逆鱗

 

── 逆鱗 ──



掛川城では朝比奈が武田と徳川に備え城の防衛強化に努めていた、曲輪を増やし、外堀を広げ、城の外郭全体を広げ、本来3000程度の兵が籠城出来る城だが、1万名は収容出来る様に城内で籠城できる侍屋敷等の増設も行った。


史実では今川家最後の攻防拠点となる城、しかし、駿河を武田に取られ掛川城が孤立してしまう、その為に徳川に城を明け渡す事になった掛川城、今川義元が元々あった旧掛川城では手狭であり拠点として義元がこの新たな掛川城を作り、城主としてこの城を任されたのが今川家の稀代の忠勤、朝比奈泰朝やすともである。


寿桂尼と幻庵の話を聞き、駿河を武田に渡してならぬ、この城が明暗を分かれると判断した朝比奈、遠江国は現代の静岡県西部にあたる、掛川の東側に大井川があり、そこを境に駿河と遠江に分かれていた、掛川城の位置は遠江国の中ではあるが、駿河側に位置しており、ここを取られたら遠江国を失う事になる。


12月に差し掛かろうという時期に北条家今川家による領地交換の条約調印が行われ翌年2月に実施される事になった、発表前に朝廷にも許可を頂く手配を行った、朝廷には那須家からも援護射撃として帝宛に関東の地が北条、小田、那須によって平穏になった事、そして此度の領地交換は北条の隣地駿河遠江までが平穏に繋がり、特に前当主今川義元を亡くした今川家と同盟国北条家で平和裏に行われた事であり朝廷にもご了承頂きたいと説明されていた。


今川と北条の領地境は現在の富士川を境にしており富士市~沼津市が北条側、富士川より清水、静岡側が今川領となる、しかし史実では武田による駿河侵攻により富士川を境にした清水、静岡の領地が奪われるのである、又掛川のある遠江国は徳川に奪われ今川家は滅亡してしまう。


それを防ぐ為に寿桂尼と北条幻庵が一計を図った、すなわち、先程の富士市から沼津までを今川に、安部川から掛川一帯を北条領に交換したのである。


これにより掛川を含む遠国を侵略する者は北条の敵となる、静岡~沼津の領地は今川になるが小田原から近くになり今川を攻撃する者は同盟国北条が支援出来る態勢を築いた形になる、これにより史実と違い今川家滅亡を防ぐ策としたのである。


戦国時代にこのように大きい領地の交換は前例の無い事であった、隣地を巡り争いを解決するために境に接している村を交換するなどは見受けられるが万石を超える領地交換はあり得ない事であった。



当然この発表は近隣諸国に大きい反響が響き渡たった、発表と同時に今川館寿桂尼の元に一人の老将が訪れ一連の事について話し、今後の今川家はその老将に託された。



「寿桂尼殿この話本当なのですな、領地替えは儂には口を出せぬが儂の孫を又もや追いやるという話に、例え儂の息子とは言え許せぬ、絶対に許せぬ、某は太郎が三才のおり甲斐を追われこの今川の地に身を寄せた、太郎を失い、今また氏真を儂から奪おうとするのか晴信め、寿桂尼殿この話某が命にかえて成し遂げいたそう、そなた寿桂尼殿の悔しい思い全て儂が引き受けよう、安心するが良い」



「信虎殿、先の短い私には解るのです、そなたが今川に来た理由が、そして私の寿命がまだ尽きぬ意味が、幻庵と図りし一手を打つ為に信虎殿も背負う業を滅する為に生かされていたのです、私の主人が幻庵と戦い、信虎殿と戦い、何時しか三者交わい同じ流れの中いたのです、多くの者が命を失い築きあげた今川の地です、武田の地も北条の地も同じです、これ以上無駄な血を流す事を避ける為に同盟を結んだのです」



「弱くなった今川を狙う武田、それを守ろうとする北条、そこへ信虎殿が加わるのです、それとこれより話す事は氏真も知らぬ事、掛川の朝比奈しか知らぬ事を伝えます、絶対に他の者に話してはなりませぬ、この今川館には既に武田の手が伸びておりますゆえ絶対に漏らしてはなりませぬ、良いですね」


「そなた信虎殿の孫、武田太郎義信殿は生きております、那須の国にて守られ武将として新しい道を歩み始めております、そなたの良く知る飯富殿と一緒におります!」



「なんと、なんとなんと本当ですか、晴信に処断されたと聞きましたが、生きておるのですか?」



「那須の国に天より智を授かった嫡子正太郎と言うお方の差配で極秘に救出されたのです、北条家を動かしているのもその嫡子の力と聞いております、常陸の小田家が上総、下総、安房を纏めたのもその嫡子の力に依るところが大きいと北条殿から聞きました」



「寿桂尼殿、儂の命、今この時の為にあるという話、その意味を悟れそうです、太郎が生きておるとは、どうやら役目が残っているようです、この領地替えの出来事もまだまだ小さき事かも知れませんぞ、面白き景色が見えるかも知れません。」


「ほう~信虎殿の顔が変わりましたな、琴線に触れましたかな? 武将の顔になっております。」


「寿桂尼殿確かに琴線に触れました、だが琴線ではありませぬ、某の逆鱗に触れたのです、晴信は犯してならぬ事をしたのです、一線を越えたのです、父である某を追放した事は某も愚かであり仕方なき事です、しかし、息子であり某の孫、太郎を追いやり、此度氏真を追いやり今川を滅ぼす事は全くの違う事、某の逆鱗に触れ申した」



「流石です、ここへ来て、一国一城の主、武田信虎殿にお会い出来て嬉しく思います、ここに私の朱印があります、自由にお使い下さい、武田は私が亡くなったと同時に事を起こします、私の命は長くて一年になります、後を頼みましたよ信虎殿」



ここに老将『武田信虎』が復活した。




── 小田原城 ──




「良くぞお越し下された、正太郎殿にお会いたくて父上、幻庵様もまだかまだかとお待ちしておりました、この氏政、金山の事を始め、武蔵の地では見た事も無い豊作と聞きました、この通り感謝致します」



「私も皆様にお会いしたく父上に無理を言って訪れました、忙しい最中と思われますがどうしても皆様に会いたくて来てしまいました、お許し下され」



「あっははは、この三人の中で、この幻庵が正太郎殿に一番会いたかったのですぞ、何しろ正太郎殿のお陰で今川と領地替えが無事に行え、一計を図る事が出来、その褒美に氏政が若い女子を付けてくれるそうな、嬉しくて堪りません、あっはははー」



「叔父上はしたないですぞ、正太郎殿、佐竹包囲網を破り那須のお家が大国となった事、実に喜ばしい限りである、おめでとう御座る、小田の家も見事と言うしかありませぬ、これで三家にて300万石を超える大きい輪が出来申した、今川も危機を乗越えればより大きくなりましょう」



「はい、幻庵様と寿桂尼様にて図られた領地替え見事です、某にも読めなかった一手です、武田も今頃驚いている事かと思います、きっと間もなく武田の使者が訪れると思います、見ものです」



「此度は色々と北条様と相談したき事があります、それと当家で先頃完成した木砲を持って来ました、それをより強き砲にする為に北条様の御力をお借りしなくてはなりませぬ、時の許す限りお世話になります、よろしくお願い致します」




12月に入り正太郎は北条家に訪れ今後に備え談合するのであった。





── 玲子の一計 ──




「洋一さん本当なのね、今川と北条で領地替えが成功したのね?」


「はい、年が明けて2月より実行されるそうです」


「良かったわ、これで私の考えた案が実行できる、領地替えが出来てこその案だから心配していたのよ、これで次に移れるわ、洋一さんあれをセットお願い、そっちのジオラマね」


「そうそう、それでOKよ、残念だけど寿桂尼さんが史実通りだと再来年の3月に亡くなるの、あと一年四カ月後ね、その年の1568年12月に武田は徳川と協定を結んで今川を攻めるの、このジオラマの大井川を境に、大井川から駿河一帯を武田の領地、掛川から三河まで一帯を徳川の領地にする協定なの」


「史実、氏真は北条に援軍要請し援軍を得るけど、国人領主達が武田に寝返っており敗北しちゃうのよ、でも今回領地替えが起こったから史実と違う事が起きるわ、面白い事が起きる筈よ」



「徳川が攻撃する予定の地が既に北条の領地、これだと兵力に差があるから徳川単独では攻撃出来ない、もう一つ、武田が攻撃する駿河側も小田原からと掛川からの挟撃される危険があるの、この場合、洋一さんならどうする?」


「武田は兵力があるから二手に分けて、一つは小田原から攻撃を防ぎ、残った方で今川館に向かって進軍かな? 掛川の北条が援軍を出せば、掛川の守りが薄くなるので、それで徳川も参戦出来るかな?」


「凄いわ洋一さん、その通りよ、そこまで読めれば大した者よ」



「その手に対して手を打つのが私の役目、私の役目はここよ、この場所に仕掛けを講じるの」



「なんですか、そこは?」



「信玄の通る道よ、ここを塞ぐとどうなるか? 塞ぐというより罠を仕掛けるの、北条には風魔がいるから出来るよ、必ずここから駿河に侵入して来るの、史実と同じ、甲斐、山梨県から来る関係で攻め口が限られているの」



「成程ですね、そうすると何らかの被害が生じるという訳ですね、それから先はどうなりますか?」



「私が武田なら一旦戻って駿河側から攻めないで、徳川と共同で遠江国から向かって攻めるかな、どうせ北条とも手切れになっているから遠慮しないで攻め口を変えて侵攻をする筈よ」



「そうすると余計に遠江国からドンドン侵略されませんか?」



「ふっふっ、ふふ、だから私がいるのよ、そうさせない為に玲子さんがいるのよ、ここからが本当の軍略よ、正太郎に伝えてね、伝えれば正太郎の方で勝手に仕掛けるから、正太郎には十兵衛も半兵衛もいるから素早く動くから大丈夫、最初に、あの道に罠を仕掛ける事、次に攻め口が遠江国からになった場合は、ここを取り戻すの、ここを取り戻りしてしまうの」


「えっ、そんな手があったの? 取り戻した後、又取り返されないですか?」



「大丈夫、那須本軍が動くから武田も驚いて手が出せないわ、相当驚くと思うよ、信玄大丈夫かな、心臓発作を起こして史実より早く亡くなったりしなければいいけど、ちょっと心配だね」



「えっ、亡くなった方が良いのでは?」



「私の中では、もうちょっと頑張って欲しいのよ、乱取りやり放題して殺しまくった人だから簡単に死なれちゃ困るでしょう、もう少し頑張って苦しんでもらわないと、まあー簡単には死なないから大丈夫」



「もう玲子さんと話してると僕の方が発作起きそうだ、いろんな意味でそろそろ勘弁してよ」



「うっ、ねぇ今のなんか意味深な発言だね、いろんな意味ってどんな意味が含まれているの? 何を勘弁して欲しいの?」



「いやいや何でもありません、ついつい甘えて言ってしまいました。」


冷や汗を掻く洋一、色々勘弁して欲しいと願う心の声がつい出てしまった洋一であった、玲子の考えた一手は幻庵と寿桂尼による領地替えという大計があってこその一手である。



さてどの様な一手でなのであろうか。








武田信虎が登場してしまいました、信虎の逆鱗、危なそうです。

軍師玲子の考えた武田信玄が通る道に仕掛ける罠とは?

そして取り戻すとは、何を指しているのか、読者の皆様も考えて見て下さい。

次章「正太郎10才」になります。

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