本能寺の変・・理


「・・? ・・・悟りですか? 何の事を説明しているのか?・・那須家と関係ある話なのですか? 玲子さんが何を聞きたいのか理解が追い付かなくて!」



「あ~ちょっと先走って話してしまったけど説明が不足していたね、信長と無事に会談を終えてこれから歴史的な大事件が起こると思うと興奮しちゃって、私の中では本能寺の変が起きて信長が亡くなる様子が脳裏に浮かぶものだからここ数日間は興奮して頭が冴えわたっているの、頭の中で勝手に会話が進んで行くから説明不足になったの、ごめんね!!」



「そういう意味では私も同じですよ、落ち着かないというかここ数日は眠れませんね、それでさっきの悟りって何の事ですか?」



「そうね、歴オタって簡単に分類される私の様な人達もそうだけど、歴史学者、仏教学者、遺跡等を研究する人達もそうなんだけど、その学問を学べば学ぶほど釈迦の事を勉強していくケースが多いのよ、それでさっき悟りについて勝手に質問してしまったの?」



「この説明でも不十分だと思うけど、私の場合は戦国時代に特化した歴オタなんだけど、その分野では疑問が生じた場合納得出来る迄調べる事が多いけど、結局は当時の武将達を支えているバックボーンの背景まで調べると必ず宗派は色々なんだけど仏教という釈迦の存在があるのよ、それはさっきの、他の歴史学者にも共通した傾向なんだよね、そして行き付く先の答えは『悟り』と言う言葉、又は『理』というキーワードがどうしても浮かび上がるの!!」



「どういう事ですか? 武将達なりに何かを悟って又は悟ろうとしているという事ですか?」



「簡単に言えばそんな感じ、人が人を殺す時代、敵という人を多く殺しをした人ほど出世する時代、それこそ一人で数十人も殺せば立派な足軽大将位には昇進出来るでしょ! 人殺しが出来ない人は出世出来ないという恐ろしい悪魔のような時代、現代の独裁国家を超える暗黒時代だよね、でもその人達にも帰れば奥さんがいて子供がいて温かい家庭が一方ではある、狂った世相の中だけど武将も含め生きる拠り所として仏教の存在は欠かせなかった、その理由こそ人殺しの世だからこそ早く悟りという境地に辿り着きたいという渇望があったと思うの!!」



「言われて見れば謙信も信玄も武将でありながら出家してますね、信長はどうだったんですか、出家した話を聞いた覚えがありませんが!」



「信長の中にも当主を嫡子の信忠に譲った後に出家する構想はあったと思うよ、この時点での戦国の中で一番人を多く殺した武将は信長だから顕如達の信徒とは言え民百姓を一番多く殺した武将だからね、それにあまり知られていないけど多くの神社仏閣の復興にも力を入れているからね、それは何故か? さっきの『悟り』という言葉の裏返しで因果という『理』を避けたかったという事だと思うよ!!」




「何ですか・・その因果という『理』は!??」




「それは一言でいうと原因があるから結果が生まれるという意味で現代でも使用される言葉だけど、自分の行った事からは逃れられない、必ず報いがあるという釈迦の教えの重要な部分、それは今世だけでは無く全ての行いは業となって命に刻まれて今世で結果が出なくても輪廻転生した先の未来にまでも結果が及ぼすという宿業という厳しい法則、多くの人を殺した悪業から逃れる為に善行として出家して神社仏閣を保護してプラスとマイナスを相殺したいという心理からの行動を武将達の多くは取る訳よ!!」




「それは都合いい話ですね、そんな都合でどんどん人殺しをされては困りますね」




「あっははは、そうだね、50代以降の男性が好きな小説時代劇に鬼平犯科帳ってあるの、江戸の町を盗賊から護る火付盗賊改方長官・長谷川平蔵が活躍する話なんだけど、その中で意味深な話があって、どんな極悪人の中にも善行を行って帳消しにしたいと言う心理が働くって言う説明があって、その極悪人の心理を見抜いて悪さをしていた者の中から見どころがある悪人を味方に付けて本当の極悪人を捕えて行く面白い小説だけど知ってる?」



「知っている処の話ではありませんよ、東北自動車道上りの羽生サービスエリアが『鬼平江戸処』という名前で江戸時代の町並みでドラマのセットで出来たサービスエリアになっている処じゃないですか、串焼き、団子、しゃも鍋まで食べれる面白い江戸時代のミニチュアセットのサービスエリアの鬼平ですよね!!」



「うんうん、それそれ、極悪人の火付け盗賊をやっつける痛快娯楽時代劇、話は少しそれたけど、その悟りと言う『理』が私の中では結果的に本能寺の変に繋がって行くという流れが自分の頭の中で勝手に理解出来た事をさっき口に出していたのよ!!」



「人は自分の犯した事からは逃れられないという自然の法則『理』があるという事を私が今更ながら信長を通して理解出来たって事!!」





── 『理』 ──




三家一行を見送った信長は5月22日に親衛隊の赤母衣衆500名を引連れて本能寺に入り休息を行う事に、嫡子信忠も同じく母衣衆と配下1000名を引連れ本能寺より1.5キロ先にある妙覚寺に入った、二人ともお忍びという事で身内しか知らぬ休息場所として利用していた。


その翌日には信忠は本能寺に呼び出され今後の織田家の行く末に付いて先の三家との臣従などについても意見を交わし合っていた。



「その方信忠はあの三家達から何を感じた?」



「父上とは違う覚悟が見て取れました、その大きな違いは天下を獲る者と獲らぬ者達の違いかと思われます、東国を安寧にした事は大いなる功でありますが、それはあくまでも東国だけの事であります、父上は日ノ本全てを安寧にと動いております、その差は実に大きく埋めようがありませぬ、しかし父に従うと決めた事は賢明なる者達と評して良いかと思われます!」



「うむ、あの者達が付き従う事で我らが得る益は計り知れないと見るべきであろう、特にあの那須資晴さえ押さえておけば北条も小田も大丈夫であろう、問題は儂が支配している時は問題無いであろうが、そなたの時には些か心配であるぞ、その点は理解しておろうな!!」




「それはどの様な点でありましょうか?」



「まだお主には見えておらぬか・・・良いかお前の弱点は兄弟じゃ!!! 儂にも当初見抜けなかったが腹違いの弟信孝はここに来て一段・・いや二段上に逞しく大きく成長したと言って良い! それに比べて信雄はどうじゃ? 気に食わぬ配下を気分次第で処分している、あ奴も儂の子でありお主の弟ぞ、今はまだ良い儂の目が光っているゆえなんとかなるが、場合によってはお主が当主となる前に出家させるかも知れぬ、このまま成長無くば足枷になるやも知れぬ、お主も目を光らせよ、実の弟だからと言って甘やかしてはならぬ!!」



「それで父上は此度は信孝に行かせる事にしたのでありますな、私が行くものと思うておりました!!」



「三家が臣従した事でお主とは今の内に先々の事を話しておかねばと考え残したのじゃ、数ヶ月後には儂は征夷大将軍となる事が内示された、間もなく48となる、5年程でお主に引き継ぐ事になろう、その間に新しい仕組みの日ノ本を作る予定じゃ、鎌倉北条も足利もそうであったが朝廷の持つ権威という力を取らぬ限り幕府を新しく作っても長くは続かぬ、同じ轍を踏まぬ様にせねばならぬ!!」



「父上は朝廷を無くすとお考えでありますか? 某には荷が重い話であります!」



「朝廷の存在そのものは認めるが今の様に征夷大将軍の上には置かぬ、南蛮の国には国王という存在がおる事はお主も良く知っているであろう、この国にも国王が必要である、国王が頂点となりその下に朝廷を置くのだ、神社仏閣の支配責任を朝廷に行わせ、武家と民は征夷大将軍が支配するのだ、全ての上に国王と言う存在を作れば良いのだ、無責任な朝廷の力を奪い取らねば新しい世は出来ぬ、そうは思わぬか!?」



「父上の話最もなれど、それでは最初の国王に父上が就かれるという事でありますね」



「そう言う事になるであろう、儂が南蛮の者達を庇護する理由は奴らの力を盗み取る為よ、奴らが持っている力は侮れぬ、あの力を他の者に渡れば織田家も危うい、最もその可能性がある三家にはあると読んでいた、三家が付き従う事で如何様にもなるであろう!!」



「それともう一つ下手人はまだ判らぬが滝川を暗殺しようとした者が我ら織田に臣従している者達の中にいると思え、最初は那須の謀かと思われたがその線は無かった、近衛も些か怪しい節があるがまだなんとも言えぬ、我らを快く思わぬ奴らは何処にでもいると思え!!」



「判り申した、父上も以前鉄砲で狙われておりますから更にご注意下さい!」



「信雄の事は某からもよくよく声を掛け政に精を出す様に注意しておきます、それにしてもあの信孝が力を付けておるとのご判断でありますが、某にも反省する点があります、父上には申し訳ありませぬが腹違いの弟という事で避けていたと思います、これよりは信雄との区別なく観て参ります!」



「うむそれが良い、兄弟であってもそちは一段上の者である、上に立つ者は感情で区別してはならぬ、百姓あがりの秀吉が良い例ぞ、誰よりも知恵を使い手柄を立てておる、あの毛利を一人で平らげる所迄来ておるのだ功がありすぎて頭が痛い処よ、あっはははは、それとな信孝であるが援軍指示を出した際になんと言ったと思う!!」



「なんでありましょうか? 素直に従っておるように思われましたが?」



「儂も考えておらなかった事を告げたのよ! 戦目付に丹羽を要望したのじゃ、その理由を聞いて二段上に成長したと感じたのじゃ!!」



「それで丹羽が行く事になったのですか、どのような理由でありましたか?」



「信孝が言うには、某が援軍として向かえば羽柴が腰を低くしてしまい手柄を某に譲ろうとされるでしょう、それでは気が引けます、某は援軍という事ではありますが、戦目付に秀吉と同等の丹羽が援軍側にいる事で秀吉は遠慮なく戦えます、丹羽がいる事でやはり功は自分が取るという判断に向きます、秀吉という男はそういう武将なのです、という説明をしたのだ、それには儂も驚いたぞ!! 信孝の立場で物事を観た場合は確かにそうであると思ったのよ、儂が行けば否応なしとなるが成程と感心したゆえ丹羽を戦目付としたのじゃ、面白い話であろう!!」



「う~某も学ばなくてはならぬ話でありますね、そこまで考えているとは驚きです、信孝が別人となった様に感じました、あの信孝がそこまで考えていたのかと本当に驚きました!!」



「良いか人には大きく伸びる時があるのだ、儂は何度もそれを観て来ておる、伸びる時を生かしてやるのだ、さすればさらに一段上にその者は大きくなる、あの折檻はやり過ぎたと反省したがあれが契機となり信孝は伸びたのよ、あれで大きく成れたのよ!!」



この日の織田親子の未来構想は深夜まで続いた、皮肉にも間もなく景色の違う夜明けが訪れる事とは・・『理』とは目に見えぬ法則であり変えようが無い因果律、人は生きた様にしか死ねない、死とは誰にもでも平等に訪れる『理』である。






今回の題名『理』ですが、題名だけで何日も考えてしまいました、信長の死が迫る中の章という事で内容よりも題名に頭を使ってしまいました、変な話ですね。

次章「本能寺」になります。

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