大国那須家


 ── 那須烏山城 ──




関東管領上杉謙信の使者、柿崎が挨拶も行わずに帰参した翌日に評定が開かれた、柿崎が勝手に帰った事は那須の問題ではなく相手側に瑕疵がある為関与せずに放置する事にした、それより評定では那須が大国となった事による政の方針が打ち出された。




内政

1・領内は内政を主とし各家が差配する領内は代官を置き安寧を図る。

2・明年は新しい領地も新しい田植え、さつま芋、とうもろこし、かぼちゃ、畔豆等農作物を増産する。

3・積極的に難民等の庇護する移民を受け入れる。

4・旧白河結城、宇都宮、小山、佐竹の優秀な武官は登用する事。

5・烏山城に通じる道普請を行う事。

6・大津、高萩、久慈常陸の三港整備を行い、大型船が寄港出来る貿易港とする。



軍事

1・烏山城を改築する、併せて棚倉に城を作る。

2・弓に不向きな騎馬隊員を武田騎馬隊に移動する。

3・各家の騎馬隊数を3倍にする。

4・『てつはう』『石火矢』の使用方法を再考。

5・帆船要員を大幅に増員する。



諸事

1・狼藉を働く者等は大子工夫とする。

2・有能な浪人を採用する事。

3・農民商人問わず有能な者は採用する事。



この他に大国となったゆえ、今年は諸霊を弔うお盆を各領内で行う、豊穣祭りも同様とする、七家の家も数万石の家となり以前の那須家に近い石高又は超える家も出来た、主家に頼るだけではなく諸事全般を行う体制作りに取り組んだ。



特に目新しい動きは武田太郎率いる槍の騎馬隊に注目が集まった、那須は弓の騎馬隊であるが、全ての者が弓に適しているかと言えばそうではない、弓の的に当てるという一見調練さえすれば出来るかと言えば適さない者もいる、その弓に適さない者を武田騎馬隊に移動する事にした。



武田騎馬隊の突撃力は今後必要と判断され大幅に増員する事になった、飯富の話では弓の場合と違い集団突撃によって破壊する戦法が多くあり、一団を200名1組、数組ある方が良いと助言され、5組1000名の槍中心の騎馬隊を結成する事になった。



この評定により七家に大国になったと自覚を促した、今回の戦で学んだ事は敵側が幾重にも戦を仕掛けて来る場合、七家それぞれが対応を迫られる事態にも備える事に。



正太郎配下の増員、他に太郎騎馬隊の増員を考慮し当主資胤は5万石相当の禄を計上し、より一層多方面に渡る支援組織として整える事になった。



評定の中で議題が一つ上がった、それはどの七家でも米等の石高の備蓄は増えているが銭という物が不足しており普請を行い手当を支給する際に農民達も今までは米を渡せば大喜びされたが、最近は銭での支給を求める者が増えており支払う銭そのものが不足していると言うのである。



確かに数年前まで那須は物々交換で普通に成り立っていた、銭をある程度持っているのは本家の資胤であり正太郎であった、労働の対価、物を購入する対価にどの家でも銭が必要になって来ていた、そこで急場の対策として七家で持っている備蓄の米と穀物を本家で買取り銭を渡し、買取った備蓄はそのまま七家で保管する事、買取った米と穀物は本家の物で今後の合戦や飢饉などに備えて保管する事にした。



資胤にしろ正太郎も明銭の銭はそれなりに持っていたが、充分な量ではなく、資胤は正太郎へ指示を出した、その指示とは油屋に金を送り銭と交換するように、堺の商人達が一番必要な物は明銭ではなく、南蛮と貿易で支払う金、銀が必要であり明銭は有り余っていた。



もう一つ議題に上がったのがやはり人の不足であった、移民の者達は元々土着性が強い農民が多くいて助かっているのだが、それでも広い領域の那須では簡単に飲み込まれてしまい、人不足であった、その事も油屋に手配する事にした、今までは技術者が中心であったが農民等も受け入れる事にした、那須には500石船が2隻あり小田家、北条家にも拝借でき輸送に困らなかった。



議題を解決すると、砂糖が欲しい、奥方や報償に使う西陣の生地が欲しいなど色々と要望が増え嬉しい悲鳴が、収集が付かなくなり何をどの位必要なのかを紙に書き正太郎に依頼する事になった、それだけ七家も裕福となったと言えよう。



評定の後はいつもの宴会に、居酒屋烏山城である、正太郎は酒が飲みたくて評定を開いていると思う時が多々あった、酒が入ると柿崎の話題が予想通りのぼる。



「やはり親子なのですな、若様を見ていると負けん気が強く、一度走り出すと見ているこちらが冷や汗をかきます、御屋形様もそうですが、二人が走り出すと手が付けられませんな」



一同笑いながら、本当だ、困ったと笑顔で頷いている様子に正太郎が。



「私は父の代わりに申しただけです、父上の顔が赤くなり、これ以上は、あ~危険だな~と判断して、嫌な役目を果たしているだけです」



「それでは儂が悪いみたいでは無いか、お主が話し出した以上儂が横で頷くしかあるまい、むしろ儂の方がお主を守っているのだ、儂の方が困っているのだ」



「某見ておりましたが若様が柿崎に物申している時に御屋形様が頷き、もっと言え、もっと懲らしめてやれ、という顔で頷きしておりましたぞ、のう皆の者そうであったのう」




一同大笑いとなり、赤面する二人。



「ではこれからあのような時が訪れたら、皆様も父上を見習い、一緒に頷くとしましょう、頷かない者には労役を行って頂きます、皆で頷けば相手も多少は物分かりが良くなるでしょう」



あっはははは、それは良い、それは良いと大笑いする一同であった。





── 甲賀和田村 ──




「叔父上お久しゅう御座います、ご無事で何よりです、某も京での変を聞き叔父上の行方を捜し心配しておりました、まさか那須の地にいるとは考えもつきませんでした」



和田惟政は正太郎から秘命を受け出身地である近江国甲賀郡和田村にある和田本家を訪ねた、和田惟政の父の弟が本家を継ぎ、今はその息子和田惟忠が当主となっている、和田家は甲賀五十三家のうち特に有力な甲賀二十一家であり忍びの家である。



「惟忠これただも息災のようで何よりだ、儂もなんとか生き延び今は那須家の嫡男正太郎様の重臣として処遇され励んでおる、聞いておるかも知れぬが最近大きい戦で勝ちあがり65万石という大国になった家である」



「そうでありましたか、まだこの地にはその知らせ届きませぬ、65万石とは羨ましいお話しです、儂らは六角家が混乱しておりまして只ならぬ状況です、六角に仕えていました甲賀の忍び達も敵味方になる者もおれば、当家のように様子見している所が多くあります、先行きが見えず今は難儀している所でしたが叔父上のお元気な姿を見れて少しは安堵致しました」



「本来であれば儂が本家を継ぎ差配しなければならぬのに叔父上とお主に苦労をかけ申し訳なく思う、それで此度訪ねて参った理由が今の和田家にも大いに関係がある話で参ったのじゃ」



「叔父上それはどの様な事なのでしょうか?」



「話をする前に主だった者を集めてもらいたいのだが、その上で話した方が惟忠も困らないと思う、それに話す内容が和田一族全体に関係する話なのでその様にしてもらいたいのじゃ」



「判りましたでは明晩に集ってもらいます、今宵はゆっくり那須の事など教えて下され、那須の事はほんどん知りませぬ」



この夜は叔父と甥など近しい者達だけで宴となった、久方振りであり懐かしく楽しい一晩となった。



「皆の者よう集まった、ここにいるは儂の叔父であり本来和田家を継がれる方であった元幕臣の和田惟政様である、態々皆に伝えたいという話を下野国那須よりお越し下された、儂も皆と初めて聞く話である、ありがたく聞く様に」



「和田惟政と申す、その様に硬くならずに聞いて欲しい、儂が今仕えている家は下野国の那須という大名家である、今から二月程前に大戦があり22万石の家が65万石という大領の家となった、その那須の家の嫡子に儂は仕えており、その嫡子様から此度和田家に行き皆の者と図って頂きたいという秘命を帯びて来たのである」



「その秘命なる内容は和田一族全ての者を那須の地に向かい入れたい、侍の身分にて向かい入れたいとの話である、家の事情でここに残る者には繫ぎの役目を与え身分は侍として処遇するゆえ安心して欲しいという話である」




一同驚きの顔になり、お互いの顔を確認し恐る恐る声を出すのであった。



「今の話は和田の頭領も初めて聞く話なのであろうか?、いきなり那須とか侍の身分と言われて驚く話で何を考えて良いかわからん」



「叔父上、儂も正直驚いた、忍びを侍の身分で雇うとはどういう事なのだ、代表の者だけでなく全ての者なのか?」



和田は横にいる小太郎に目配りをし説明を求めた。



「某那須の家に仕えております小太郎と申します、那須の家にも忍びの者が数十名おります、その者全て嫡子様の元で侍の身分で仕えております、銭雇いの忍びは一人もおりません、今和田様がお話しした話は本当であり、某がここに来たのもその説明をせよとの理由でお供させて頂いております」



「今、この小太郎殿の話からも分かる様に那須の家では忍びであっても堂々と侍の身分で仕え働いておる、那須に仕える武家の皆々様も忍びの者だからと言って卑下など一切行わずに同じ侍として接して頂いておる、儂も何度もこの目で見て確かめておる、むしろ大切に大事にして頂けている、その様な家である」



「ではここに残る者も同じと考えても良いのか?」



「勿論じゃ、忍びには、忍び同士必要な繫ぎ宿、隠れ家など多数必要になる、和田一族で持っているそれらを無くす必要は無く、むしろ大国となった那須には必要な物である、この地に残る者も必要じゃ」



「那須に行く場合家族はどうなるのだ?」



「安心いたせ、家族皆を連れて暮らすのじゃ、お主達は侍の身分となり忍びという職で仕えるのじゃ、誰一人犠牲になる者はおらん」



「叔父上、我ら和田の者全てとなると、家族も含めれば相当な数ぞ、恐らく500名以上おるぞ、忍びの者は120程だが、それに我ら和田に行き従っている小家が二つあるその者達は40名程でやはり家族を含めれば200程いるかと思う、その様な大きい人数でも大丈夫なのか?」



「安心いたせ、嫡子殿からこの話を頂いた時に大まかな数を申し上げた、その際に例え1000名を超えようが些かも心配せずに来て頂きたいとの事であった、それに実はここに大金の銭を頂き持ってきた、那須に来るにも費えが必要であろうと、残る者にも寂しい思いをさせてはならぬと言って預かって来ておる」



「夢に包まれた話みたいで、驚いておりますが、那須とはどんな国なのでしょうか、ここにいる者は殆ど那須の事を知らぬ者が多いかと、少し教えて頂きたい」



「一言で言うと近江国より倍は広い国になる、人の数は近江の方が多いであろう、今は海の領地もあり、年々実り豊な国土になりつつある、武士と民が共に手を携えて国を支えている、この地より平穏と言えよう、争いが少なく、年寄りには住みやすい地であろう」



「皆の者、叔父上の話を和田衆に聞かねばならぬと思うが慎重に行ってほしい、他家に露見すれば厄介な事になるやも知れん、絶対に他家に露見されてはならぬ、その上でお主達が配下の家を訪れお主達の手で移動する者、残る者を確認する様に各親方衆が配下を回り確認するのじゃ、今宵は叔父上と小太郎殿配下の皆様の歓迎を行う、那須についても懇談の中でお聞きするが良い」



その夜は和田館で親方衆との歓待の宴となり、はやりそこは戦国の最中、那須の家がどうやって大きくなったのか、戦の合戦模様などが話題となり、話一つ聞く度に親方衆の心は那須に傾いていった。



この話し合いの結果和田一族160家の内那須に来る家は120家、残る家は40家となった、移動は明年都合の良い時期数回に分け、那須の船にて移民する事になった、向かい入れ準備の為に先に30人の忍びが和田と共に来る事になった。






和田一族期待したいですね。

次章「小田家の快進撃」になります。

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