第62話 蠢動(しゅんどう)


鞍馬天狗により捕らえた歩き巫女、呪印によって縛られていた鎖を、見事に封印解除で断ち切り成功した事を受け、領内を探る巫女を全て捕らえ命を縛る鎖を断ち切り解放した。



「その方達は今日から思うがままに行きよ、これまで通り巫女として那須の領内で民達の為に厄払い、神楽を舞い、祈祷を行い、占いをしたりと自由に行っても良い、又はこの地で婚を結び家庭を築く事も自由である」



「その方達を縛る者はここ那須にはいない、安心して暮すが良い、今、儂が作っている新しい村に巫女達が安心して暮して行ける家も作る事になった、領内を廻る時に安心して寝泊り出来る様に寺社仏閣にその方達を庇護し寝屋を提供する様に通達を出す、その方達は今日から儂の直臣の身分としてあるが儘に生き行くのだ」



正太郎の話を聞きながら、滂沱の涙を流す少女達であり巫女達、幼い頃に両親と生き別れ、物心が定まらない中、巫女として厳しい訓練を仕込まれ、付いて行けない者は何時しか不明となり、生きる為に、言われる儘に自分の意志とは関係なく、最後に不思議な呪印を施され、正体を人に明かせば命が無くなると知り、死を背負って巫女として、諜報活動をさせられていた。



その苦しみから解放され、さらにこれより自分の意志で、歩める事、縁があれば婚も結べる事に巫女ではあっても幸せになりたいという彼女達、幼い身ではあっても、女性としても生きて良いとの言葉に・・・滂沱の涙が溢れていた。



その後、皆でお茶を飲みながら、飯之介特製のきな粉餅と、麦菓子、更に梅のべっ甲飴が振舞われた、そこは女の子である、百合も梅も一緒に輪に入り楽しく、キャッキャしながら歓声を上げ楽しく過ごした。




「この者達に呪印を施した者が判明しました、何名かの者達がその者の名を覚えており、甲斐の国、武田に仕える望月千代女という年配の女性であったと、その者が1人立ちする時に皆に呪印を施したと言っておられました、記憶はしっかりしているので覚えているとの事でした」



「小太郎本当か、女性の者でありながら、恐ろしい呪印を行うとは、恐ろしい女がいた者よ、一体何者なのであろうか?」



「忍びの者、山伏や神官の者でも優れたる者の中に呪術を行える者はおります、呪印により、何らかの言葉や行動に反応し、突如人の仮面を取り払い悪行を行い、人を殺めたり、自らの命を絶つなどの呪を行える者がおります、それらの呪印を行える者は相当な手練れで御座います」



「此度は忍びの者による呪印であったと、古の系譜から続く竹之内宿禰の末裔では無かった事に安堵したと言っておられました、宿禰の末裔が行った呪印であったならば、天狗の聖域である熊野に行き、命の力溢れる状態にしてからでないと封印解除は出来なかったであろうと、父の天狗は言われていました」



「世の中には儂には理解出来ない事柄が、恐ろしい事があるという事が此度判った、せめてあの巫女には幸せになってもらいもんじゃな」



「若様、梅からの要望なのですが、巫女達の中に忍びの素質があるものが数名いるとの事です、その者を梅付きにして良いかとの事です、いかがいたしましょうか?」



「そうであったか、何らかの素質があったゆえ、巫女に仕立てたのであろう、梅からその者に話し、本人達が了承するのであれば良いと思う、梅付きという事は、私の近くにいる事であろうし、安全である、梅にそう伝えよ」



「はっ、その様に申し伝えます」



「間もなく父上が出発する、この件はこれまでにして、盛大に明るく見送ろうではないか、那須家がお家を上げて帝の元に行くのじゃ、これほどの慶事を喜ばずしてなんになろう」





── 甲斐の国 ──




どうした事であろうか、送り込んだ巫女達が戻らん、20名もの巫女を送り込んだゆえ、仮に事故などあっても、誰一人戻らんとは、これまでこの様な事は一度も無かった、私の知らない所で一体何が起きたのか?



那須などどうでもよい家であるが、巫女が戻らぬという事が気がかりじゃ、戦にでも巻き込まれたか?  その戦が終わったゆえ、御屋形様がお調べする様にと言いつかりあの者達を那須まで行かせたのじゃが、気になってならぬ、今度は經驗豊かな巫女を送り、何が起きているのか調べてみるか。



望月千代女は巫女を束ねる支配頭であり、武田信玄が用いる駒として重要な役割をこれまでにも数十年に渡り行って来ており、齢50才を超え、物事を達観して見る目を持ち、この度の巫女達が那須から戻らぬ事で、那須の地でただならぬ事が生じていると悟った。




巫女達が帰らぬ事を御屋形様に告げ、新たに經驗豊かな巫女達を送る千代女であった。





── 闇に蠢く者達 ──





歩き巫女とは違う者達も那須の領内に入り込み、どの様な方法で佐竹を破り、那須という領国はどの様な国であるのかを探る者達が闇の中蠢いていた。



その者達ははっきりと判る忍びの者であり、名を風魔という忍び達であった、風魔とは、小田原北条家に仕える忍びであり、その頭領の名を代々『風魔小太郎』という、この時代風魔の忍びは北条家に銭雇いされている忍び達であった。



歩き巫女とは全く違う働きを行う者達であり、盗み、放火、暗殺、幻術等を巧みに操り、秘事を盗み、人を殺める事給わず恐るべき忍び達である。



正太郎からは巫女以外の忍び達は自由にさせておけ、こちら側に危害が及ばないのであれば放置でよいと指示を受けた小太郎達であった、風魔の動きだけを追って警戒だけ行っていた。



他にも少数ではあるが、長尾家に属する軒猿と呼ばれる軒猿衆と伊達家に仕える黒脛巾組くろはばきくみの者が潜伏し、那須について諜報活動を闇の中あたかも蠢く虫の如く徘徊していたが、那須家当主資胤が上京に向け城から出立した後は、徐々に煙が去る様に消えた。



そんな中、鞍馬小太郎は、風魔の者と接触した、これは父である頭領の鞍馬天狗より風魔の者と接触し渡す様にとの指示によるものであった、風魔の忍びに、風魔の頭領に渡す様にと文を渡した、風魔の者は、いつ、どこで見破られていたのか、不明であったが、相手が一枚上手である事を理解し、争う様でも無かったので、文を受け取り姿を消したのである。



小太郎が接触し渡した文はこの後大変大きな意味が何れ訪れる先触れであった、文に書かれている内容をこの時は小太郎も知らずにいた。



風魔の頭領小太郎は、那須の忍びらしい者から頭領宛てに文を預かったと渡された、その文を見て驚く小太郎、そこに書かれている内容は特殊な文字で書かれた『我の元に急ぎ来るべし』という意味が書かれた内容であった、この文字の意味を理解出来る者は日ノ本において古くからの忍びの者であり、ごく限られた者達だけにしか読めない暗号であった。



小太郎は、この文が示している文底に隠された意味を思索した、風魔という忍びの系譜を辿りこの文を風魔小太郎という頭領に渡せる資格がある者は、ただ一つしか思い当たらない、それが何故那須という地で渡されたのか、そこにどんな意味が含まれているのか?



瞑想しては、深く考え、考えては瞑想し、辿り着いた答えは、此度の那須にて佐竹との合戦で起こった事柄と必ず関係がある事だと、その事柄は風魔にとって由々しき事が、人知の及ばぬ出来事があったに違いないと判断し、風魔を纏める確かな者達数名を従え、烏山の地に降り、指定されていた宿を訪れた。



風魔の者達の出で立ちは忍び装束ではなく、立派な武士としての装いであった、誰が見ても立派な武士としての出で立ちであった、その夜に鞍馬天狗が配下の者と宿に訪れ、風魔小太郎と一対一でとても重要な話が行われた。



別室で、二人による絶対に話せぬ秘事を天狗より小太郎に告げられたのである。



「今話した事柄を必ず、そなたの当主、北条氏政殿御一人だけに伝えて欲しい、他の者には一切伝えないで頂きたい、余りにも重要な事柄ゆえ、その方と氏政だけが知り得たる話にして頂きたい、此度の話は那須家嫡男正太郎様から起っての願いであり、当主である資胤様ですらあずかり知らぬ話である、ゆえに直接、私から其方に伝えた話ゆえ、お主が仕えるお家の存亡がかかっておる」



話を聞き終えた小太郎は、想像を遥かに超えた話を聞かされ、あたかも驚天動地というこれ以上ない話を聞き、天狗に対して返事が返せなかった、暫くして小太郎は、天狗に対して、拝礼し心より感謝致します、この御恩身命を掛けて必ず風魔がお返し致します、と告げ別れた。



正太郎は、既に佐竹に勝ち得た喜びから、自らの使命を果たすべく、次々と手を打ち始めていた、そこには令和の洋一から伝わる、軍師玲子による軍略を実現させるべく、那須が戦国の世で勝ち上がる為に齢7才の童が見事に机上の盤面を見つめ、確かな一手を打っていたのである。





風魔と天狗がまさか接触するとは、読者も驚いたと思います、私もです、本当ですよ、益々ややこしい展開があるかも知れませんね。


次章「上京1」になります。

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