蝦夷と那須

 

常陸土浦城城下町の居酒屋で小田家の重臣真壁と武田の臣、真田昌幸が小田家の事を聞き出している頃、大津の浜に那須家の帆船二隻が蝦夷より寄港した。



「ではこれより騎馬にて烏山の城に戻ります、暫くは手綱を引きますが、一刻もすれば乗れるようになります、では参ります」



「我らは先に行く、皆は荷車にて搬入を頼む」



八月に入り蝦夷から多くの者を引き連れ戻った一豊一行、その中にアイヌの大酋長2名が混じっていた、正確には根室の大酋長イソンノアシと助殿、アエトヨとアエハシ兄弟ほか村の者達10名、もう一人は帯広一帯の大酋長ナヨロシルクと配下の者達20名である、計35名のアイヌ人達であった。


半兵衛の話を聞いたナヨロシルクは根室の大酋長の元に行き、本当に那須の和人が平等に交易を行っているのかを確かめに訪れ半兵衛の言っていた事が正しいと理解した、今度はその那須の王が住んでいる地に行き、我らと敵対せずに同盟を結べる相手なのかを見るまでは勝手に同盟を結び仲間を危険な目に合わせる事が出来ないと判断し、根室のイソンノアシも誘い訪れたのであった。



「若様、急ぎの早馬が大津から来ました、急ぎとの事です」



「何々、蝦夷の大酋長2名と蝦夷人多数を連れ烏山の城に向かっております、よしなに手配下さい、一豊」



「あ~なんだと、帰還したのか、それも大酋長だと・・・・飯之助・・梅、忠義、あれだあれ、急ぎ歓迎の支度を城で行う夕餉に間に合う様に、あと半日後に大勢来るぞ、儂は父上と母上に伝える、あ~それとあれあれ、巫女48と猿楽を集めよ、盛大に宴を行うぞ」



「若様~お待ち下され、何名で御座いますか?」



「う~そうじゃな・・・・100名分じゃ、余れば皆で食べればよい、賄い方を総動員せよ、千本義隆と福原資広は宿舎の準備じゃ、儂の館を開放する、足りぬ場合はあれだグルだグルで良い、儂もグルで寝る」



「父上、母上、大津より蝦夷から蝦夷人の大酋長2名と多数の蝦夷人が城に向かっております、今晩は歓迎の宴を行います、どうかよろしくお願いします」



「突然であるな、それと大酋長とはなんだ?」



「恐らくその地域の長で当主のような者かと今後の事を考え盛大に歓迎したいと思います、何しろ砂糖液が掛かっております」



「それと猿楽と巫女を手配致しました、歓迎の場は内庭の神楽舞台と致します」



「判った、では儂は城にいる重臣達に参加するよう手配しておく、後は任せたぞ」



「では母上もよろしくお願いします」



「相変わらず忙しいようですね、正太郎も来年は元服だと言うのに、時期はもう決まりましたか?」



「来年の3月~5月の中頃で進めておる、間もなく日も決定する、それとあの件であるが、正式に申し込みがあった、本人にも確認するが、藤もそれで良いな?」



「問題などありませぬ、いつの間にか那須の家が大きくなり身代が増えました、ひとえに正太郎とあなた様のお陰です、正太郎に相応しい事を親が手配りする事は愛情の一つで御座います、あなた様どうぞお勧め下さい」



「うんうん、本当であるな、いつの間にか其方も今では、お藤のお方様と呼ばれておる、100万石を超える太守の奥方である」



「そう呼ばれると恥ずかしくて慣れませぬ、うふふふふ、では今夜は正太郎の顔を立てて楽しい宴を行いましょう」





── 裏切り ──





時間は少し遡る事数ヶ月前の4月、二度要請したにも関わらず上洛しない朝倉義景に対し越前征伐に踏み切った信長、しかし思いもしなかった事態に遭遇し敗退となる、その事態に髪を逆立ち逆上し配下の者に八つ当たりをし、絶対に皆殺しにすると誓い撤退した。


織田信長が4月20日に織田徳川連合軍3万の軍勢で越前の朝倉義景を攻撃したところ、同盟関係にあった妹婿の小谷城の浅井長政家の裏切りにあい、挟撃の危機に瀕した、そのため木下藤吉郎と同盟の徳川家康が殿しんがりとなって、信長本隊が京まで帰還するのを援護する事になり敗退した。


越前征伐を順調に進めていた所に突如義弟の浅井長政が兵を興し朝倉本軍と挟撃する事態が発覚、行軍に同行していた松永久秀は以前より朝倉と浅井の連合を警戒しており、多くの忍びを雇い浅井の動きを監視していたが予想通り裏切られた事になる。


織田信長は、妹のお市を長政に嫁がせ足利義昭を担ぎ上洛した際にも共に行軍しており、浅井家が朝倉家と親しい関係であるが、朝倉征伐には参加せず、中立の立場でいる様にと文を送り言質も得ていた事で全くの無警戒の中、突如小谷城から浅井軍が進軍が開始された。



「長政よ、某が織田を説得出来た場合は儂は隠居し一切口出しは行わぬと伝えた筈じゃ、それがどうしてこの様な結果になるのじゃ」



「面目御座らん、どうやら父上の方が正しかったようで御座る、だからと言って軍を興し出陣すれば我らは逆賊になりますぞ、ここは見て見ぬ振りで中立を保つしかありませぬ」



「宜しい、ではこれより重臣一同で評定を行い、どうするべきかを判断する重臣の意見を尊重し決を致す、それで良いな!」



「判り申した」



「皆の者聞いたであろう、織田徳川連合軍が3万の軍勢で朝倉に進軍を開始した、この事を浅井家はどうするべきか皆の意見を聞きたい、この場にいる全員が発言せよ」



「では某から意見を述べます、朝倉は我らが六角との戦いを行う中これまでに何かと援軍を出し親しい中となりました、又、朝倉は支援をしたにも関わらず我らに臣従を求めず良き仲となっております、確かに殿は織田信長殿の妹を妻に娶り同盟を結びましたがそれは政略です、朝倉は何も求めずに当家と同盟を結んでおります、今この時に、朝倉を攻める織田に我らは黙っていて良いのでしょうか? それが私の意見で御座います」



「では某も、今の話と同じてありますが、我は朝倉を助けるべく軍を興し無謀な織田を叩き潰す事が必要であると考えます、以上です」



「某の意見は少し違います、殿はお市様を娶りました、これは朝倉以上に強い同盟であり、否応なしに織田家の一門衆となってしまいました、然らばここは動かず中立という考えもあるかと思われます」



「いや某はその様な事ではどちらからも信用されなくなります、織田に就くのか、朝倉に就くのかはっきりとせねばなりませぬ、中立など持っての外になります」



「某も中立など納得いきませぬ!」



「朝倉に就くべし!」



「朝倉に就くべし!」



「朝倉に就くべし!」



「織田に就くべきである!」



「では皆の意見が出た様であるな、これより決を致す」



「お待ち下さい、まだ、ご隠居様と殿の意見を聞いておりませぬ、その上で某は判断を決めまする、お二人の意見をお聞かせ下さい」



「そうであるか、それでは儂の意見を述べよう、儂は朝倉を裏切れぬ、浅井家が織田に就く場合はこの城を出て、一人であっても朝倉に就く、それが儂の意見である、次は長政己の意見を言うが良い」



「むむむむむ・・私は行くも地獄、引くも地獄なれば、決まった事には全力で地獄に皆と向かう、それが浅井家の当主の矜持である」



「よくぞ言った、それでこそ浅井の当主である、では皆の者の決を執る」



「中立とし、どちらにも組せず、同じ意見の者は手を上げよ・・・2名であるな」



「では織田に就き朝倉攻めに参加するとの意見の者手を上げよ・・・5名であるな」



「では朝倉に就き織田と戦うという者は手を上げよ・・・・20名であるな」



「相わっかった、賛成せぬ者もいるであろうが、我らは武士であり侍である、一度決めた事は曲げてはならん今より織田徳川連合を敵とする、これより軍議を行う地図を持て!」



「おうー!」



「では敵の位置を知っている者、織田は何処に居る?」



「この道を進み朝倉領に向かっております、今はこのあたりです」



「朝倉の動きを知っている者は、今どうなっておる?」



「朝倉義景殿自ら迎え撃つべく出陣しております、その数15000で御座います」



「織田連合軍は3万、正面からぶつかれば朝倉が不利である、如何にすべきであるか?」



「我ら浅井が敵を退けるにはこの地点の逃げ道を塞ぎ挟撃するが一番かと、敵は大軍です、兵糧にも限りがあります、撤退出来なくすれば必ずや勝ちましょう」



「ではこれより出陣の準備を致す、朝倉にその方使者として走りこの事を伝えよ、これより我ら浅井は朝倉に就く、総振れを出せ、陣振れじゃ、出陣は明日、日が落ちてから城から出る、皆の者戦支度を整えよ!」



「おー!」



「父上は城を御守り下され、これより某にお任せ下され!」



「判った!」



この日の決断が浅井家が滅亡を辿る初日となった、歴史とは、先が見えないと言う事は恐ろしい悲劇でもある、浅井長政を語る時、義に厚く美談で語られる場合が多くあるが、浅井家が滅亡し多くの者が亡くなった事を考えると実に不幸な史実と言える。





── 那須烏山城 ──




正太郎は城大手門前で一豊達が見えるのを待ち構えていた、大酋長2名が来るという事は脈があるという事であり、是非とも蝦夷の地を那須の支配下にしたい、どんな形であれ、他家の手が入らない地にしなくてはならないと何時になく決意していた。


その大きな理由の一つにぺトニの樹液を安定的に供給しなければ間もなく砂糖が底を尽きその影響は三家にも響き、領民からの信用を失ってしまう、砂糖を失い一揆に発展してしまうのではという程領民は砂糖を欲している事に砂糖が無ければ烏山城が燃やされた悪夢にうなされていた。


三家の石高は約400万石超という大領の地に麦菓子を通し、大学芋、プリン等、その全てに砂糖が使われ、今では絶対に必要な物資であり、火薬より上位の品となっていた。


公家の錦小路から麦から作る水飴では甘みも量も全然足りず、数十万人が時々楽しみに食べる麦菓子の量には到底追い付けず、砂糖が無い=正太郎の責任という事になっており、全ての者が若がなんとかすると期待していた、そのプレッシャーは400万石超の民が正太郎の双肩に期待しているである。


その一方で、小田家と北条家でも、ベテランの船員を選び7月に琉球に使節団を派遣した、その目的は砂糖を買う事と砂糖キビの苗の入手、伊豆諸島の奥地にある島に行き、栽培を行う一大プロジェクトを慣行していた、この三家による砂糖確保計画最初の重要な局面を正太郎が迎えようとしていた。


那須家とは別に北条家、小田家にて砂糖を得る為に琉球へとは。


1570年の琉球王国は明と従属する関係を維持する一方、独立した国家であり、日本の島津や堺等さらに東南アジア諸国とも交易を広く行い裕福な王国であった、この時点では島津も九州の地で領地拡大の途上であり、沖縄を属国とはしていなかった。


琉球がなぜ交易国家として成長したのか、その仕組みは中継貿易であった、琉球は王府が行う貿易であり、明への朝貢貿易で中国産品の生糸・絹織物・陶磁器などを入手して日本や東南アジアへ品を供給、東南アジア産品、胡椒、マメ科の植物スオウと日本の品、日本刀・屏風・扇子等を輸入し、明への朝貢貿易に日本や東南アジアの交易品と交換するなどの中継貿易であった。


要は日本などから品を輸入し、その品を明に輸出し、明の品を日本などに輸出するという中継貿易地であり現代でいう所の商社と言えよう、その中で独自の数少ない特産品が砂糖キビによる砂糖である、その砂糖を得る為に500石船の独自の帆船に大量の品と北条家小田家の連合使節団を乗せての出向であった。




烏山城大手門前。


「見ろ、一豊達が見えたぞ、お~い、お~い!」



「手を振っているぞ、おっ、梅もいる、福原もいる、後にいる者達が蝦夷人であろう、全部で30人はいる様である、やはり中庭で正解であった、よし忠義お前達迎えに行くが良い、儂はここで待つ!」



「若、只今戻りました、ぺト二も後程運ばれます、それと蝦夷の大酋長、助殿の義父で同盟者のイソンノアシ殿、こちらのお方は同じく大酋長のナヨロシルク殿になります、我らとはまだ同盟を結んでおらず、和人の我ら那須が信用出来る者なのか確認しに来ました」



「うむ、判った、助殿は結婚したのだな、実に良い事だ後で祝いの品を送ろう、では大酋長の二人に私を紹介してくれ」



「こちらが那須の王子、那須正太郎様です」



「那須正太郎です、イソンノアシ殿、ナヨロシルク殿、遠くの地にようこそお越し下さった、皆様を大歓迎致します、先ずは城にてお休み下さい」



正太郎は挨拶を述べ親しみを込め、二人にハグを交わした、戸惑う二人であったが悪い気持ちにはならず、我らを歓迎しているという気持ちは伝わった、先頭を一豊に任せ、次から次と蝦夷から来たアイヌ人全員にハグを交わし城に引き入れた。



「梅、良くぞ戻った、お前もこっちに来い、お前にもこれだ」



お役目ご苦労、と言って梅にもハグをした、なぜか解らぬが梅の瞳からは涙が流れていた、うんうん、ようやった、ようやったと言って頭をなでなでする正太郎、最後は福原であった。



「若様此度蝦夷に行き、異国を観る事が出来ました、素晴らしい体験でした色々と絵も書いて来ましたので後程ご説明致します」



「うむ、良かったのう、半兵衛が是非にと推薦したので、福原の優れた内政の芽を見ていたのであろう、そう言えば半兵衛がおらぬな?」



「それが船酔いを防ぐ為に、船で澄酒を飲んでおりましが、余計にひどい船酔いとなり、恐らく次の荷と一緒に運ばれてくるかと思われます」



「なんと・・・軍師半兵衛は、少し抜けておるのか?・・・・なんと抜け策な・・・まあーよい」



城の本丸広間にて当主資胤との謁見。


「こちらが蝦夷の大酋長イソンノアシ殿と同じく大酋長のナヨロシルク殿と配下の皆さまです」



「ようこそお越し頂いた、儂が当主の那須資胤である、今宵は皆様を歓迎する宴を行います、皆様が来られた事を国を上げて大歓迎致します」



挨拶を終え、与えられた来客用の戸建ての宿舎に移動し寛ぐことになった蝦夷の人達は部屋を見まわし豪華な造りに驚いていた。


アイヌ人が住む家は葦を利用して作られた茅葺の家と同等の家であり、それは酋長とて同じであった、宿舎は那須の家が100万石を越え、身分の高い者が挨拶に来るようになり、宿泊出来る様に何棟も作られておりその内の一棟である。


襖には墨絵が書かれ、欄間には彫り物が施され質素ではあるが贅を凝らして作られていた、城もそうであるが那須の家が相当な力を持っており、財力がある家であると一目で判断出来た。


助の義父は既に同盟者であり歓迎されている事に大満足していたが、ナヨロシルクは懐疑的な目を向けていた、それは何人ものアイヌ人が和人に騙され酷い目に遭い、函館方面のアイヌ人がナヨロシルクが支配する村々に逃げて来ていたからである。


ナヨロシルクは釧路湿原、日高、帯広一帯という広大な地の大酋長の一人でありこの地域にはアイヌ人の30%もの大勢が住んでおり、根室地域のアイヌ人より数倍は大きい勢力であった。


ゆえに自分の立場を考えた時に安易に騙されないという懐疑的に見ており、慎重に見極めようとしていた、そういう意味ではナヨロシルクから信用を得るという事は今後の蝦夷を考えた時に重要なキーマンと言えよう。


夕刻の宴では見た事も無い豪華な祝い膳が出され、膳を開けると次の膳が用意され、三度も膳が交換され蝦夷の人達は美味しさもさることながら驚くばかりであった。


食事が終わると中庭に設置されている神楽舞台を観賞出来る席に移り、ここで澄酒と口直しのおつまみ程度と最後は『那須プリン』が提供された。


猿楽では何を演じているのか意味は通じていなかったが舞を行う者達の不思議な世界に魅了し、最後は巫女48による祝いの舞の美しさに心が奪われ、ナヨロシルクはこの者達が我らを歓迎しているとの意思はしっかりと読み取れた。






如何やらアイヌの大酋長二人が那須に来ました、歴史的な日を迎えました。

次章「蝦夷同盟」になります。

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