第61話 胎動・・・2


 那須の領内に諸国の忍びが徘徊、やっかいな歩き巫女なる者までいるとは、その歩き巫女はどうやら何かの呪印で操られている様だとの話に寒気を覚える正太郎。



 戦国と言う時代は神社仏閣は勿論、風習と民間信仰が複雑に絡み合い、妖怪の類の話も信じられている時代、特に多いのが、飢饉、干ばつ、又は大雨による水害などの原因は○○沼にいる大蛇が暴れている、天に祈りが足りない等の不幸の原因を自然現象と結びつける事が普通の時代であった、そこへ呪印によって操られている歩き巫女という存在に恐ろしさを感じた正太郎、父上が間もなく上京する、何事も無ければと不安がよぎる正太郎であった。



 それとは別に領内では、特に各村々で大きい喜びが湧き起っていた、実りの秋、待望の米の収穫時期、4月に新しい田植えを領内の村々で行った田植えが、見事な実り、稲の穂が、たっぷりと頭が垂れていた。



 那須の今までの石高は約5万石程度、その領内に新しい田植えを行った、その手ごたえを農民達は会う人、会う人に、満面の笑みで、お前の田も立派だ、いやお前も立派じゃないかと、今度の正月は白いご飯を家族で食べれると、各地で明るい会話に花が咲いていた。



 昨年から上野国、武蔵国からの避難してきた者は各地の農村に送り、人が増えた村では、春から秋にかけて新しい村を作り田畑を増やす為に開墾を行って来た、難民達の総数は1万人を超え、人の数が不足していた那須の領内に取ってはこの事も大きな福運であった。



 村長の平蔵より、どこもかしこも豊作だと、これは凄い事になりましたと報告を受けていた。



 当主の上京に向け、この豊作は背中を後押しする慶事であると、帰還した後に豊作祝いを各地で行う様に七家重臣に伝え、五穀豊穣の感謝祭を行う事になった。





 ── 歩き巫女と鞍馬天狗 ──




 烏山城周辺の鞍馬隠れ家に、二人の歩き巫女が捉えられていた、鞍馬の術により眠らされている、安易に誰の指示で領内に来たのかと聞いた場合、呪印が発動し、自ら命を絶つ可能性があるので、捉え、眠らせていた。



 歩き巫女は2人1組で領内を回り、上役の武家、裕福な家、商屋などに厄払いと称して入り込む、見た目は明らかに巫女であり、祓いを行い又は祝詞を述べ、神事の神秘性を武器に家々に入り込む。



 そもそも巫女とは、日本の神に仕える女性、神子みこ舞姫まいひめ御神子みかんこと呼称され、神楽を舞い、祈祷を行い、占いをし、神託を得て他の者に伝えたり、口寄せなどをする者達であり、神事に欠かせない存在であった。



 その巫女を忍びとして育て敵対諸国に送り込み、情報を得、又は、騒乱の火種を行いその国を弱らせるという、時にはその可愛い姿から男に取り入り込み、見た目とは違い、放置しておくのは危険であった。



 鞍馬の隠れ宿では捉えた巫女二人に対して、呪印で封印されている命を縛っている鎖を断ち切る為に呪印解除の呪文を鞍馬天狗が巫女に試みようとしていた。



 天狗の説明では、呪印で命を縛る事が出来る者は、日ノ本で一番強き呪印が出来る者は、竹之内宿禰(すくね)の末裔であり、その者が施した呪印を解除するには、天狗とて命をかけて行う呪文との力の引き合いとなり、天狗が負ければ、天狗の命まで呪印の鎖に縛られ、呪印を施した者の名を口に出そうとすれば、自分の意思とは関係なく自らの命を絶つ行為をしてしまい、亡くなると説明を受けた正太郎である。



 竹之内宿禰とは一体何者なのかと聞く正太郎。



「竹之内宿禰とは武内宿禰とも言われており、古代の天皇家に仕え、300年近く長く生き、神託を行い、皇室を支えた者であると日本書紀、古事記に記されていると聞いております」



「私が、天狗が聞き及び考えますると、日ノ本一の呪詛の者であり、その末裔の呪印であれば、解除するにはこちらも命をかけねば解けませぬ、それほどの使いの者になります」



「では先ずこの者から某が呪文を唱えます、ここにある蠟燭の灯が消えた場合は某の命が宿禰の呪印の虜となります、蝋燭の炎が消えた場合は、小太郎よ、その方その剣にて儂の命を奪え、必ず奪うのだ、さもなければ儂の命は苦しみ無間地獄に落ちてしまうであろう」



「待て、待つのだ、ダメだそんな危険な事を犯しては、その方の命をかけるなど以ての外である、天狗の命をかけるなど絶対に許さん、やめろ、やめてくれ~」



 顔色を変え急ぎ懇願した正太郎、横でも顔を真っ青にしている小太郎であった。



「ご安心下され、念の為に申したのです、それ程呪印解除とは覚悟が必要なのです、この巫女に強き呪印が施されていても、この者と某では、人としての命の強さが違い申す、間違いなく封印を解除出来ると思います、ご安心下され」



「但し、仮に蝋燭の炎が消えた場合は必ず儂の命を絶つのじゃ、それが儂の息である小太郎の役目ぞ、よいな! 」



「・・・はい、判りました」



「では、暫くお静かにお願いします・・・・・・」



 寝ている巫女を起こし、眠り込んでいる巫女に向けて、手を合わせ・・・・小さい声で天狗が祈り出す、巫女の心に向けて・・・・・蝋燭の炎が風もなく揺れ動く・・ 炎が揺れ、灯が小さく・・大きくと・・とゆっくりと彷徨う。




『身口意の三業に宿された命を縛る鎖を断ち切り給え、国生みの親伊邪那岐いざなぎ伊邪那美命いざなぎのみことよ・・・・・伊邪那岐の剣を使い黄泉の国に縛られしこの者の命をはらえたまえ、清めたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ、この者の命を開放させたまえ・・・・この命戻し給え・・・・この者の命南無如是本末究竟等(なむにょぜほんまつくきょうとう)させ給え・・・・・・』



 蝋燭の火が消えたと思った瞬間に瞬く間に大きな炎として蘇った。



 正太郎を初め全ての者が息を飲み、身動き出来ない、一切の音が立ち消え、時の流れさえ留まり深淵なる世界に支配された空間・・・・ そこへ息を吹き返す呼吸音が聞こえた・・・・

 巫女の命が呪印から解放された呼吸音であった・・・一つ、二つと苦しみから解放された呼吸音であった。



 突如泣き出す、むせび泣く巫女、その瞳から滂沱に流れる清らかな涙であった。



「もう大丈夫だ、もう大丈夫だと」



 少女の巫女を優しく包む天狗であった、巫女は命を縛られていてもそれまでの記憶を、はっきりと覚えており、ただ何かに支配され自分の意思では動けなく、操られていたと死にたくても死ねず、命じられるままに動き生きていただけであった、と話すのであった。



 その後、もう一人の巫女にも天狗が・・・・



『身口意の三業に宿された命を縛る鎖を断ち切り給え、国生みの親伊邪那岐いざなぎ伊邪那美命いざなぎのみことよ・・・・・伊邪那岐の剣を使い黄泉の国に縛られしこの者の命をはらえたまえ、清めたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ、この者の命を開放させたまえ・・・・この命戻し給え・・・・この者の命南無如是本末究竟等(なむにょぜほんまつくきょうとう)させ給え・・・・・・』



 蝋燭の火が消えたと思った瞬間に瞬く間に大きな炎として蘇った、無事に呪印開放された二人の巫女であった、暫くこのまま、この宿で過ごし、落ち着いて過ごされよ、配下の者に後を任せ、二人を励まし、城に戻った正太郎であった。



 この夜正太郎はいつものメンバーと父資胤を交え、昼間の事を話したのである。



「その方よくその場にいて大丈夫だったな、話を聞いていただけで寒気がして来たわ、恐ろしい話である、その意識を取り戻した巫女はもう大丈夫なのであるか?」



「はい、二人の者はもう大丈夫であります、巫女二人が忍びとして相当調練された上で呪印に縛られておれば、解除は大変な事になったかも知れません、巫女たちは忍びの調練はされていない様です、巫女としての神事の調練はされていますが、忍びの技はそれ程持ち合わせておりませんでした」



「その者達はあとどれ程領内にいるのだ?」



「はい、確認できました数は全部で10組20名になります」



「その者達は、どうすればよいかのう?」



「念の為、やはり捉え、解除した方が安全かと思われます」



「解除した後はどうすればよいかのう?」



「その者達を来たところに戻らせれば、殺されるのでありませぬか?」



「忠義の言う通りです、きっと殺されるでしょう、戻しては危険です」




 百合付きの侍女梅が、えーと恐れながらよろしいでしょうか?と聞く、正太郎が考えがあれば遠慮せずに良いぞ、ではと言って話し始めた。



「ありがとうございます、その巫女はもう呪印で縛られていないのであれば、そのまま巫女として那須のお家にお仕えするのはどうなのでしょうか? 巫女達は神事の調練はされているので、解除され問題ないのであれば今は、巫女です、巫女として領民にこれからも安穏な生活が出来ますようにと、家々を回ったらどうなのでしょうか?」



「それは、良い意見じゃ、そのまま領内で巫女として村々を回れば民の心は安らぐであろう、ふむふむ、どうであろうか? 皆はどう思う」



「巫女の雇い主が巫女たちが戻らねば不思議がり、解放された巫女たちに危害は及ばぬかな? そこはどうなのだろうか?」



「歩き巫女とは、忍びの技もそれ程習得していない者達であり、それらの者が戻らなくても使い捨ての様な弱き者達です、危険を犯してまで戻らぬ巫女に危害を加える為に何らかの動きはしないと思います」



「では、戻らぬ場合、新たに新しい歩き巫女は来るかのう、来た場合はどうすれば?」



「はい、新しい巫女が来る事は予想できますが、新しき巫女を見つけては解除すればよろしいかと、思われます」



「では父上、ここは梅が申した通りにした方が良いかと、それとその巫女たちは普通に結婚などもしてよいのか?」



「はい、結婚する場合は巫女を引退し、家の奥に入ります、普通の家と同じで御座います、ただ神に仕えていたという事で嫁に欲しがる家は家運繁盛を運ぶ嫁として大事にされ、欲しがる家が多いかと思います」



「成程、いい事づくめでは無いか、父上、その様に致しましょう」



「ふむ、あい分かった」




危ないな~、誰だよそんな危ない巫女をよこした奴は?


次章「蠢動しゅんどう」になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る