常陸と那須


 ── 常陸菅谷城 ──



「篠山資家殿申し訳御座らぬ、某の父がどうしても皆様を海賊衆として歓迎したいと申して呼んで来いと申され、どうか一つ某の顔を立てて下され」



「いや実に嬉しい事です、このように皆様から歓迎されるなど、それに御屋形様に行って頂いた歓迎の宴、某涙が出ました、たかか忍びにここまで用意して下される殿がいたのかと、我ら篠山衆は本家の庶流として銭雇の危険な任ばかりしておりました、雇われの忍びと銭雇の忍びでは扱う者の態度も違い悔しい思いを何度もしてきましたが、この様に手厚くして頂き心底小田様の所に来て良かったと感動を禁じえません」



「そうで御座いましたか、我らの家も数年前まではほんの小さき家でした、那須家と同盟を結び戦で勝ち、数年で十倍以上の領地となり米穀物の増産、新しい船の造船など那須の若様から教え頂きここまで豊かな地になったのです、那須には素晴らしい忍びの方達がおり、以前より当家の若様が小田にも忍びが必要じゃ、必要じゃと叫ばれており、どうしても伝が無く和田殿から篠山殿に願いが伝わったのです」



「はい、実にご立派な若様である感嘆しております、聡明であり先の先きを見据えております、天下に必要な御仁になられるに違いありませぬ」



「那須の若様と言い、小田の若様と言い元服し何れ当主となれば日ノ本の双璧となりましょう」



「流石篠山殿です、その通りです、天下の双璧となりましょう、では間もなく見えて来ましたあれが船を作っております造船場になります」



「でかいですな、いや、巨大ですな、・・・五ヶ所もあるのですか?」



「はい、造る船ごとに分けております、今は一番大きい船が500石船ですが新式の船であり和船の1000石船に近い大きさになっています」



「御屋形様の城からも湖が見えておりましたが、この浦も果てしなく大きい内海ですね近淡海ちかつおうみと同じ様に大きい内海に驚きました」



「皆さま同じ事を言われます、今は小田家にて差配している内海になります、だからここまで大きい造船所を作れたのです、あの船の仕組みを教えて頂いたのも那須の若様からです、今は小田の若様が陣頭指揮を取り那須家の分の船も御作りしております」



「本当に深い同盟なのですね、ここまで深い同盟は他には御座いますまい」



「北条家と那須家の三家は強力な同盟です、三家の当主と重臣達一同それを理解しており、同じ目的に進んでおります」



「これほど戦国では進んだ三家はありますまい、京とは大違いで御座います、新しい将軍が生まれましたがどうなって行くのやら、それに比べて常陸の国は小田家の国では乱れがありませぬ」



「ありがとう御座います、では造船所の中を見学下さい」



造船所の規模は大変な大きさで幅20間奥行き100間、高さ15間という巨大な造船所であり堅牢な造りとなっており、壁は暴風雨にも耐える石垣で作られていた、石垣の巨石は下野の大谷石を切り出し利用されていた、現代の造船ドックと言えよう、この当時ここまで巨大な造船所を持っているのは小田家だけであった、三家の話し合いで船を作る場所は一ヵ所に集中した方が効率が良いという事になった、北条家と那須では軍港の整備、修繕ドックを作り完成した船を同じく外からは見られない様に工夫が図られた。



「真田様やはりあの地で船が造られているとの事です、見張が厳しく中には入れませぬ、ただ作業を行っている者達は夜に賑やかな遊郭界隈に出張る者が多くいるようです」



「そうであろう、懐に銭があれば遊びたくなるものよ、では我らも界隈の様子を見て参ろう」


真田と忍びの一行と千代女は小田原で聞き出した裏で糸を引いている者が常陸の小田家に関わりのある者であろうと推測し常陸にやって来た。



「しかし、この城下も賑わっているのう、甲斐と比べると城下の大きさが全然違うぞ、豊かなのであろうな、おっ・・・なんだこれは?」



「なんの立て札で御座いましょうか?」



「案内板と書かれております」



「これは・・・現在地と店名が書かれた図であるぞ・・・なるほど・・なるほど、これは便利な物よ、下に店の一覧が書かれておる、飯屋には『めしや』と書かれ、他にも『わらじ』『印判師』『さかな』『さけ』『かなもの』『こめ』『ごふく』『しお』『あぶら』『かし』『たまご』『しっき』『よろず』『どそう』『ゆうかく』『やど』『うばくるま』とよく意味が判らん店もある、沢山店の事が書かれておるぞ、これは便利であるぞ、まずは一通り通りを歩いて見ようぞ」



城下町には現在地と店名が書かれた案内板が何ヵ所も設置されていた、北条家、那須家からも多くの者が造船工夫であったり人が出入りしており、一目で目的地の場所に行けるように彦太郎が作らせていた。



「ほう~この辺りが飲み屋街であるな、これだけ豊かであれば身持ちの良い侍もいるであろう」



「真田様、あそこが意味の分からない『うばくるま』と書かれた店です」



「なんであろうか、どれ・・・荷車? ではないようだ・・店主殿これはなんであるか?」



「おっ、お侍さん、それは最近若様が作られたうばくるま、という荷車よ、これの凄い所は足の悪い爺や婆の散歩にも連れて行ける優れた荷車よ、この葦の籠をここに置いて買い物も行ける、凄い便利なくるまなのよ、一台100文だよ、一丁買って見るか?」



「ほう、荷車にもなるのか、人も運べるというのだな、これを若様が考案されたのか、大したもんだな」



「あたりめぇーよ、なんたって小田の若様だからな、お侍さんは浪人か、それなら仕官してみるといいぞ、新しい人をどんどん雇っているぞ、この常陸は新しい町が出来て人も増え、なんたって石高が100万石を越えた家だからな、俺達も鼻が高けーのよ、それにな那須の若様とも仲良しだそうだ、麦菓子は食べたか? かしやで売ってるから食べてみるといい、家族に土産になる菓子だぞ、そんなところだ、まあー用があったらなんでも相談に乗るぜ!」



「そうか店主、それではその時は甘えさせて頂く、いろいろ教えて頂き感謝致す」



「いいって事よ、そうだ菓子屋に行ったら、是非『那須プリン』も食べてみるといいぜ、天にも昇る美味しさだぞ!」



「ここが菓子屋だな?」



「済まんが、麦菓子なる物と『那須プリン』という菓子を頂きたいのだが」



「麦菓子は1文5枚だよ、『那須プリンは』一皿2文だよ」



「それでは麦菓子を3文と『那須プリン』は二つ頂く」



「あいよちょっと待っておくれ、用意するからお茶でも飲んでまっててね!」



「真田様なにやら元気の良い店ばかりですね」



「景気が良いのであろう、皆の顔が明るい、良い所であるな」



「あい、お侍さんお待ちどうさま、これが麦菓子ね、こっちが名物『那須プリン』だよ、驚く程美味しいからびっくりしないでよ!」



「大袈裟な本当であるか、どれ麦菓子とやらを一つ・・・・これは・・・・甘い・・・旨い、旨いぞこの菓子は、これは土産に良い菓子だぞ、お前も食え、食うてみろ!」



「こここれは・・・旨いです、この甘さは砂糖です、高価な砂糖が入っておりますぞ」



「ではこっちの『那須プリン』を頂こう、そちも遠慮せず食せ・・・この匙ですくうのだな・・・む・・・む・・・溶けてしまう・・・旨いすぎでないか、なんだこの『那須プリン』とは、極上の菓子ではないか、お姉さん旨いぞ、この麦菓子と『那須プリン』は極上に旨いぞ、驚く程旨いぞ!」



「褒めてくれてありがとうね、ただねえー最近砂糖が中々入って来なくて来月辺りで菓子が出せなくなるかも知れないのよ」



「なんとこの様に美味しい物が食せなくなるのか、それはなんとかせねばなるまい、これほど美味い物が無くなるとは悲しい事であるぞ」



「ありがとうね、なんとか若様が伝を頼りに努力している様なんだけどね、工夫の人達も給金が出ると楽しみに買っていくし、なんとかなる様に願っている所なのさ」



「是非なんとかなれば良いですな、それにしても先程はうばくるまという荷車を拝見し、小田の若様とは神童でありますな、御幾つの若様なのですか?」



「えーと幾つだったかな~、あっ、ちょっと待ってて、ねえー真壁の旦那様~真壁の旦那様~こっちこっち、旦那悪いねぇー呼び止めて、真壁の旦那、小田の若様の御年は幾つだい?」



「なんだその様な事か、それなら今は12才よ、間もなく元服する年頃よ、それがどうしたのだ」



「いやね、このお侍さんが若様が素晴らしい方なのですねと聞いて来て、年を聞かれたもんだから、丁度真壁の旦那様が歩いていたから聞いたのさ」



「ほう、こちらの御仁が、若様を」



「これは失礼した、某上野の真田と申す、なんでも常陸の国が豊かになり素晴らしい国になっていると噂を聞きつけて物見ついでに町に寄ったらうばくるまの話を聞き、なんでも若様が作られたと聞き、それは素晴らしい方であると、つい年まで聞いていた所でした、態々呼び止めてしまい、申し訳ない」



「何々、我らの若様を褒めて頂きこちらこそ感謝致す、上野と申しましたな、上野のどちらの真田どのでありますか?」



「はっ、上野の小県という地の田舎侍です」



「という事は海が無いところでありますな、海魚を油で揚げた素晴らしく旨いものなど食されましたか?」



「それが今日来たばかりで、先程、麦菓子と『那須プリン』を初めて食した所で、まだ何も食してはおりませぬ」



「そうであるか、これも何かの縁である、某が案内しよう、実に旨い澄酒もある、一緒に語ろうではないか、この常陸の良い所を某が話して進ぜよう!」



「真壁殿宜しいのですが、お役目などは?」



「あっはははは、某の役目は昼間から城下を歩き見守るのが役目の一つで御座る、気にしないで大丈夫で御座る」



「それでお言葉に甘え、是非お願い申す」



「では代金を・・・9文であったな」



「よいよい、代金など、お粋、代金は俺に付けておけ、割り増して請求しておけ~」



「あいよ、真壁の旦那様、では楽しんで来て下さい」



「えっ、お代は良いのか?」



「うんうん、いいのよ、なんてたって天下の真壁様だから、城持ちの真壁様だからここの守り神よ」



「お粋いい事を言うでは無いか、5割増しで請求してよいぞ、あっはははははー」



真田昌幸は何気に寄った菓子屋で常陸の超大物鬼の真壁久幹と酒を飲む事になった、小田家の重臣中の重臣でありこれ以上ない大物と接触したことになる、但し相手は鬼の真壁である、訪れた店は最近流行りの『居酒屋』である。



「どうで御座る、このアジフライという食べ物は、それと澄酒を如何思う?」



「これは・・・極上の逸品で御座るな、いや素晴らしい、それにこの澄酒は透明であり名の通り澄みておりこれ程の酒も始めてて御座る、恐れ入りました」



「そうで御座いましょう、常陸の者もこの一年間で食せるようになった品です、これらは小田の若様と那須の若様が広めて下された品です」



「では先程食した『那須』プリンもそうなのですね」



「あれは名付け親が那須家当主の奥方である、お藤のお方様が下々の者が食べ身体を健康に保てるように時告げ鳥の卵を忌避せずに広まる様にあのような美味しいプリンという物を作られたと聞いております」



「なんとそのような深い意味の『那須プリン』でありましたか、いやこの真田先程からの話を聞いておりまして感動を禁じえません」



「ささ、もっと行きましょう、ぐいっと行きなされ、お供の方も遠慮せず」



「真壁殿は先の佐竹との大戦で小田様が大勝ちをしました因はどのあたりにあったのでしょうか、宜しければご教授下され」



「はっはははは、その様な事など自らの口で言うのも恥ずかしいで御座るが、小田のお城が佐竹の軍勢と結城の軍勢に囲まれ、耐え忍ぶ中、我ら率いる真賀への部隊が獅子奮迅の働きをしたので御座る、敵は1万を優に超え、こちらは約半数で籠城となり敵は戦将佐竹です、見事な攻撃でした」



「当主小田様の采配も優れおり小田の城はびくともしませんでしたが、そこは平城の悲しさ、徐々に攻め込まれて行きます、我らは真壁隊は大手門から二の丸に通じる道に配置し、乗り越えて来る奴らを始末する役目であります、いよいよ戦闘は佳境を迎え敵も必死で御座います」



「大手門最初の曲輪が敵の攻撃を受ける中、徐々に門を乗り越え敵が押し寄せて来ます、敵が待ち受ける最初の大将こそこの真壁であります、一人二人と粉砕し、50人を超える頃に漸く身体も温かくなり私は本調子なって行きます、敵も集団で向かって来る様になり、一度に10人以上が私に襲い掛かります、敵の槍10本が頭上から襲い力でねじ伏せ槍で突く策です」



「敵10人が某を必死に押込めようと力を込めます、よし敵将を打ち取れると思った瞬間に、私はその10人をのけ払い一瞬にして打ち取りました、隊の者達も私に刺激され勇気を得て鬼神となりて戦いました、一刻二刻と果てしない時間が過ぎても敵勢が押し寄せます」



「そこで真田殿何が起きたと思われる?」



「う~そのような状況化で起きる事は、危機的な場面でありますから想像していなかった事が起きたとしか思えませぬな」



「正しいような違うような回答ですが、実は私も初めての経験なのですが、体力の限界をとっくに過ぎており、只、目の前の敵を倒すだけです、その繰り返しの中、刻が止まり出したのです、時間がゆっくりと流れだしたのです、敵の顔が1人1人見えゆっくりと私に向かって来るのが判るのです、敵はゆっくりと動き、私は普通に動けます、ですから敵を打ち払う事が簡単に出来るのです、いつしか壁を乗り越える兵も1000を超えております、その者達全てを叩き潰し只の一人も通させずに戦いは終わりました」



真壁の話を聞き、この様な人物がいたのか、恐ろしく強い、強すぎる、話を聞いていても飽きない御仁であり魅力が溢れたお人である。



「凄い戦いだったのですね、まさに守護神で御座います、恐れ入りました」



「しかしのう戦働きは出来るのだが、中々どうして政が苦手であって若様から叱られてばかりよ、戦で勝ち結城の城代となったのだが、城でじっとしているなど性に合わなくて毎日逃げ出しているのよ、あっはははは、今日は真田殿と言う話し相手が見つかりほっとしている訳です、あっはははー」



「実に剛毅なお方で御座いますね、配下の者達も真壁様を見ると頼もしく代わりに政を行っている事でしょう、守護神が側に追っては気を使い、皆がはかどりませぬ、上に立つ者は真壁様の様に町に繰り出す位が丁度良いと思われます」



「お~そう言って頂けるか、それはありがたい、さあどんどん行きましょう、おやじトンカツも頼む、それとあれじゃ、生きの良いエビ刺しを頼む」



「真壁殿一つ教えて欲しいので御座るが、小田の若様とはどのなお方で御座いますか?」



「やはり気になりますかな、宜しい教えて進ぜよう、若様は齢5才の時に、この小田家の将来が先行きが危ないと判断されたのです、5才でありますぞ、そして同じく那須の家で同じ5才の若様が那須の家の将来を不安視されていたのです、同じ5才の小さき童ですぞ」



「そのお二人が誼を通じるべく文を交わし初めて会うた時に某も同席し、黙って静かに見守り交わす言葉を聞き、全身から鳥肌が立ちました、某は武勇では常陸一の者と自負しております、その私が二人の話を聞き鳥肌を立てたのです、二人の交わす言葉は正に当主が交わす言葉であり、民を慈しみ、配下の下々の者達の行く末まで案じた話でありました」



「一緒にいた重臣共々が二人の話を聞き、頭を垂れました、私はこれまで強い事をいい事として結局何もしていない、何もしてこなかった、民の為に、何もして来なかったと気づき頭を垂れました、二人の交わす言葉は我欲の話ではありませんでした、どうすれば民を守り、我らも含めて領民含め守れるかという究極の話を5才の童でありました二人がされており、あの日よりこの小田家は変わり変化したのです、その様な若様であります」



「神童を越えた神の領域におります若様で御座いますな」



「その通りであります、その二人の若様の事をあるお方はこう呼んでおりました、そのお二の事を称して上宮之厩戸豊聡耳命かみつみやのうまやとのとよとみみのみこと様、又は厩戸豊聡耳皇子命うまやとのとよとみみのみこのみこと様と称しております」





さてついに登場しました、戦国武将ランキングに登場する『真田昌幸』です、父真田幸綱(幸隆)か、息子が信之と幸村です、この真田家はどのような立ち位置になって行くのか楽しみですね。次章「蝦夷と那須」になります。

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