正太郎10才


「これはどいう事だ、突如このように大きい領地替えなど聞いた事も無い、誰かが仕組んだに違いない、その方使者として話を聞いて来るのだ、我らに対する敵対行為かも知れぬ、この先の戦に影響があるやも知れん」



「はっ、判りました、これより出立致します」



「ほうこれは又大胆な領地替えであるな、この文には今川家から北条家に起っての願いから行われたと書かれておる、両家が納得して行った事であるから余計な口は出せぬが、念の為どの様な理由でこうなったのか聞いて来るが良い、此度はその方が行くが良いであろう!」



「判り申した」




小田原城広間では那須正太郎が訪問してより数日経過しており小田原の地で10才になると聞きいつもの三人トリオがお祝いの場を設ける事になった、他家の者ではあるが北条家へ著しい貢献がある正太郎、10才を小田原の地で迎えると聞けば我が子の様に盛大なお祝いを用意した氏政であった。


お祝いの場は能舞台を鑑賞する特別な中庭で行れ、豪華な料理の数々と舞台下手では猿楽の舞、道化師が手毬複数を操り踊りながらの楽しい演技が披露行され楽しむ正太郎、次の演目では一人の幼い少女が現れ、氏康より某の娘、氏政の妹鶴姫と紹介され女子が琴の演奏を披露した、鶴姫は3才習い始めた琴で音を奏でた。


正太郎は10才現代の小学4~5年生の年頃、10才とは成長期であり思春期入口の多感な時期、幼い鶴姫が一生懸命に琴を弾く姿に慈しみを感じこの子を守らねばと思う正太郎。


琴の演奏が終わり両手いっぱいに手を叩き喜びを表す正太郎、演奏が終わり三人トリオ(氏康、幻庵、氏政)と正太郎に頭を下げ挨拶する鶴姫に。



「某にこの様に御もてなし頂き心から感謝致します、姫様の琴の音色を聞かせて頂き心が洗われました、ありがとう御座います」



挨拶した後に正太郎は北条様のお家では時告げ鳥の卵は手に入りますかと聞く、急ぎ配下に確認すると卵は手に入るとの答え。



「では本日お祝いのお返しに炊事場をお借りさせて頂き、最近完成した美味なる菓子を御礼致します、私の父上にも母上にも披露していない特別な菓子になります、鶴姫様はじめ皆様に些かですかお祝いのお返しに後程用意致しますので是非食して見て下され、本日はこの素晴らしい席をご用意下さりありがとう御座います」



正太郎は那須家料理ご意見番飯之助を伴って来ていた、その飯之助と公家の錦小路が茶碗蒸しを作った事を聞いた洋一が茶碗蒸しとほぼ同じに作れるプリンを伝えていた。



史実では琴を演奏した鶴姫も悲劇の最後を遂げる戦国女性の一人である、武田と北条の同盟関係は途切れず、武田勝頼の元に嫁ぐ鶴姫、やがて武田家滅亡となる天正10年4月3日天目山で勝頼と共に自刃し生涯を終える、享年19才の若さで亡くなるのである。



数日前に正太郎が10才になる事を聞いた氏康は幻庵、氏政にこれは盛大にお祝いを行い、その際に儂の娘、鶴姫に琴を演じさせ目通りさせようと相談したのである。



「父上、それは良きお考えです、正太郎殿が10才であれば何れ近い内に元服し婚儀の話も出る事でしょう、鶴も3才です、大変に可愛い時です、目通りさせるに良い機会です」



「儂もそれが良いと思う、何れ何処かに嫁がねばならぬ、仮に那須に嫁ぐとなれば万々歳じゃ、大賛成じゃ、本当に琴が弾けるのか?」



「習い始めてまだ二ヶ月程だが、幼い子が弾くのである、音が出れば良いではないか、きっと喜ばれるであろう、いきなり婚儀の話などすれば怪しまれるが誕生のお祝いで琴を奏でればそれだけで成功であろう」



「ではこれより鶴に話してくる当日を楽しみにしておれ」



三人トリオは鶴姫と正太郎を結ばせようと考えお祝いの場で紹介した、正太郎には那須の家が大きくなった事で幾つもの婚儀を結びたいとの申し出が来ており元服するまでは一切申し出を受けないとその都度話を断っていた、大国の嫡子と他家の娘が結婚するという事はその家も大事にされ繁栄する証でもあった、戦国では家と家の政略として婚儀を結ぶ事が当然とされていた。



翌日は正太郎達と木砲の実演と対武田についての戦略が話し合われた。



「どうですか、この木砲、弾が約600間程飛びます、木の木砲の為に10~13発で使えなくなります今後改良する予定ですが、那須にはこの筒を鉄で造る技術がありません、北条様の所では鋳物技術があります、鉄で造れば威力も増し、壊れずに使えます、是非お作りして見て下さい」



「これは相当役立つ武器である、間違いなく使える武器ぞ、氏政鋳物師に作らせてみよ」



木砲の試し打ちを確認した後に城に戻り具体的な事を話す正太郎であった。



「こちらの重箱にあります文をご確認願います」



「武田があと二年程で駿河侵攻を開始します、その備えとして多数砲を用意し有利に進める事が出来ると思われます、その文には秘策が書かれております、この秘策は460年先の者より伝わった内容になります」



「なんと・・これは・・幻庵様如何思われますか?」



「・・・・確かにそうだ、領地替えを行った事でこうすれば武田は攻め口を変更するであろう、そうなれば武田は小田原から掛川まで手が出せぬ、手を出す所は掛川に集中する、そこを守り切れば駿河は安全じゃ、それに遠江の3割ほどは守れるぞ、先程の砲を掛川の城に多数配置すれば数万の軍勢であろうとも大丈夫じゃ」



「460年先の者も幻庵様が行った領地替えが成功したゆえ出来た策だとの事です、幻庵様の守る策を利用し一手加えて敵を攻める策に変えたとの事です」



「そこに書かれております峠に、風魔の力にて罠を作る事は大丈夫でしょうか? 某は知らない場所になります」



「うむ、この場所なら儂も良く知っておる、問題なく罠を作れる、斜面に作るので数カ月程必要であろうが風魔なら簡単に成し遂げるであろう」



「良かったです、計画通りに進めば武田は遠江国約7割を徳川と分け合うか、お互い争い取り合う事でしょう、どちらにしても敵側は戦力を消耗致します、460年先の者の話では武田は駿河の代わりに何れ三河に攻め込むであろうとの事です、その時が攻め時と申しておりました、その時がそこに書かれた策の本領が発揮される時だそうです」



「なんと遠大な計であろうか、儂と氏康は生きておろうか、その時までなんとしても生きていたいものじゃ」



「私は生きておりますぞ、以前正太郎殿から中風になる話を聞き、摂生しておりますぞ、最近は身体が軽くなり足腰がよく動きますぞ、問題は幻庵様じゃ、若い女子を侍らすなど、ひょっとしたら来年辺りかも知れませんぞ、残念ですのう」



「おのれ・・・何が来年ぞ、儂はまだまだじゃ」



史実では北条幻庵は1589年85才で亡くなる。



「この氏政、正太郎殿に感謝します、敵が動く事を事前に知るゆえに出来る策です、駿河を守るだけでも大変であるのに、そこから先の策に連動するなど鳥肌が立つ軍略に心底感服致しました、必ずこの策を生かし行います」



「この策があってこそ実は那須にも関係する軍略が描かれているのです、460年先の軍師玲子なる女性は天下第一の知恵者にて先の先の更に先を読み解き軍略を編み出します、某が今まで幼く、私の成長を待ち、これまでは先の先二手位しか教えて来なかったとの事です、これよりは三手先、四手先の話をして来るようです」



「なんと・・・恐れ入った、言葉が見つからぬ、一手先を知るだけで有利であるのに、三手四手となれば敵は何も出来ぬぞ、こちらに備える力があればいかようにも手が打てる、諸葛孔明の上を行く者ぞ、その者が正太郎殿を守っているのじゃ、やはり長生きして同じ景色が見たい、武田の事は単なる通り道の石であるぞ、路傍の石ぞ、その先に大きい岩があり大山がある筈じゃ、儂らは大山を目指すのじゃ」



「私も幻庵様が言われた通りかと思います、小さき国の那須が今は10倍以上の大国となりました、まだ通り道なのだと終着点はまだ遥か先だと実感しております、私がこの様に自由に動けるは父もその様に理解しており、私に翼を与え、羽を伸ばせるよう配慮してくれております」



「儂もこの幻庵も同じであった父早雲が儂を先読みが出来る神童であると言ってどんな事をするにも自由にさせて頂けた、あの父がいたから儂も軍師として働けたのじゃ、父とは有り難い者じゃ、正太郎殿の話を聞き、急に思い出したら泣きとうなった」



「では皆さま幻庵様が泣かれる前にお開きに致しましょう、今夜の夕餉でお祝いのお返しに新しい菓子をご用意出来るとの事ですので最後に食して見て下され」



「幻庵様が泣かれると面倒なのでそうしましょうとはこれまた一杯食わされましたかのう、あっはははは」



この日の夕餉では那須より持ってきた取れたての椎茸を炭火で炙り軽く醤油に付け食し、最後にプリンが出された。



「これは必ず喜ばれる菓子になります、一通り食事が終わり最後に召し上がるなど、又は来客にも驚かれ喜ばれる菓子だと思います、匙ですくって食して見て下され」



「ほほう、これはなにやら甘そうな匂いですね、豆腐の様に柔らかいようです、どれどれ・・・・一口、二口と口の中へ・・・・」




鶴姫が最初に声をあげた。



「おいちい、とてもおいちい、母上も食べて、とてもおいちいです」



はいはい、と言って氏康の妻瑞渓院ずいけいいんも食し始める、瑞渓院が目を丸くして食したのを見届け、氏政の妻、黄梅院おうばいいんもプリンに手を付け一同が食した。



「この菓子は時告げ鳥の卵があれば作れます、賄い方に作り方を説明しておりますので甘い物が食したい時に何時でも食して下され、当家の医道を指導しております公家の錦小路殿の話では時告げ鳥の卵は大変体に良い食べ物であり、特に食欲が無い時に食されると良いと申しております、卵をこの様に菓子にしても良く、卵を茹でても良く、粥にいれても良いと申しております」



「この幻庵も初めて感じる甘みと美味しさです、口の中でさっと消えてしまいあっという間に無くなってしまった、正太郎殿は以前にも麦菓子等の作り方や新しい芋の芋菓子を教えて頂いたが、食にも関心があるのですね」



「はい、今私は親無の子供40名程私の村で預かり育てております、私と同じ様な童達です、しかし、その者達は瘦せ細り餓死寸前で引き取った子も多くどうすれば健康になるかと公家殿と相談し食の改善と医道について助言を頂き大切な事を学びました」



「それは正しい知識による食が医道であり、医と食は同源であると、今では公家殿の所に牛も沢山おり、その牛から出る乳も飲まれています、牛の乳はその昔より帝も飲まれているそうです、私も時々飲みますが大変良い物と実感しています、その様に食が大切である事と、食するなら美味しく頂ける物を用意しようと考え工夫しているのです、嫡子である私が行えば武士であっても工夫して良いという前例が作れます」




話を聞き頷き感心する一同、この後は男衆は酒盛りとなり、正太郎は瑞渓院がいる所に移動しお茶を頂き鶴姫とも楽しい話をして過ごすのであった。




「正太郎様のお国に尻尾が沢山あるキツネがいるのですか? 悪い狐だと聞きました、怖く無いですか?」と鶴姫より話しかけられた。



「お~よくご存じですね、その昔に尻尾が9本もあるキツネが都にいたのです、そのキツネは悪さをする悪いキツネだったのです、悪いキツネを退治するように帝が命令を下し、上総介広常というお侍と三浦介義純というお侍が悪いキツネを私の国の那須まで追いつめ退治したのです、退治された際にその悪いキツネは大きい岩になったのです、今もその大きい岩が那須の山にあります、悪いキツネは退治されたのでもう怖くはないのですよ、だから大丈夫ですよ鶴姫」



「退治したから大きい岩になったのですね、安心しました、9本も尻尾があるキツネを考えたら怖かったのです、那須とはどの様な国なのですか?」



「那須は広ーい野原が沢山ある国で馬が楽しそうに走っていて、冬には雪が降り、遠くに綺麗な山々が見える所です、後はここ数年毎年楽しいお祭りを領民と一緒に行っております」



「海はあるのですか?」



「はい、少し遠くになりますが今は海もあります、鶴姫は魚は食べますか?」



「はい食べます、でも骨があって嫌いです」






「そうですか、骨は私も苦手です、でも体を強くするには魚は食べないといけないそうです、骨はお付きの人に取って頂き食べましょうね、先程の柔らかいお菓子は美味しかったですか?」



「はいとてもおいちかったです、直ぐに無くなりました、残念です」



「作り方を賄い方に教えてありますから、母上のお許しを頂いた時に召し上がって下さい」



鶴姫との楽しい会話をし、翌日には小田原の城下町で土産を買い那須に戻る正太郎、那須に帰還すると油屋が大量の明銭を持って那須に訪れていた。






三人トリオという紹介でよろしいですよね、北条三人トリオ。

鶴姫今後どうなるのでしょうか、三才の女の子可愛い天使でしょうね。

次章「1567年開幕」になります。

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