出陣


── 出陣 ──




心が押し潰れそうになっていた所へ母、藤が正太郎を伴い鞍馬の里女将の伴殿の赤子誕生の知らせを聞き訪れ涙を流した事で気持ちが楽になった正太郎、それを推し量ったかの様に戦が始まった。



4月30日常陸に忍ばせていた鞍馬の配下より明日佐竹が出陣すると報告が届く、同じ日に、白河結城家、宇都宮家、小山家、結城家が揃って5月1日に出陣すると連絡が正太郎の元に。



報告を聞き、烏山城広間にて当主資胤が出陣の合図を放ち、一斉に法螺貝が鳴り、銅鑼がなり響き、狼煙が上がった、同時刻芦野城でも芦野伊王野千本の別動隊も出陣となり、敵より先に戦場となる場へ向かい布陣を先に敷き敵軍を待ち構える為に出立した。



目指す地点は奥州街道白河の関、那須側の領地寄居集落の白河より手前の入り口側である、この地より僅か1里南に芦野城がある。



敵白河結城2600名に対して芦野軍騎馬隊1050名、長柄足軽450名の計1500名、芦野別動隊を指揮するは竹中半兵衛、半兵衛の戦法は戦国大名島津家が得意とする『釣り野伏せ《つりのぶせ》』である。



全軍を三隊に分け、そのうち二隊をあらかじめ左右に伏せさせておき、機を見て敵を三方から囲み包囲殲滅する戦法である。



まず中央の部隊のみが敵に正面から当たり、偽装退却つまり敗走を装いながら後退する、これが『釣り』であり、敵が追撃するために前進すると、左右両側からの伏兵に襲わせる、これが『野伏せ』であり、このとき敗走を装っていた中央の部隊が反転し逆襲に転じることで三面包囲の攻撃が完成する。



それとは別に芦野別動隊が出立したと聞き、正太郎騎馬隊の山内一豊、千本、武田太郎が率いる騎馬隊が予定通り白河の関を抑え封鎖する為に静かに進軍を開始した、この正太郎騎馬隊はあくまでも独自の部隊であり独自の行動を許された特別部隊である。



資胤が率いる那須本軍も宇都宮と小山が合流する地点に向け、進軍を開始した、那須本軍が布陣する地は鬼怒川4キロ手前地点の高根沢の地、宇都宮、小山が合流し鬼怒川を渡河した地点四キロである、平坦な地が広くあり騎馬に適した地での布陣であった。



常陸小田も鞍馬の配下より明日5月1日に佐竹が結城と合流し小田家を攻めて来るとの報を受け予定通りの布陣を敷くべく小田城を出陣した、小田家でも嫡男彦太郎は9才の元服前であり城での待機となる。



小田が布陣する地は奥州街道下館より南側飯田付近、現代の筑西市であり鬼の真壁の領地で待ち構える布陣を敷く事となる。



那須と小田は敵側に有利な布陣を防ぎ先に到着し馬防柵と物見櫓を設置し万全の体制を整えた。




── 芦野別動隊 ──




敵白河結城軍が後一刻程で合戦予定地点に到着するとの報を受け、半兵衛は騎馬隊1050の内500を二隊に分け芦野軍が布陣する前方の山へ左右250隊の騎馬を山林に伏せ隠した、これで芦野軍は長柄足軽450が馬防柵内側に配置しその後方に騎馬隊550が控える形となった。



「敵、芦野がこの先半里の所で、既に布陣を終えている様です、敵勢およそ1000」



当主結城晴綱ゆうきはるつなは物見からの報告を受け、慎重に一旦停止を行った、晴綱は中々決断を下せない将であり、佐竹との戦いでも決断を遅らせた事で此れまでに領地を取られている。



此度の戦いでは副大将に叔父の小峰義親こみねよしちかが指揮を預かる事で決断の遅い晴綱を支える事になった、一旦停止を行い、副将の小峰 義親が布陣指示を行った、敵芦野軍が半里先で布陣を敷き待ち構えているとの報に接し、いち早く、騎馬攻撃を警戒し、雁行の陣を指示した。



雁行の陣とは、その特徴は雁が群れるような隊列の陣形であり、兵を少しずつずらして斜めに並ぶような形として両側からの攻撃にも警戒し、列に厚み《横幅》を持たせて横からの攻撃に対応出来る陣形を指示した、敵の攻撃を警戒する陣形であり、そのまま攻撃に移る事が出来る陣形である。



陣形を整え徐々に進軍を開始する白河結城軍、先頭に長柄足軽1500、次段に弓隊500、鉄砲隊100、最後尾に本陣が、本陣の後ろに馬廻役の騎馬隊100と補充足軽兵400の陣容で芦野軍に向かって徐々に迫る、なんとしても戦で勝利し領地を広げたい白河結城勢であった。



白河結城軍が芦野軍に向かって進軍を見届けた正太郎騎馬隊400は十兵衛の指揮の下、悟られない様に白河の関に向かい進軍を開始した。





その頃、那須本軍の陣でも夕刻に敵である宇都宮、小山の軍列を1里先に確認した。



「どうだアウン、敵はこちらに向かって来ているか? 報告せよ」



「敵の動きは止まりました、こちらに向けて騎馬が数騎向かっております、こちらの様子を見に来ていると思われます」



「成程、こちらが先に布陣しているので状況を確認する為に斥候を放したか、この様子だと戦は明日であるな、それにしてものんびりした奴らである、昼前に来るかと思ったが今頃来るとは、100貫はいるか、鞍馬100貫を呼べ」




「お呼びでしょうか?」



「忍ばせている配下に確認し、何故この様に遅くに着陣したか、確認し状況を知らせる様に」



「はっ、暫くお待ち下され」



本来であれば攻める側が速く動き、戦をけしかける筈であるが、その動きが遅遅としており、時間稼ぎをしている様に感じた資胤、包囲網を敷き攻撃する側が躊躇するなど理解出来ない動きに戸惑っていた。



常陸小田軍も合戦前夜に布陣を敷き終わり、敵が現れるのを待つだけとなった、しかし、その佐竹と結城連合軍が夕刻になっても現れないでいた、物見を放ち確認すると、佐竹と結城は下館にて合流するもその場から動く気配がなく、翌日に移動すると見られるという事であった。



こちらも攻める側が遅遅として戦場となる地へ進軍せず時間を稼いでいる様に感じた小田氏治であった、戦力が圧倒的に多い筈の敵の動きが遅い、守る側に時間を与えるという普通では考えられない事を訝しむ小田氏治であった。



小田氏治は関東の地でどの大名家より戦の経験が多い家である、戦で負けた数は両手の指では足らず、勝つ戦は数度だけである、関東最弱の大名という名で呼ばれ、勝つ事が稀な大名として、当主自ら自覚していた、だからこそ不思議な話であると氏治の第六感が感じ取っていた。



佐竹は何か隠している、この時間稼ぎは何かをする為にしている、那須に対してか又は小田に対してかは判らないが何かの策の為に何かを待っている、そうでなければ辻褄が合わぬ、ここは野戦ではなく籠城に変えるべきやも知れぬ・・・・急ぎ菅谷、赤松、真壁を呼ぶ様に手配する小田氏治であった。



「どうであるか、某の読みは間違いであろうか? 佐竹が様子見とは実に不思議である、敵勢が我らより1.5倍はあるのに何故襲わぬ、お主し達はこれをどう読む?」



「御屋形様のご懸念まさにその通りです、しかし、ここは用心するしかありませぬ、籠城となればこれまでに何度か落城しております、此度も敵兵を削らずに籠城となれば数日で落ちるやも知れませぬ、敵佐竹もその事を充分知っております、ここは敵に敵の都合があり、敵が攻撃せぬは幸いと考え、むしろ側好都合で御座る、本来はこちらが時間を稼ぐ為にここに布陣しているのです、敵方の都合は知りませぬが、こちらはその分陣を固めるが宜しいかとこの赤松思いまする」



「菅谷、真壁は如何様におもうか、儂の考え過ぎであるか?」



「某真壁は目の前の敵を粉砕するのみで御座います、策略は苦手に御座います、皆の意見に従います」



「御屋形様、ご懸念は御尤もなれ、那須からお借りしている忍びを放ち最善の注意を払い、赤松殿が言われた陣固めを致しましょう、その上で城に帰還しなければ成らぬ事態が出来した時は速やかに戻り籠城致しましょう、ここから城は近くにあり今はこの場に留まり致しましょう」



「うむ、判ったでは儂の感じた懸念をそれぞれが胸の中に入れ、今はこの場の陣固めに尽くそう、こちらより攻撃は控える様に、時間を稼ぐ事が何よりである、良いな!」



結局この日は芦野隊、那須本軍、小田においても布陣するだけとなり戦闘は行われなかった、あれだけの包囲網を敷き、攻撃する側が戦を仕掛けずに時間を稼ぐと言う不思議な初日であった、しかしこの氏治が予感は的中してしまうのであった。



その夜、正太郎のもとに芦野軍、那須本軍、小田軍の動きが報告された、報告を聞き肩透かしを受けた感じとなり側にいた元幕臣の和田に一体どうして合戦が行われなかったのか話した。



「若様、本日戦が行われなかった事ですが、見かたを変えましょ。」



「うっ、どういう事であるか?」



「戦が行われなかったという事で、誰が得をし、誰が損をしたのかで御座います、本日得をしたのは誰でしょうか、損をしたのは誰で御座いましょうか?」



「成程そう考えれば見えて来る物があるやも知れぬ、では今日得した者は誰であるかのう」



「動かぬ事で得した者・・・・芦野軍では・・・損をしておる、小田殿の援軍にこれで1日遅れる事になる、・・・・那須本軍は・・・・・やはり何も得をしておらぬであろう・・・・・やはり得は見当たらん・・・・・小田は・・・援軍が遅れる事になりやはり得が見当たらん」



「では動かぬ事で佐竹側どうであるか・・・・芦野別動隊の動きを1日止めた事であと2日は援軍に行けぬ・・・・・那須本軍は敵が動かぬ以上何も出来んので佐竹は小田に集中できる・・・・やはり足止めされている・・・・援軍無しの小田軍は・・・・孤立しているかも知れん・・・どうであるか和田殿、一番危険なのは小田ではないか?」



「うむ、間違いなく小田が危険です、芦野別動隊も那須本軍も足止めされておれば、圧倒的に有利に不利になるのは小田殿です、危険です、このまま足止めされたら小田は負けます、今なら手を打てます・・・どんな手が残っておりましょうか?」



「まてまてま急に言われても、落ち着け落ち着け・・・・何が出来る…儂に何が出来る・・・・・いや待てよ・・・白河の関を儂の部隊が400名で押さえている筈じゃ・・・・・それじゃ、それなら動ける、誰かおるか、急ぎ伝を頼む、今宵の内に伝えるのじゃ」



「はっ、飛風、颯、子申で御座います、今三名が動けます、よし今から言う事を半兵衛、十兵衛、父上に伝えるのじゃ、良いな、必ず今宵の内に伝えて欲しい、今は時間を急する」








きな臭い動きですね、佐竹が盤面を支配している様に見えますね。

次章「海賊衆の心意気」になります。

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