幻庵動く


── 那須烏山城 ──




「御使者殿ようお越し下された、資胤心より感謝致します管領様によろしくお伝え願います」



「いや、なに戦勝の祝いを述べたく某柿崎自ら望んだ事である、気を使わなくて結構で御座る、それにしても戦にて大領を得ましたな、管領様も喜ばれておりました、管領を支える家が大きくなるという事はそれだけ管領家に尽くす責が大きくなったという事であり、管領家の権威も大きくなるという事である、より尽くされる様心新たに致すが那須殿のお役目で御座る、心得間違うなきよう励まれよ」



7月に入り関東管領上杉謙信から先の戦で勝利した戦勝の祝いの言葉を伝えに重臣の柿崎が那須烏山城に使者として訪れた、正式な使者であり資胤初め正太郎他七家重臣が失礼が無いように迎えた、しかし柿崎が述べる口上はどこか引っかかる物言いであり、上から目線で明らかに那須に対して抑えつける威圧的な物言いであった。



御使者殿、我ら那須は管領殿を一度も裏切らずこれまでに大領を得る前から御支え致しております、それはこれからも変わりありませぬ、どうかこの事管領様に良しなにお伝え下さい、と頭を下げ大人の対応を取る資胤、挨拶も終わり歓待の饗応の場へと移り持て成す那須の皆々、その場には正太郎も在籍していた、そこで一悶着が起た、事件と言っても良い出来事であった。



歓迎の場でも居丈高な物言いで話す柿崎、調子を合わせなんとか違う話に持って行こうと重臣達も骨を折っていたが、資胤もいい加減疲れて来ており、何となく場の空気が緊張感が漂い初め、初めて正太郎が言葉を口にしたのである。



「柿崎様、私、先程から柿崎様のお言葉をお聞き致しまして、気になる事があります、お聞きして宜しいでしょうか?」



「ほう、嫡子殿であるな、気になる事があるという事であるな、其方は童ゆえ判らぬ事も多かろう、この柿崎が管領家に仕える由緒ある者から教えを乞うなど些か礼儀知らずであるが、酒の席でもある、ここは大人として一つ教えて進ぜよう、気になるという事はどの様な事であるか?」



「ではお聞きする前にこの話を管領殿に一文一句お伝えせねばならぬ事かもしれませぬので祐筆を用意致します、父上宜しいでしょうか?」



「柿崎殿がお主に教えるという事である祐筆を呼び書き留めるが良い」



「お許し頂けましたので祐筆を用意致します、忠義用意を致せ!」



忠義は、あ~あ、超えてしまった、殿もきっと同じ思いなのであろう、あの二人は基本的に同じある、相手が将軍であろうが筋を通し、勝負をする危険な二人である、あ~あ、と心の中で半分笑って祐筆を呼び手配したのである。



「柿崎様この様な機会を頂き感謝致します、先程柿崎様が言われた、より管領家に尽くせとのお言葉間違いでは無いでしょうか? 尽くす相手が間違ってはおりませんでしょうか?」



「なにその方管領家に尽くす事に疑義を唱えるのか、それは謀反に等しい疑義ではないか、嫡子と言えども見過ごせぬ事になるぞ、事と場合によっては只事では済まぬぞ、謝るなら今の内ぞ、謝るなら酒の席ゆえ、聞かなかった事にするゆえ、謝るのだ!」



「私は教えを乞うているのです、ではお聞きします、何故私の尽くす相手が間違いでは無いでしょうかという質問の答えを聞きとう御座います」



「管領家に尽くすは当たり前の事であり、それがこの地の武家の仕来りである、それが判らぬは嫡子として相応しからず、武家の役目を私欲の為に振舞うが如くである、この意味が解らなくて如何にする、この意味を理解出来ぬは当主の責であるぞ、この責任を如何に取るつもりであるか」



「柿崎様こそが大間違いなのです、某がお聞きしたい事は柿崎様が管領家に尽くせという言う物言いこそ、管領家の権威を下げ、管領家を侮辱しているのです、物事を理解していないのは柿崎様では御座いませんか、某9才の童です、その童が柿崎様の物言いにこそ、管領家を盾に使い、他家を下に見、あわよくば己の権威を高めようとする意志が見え隠れしております、9才の童に見抜かれ恥ずかしいとは思われませぬか、この話管領様がお聞きしたら嘆きますでしょう、管領の権威を下げる者が信頼する使者であったと知りましたら如何致します、私の言いたい事は先ずこの一点であります」



「さらに大領を得た以上、尽くす対象は民であり、民の為に安寧の政を致す様にと助言すべき処を管領に尽くせ管領に尽くせという思慮なきお言葉実に不愉快な物言い、那須の者達を下に見過ぎであり民を忘れております、と某9才の童がお聞きしたい事になります」



顔を真赤にし興奮して怒気を含め資胤に言い寄る柿崎。



「この管領家使者である某に言い張るとは、これは当主の責任であるその方如何に責任を取る気でおるのじゃ! 那須殿、返答次第で管領家を敵に回すぞ、答えよ資胤殿」



「御使者の柿崎殿、某の嫡子が言った事は、儂からの疑義でもある、これが回答ぞ、我が那須を敵にするというなら与一様を祖にする那須である、弓を持ってお応え致そう、それが那須の心意気である、幸い祐筆に一文一句内容をお書きしております、この文を管領殿にお渡し願いたい、是非管領殿の意見をお聞きしたい、しかとお伝え致しましたぞ柿崎殿!!」




翌日早朝誰にも挨拶する事なく城から退散し、戦にて那須親子の首を我が物にすると息巻き帰還した、越後に帰還し、謙信に烏山での出来事と祐筆が書いた正太郎とのやり取りが記載された文を渡し、それを読み謙信は呆れていた。




謙信様の威光に従わず、この上は管領様の旗を持って成敗致しましょう、あ奴らは無礼千万、万死に値しますと平然と述べる柿崎に一言で黙らせた。



「柿崎お前は主に恥を掻かせた愚か者である、暫く蟄居致せ、許しあるまで登城を許さん!」




と言って柿崎を遠うざけてしまった、一言苦言を刺す程度かと思われたが、このような文が送られた事に、同行した配下に再度詳しい経緯を聞き、頭を痛め再度使者を送る事にした。



「済まぬがお主に柿崎の尻拭いを頼まねばならなくなった、今ここで那須が我らと反対側へ追いやる事は出来ぬ、お主であれば人当たりも良く癖が無い、直江景綱ここはお主に一役買ってもらうしかあるまい」




「ご安心下され、柿崎の尻拭いには慣れております、あ奴はあれで忠義だとおもっているのでしょう、ちと悪役が過ぎますが」



直江景綱、3代にわたって仕えた宿老、内政・外交面で活躍し、越後七手組大将の一人として軍事面で活躍した、後の直江兼続の養父となる。




後日烏山城広間にて、こちらが主謙信様の文に御座います、と渡す直江であった。



「これは痛み入る文を頂き感謝致します、戻られましたら資胤喜んでいたと謙信公に良しなにお伝え下さい」



「そのお言葉をお聞きし、役目果たせほっとしております、資胤殿のお言葉に安堵致しました」



柿崎の無礼な物言いからの一悶着であったが、直江が謙信からの詫びの一言が入った文を渡し資胤も安堵した。



「使者殿今宵は歓待の宴を致します、田舎料理となりますが、どうかお受け下され」



これは忝い、と終始和やかな会談となった、その夜は那須の重臣初め正太郎も参加していた。



「あなた様が嫡子の正太郎様ですな、先日は柿崎が失礼な物言いでご迷惑をお掛け致しました、私からもこの通りお許し下され」



「ご使者殿、某の様な童にその様にされては困ります、こちらこそ感情の赴くまま発言致し、失礼な事をしてしまったと反省をしております、どうぞ頭をお上げ下さいまし」



「そう言って頂けると助かります、柿崎も失礼な物言いを行い那須の皆様に申し訳ないとして今は蟄居しております、少しは懲りたでしょう、柿崎を窘め頂きありがとうございました」




柿崎が来た時とは違い和やかな歓待となり、帰りに干し椎茸、澄酒、麦菓子が土産として用意し喜んで直江は戻られた。





── 今川館 ──




「ようこそお越し下さいました、幻庵様が来られるとの先触れが届き、待ち遠しく、早くお会いしたいと一日千秋の思いで御座いました」



「それは困りましたな~一日千秋でお待ちした者が爺では、某の事をその様に待っておりますのは父早雲だけでしょう、はやく来い、早くあの世に来いと、あっははははは」



「こうして寿桂尼様にお会い出来まして私も嬉しゅう御座います、義元殿の葬儀以来で御座います、時が経つのは早よう御座います、昨日の様に思えてなりませぬ、共に元気な内にお会い出来て良かったです」



「私もその様に思います、夫を亡くし、息子を亡くし、行く末を考えると暗くなります、しかし、幻庵様が来られると聞きまして、何か一つの燈明とうみょうが点すのでは無いかと待ち遠しく胸躍らせておりました」



「今川と北条は時には敵として戦い、又は共に立ち向かいました、何時しか両家は同じ道を歩く家となり、ここに雪斎殿がおられたらきっと楽しい語らいになりましたでしょう、雪斎亡き後寿桂尼様の心安らぐ日は遠ざかり、その苦しみの因である餓狼が間もなく襲いかかります、防ぐ手立てを寿桂尼様と語らう為に最後の使命を果たしに幻庵は来ました、お力をお貸し下され」



幻庵が考えた予想も付かない一手に驚くも感嘆する寿桂尼であった。



「その様な手を思い付くとは私も驚きましたが武田もより一層驚き、牙が向かう先が変わるやも知れませぬ、ややもすると矛先が遠江と三河に向かいます、遠江は徳川が狙い戦を仕掛けております、徳川の後ろには織田がおります、その武田と徳川の両者が争いとなり、その間に駿河を北条殿の手にて固める、その最前線は掛川ですね」



「その通りです、流石寿桂尼様です、流れが見えておりますね、掛川には朝比奈殿がおります、朝比奈殿が要になります、今からなら掛川に力を入れる時が充分にあります」



「この話、氏真には隠しましょう、今話せばあ奴の事です、簡単に露見してしまいます、朝比奈であれば大丈夫です、朝比奈泰朝やすともを幼い頃より我が子の様に接しております、今も月に一度文が届きます、泰朝を急ぎ呼びます、三人でこの話を押し進めましょう」



「この計が成れば何れ今川にも光が戻る時が来るのではないでしょうか、今すこし先の話であり、私も見届ける事はかなわぬでしょうが、なればこそ成功させねばなりませぬ」



後日今川館敷地内にある寿桂庵に朝比奈泰朝が訪れ三人で談合が持たれた。



「寿桂尼様本当にこの地を北条殿の地として宜しいのでしょうか? 寿桂尼様の御言葉であればそれに従いまするが、某困惑しております、氏真様はどの様になりますか?」



「では儂から説明しよう、沼津からこの今川館がある所までを今川領とする、沼津一帯を北条から今川に割譲し、そなたのおる掛川からこの今川館手前までを北条とする、ここまでは理解出来たであろう」



「そこで要の掛川城はお主朝比奈殿が形式上北条家に鞍替えしそのまま掛川城主としてこれまで通り政を行う、そして肝心な事は掛川城から駿河に武田の侵攻を防ぐ拠点とする防備を固めるという事になる、氏真はこれまで通りである、しかし相変わらず政ままならずの時は小田原にて預かり、時を見て子息に家督を譲る事になるやも知れん」



「よいか泰朝、今川を武田から守はお主であるぞ、今川を守る為の計を幻庵殿が示してくれたのぞ、この寿桂尼は数々の戦、謀を誰よりも見知っておる、私がこの手は最善であると確信しておる、これ以上の手は無いであろう」



「某も嶺松院れいしょういん様が戻され、武田家と手切れとなり、この駿河を狙っていると危惧しております、しかし余りにも早い動き、一体何が起きているのでしょうか? 何故嶺松院様が戻され手切れとなったのかも知りませぬ、腑に落ちぬ事がありすぎます、氏真様も今川の危機を知りながら国人領主を蔑ろにしております、これでは先行きに不安が生じます」



朝比奈の話を聞き、頷く二人であった、幻庵が静かに武田家のお家騒動から今川に残された時間を聞き青ざめる、朝比奈の手をそっと握る寿桂尼の冷たく枯れた手を見て涙する朝比奈であった、二人の前で畳に頭を付け、朝比奈は誓うのであった。



「某が一命を賭して今川をお守り致します」





今川家にもちゃんとした武将がいましたね、氏真だけが注目されますが、良い武将は取り上げないとダメですね、幻庵の一手面白いです、オリジナル戦記ならではの手になります。次章「大国那須家」になります。

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