬ、那須家7万、北条家7万、小田家7万、それと上杉連合軍4万(上杉家、安東津軽家、那須ナヨロシク)で戦う事になる、軍師玲子の話では実際に戦場で戦う場合は大きく二つの軍勢に別れて戦う事になる、そして戦場はこの地となる!!」



「御屋形様! そこは近江でありますか、それですと適地となります!! 我ら道不案内となります!!」



「どうやら岐阜の領地らしい、近江との国境のようじゃ!! どちらにしても適地よ、既に鞍馬の者達によって地形を調べさせておる、それと我ら三家の軍勢は凡そ25万となるがその内の半数がこの戦場に陣を構え迎え討つ事になる、我らは那須家は敵勢と四つに組む戦となる、雌雄を決しての力攻めである!!」



「雌雄を決するとなれば調略は無用となりますが、東国の他家には参戦を求めるのでありましょうか?」



「今はまだ何も伝えぬが、我らが動く時を見計らい伝える、参戦しても良いし傍観していても良い、勝ち負けに拘らず特に必罰も考えておらぬ、此度の戦は我らが勝っても恩賞などは無い、天下を取る事が恩賞である、北条家、小田家でも今頃は極秘に評定を開いておる、時が来るまで我らもこの事を誰にも話してならぬ、此度の集まりの事を聞かれたら秋祭りの話をしたと言えば良い!!」



「戦う時期は何時頃となりましょう?」



「2年後の5月であろう、洋一殿知る歴史より2年早く刻が動いているとの事じゃ、2年先に史実より朝鮮出兵が行われるとの話じゃ、我らはその愚かな行いを止めると同時に本来10年後に起こる日ノ本を二分した戦を今回行うのじゃ、10年後に天下を統一した戦を今回する事で朝鮮出兵おも防ぐ戦に繋げ天下を取る事になる、それが此度の大戦の概要じゃ!」



「秀吉の関白側である西国も朝鮮出兵の為に同じ規模の兵数を用意する事になるであろう、半兵衛と十兵衛は元の領国であろう、策を練り上げるが良い、天下分け目の勝利の策を練り上げるのじゃ!!」



「判り申した、某と半兵衛殿で地形を把握して参ります事お許し下さい」



「うむ、鞍馬を付けるゆえ野原の地形を脳裏に焼き付けて来るのじゃ!!」




── 洋一の不安 ──



朝鮮出兵を止めさせるために力技で10年後に起こる関ヶ原合戦を行うと決めた玲子の軍略に危機感を強めていた洋一、玲子の戦略はこれまでに大成功を治め那須家が300万石を優に超える大家に成長した功は玲子の正しい判断と那須資晴による大きい成果と言えたが、今回の力技による関ヶ原での結果によって長年築き上げた成果を一瞬で消し飛ぶ可能性があるのでは無いかと危惧していた。


洋一も玲子に見習い歴史で起きた事象を専門書を読むなどしてそれなりの知識を得ており史実における関ヶ原合戦では確かに家康側が勝つが薄氷での勝利であり大河ドラマのような勝利では無かったと言う研究レポートが多かった、その証拠に戦に勝ったにも関わらず大阪の本丸とも言える豊臣家にはお咎め無しにしか出来ず、その遠因によって更に15年後に大阪の役(大阪冬の陣、夏の陣)が起こり結局のところそれを経て徳川家康は事実上天下人になる経緯がある。


史実における家康が天下人になる歩みは実に長い時間を要しており玲子の力技が果たして天下統一の実現に繋がるのか正直不安でしか無かった、大切に大切に育てた那須家が心配であり資晴と繋がる洋一にとって自分=資晴であり、失敗に終われば自分の人生そのものが終了すると言っても過言では無かった。


玲子による力技を資晴に伝えてからの洋一の様子は明るさが無くなり空返事が多くなり精神的に徐々に弱って来ており目の輝きが失われて行く姿に最初に気付いたのは娘の那美であった、玲子は軍略を練る事に熱中しており全く洋一の変化には気づいておらず何気ない一言から母と娘の口喧嘩となり洋一が追い込まれていた事に気付いた玲子であった。



「えっ、お父さんの様子が最近変? なんでそれが私の責任なの? どこが変なのよ?」



「そんな事も判らないお母さんに問題があるのよ、軍略だか戦略だかしらないけど、いつもお母さんを支えているお父さんを何だと思っているの、最近のお父さんは話もしないし笑う事も無いでしょう!! なんで気付かないの! いつも自分中心なんだから!! 母親として妻として失格よ!! 明日にでも病院に連れて行け!!」



娘に言われて気付くというか、ここまで言う娘に只事じゃないとやっと理解した玲子、隣の部屋で言い争いの声が聞こえていた洋一は能面となりただ右から左に争う声だけが聞こえていた、娘に言われて確かに様子がおかしい姿に医師の診断を受ける事になった、その結果は残酷にもうつ病と診断された、医師の説明では年齢が55才という事であり、仕事でも出世しない時期と重なり、定年が見えて来る時期、そろそろいろんな意味で不安を抱えるなどによる発症と説明された、うつ病はストレスが原因で発症するケースが多い事、ストレスであればその原因であるストレスを軽減してあげる事が一番と説明された。


治療方法は幾つかあるがまだ重度の状態では無い事、ストレスと見られる事を軽減させてあげて様子を見てから判断する事になった、洋一が知らぬ間にうつ病となっていた事に大ショックを受ける玲子、これまでにも現実の世界と那須資晴の世界を通じる事で神経質になっている時があり疲れている場面も度々あった洋一、洋一と知り合った時も素直な青年であり那須家の問題をどう解決すれば良いのか判らない中で二人は偶然知り合い結ばれた、洋一の抱えていた那須家の問題を玲子に伝え、私がいるから大丈夫と伝えた時の晴れ晴れとした洋一の姿は今は見る面影も無かった。


洋一のストレス軽減が効果があると説明を受けた玲子は職場に事情を話し暫く休暇を取る事にし、後は家の中にあった歴史資料を押入れに追いやり自宅でゆっくりと過ごせるように工夫した、那須資晴にはある程度の事は伝えており細かい軍略は現場に一任し、洋一の回復に専念する事とした、洋一は30年近く長い間に渡り資晴と繋がり那須家の運命を背負っていた、460年先の者が背負うなど天の仕打ちにしてはあまりにも酷い話と言える、洋一の性格は中学の頃より弓道を行い武道を学び素直な青年と育ち責任感ある大人へ、その責任感が歴史も背負う事になっていた。


今回の事を大いに反省すると共に、洋一に負担を与えずにどう回復させて行くのか玲子の正念場が来たと言える、季節は鮮やかな銀秋の時を迎えていた。


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