蝦夷同盟


真田昌幸は小田家の重臣真壁が小田と那須の嫡男を、厩戸豊聡耳命かみつみやのうまやとのとよとみみのみこと様、又は厩戸豊聡耳皇子命うまやとのとよとみみのみこのみこと様と称しております、と言われた事でこれ以上ない驚きの発言を聞き是非とも二人に会ってみたい、一体どのような嫡子であるのか真壁の話に食い入りどんどん顔を近づけ一門一句を聞き逃すまいという姿勢で接していた。


真田昌幸は戦国期後半に、信玄が亡くなった後、当主が勝頼に代わり、その勝頼が亡くなった後に歴史物に多く登場する戦国の策士、既に大きくなった徳川家を二度も戦で破った戦上手の武将として名を馳せている、又、昌幸の次男もその血を受け継いだ天下の真田幸村である、その父が昌幸であり、この時23才の若者であった。


昌幸には二人の兄がおり家督を継承する資格は無く、足軽大将として働き、功を認められ、勝頼の近衆になるも勝頼には譜代の者達が付いており、役目から外され、庶務的な使番を行う中、信玄より此度の任を得たのである、使番とは古くは使役つかいやくとも称し戦場において伝令や監察、敵軍への使者などを務めた役であり、要は使いやすい都合の良い使いパシリである。


しかし昌幸の才は特段に秀でた物があり、物事の本質をいつの間にか見極めようとする才に優れている、真田家には優れた兄が二人おり、三男という立場がその才を育てたと言えよう、真壁より語られる聖徳太子と称される二人の嫡子をなんとしてもこの目で確かめたいと言う情熱が真壁に突き刺さろうとしていた。


「某、本日真壁様にお会い出来た事を心底感嘆致しました、本当に良い国に来たものだと、そして真壁様と言う類まれなる英雄にお会い出来た事を天に感謝しております、そこで私の様な者でも嫡子様にお目にかかる方法はありますでしょうか?」



「ほうそこまで言われるか、この真壁をそこまで評して頂けるとはこちらこそ感謝致す、確かに某が案内すれば嫡子彦太郎様に会う事は出来る、しかし、嫡子様は見世物では御座らぬ、会うには会うだけの理由が必要で御座る」



「確かに真壁様のおっしゃる通りで御座います、私真田の一方的な我儘で御座います、しかし、真壁様よりそのように素晴らしき嫡子様の話を聞いてしまった以上どうしてもお話をしてみとう御座います、我儘を申しご迷惑をおかけして誠に申し訳なく思います」



「今は酒を飲み、私も調子に乗り色々と話た事でそなたをそのような思いにさせたのは某真壁で御座る、う~どうすれば良いかのう・・・・・」



「・・・・・」



「では明日儂の城に来て下され、そこで素面しらふでお話し致しましょう、その中でお会い出来るかの話を致しましょう、酒を飲みながら嫡子に会う話は失礼になります、これで如何でしょうか?」



「是非、是非とも城に行きまする、真壁様感謝致します」



「まだ感謝は早いで御座るよ、明日にならないと判りませんよ、では心置きなく一杯やりましょう、おやじ~焼魚と海老の刺身を出してくれ~、あと澄酒だ!」



「あいよ~真壁の旦那、今日は鯛が入っているから今準備しますね」



「ところで真田殿は上野の小県と申したな、国ではどの様な方に仕え、何をされているのか?」



「某の家は小県という上野の外れた辺境の地、小さき国人領主の家です、以前は上杉殿、今の上野の地は武田家の領地になっております、私は三男でありますので何れ家を出なければなりません、今は兄達から使番などなんでもしております、此度は我儘を言い、見聞を広める為に暇を頂いたのです」



「そうでしたか、この常陸は他国から多くの者が士官を求め来ております、港はご覧になりましたか?」



「外から眺めました、何やら城の様に大きい建屋があり驚きました」



「そうであろう、あそこでは大きい船を造っておりそれこそ他国から海賊衆と船大工が集まり、異国の人が多く集まった場所である、それと同じ様に侍達も仕官を求め来ております」



「そうでしたか、大きい船を造る箱でしたか」



「小田家は大きい浦と外海があります、どうしても大きい船が必要なのです、何れは外の国である南蛮にも行く時が来るかも知れませんぞ、その時は是非私は行って見たいのです、異国とはどのような国であろうかと、考えると夢想だけが広がります」



「その様な大きい話であれば、某も見てみとうなります、想像も尽きませぬ」



この日の語らいは真田昌幸の運命を左右する出会いであった。

宿に戻った真田に唐沢玄蕃から。


「明日本当に真壁と言う人の城に行かれますのか? 千代女とは如何なさいますか?」



「お主は今日の話を聞いておらなかったのか、儂が真壁殿から聞き出した事を、あのように重要な話を酒を飲み楽しく聞き出したのだぞ、こうなればあの気味の悪い千代女など不要であろう、近くにいると儂の心まで見られている様で、お主は平気なのか?」



「まあー某は忍びでありますから気にはしておりませぬ、では千代女とは行動を共にしないのですか?」



「まあー適当にお主から素破を使い暫く別行動で動くと伝えれば良い、千代女は千代女で勝手にやるであろう、それより儂は明日城に行き話を聞きたい、出来れば嫡子殿に会いたいと思うておる、今日は本当に良い話を聞いた、では寝るぞ!」




── 烏山城 ──




大酋長を迎えての歓迎の宴を終えた翌日は烏山の城下町に繰り出し自由に土産など買い物を行った、支払いは全て正太郎が出す事にして何でも買って良いと、態々那須の遠くの国まで来た事への配慮であった。


常陸の国でもそうだが、那須の地でも今は乳母車は買い物に必需品として流行っていた、乳母車は小田の彦太郎が作られた画期的な一人で引ける荷車であり人を乗せ移動出来る優れた物であったため、あっという間に三家に広まった。


「忠義、蝦夷の人に乳母車を渡すのじゃ、それに詰めるだけ土産を買って良いと助に通訳をするように、助も買って良いぞ、家族に土産を持って行くが良い」



「それはありがてい、酋長に伝えます」



「刀も良いのかと言っておりますが」



「なんでも良いぞ、銭が足りなければ父上の銭蔵から抜いてくる安心するが良い、あっははは」



大酋長の二人も余りの太っ腹に驚き、配下の蝦夷人は目が充血し、城下の町に繰り出し一豊、助、梅、アエハシ兄弟、を通訳に。



「若様、あの乳母車は結構量が入りますぞ、彼らは太刀と鉄器を特に必要としております、一人で10本など買うかも知れませんぞ、30人はいますので刀を300本も買われてしまいますと品切れになりますぞ、恐ろしい事になるかも知れませぬぞ」



「えっ、それはまずいのう、太刀は一人5本までと致そう、一豊、刀は一人5本までじゃ、良いな、品切れになる」



興味津々で店を覗いては次の店に、呉服屋では艶やかな生地と沢山の糸そして針を買い、金物屋では鉈や鎌、包丁、鋳物の鉄瓶、中には乳母車に乗らなくなり背負子を買いその中に漆器など、勿論刀は全員が5本を買っていた、この日は正太郎の館で泊まる事に、正太郎の主な配下も集まり買った物を満足げに見せ合い正太郎達とも一気に距離を縮めるアイヌ人達。



助の義父であるイソンノアシは助の家に泊まる事になりここには不在であった。

そして大酋長ナヨロシルクは正太郎に何故ここまで我らに尽くすのか、どんな目的があるのかを核心の説明を求めた。



「我らが求めるもは同盟であり、単なる交易ではない、同盟とは我らと同じ様に豊かになり強い者達に成って頂きたいから出来る事は何でもするのだ、確かに必要な品もあるが、そのような事より蝦夷の民が我らと同じ様に豊かとなり力を付ければこれ以上ない対等の関係になり、強固な崩れない友と成れる、一部の和人がアイヌの人々を利用するのは、アイヌの民が自分達より弱く、利用出来ると考えているからそのような悪事を働くのである」



「この那須という国には同じく二つの強い国と同盟を結んでいる、蝦夷と那須が同盟を組むという事は、その二つの強い国とも同盟を結んだ事になる、そうなればアイヌの民は他の和人に侵される事無く立ち向かう事が出来る、むしろ悪事を働く和人を蝦夷の地から追放出来るだろう」



「私が求めているのはどんな時でも互いを守る強き絆の同盟である、今は我らが色々と鉄の武器など持っているが何れアイヌの民も自分で造れるようになる、又、造れるように我らが教える、アイヌの民が繁栄出来る様にする事が同盟者の役割でもある」


大酋長ナヨロシルクは正直に語る正太郎に畏敬の念を抱くも、もう一つ信用できる何かが欲しいと、又、必要であると伝えた。



「あなたの言っている同盟は理解出来た、しかし、その裏付けが、何かの裏付けが必要だ、私には多くの村が付いており、その者達を信用させる何かの裏付けが必要である、その裏付けがあれば他の大酋長達も納得出来るであろう」



「判った、では某も裏付けを考えてみようアイヌの民が那須を信用できる裏付けを考え見る事にしよう、明日からは約束通り乗馬の調練を行う、ここにいる皆が乗れるようになれば馬を渡すので是非覚えて欲しい、馬があれば広い蝦夷の地も楽になろう」



「それはありがたい、皆が馬に興味を持っており是非お願いしたい」



乗馬の調練、那須の騎馬隊の閲兵など本当に強き王国であると言う事を見せ納得させ暫く逗留する事になった。





── 真壁と真田──



「真田殿がお越しになりました」



「うむ、ではここへお連れ致せ」



「真壁様昨日は突然の事とは言え、若輩の身でありながら我儘を申し大変ご迷惑をお掛け致しました、城に上がるなど勿体ない話ではありますが、お誘い下さり感謝申し上げ致します」



「いや何、真田殿畏まらないで下され、これも何かの縁で御座る、某も小田家の重臣です、単なる通りすがりお方であれば城にお越しくださいなど声はかけませぬ、昨日は、酒を飲み語るも某は其方を見て観て診ておりました」



「その見立ての中に、真田という男の中に光る物が垣間見る事が出来ましたゆえ、城にお呼びしたのです、若様にお会いたいという希望は興味だけでは御座るまい、興味だけであれば某の話だけで充分である、若様に会うには理由が必要で御座る、その理由を某なりに昨夜は考え申した」



「真田殿! 某は誰よりも多くの配下を亡くしております、そして誰よりも生きる事の尊さを知っております、そして侍の悲しき性を理解しております、真田殿も仕える家は違えども本質は同じです、其方は三男と申していた、今後どんなに活躍されても兄達を抜く事は許されないでしょう、他家に養子で入るか、現在のまま兄達の下で働くしかありませぬ」



「そこで其方の覚悟をお聞きしたい、小田家嫡子彦太郎様にお会いし、某が言った通り紛れも無き厩戸豊聡耳命かみつみやのうまやとのとよとみみのみこと様、又は厩戸豊聡耳皇子命うまやとのとよとみみのみこのみこと様との言葉に偽りが無いと理解出来た場合は、今の家を出奔し、小田家に仕えて頂きます、その覚悟があればお会い出来る手配を致します」



「・・・・某が真壁様のお言葉どおり若様を理解出来なかった時どうなりましょうか?」



「それは某真壁の見る目が曇っていたという事であり真田殿の責では御座らん」



「・・・城持ちの真壁様のお言葉に従いまする、某出奔を懸け若様にお会いしとう御座います」



「うむ、潔し《いさぎよし》それでこそ武士で御座る」



「ではこれより出張りましょう、恐らく港におります」



真田昌幸は武士として真壁の言う言葉に嘘偽りが無い真面目話であり、場合によっては今生の別れの時を迎える程の決断すべき場が訪れたと覚悟を決めた、武士とは常在戦場であり今がその時と判断した。


浦の造船場の巨大なドックに到着し、工員達を励まし指揮を取っている彦太郎がそこに。


「真田殿暫し、ここでお待ちを」



「若様急な話で恐れ入りますが、この真壁折入って若様にお願いが御座います、あそこにいる若者真田と申します、某の見た処実に稀有の人材で御座います、何卒ぞお時間を頂き、あの者と語らいの暇を頂けないでしょうか?」



「いつになく神妙であるな、あの者と語れば良いのだな、それなれば私の館で良いな、半刻後に館の広間にて会うと致そう、何かあの者に伝えた方が良い事でもあれば先に聞いておくが」



「いえ、若様の思うが儘に会話をなされて下され」



「判った、では後程」



「真田殿、お会い出来るぞ、半時後に謁出来るで御座る、では参ろう」



「真壁様ありがとう御座います」



半時後、彦太郎の館広間にて。


「私が小田家嫡男彦太郎である、某と話をしたいとの事であるな、真壁より紹介である、聞きたい事があれば何でも聞くが良い、何も遠慮はいらぬぞ」



「はっ、某上野の国小県の国人領主真田家の三男、真田昌幸と申します、この度縁がありまして真壁様と知り合う事が出来ました、お話の中で小田様の嫡男様彦太郎様が聡明なお方で常陸を豊かな国にしておるとのお話を聞きまして、是非ともお会いしたくなりまして真壁様に我儘を言ってしまいました、この度はお手数をお掛け致しまして申し訳ありませぬ」



「そうであったか、真壁は小田家の忠臣であり宝である、その真壁がそちと話す様にと言われたのじゃ、安心して話すが良いぞ」



「はっ、ありがとうございます、ではお聞き致します、国を治めると言う事はどのような事を治めるという事なのでしょうか?」



「ほう面白い事を聞く、では某の治めるという考えを話そう、国とは何であるか? 日ノ本であるか、それともこの常陸であるか? いや違う、国とは民の事を指すのじゃ、囻くにという字を知っておるか? 口がまえ《くにがまえ》の中に玉と書いて国と書くが、政を行うには口がまえの中に民と書くのじゃ、その字もくにと読む国とは民が先なのじゃ!」



「今は戦国、との大名も戦で領地を広げる事を考え、民の事を忘れておる、民を忘れた大名に国を語る資格は無い、資格が無い者達が争うから戦乱が治まらぬ、その方は確か上野であれば武田か北条殿の領内か?」



「今は武田に臣従する家となります」



「では聞くが武田殿の治めている領内は囻であるかな?」



「いや、お恥ずかしながら違います」



「そうであるか、しかし、それが今の戦国である、国を治める話はこれで良いかな」



「もう一つ教えて頂きたいのですが、今の話と似ておりますが政とは何でありましょうか?」



「うむ、当主及び領主に取って一番の大事は政まつりごとである、誰もが口にする言葉であるが理解している者は極僅かである、ご政道とも言うがほぼ全ての当主はその家の為に都合の良い勝手な政をしいるに過ぎない、我ら三家が行っている政こそ、『民』を中心に考えた富国の政策を10年先、20年先を見据えて政策を行っている、政とは『民』の為に何をしたのか?であり、何を行ったかである」



「良いか、政は民の為に何をしたかじゃ、それが政じゃ、武田殿は民の為に何かをしておるかな?」



「・・・・若様ありがとう御座います、某何やら生き方を間違こうておりました、本日はご教授頂きましてありがとう御座いました、某真壁殿に若様と話をし、感じるところがあれば出奔し小田家に仕えるお約束を致しました、某の様な若輩者でご迷惑になるやも知れませぬが、小田家に仕官致します、どうかよろしくお願い致します」



「成程、真壁とその様な約束されていましたか、では、少しお待ちあれ」



小田彦太郎は筆を走られ一筆真田の為に記した。


「では真田殿これを其方の父に渡すが良い、出奔であれば出自の家にも戻れなくなる、これを渡せば大丈夫であろう」



そこに書かれて内容は常陸小田家と不思議なる縁の下、貴家の真田昌幸殿とお会いした、この者些か政の才ありと認め、某小田家にて暫く預かり申す、その後の事は本人の心の赴く儘に致す、常陸国小田家嫡男彦太郎、恐々謹言と書かれていた。



「ここ・・これは、誠にありがとう御座います」



「真壁よ、真田殿を海軍士官学校に入れよ、先ずは海の事を知ってもらわねばならん、その次はそちに任す、真田を真田の儘にしてはならん、一段、二段と上げるのじゃ」



「はっ、ありがとうございます、では真田殿ついて参れ」



ここに23才の表に芽の出ていない真田昌幸が小田家の臣となった、軍師不在の小田家に貴重な人材を得たと言えよう。




── 烏山城 ──



「では父上宜しいですね、来年元服を迎えます、その上での判断であります、どうかお許し下さい」



「そこまで言うのであれば良いであろう、元服とは大人になった証でありその言葉は重き責が付きまとい、全ての責任は己で取らねばならん、何れ当主となる正太郎である、そのお主の判断が下したのだ、儂はそれを尊ぶ事にしよう」



「ありがとう御座います、では今宵その契りを行います」



「今の話を聞いたであろう、城にいる重臣と儂の主な者達、蝦夷の者達を夕刻に集めよ」



「ナヨロシルク殿よ、今日より其方は私の義理兄上になる、それで宜しいですな、そして義理の父と義理の母上になります、これより家族なります」



「その覚悟、確かに受け取りました、これにて全ての蝦夷いるアイヌの者達は那須と言う国を信ずるでありましょう、蝦夷の事はこの義兄にお任せあれ、義父様、義母様、今日より息子となりましたナヨロシルクです、よろしくお願い致します」



「ナヨロシルク殿、今日より其方は大切な息子である、父である其方を全力で支える」



「ナヨロシルク殿私も義母として貴方を支えまする」



正太郎がナヨロシルクが那須を信用する裏付けが必要との話に誠意を持って出した答えが義兄弟の契りを交わす事であった、年上はナヨロシルクを義理の兄上として盟を結んだのである、ここに那須と蝦夷の同盟が結ばれた事になる。





題名からして何となく解っていましたが、同盟しました、まかさ義兄弟と言う形式を用いるとは。

次章「砂糖きび」になります。

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