後の世


小田原成敗開始前の最中、両陣営が着々と準備を進めている最中に那須資晴に幻庵より文が届いた、そこに書かれていた内容は小田原成敗の後における三家はどの様な形で生き残るのかという未来像についての示唆が書かれておりその点について会って話したいと言う事であった、幻庵の年齢は84才という高齢であり後顧の憂いを考えての最後の知力を形に変え後塵に託したいとの意思であった。



「忠義、十兵衛、半兵衛、これより儂は暫く姿を消す事になる、忠義が儂の代わりとなり皆を頼む、半兵衛を置いて行くゆえ変化あれば手を打つ様に頼む!」



「して御屋形様はどちらに行かれますか?」



「この小田原成敗の後の世について幻庵様と語り尽くして参る、十兵衛と箱根に行って来る!!」



「お待ち下され! 以前言われておりました洋一様からのお話ではこれより先の世は予見出来ぬ世が待ち受けているやも知れぬとの事でした、洋一様の側におられます軍師玲子様の指示を仰ぎ行かれた方が良いのではないでしょうか、関白の軍勢が間もなく来るこの時に那須を離れます事危険ではありませぬか?」



「我ら那須と小田家の出番はまだ先である、幻庵様の年齢を考えれば色々と教え頂き願える最後の時やも知れぬ、軍師玲子殿の指示も向こうにて仰ぐ事も可能である、この先に訪れる未来について絵を描いて置くことは儂の責任ぞ、小田原の備えは問題無いであろうが幻庵様の事であるからこそ、この先10年、20年という長き目で絵姿をもって某と確認したいのであろう、よって暫く留守に致すので後を頼む!!」



那須資晴の奥底では小田原成敗の後に訪れる三家による政の絵姿は出来上がっていたが、そのイメージする政は北条家と小田家には伝えていなかった、その理由は戦が始まる前からイメージを伝えれば油断が生じ取り返しがつかない事になると、この戦を勝ち上がる為に20年以上費やした努力を傲慢なる油断から負け戦にしてはならぬという自らの責任の重さを理解しているからこそ言える事と言えぬ事を弁えていたからである、幻庵からの文では那須資晴の苦しい胸の内を察した上で充分理解しての他を交えず後の世について語ろうとの文であった。




── 三成VS官兵衛 ──




黒田官兵衛は戦とは違う処で神経を使う心労を重ねていた、戦が目前となり軍略を考え関白の決済をえる為に訪れる度に、その内容を先に窓口の三成に伝えるという事が度々生じ徐々に関白との距離が広がり始め余計な日数を要していた、実際に関白に会い説明するも三成より聞いておるという連れない返事に官兵衛はこのまま進めば大敗するやも知れぬという懸念を抱えていた。


この事は関白の周りにいる多くの者達も似た様な懸念を抱く事になっていた、三成は関白の側付きであり窓口と言えた、窓口である以上どのような用向きで関白に面会を求めているのかを確認せねば取り合わず、それが仕事と言えば仕事であったがその三成に説明し説得するのに骨が折れるという面倒な渋滞が生じたのである、三成は文官であり戦下手であり杓子定規に理詰めで説明せねば理解出来ぬという性格の持主、実に軍事に不向きな武将と言えた、一言で言えば事務方であり営業や技術職とも違う現代のマニュアル重視の総務系の窓口である。


机上での描かれた戦略はあくまでも地形や気候その他諸々の条件を吟味し敵側の動きを予想しての全体像である、この準備を怠れば現場での変化に対して臨機応変に動けずに蟻の一穴となり崩れてしまう事に繋がる、更に武将に求められている勝利に必要な采配は戦場の空気を読み取り第六感の冴える部分が大きいと言われている、その第六感の冴えこそ武将に備わった天性であり時には無謀とも思える大将自ら先頭に立ち活路を見出し勝利に繋げる、例として謙信が代表の一人と言えよう、軍師の役割は先頭に立つ事は無いが軍略を描き戦場の空気を読み取り臨機応変に差配する立場であり三成とは相容れない二人である。


結局三成に詳しい説明を行わずに強引に秀吉の元を訪れる官兵衛は徐々に遠ざけられる事になる。




── 幻庵と資晴 ──




「あっという間に20年が過ぎてしまった、資晴殿も大きゅうなりましたな!! 某の眼は確かで御座った曇っておらなかった、武将には大きく分けて頭で戦う者と肌で戦う者がおるがどうやら資晴殿は両方しっかりと兼ね備えておるようだ、儂は頭で戦う将であったが肌で戦える者達を羨ましく羨望の眼差しで見ていたものじゃ! 甥の氏康は肌で戦える立派な武将であり北条家の隆盛となった、息子の氏政は頭であるな 今の氏直は頭の様で肌の様で正直まだ判らんが楽しみでもある、儂はこの先の行く末の姿が未だ描けることが出来ぬのじゃ、頭で考える儂でも日ノ本全体と言う事が事だけに大きく中々描けぬ、知恵を絞っても何処かで息詰まるのじゃ、そこで忙しい処であろうが資晴殿をお呼びしたという訳である!! 済まぬのう」



「何を申されます、幻庵様は某の師匠であります、師匠の元に参じるのは弟子の勤めであります、此度の話はとても大事なる中の最大時の事柄となります、某が460年先の洋一殿なる者と軍師玲子殿から史実での世はどうなって行くのかをお聞きした事を幻庵様に先ずお伝え致します!」



幻庵の意中は自分の命運が閉じた後に北条家がしっかりと資晴の後ろ盾となり政を支える為の楔役となり安寧な世を作りたいとの大望であった、小田家も同じく資晴を支える事が小田家の存続と理解している事は間違いないであろう、但し後の世の絵姿を描く事が出来るのは80年以上にも渡り戦国の中で生き証人として生きて来た自分にしか出来ないであろうとの達観した幻庵であった、幻庵の語る言葉一つ一つに那須資晴を自分を大きく超える後継者として最後の教授として授ける事とした。



「やはり豊臣の世は終わるのであるな・・・その後はあの徳川と言う事であるか・・・これは面白い話であった、最後はあの徳川とは・・・これは笑えて安堵する歴史で終わるとは実に天の采配は見事であるな!! しかしそれは460年先が知る歴史であるそこには我ら三家は不在じゃ! 三家がいるこの時代は我らが切り開かねばならぬ!! そうであろう資晴殿?」



「まさにその通りであります! 三家を初めこの東国は安寧の政を家々が行っております実に誇らしい事であります!! しかし幻庵様此度の戦もそうでありますが460年先の洋一殿達の知る歴史の大きな流れは変える事は出来ないそうであります、この後にあと三度もの大戦を経なければ世が開けぬとの事です! 実に頭の痛い事となります!!」



「きっとそれは関白が愚かであった証左によって三回も戦が行われたのであろうな!! もう一つ聞きたい事が資晴殿は律令について詳しく学んでおるが朝廷はどうなって行くのであろうか、いや行くべきであろうか? 資晴殿の見立ては如何程じゃ!!」



「那須の家は祖与一様より始まり人としての矜持という、己が行う行動や政の責任について幼少時より厳しく教えられております、那須家は此れまでに一度も他家を攻めた事は非ず、他家を攻め取り富むは人としての矜持から外れる事であると、そして朝廷がその昔作られた律令の仕組みはその政の矜持ではなかったのかという事であります、朝廷がこの日ノ本を支配し政を行うにあたって書かれた内容が律令が矜持であると私は理解しております!!」



「ではその律令は必要であると考えているのであるな、その場合最初に律令を行った朝廷はどうなっていくのが最適であると考えるのじゃ?」



「某は今の朝廷には訳の分からない公家が多くおり整理した方が良いかと思われます、公家と言う立場を一度整理し、帝の権威は大きくせねばなりませぬ! 但し公家が持っている知識と技能はとても重要な大切な宝でありましょう! そこは保護が必要となります、そして肝心な事は武家による政治を確立致します、武家が行う律令です! 今の朝廷には律令を推し進める力はありませぬ、武家が政権を握ってから既に数百年と言う長き刻が流れております、帝が行う律令を支えようとする公家はどこにもおりませぬ、朝廷の権威は高める一方、政は武家が新しい律令の仕組みを考え安寧なる世を作らねばなりませぬ!!」



「うむうむ・・・資晴殿の中では姿が見えておりますな! 今の話は我らだけの秘密ですぞ! 此度の戦が終わり三家が集まった時に某より皆に伝えようぞ!! それにしてもよくぞそこまで巡らし姿を描くとは孤独な戦いであったと某には判るぞ!! 上に立つ者は懸念事項が大きければ大きい程孤独になるのじゃ! その孤独の先に答えを見出すのが当主の役目ではあるがそこに辿り着くには実に寂しい戦いと言える、儂が師匠と言うのであれば儂も孤独となり共に悩もうぞ! そち一人では無い離れておってもこの箱根には資晴の心を知る爺やがおるぞ!!」



「温かいお言葉・・師匠ありがとうございます!!」





── 忍びの和田衆 ──




「本多様『しおや』が来られました、如何致しますか?」



「やっと来たか、よしここに通せ!!」



「しおやで御座います、急ぎの話とお聞きしましたのでかけつけました、それと横にいますのはしおや本店の主某の兄でありますしおや小太郎であります、どうぞ良しなに願います!」



「うむ、店主殿色々と助かっておるそれと主の小太郎殿何かと世話になる、儂が本多である此度の徳川家で行う関白軍の慰撫する炊出し等の全ての事を儂の責任で行う事になる、そこでじゃ些か問題が起きたのじゃ!!」



「問題とはどの様な事でありましょうか?」



「鍋じゃ!! 鍋が全然足りぬ事になってしまったのじゃ!!」



「鍋とはあの煮炊きする鍋でありますか?」



「その鍋じゃ、最初聞いていた話では関白軍の行軍で岡崎とこの浜松に泊まる兵数は多くても1万以内であると聞いておったが、何度か最大で1万5千余りの移動もあると判明したのじゃ、米の買い付け予約の為に商人たちが先物予約を京と大阪で取った事で処判明したのじゃ、最大で1万との話であったので5千人の炊出しが出来ぬ事になった、計算が狂ってしまったじゃ!! 米商人たちは米の件で忙しく後はしおや殿に良い知恵は無いかと、それで呼びつけたのじゃ! 良い知恵は無かろうか?」



「本多様、某店主の小太郎から確認の為お聞きいたしますが、今用意されている鍋では一度に椀に入る粥の量は如何程でありますか?」



「一つの鍋で10人分は作れる鍋じゃ、凡そ一人が2~3杯は食べるであろうから空になった鍋と粥が入った鍋をその都度取り換える事にしておる!」



「では交換する際の鍋が不足している訳ですね?」



「では交換する鍋ですが急を要しますので鍋の代わりに大甕おおかめを用意しましょう、それであれば鍋20杯分は作れまする、空になった鍋の中に大甕で作って粥を入れれば新たに用意する鍋は無くても大丈夫かと、大甕であれば当店で100程用意出来ます、それでどうでありましょうか?」



「大甕とは火消などに使う水甕の事か?」



「はい、鍋も大甕も同じ焼物です、大きさが違うだけであります、それを利用して一気に大量に粥を作り出すのです、常陸の漁師達は手間いらずという事で皆で騒ぐ時に庭先にある水甕で代用しております、粥をすくい入れるのにも柄杓を使っていれております」



「それは面白い話である、それで行こう! 流石機転の利く商人である!!」



「本多様それと当店より酒配りするなどの小者を派遣致します、その者達は日頃より接客に長けた者達になりますので何かと役立つと思われます、岡崎とこの浜松にそれぞれ50名程お出ししましょう」



「お~それは大助かりじゃ!! 100となれば大人数じゃ、『しおや』の店にはそれ程多くの者が働いておるのか?」



「お陰様で当店は関東で20店舗あります、堺と京にも1店ありますのでなんとか100名程てあれば出せまする」



「それは大きい大店であるな、それ故に酒の目途が出来たのじゃな! では済まぬが手配を頼む!」



『しおや』とは那須家の諜報機関であり鞍馬と和田衆が作り上げた組織である、表向きは商人であり主に置き薬と言う薬箱を家々に無料で設置し、3~4月に一度訪れ使用した分の薬代と薬を補充するなど、そして薬以外にも必要な物を揃え家々に入り込み貴重な情報を那須資晴に届ける機関であり隠密組織と言える、今回の目的は岡崎と浜松の城に入り込み敵側の動きを知る重要な役目となる。

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