上京・・・2




── 1564年京 ──



この年、京では災害とも言うべき日ノ本副将軍が亡くなった、第十三代将軍足利義輝を支え、傀儡院政を行った絶対権力者、京周辺諸国を力で押さえていた三好長慶が7月4日に亡くなった。



三好長慶は1561年に弟である十河一存が急死してより精神的な支柱を失ったとされ、坂道を転げ落ちる様に自分に諫言する者に、三好を支えていた者を呼び出しては殺しすなど、心身異常をきたし精神崩壊し、亡くなったと言われている。



京では三好長慶が亡くなり、三好家を支えていた、松永秀久と三好三人衆、三好長逸・三好政康・岩成友通、が対立し内紛が起きていた。



もう一方の雄、三好長慶と権力争いをしていた最大のライバル六角家、六角義賢も1560年に浅井長政と争った野良田の戦いで大敗してしまう、1563年10月に六角家を支えていた後藤賢豊を嫡子六角義治に殺害されてしまう、観音寺騒動が起きる、傍若無人な義治に嫌気がさし、六角を支えていた重臣達が離反し弱体化していく最中であり、京の治安が悪化していた。



京周辺の権力者達が弱体した事により、盗賊、野盗の類が昼間から徘徊しそれを取り締まるべき足利将軍には力もなく、騒乱の都と化していた。



朝廷を守る衛兵も数百人と言う少数、京都平安御所を守るには余りにも少数であった、その様な時に1564年10月中旬に帝の元へ、恭しくも数々の献上の品を揃え朝廷に馳せ参じた坂東武者大名二家が上京したのである。



大名二家の内、小田家を織田と間違える者も多数いたが、常陸の古き家の小田であり、その系譜は織田よりも格式が高く、関東八屋形の家であると噂が広まり、小田家という名も浸透する契機となった。



もう一つの那須家は、誰もが知る源平の戦いを一射にて勝利をもたらした天下第一の弓士『那須与一』の那須家であり、その武威に尊敬の眼差しが注がれた。



引き連れた兵は合計で700にも満たない軍勢ではあるが、治安乱れた朝廷に取ってはこれ以上ない強い味方の出現であった。



宿泊する宿営地は小田家は御所正門左側、将軍家二条城近くに宿を宿営地とし、那須家は右側の熊野神社近くに宿を宿営地とした、宿営地は軍師玲子から洋一に伝えた要望であり、御所の正門を両家で守るという意思を示す様にとの深い意味が伝わり、正太郎が油屋に宿手配させた。



無事に両家が京にて合流し、先に帝へ、その後、将軍の元に挨拶に赴くと言う事を朝廷には、山科言継殿に使者を送り、将軍家にも使者を送った、又、横槍や妨害を防ぐ為に、三好家、六角家にも使者を送り、配慮をおこなった。



朝廷側及び饗応の手配は山科言継殿に教導役になって頂くという事で両家で200貫という大金を山科言継に渡した。



時の帝は正親町おおぎまち天皇である、1560年2月に即位した天皇であり、当時の朝廷を取り巻く環境は都が荒れ、諸国大名も戦乱に明け暮れ、支えるべき将軍家は力もなく、朝廷は困窮し、内裏だいりの修繕すら出来ない荒れ果てている時である。



正親町天皇は質素倹約に努め、民の安寧を願い、一日も早く安穏な日々が民に訪れる様にと願う帝であった、その一方で、正義感強く、意志の確かな帝であり、事の善悪に厳しい帝であり、その性格が後年朝廷を軽視する織田信長とぶつかる事になる。



上京し5日後に参内する事になる那須質胤と小田氏治、古式に乗っ取った束帯と屋形号を許された両家であり、侍烏帽子さむらいえぼしと直垂ひたたれを装い参内した。



先導役の山科殿に連れられ拝殿し、指定された場所に座るも両脇には上位の公家衆が見守る中での重々しい拝謁となった。



帝への拝謁は、こちら側からは声は出せず、案内役が全て暖簾越しにいる帝に向かい参内の旨と献上の目録を読み上げられる、帝からは此度の忠勤に対して官位が下げ渡された、小田氏治には従五位下掃部頭、那須資胤に、従四位下修理大夫(今まで従五位下であった)が下付された。



最後に特例で呼び鈴が鳴り帝の暖簾が上がり、二人に声が掛けられた。



「此度の忠勤、誠に天下が認める天下の武士たる証、天下安寧の為に両家の忠節余に代わって領内を収める事言祝ぐ、民に代わり感謝致す」



帝より特例に暖かいお言葉が賜れ、その後は山科殿の連れられて公家衆からの歓待の場が設けられたお祝いの場となった。

(主催は公家衆であるが、その費用は小田家那須家で出すというたかりの場である)



この歓待の饗応の場とは、公家衆が両家を値踏みし、いかに二家からむしり取るという魂胆が見え隠れている場である、饗応の場では、山科殿から、両家から後日御礼の歌会開催ができる事になった事を報告され、一同喜ばしいでごしゃる、という、ござじゃる言葉が飛び交うのであった。





── 正太郎 ──




父資胤が出立した後に間もなく酒を造る酒蔵が完成する報告を受け下見に来た。



「この様な大きい樽で酒を仕込んで作るのか? 大人が何人も入れそうだ、どの位酒が入る大きい木樽なのじゃ?」



「これは10石樽です。(3600ℓ) 」



「この樽、全部で10個用意しております、来年はもっと増やす予定です 」



「10石樽だと大人達で何人が飲める量であろうかのう、儂はまだ飲まんのでさっぱりなのじゃ」



「そうですな~大酒飲みが2000~2500人でこの樽一つです、ひょっとしたら足りないかもしれません」



「う・・・まてよ、それでは10樽では、不足ではないか? 増やす事は無理であるか?」



「樽は全部で20個用意しておりますので、もっと作れますが、仕込む米を精米するのに時間が必要なので、手が足りません」



「それでは、人を手配すれば良いのか? それなれば、普段濁酒を作っている者達で手が空いている者を寄こそう、さすれば行けるのではないか?」



「では15人程お願い出来ますれば助かります、先に10樽を仕込み、その後に10樽仕込みます、最初の10樽は正月に間に合いまする、是非御屋形様に飲んで頂きたく思います」



「何日くらいで完成するのじゃ?」



「発酵具合を確かめ、約50~60日で完成します、さすれば澄酒が完成いたします」



「その残った米カスで甘酒が出来るのであろう? 儂はそれが飲みたい、砂糖もたっぷり買い込んでいるゆえ、酒はまだ美味しくない、あれはまだ無理じゃ、では忠義、人の手配頼む」



酒造りとは別に山師松男からも大子近くの山から金脈に辿り着いたと報告を受け、いよいよ那須は新しい息吹で新年を迎えそうだと確信した正太郎、後は無事に父上がお戻りになり、豊穣の祭りを行えばと考えた、しかし、その豊穣祭りには父資胤は、戻れぬ事態が生じるのであった。





── 山科言継 ──





此度あの者二人が上京した事で朝廷に活気が漲っておる、小さき家の者が大領を得て戦勝の報告に上京するとは、1000貫も大金を献上するとは私の面目が、権威が見直されるであろう、帝も即位されてより初めての大きなる献金であったゆえ、心安かなお顔をしている。



私も歌会を、これ程の規模の歌会は10年程行ってはおらぬ、儂にまで教導約として200貫頂いたゆえ、ここは張り切って仕切らねば、那須ではこの日の為に椎茸を調理に使う様にと預かったゆえ、料理人達も気合いが入っておる。 五日後が楽しみである。




── 怪しい雲行き・・・ ──




五日後に控えた歌会、公家衆は喜び勇んで歌を披露出来ると開催されるまでの数日間を、どの様な歌の作を披露すべきか、心待ちに練っていた、そんな中、五日前の夜半に、鞍馬天狗と面識のある源流の天狗から例の場所に来て欲しい旨の文が遣わされた。



早速、指定された熊野神社へ赴き、部屋に通され、そこには既に天狗を呼び出した主である、帝をお守りする天狗の長、鞍馬天狗がいた、挨拶も程ほどに、話を聞き終えた那須家の鞍馬天狗は至急戻り、深夜ではあったが資胤の元に訪れた。



資胤の寝室前で控えている小姓に急ぎの用である旨を伝え、資胤に声を掛け、鞍馬様が火急の知らせがあると来られておりますと告げられ、部屋に入室した鞍馬。



「夜分失礼つかまります、ご無礼の段お許しくださいませ」



「なにこの様な事は初めてじゃ急ぎ知らせる事柄あるのであろう、遠慮せず申せ!」



「はっ、ありがとうございます、先ほど帝をお守りしている鞍馬天狗より、銭雇いの三好の兵と思われる郎党達が町で激しい野盗を行っており、御所より半里先まで押し寄せているとの事です、その数1000名程が数十に別れ、押込め等の狼藉を働き、御所に向けて来ております」



「鞍馬天狗からの依頼は、御所をお守りする舎人とねり(衛兵)は300程しかおらず、内裏内を守る事で精一杯との事、将軍家も頼りにならず、今、頼れるのは我ら那須と小田様しかおらず、御所朱雀門の門衛警備と御所周辺に害が及ばぬ様に警備をお願い出来ないか、との話で御座います」



「何、その様な事態が起きたと言うのか、帝に何かあっては取り返しがつかぬ、急ぎ武装を整える、重臣及び隊の者を集めよ、小田家に今文を書く届けてくれ」



はい、では今の事を皆にお伝えします、と述べ鞍馬は指示により、上京に付き従って来ている重臣の七騎大関と福原とそれぞれの隊の長に緊急の事態を告げた、史実には無い、那須と小田が戦勝報告に上京した事が、何かの縁に触れ深淵の淵より変化が起こり初めた、史実の裏に隠れ見えなかった出来事が表側からも見える様に現れた最初の出来事であった。




「その方が那須資胤殿の使いの者だな」



「はい、小田様、夜分のご無礼申し訳ありませぬ、こちらが文になります」



「詳しい話をお主に聞いて欲しいと書いてある、急ぎ内容を伝えよ」



「はっ、元三好の銭雇の郎党、1000名が激しい野盗を町で行っており、御所に向かっているとの事、舎人の人数足りず、小田家の皆様しか頼りになるお家がおらず、出来ますれば、合力頂き、共に御所をお守り頂きたく朱雀門にお越し頂きたい、と当主資胤様からのお話しで御座います」



「なんと、それは一大事である、急ぎ準備する、那須殿が一緒にいる事、実に心強い、急ぎ支度を行い駆け付ける、とお伝えください」 



「はい、ありがとうございます」



「皆の者を起こせ、急ぐ戦支度を行い、御所に向かう、急ぎ皆の者を起こせ! 起こすのじゃ!」




無事に帝に拝謁しました、公家達もここぞとばかりに張切っています、目に見える様です、でも雲行きが・・・次章「上京3」になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る