大酋長現る


 ── 小田家 ──




「儂は篠山資家ささやますけいえを信じて話したのだ」



「では銭雇いではなく、本当に侍の身分にてお雇いと考えて宜しいのですか?」



「誠の話である、某の和田衆も今は那須に侍の身分として忍びの勤めをしておる、此度の話は同盟先の常陸の小田様からの直々の話を相談され、我と同じ南山六家であり、主に銭雇で苦労しておった篠山殿であれば如何であろうかと思い話したのじゃ」



「それと常陸はここより暖かく過ごしやすい所よ、別天地であり働き甲斐のある地であるぞ、暫く儂も留まる故、皆にこの話を聞いて見るが良い、但し、他家に漏れてはならぬぞ、横槍が入るやも知れぬ」



「和田殿実に忝い、では皆に諮りますその際は是非ともよろしくお導き下さい」



篠山資家は甲賀五十三家の大原家の庶流である、史実ではこの後1584年頃織田信長に仕えその後豊臣秀吉に仕えた、その後秀吉に織田信雄に通じていたと嫌疑を起され放逐されてしまう、秀吉が亡くなった後に今度は徳川家康に仕える、戦国三大英傑に仕えた実に珍しい忍びある。


後日篠山衆60家の総意として小田家の臣下になる事は了解を得たが、小田家当主と篠山衆の頭領が本当に侍の身分で雇うのかを言質を得る事が条件とされた、それにより和田は笹山と頭目衆を率いて小田家土浦城を訪ねた。



「お初にお目にかかります、某甲賀南山六家大原家篠山衆の頭領をしております、篠山資家と申します、こちらにおりますのが配下の各頭目の三人衆になります、この度は和田様から小田家様にて忍びを侍の身分で求めているとお聞きし、失礼ながら本当にそのような話があるのかを是非確認したくまかり越しました、どうぞよろしくお願い致します」



「うむ、篠山資家と申したな、それと頭目達三名よくぞ来てくれた、和田殿、我らの我侭をお聞き届け感謝致す、我が小田家は間違いなくその方達を侍の身分で仕える事を条件に和田殿に頼んだのだ、正確には那須家の嫡男に頼み、嫡男から和田殿に相談されその方達に話が伝わったのじゃ!」



「この話はここにいる我が息子である嫡男の彦太郎より我に相談があり、儂も那須の家と北条の家と誼を通じる中、以前より忍びの配下が欲しいと考えていた所に彦太郎より話があり、こうなれば恥を忍んでと那須の嫡男に依頼したのが始まりよ、これで安心したであろうか!?」



「はっ、侍の身分でとの話、言質を頂き安心致しました、我らこれより篠山衆60家小田様に忠誠を誓います、御屋形様、嫡男様どうか我らの誓いを受け取って頂き末代まで見捨てず共に居させて下さい、我ら身命を賭して忠臣致します」



「あい判った、篠山衆60家の身命確かにこの小田氏治が受け取った、小田家の為に尽くしてくれ」



「我らはこの常陸の地、不案内になります、一体何を致せば宜しいでしょうか」



「では彦太郎、そちが言っていた事を説明するが良い」



「はい、では私から簡単に説明致します、詳細についてはおいおい談合すると致しましょう」



「まず我らの領地はこの常陸半国、上総、下総、安房の三ヵ国半が領地となり石高は今年で130万石を超えると思われます、それほど領内は安寧な豊国になりつつあります、しかし、この先、5年、10年と見据えた時、今は平穏でありますが必ず災いがあると三家の那須家北条家にて備えた動きを既に始めております、その為に皆様が必要となるのです、この地に不案内という事になりますので、年内は領内の地を自由に動き観察して頂き知って頂ければと思います」



「それと小田家には多くの海賊衆がおります、京に上る場合も船を用います、皆様方は陸の方りくのかたになります、船に慣れて頂く必要がありますので、専門の機関にて調練を受けて頂く事になります、詳しくは後程詰めましょう、それと皆様が住まう所を、この菅谷がこれより案内致します、今夜は皆様をお迎えした歓迎の宴を行いますので、楽しいひと時を過ごしましょう、では菅谷皆を頼む」



「某菅谷と申します、城の横にある館は彦太郎様の館になります、彦太郎様も寝泊り致しますが、離れの建物を自由にお使い下さい、皆様方の住まう家をこの近くに作りますので、しばらくはそこをご利用下さい」



「判り申した、菅谷殿嫡男様はそこで何を行っているのですか?」



「彦太郎様は既に小田家の政をしております、特に海軍の育成を始め多くの事を行い御屋形様を手助け差配しております」



「まだ元服前かと思われますが、既に政を行っているのですか?」



「はい、那須の嫡男正太郎殿と政の相談を行い、農政、殖産等についていろいろと行っております、我ら小田の者に取って大きい希望のお方であります、篠山殿も何れお判りされるかと思います、少し城下町を後程ご案内致しましょう」



「お~それは忝い」



この日より小田家には強力な忍びが配下となった、今までは銭雇の危険な任務、危険な任務を長年行っていた事で配下の者達は熟練の強者が多く貴重な戦力を得た事になった。





── 大酋長現る ──





一豊一行が道中で会った蝦夷人と食事をしている頃、半兵衛には危機が訪れていた。


 半兵衛が調査する地域は釧路、襟裳岬、内陸側帯広を目指し戻る予定である、釧路を目指し四日目に半兵衛に危機が訪れたのだ、正確には半兵衛隊に危機が訪れた。



「半兵衛殿、動かないで下され、そのまま留まり下さい、何者かに囲まれております」



「何、本当か?」



「はい、気のせいかと思っておりましたが、先程後ろを取られ囲まれました、10名以上の者が我らを囲んでおります、相手が動くまで留まり下さい」



鞍馬の二名と騎馬隊五名は半兵衛、梅、アエトヨ兄弟、根室の蝦夷人二名を内側にいれ守るような位置取りをしてじっと動かずにいた。


暫く留まり相手の出方を待っているとゆっくりと森の中から10名程の蝦夷人が現れ、ついて来いという合図を受け、そのまま黙って後をついて行った半兵衛達、歩く事10分程でやや開けた所に20人程の蝦夷人が待ち受けており、大将らしき蝦夷人の前に引き出された。



「お前達は和人か? 何しに来たのだ、我らと戦いに来たのか? なんで同じ蝦夷人が一緒にいるのか? 正直に答えろ、正直に言えば殺しはしない」



アエトヨ兄弟も他の蝦夷人も困ったような顔色の中、梅が相手の大将に向かって蝦夷の言葉で話し始めた。



「私達は、和国の那須という大国の者達である、ここにいる蝦夷人は我らの仲間であり大切な友人だ、失礼な態度を取るな、それに我らが何故そなた達蝦夷人と争わなければならぬのか、殺すとは何事か、初めて会う者に対して蝦夷人の誇りを知らないのか? 知らないのなら教えてあげよう、初めて会う者には一緒に食事をしようと誘うのだ、それが蝦夷人の誇りだ、判ったら返事をするが良い、我らと食事をするのか?」



梅の勢いある言葉に呆気に取られる蝦夷人達、明らかに蝦夷人では無い小娘に叱られたのである。



「あっははは、済まなかった私の名前はナヨロシルクだ、この地全体の酋長である、一緒に食事をしたいが宜しいか?」



「私の名前は竹中半兵衛です、半兵衛と呼んで下さい、是非一緒に食事を致しましょう」




梅も笑顔となり、荷を開け、食事の準備を始めた、蝦夷人も火を起こし干塩鱈を炙り始めた、そこへ半兵衛より澄酒が配られ乾杯となった。



「ナヨロシルク殿よ、我らは根室から来たのだ、根室の大酋長イソンノアシの村の蝦夷人と我らは和国の那須という国の者が同盟を結び、より多くの者と誼を通じたくこうやって来たのだ」



「和国の中に那須という国もあるのか?」



「そうです、沢山の小さい国が和国の中におり、その全体が和国になるのです」



「那須は内浦の和人とは違うのか?」



「内浦とは、何処か判るか?」



半兵衛達の中で内浦を知っている者がおらず、地図を出した。



「内浦とはどこの事であるか?」



正確な地図を見て驚き、声を上げるも。



「ここだ、ここの和人と那須は違うのか?」



ナヨロシルクが指さした所は函館であった。



「・・・蠣崎?」



「そうだ和人の蠣崎とは違うのか?」



「蠣崎の名前は知っているが、那須とは関係ない国である、蠣崎は蝦夷人を虐げていると聞いている、我ら那須は全く違う、彼らに聞いて見るが良い」



「そうか、ではもっと那須の事について話をしよう、今日は村に泊まるが良い」



軽く食事をした後、ナヨロシルク一行は千鳥足で村に向かった、澄酒は濁酒と違い酒精強く、初めて飲む者には気づいた時には酔っている、半刻程歩き村に到着、そこには根室より大きい蝦夷人の村であった、酋長が帰って来た事と和人を連れて来た事で大騒ぎとなり、あっという間に物珍しさで人だかりとなった。


今夜は根室の客人を歓迎する、準備をするよにと号令をかけたナヨロシルク。



「さあ、私の家に行こう、そこでもう少し話を聞きたい」



ナヨロシルクは釧路湿原、日高、帯広一帯の大酋長の一人であった、この地域には蝦夷人の約30%もの多くが分布していた、その原因の一つに函館の和人蠣崎から逃れる為に移り住んだ者が多数いた、その事を踏まえ和人の半兵衛達に最初敵意が向けられてた。


酋長の家で歓迎の宴が始まるまで次から次と質問があり誠実に答える半兵衛、では今度は根室の蝦夷人に何故和国の者と誼を通じる事になったのか、と質問するナヨロシク。



「私の名前はアエトヨと言います、こちらは弟です、那須の国の方達と知り合いになったのは私達兄弟がきっかけです、昨年根室の海で漁をしている時に春の嵐に遭遇し船が風に流されたのです、辿り着いたのが那須という国で、その国の王子から助けて頂き、根室まで送って頂き、それから村と交易が纏まり那須の人達であれば根室が豊かになると判断した大酋長イソンノアシが同盟を結んだのです」



「大酋長のイソンノアシにはいくつの村が付き従っているのか?」



「はい、全部で8つの村で御座います」



「ほう、それは立派である、交易の品で交換出来る物は何なのか?」



「米、穀物、織物類、糸類、針、酒、鍋、陶器、椀わん、茶碗、鉄器、刃物、まさかり、鎌、鉈なた等の鉄器になります」



「では渡す物は何と交換しているのだ、」



「トペニの樹液、干鮭からさけ、干鯡ほしにしん、干鱈ひだら、串鮑くしあわび、串海鼠くしなまこ、昆布、魚ノ油、干鮫ほしさめ、塩引鮭しおびきざけなどです」



「交換の比率は厳しくないのか?」



「それは我らに任せて頂いており公平になるよう酋長が決めております」



「本当なのか? 和人が決めるので無くて蝦夷人の我らが決めていると言うのか?」



「はい、希望は聞いておりますが、酋長が決めています」



「希望とは何か?」



「トペニの樹液を多く欲しいとの事です」



「たったそれだけの事なのか?」



「はい、それだけです」



我々の知っている和人と全く違う、本当に信じて良いのか、不思議な話ばかりである。



「では我らの仲間を奴隷にしておらぬのか?」



「そのような事はありません、昨年は凄腕の狩人助という和人がヒグマを何頭も倒し英雄となり酋長の娘と結婚し今は村に住んでおります」



「えっ! 本当か? そんな事があるのか、その助は根室にいるのか?」



「はい、結婚し子供が腹の中にいます」



「うむ~驚く話ばかりである、我ら蝦夷の先祖は和国からこの地に逃げて来たと聞いている、それに蠣崎という内浦の者達は我らの仲間を奴隷として働かせていると聞いている、同じ和人でも全然違うのか、これは驚きである、一度根室に行き確かめる必要がある」



「和人の半兵衛の目的よ本当の目的はなんであるか?」



「はい、誼を通じ那須と蝦夷の人達と同盟を結ぶ事です」



「同盟とはどのような事を言うのだ」



「この地に住む蝦夷の人達と結ぶ同盟とは、主家が那須という家になりますが、蝦夷の人達を富み守る同盟となります、お互いに必要な品を交易し、その代わりに我ら那須の国が蝦夷の人達を他の和人から守ります、我らの那須という国は蠣崎などとは比べ物にならない大きく強い国です」



「では蝦夷の者達は奴隷に成らずに良いのだな、女性を浚い慰み者にしたりしないのだな」



「当たり前で御座る、そんな事を致せば若様から罰せられます」



「判った、今はここまでとしよう、さあ歓迎の準備が出来た、一緒に楽しもう」



結局半兵衛達一行はこの村に一週間も滞在する事になった、大酋長ナヨロシルクが半兵衛を離さなく和国である日ノ本の国、那須という国について次から次と質問され、那須の事を学ぶ為に数日間教え知識を与えたのであった。



「では儂も根室の大酋長に会いに行く、主だった者を連れて行く、いろいろとその同盟を結んだ村を見てみたい、よろしく頼む、それと儂を叱りつけた梅をなんとか儂の嫁になって頂けないか?」


梅が即答で。


「嫌です」


と即答し、皆で大笑いとなった。



その頃、一豊隊は宗谷岬に辿り着き、樺太を眺めていた。



「あそこにも蝦夷人の村があると言っていたな、今回は諦めるが次回は船で行って見たいものよ」



「某は勘弁して下さい、泳げませぬ、船には乗りたくありませぬ」



「根室に来る時は船で来たでは無いか」



「あれは成り行きで若様からの願いでありましたから断れず仕方なく来たのです」



「何を言うか、根室に来れて娘と結婚出来たではないか、良い事ばかりでは無いか、あの地にも良い事があるやも知れん、行く時は一緒に行くのだ、そちがいなかったら不自由では無いか、通訳がおらんぞ」



「船酔いはせぬのに、泳げぬから行かぬとは、贅沢な話ぞ、儂なんか船酔いはする、泳ぐ事も出来ん、どうすれば良いのだ」



「一豊様も泳げぬのですか?」



「当たり前じゃ、陸で育った者は普通泳げんのじゃ」



「ぐたぐだ言い訳などマタギの恥ぞ、来年は儂と一緒に行くのじゃ!」





── 小田原 ──




「どうだこれで三名ぞ、まだ何も分からぬか?」



「はい、真田様、いずれもこの三名からでは同じ事ばかりで御座います」



「三家で連合して事に当たったという事は分かったが、誰が裏で糸を引いているか判らぬか、もう少し上の者を狙うしか無いか」



「では私が女郎屋街を歩き身持ちの悪そうな侍を選びましょう、真田殿には無理で御座いましょう」



「ちっ、仕方ない千代女にて選別するが良い、その後は任せろ!」



小田原の町は大変大きく、男衆が遊ぶ遊郭もそれなりに有った、その女郎屋街に変装した千代女が身上のありそうな侍で遊び好きな者を選ぶ為に足を踏み入れた。



「ちょいとそこの色男さん、いい娘はいたかえ、なんなら紹介するよ、生娘もいますよ、ちょいと!」



「何、生娘だと、本当か?」



「あらやだ急に鼻の下を伸ばして、色男が台無しよ、こっちに来て、あそこの物陰に隠れているのよ、紹介料は50文よ、どうするの?」



「本当であろうな、嘘であったらただでは済まんぞ、ほれ50文だ、あの物陰だな」



「はいはい、そこの物陰に生娘がいますよ、では良い夜を!」



生娘と聞いたとたんに鼻の下を伸ばし、にやけた顔で隠れ居てるという物陰に。



「ぐっふ、何奴・・・・」



「おい、兄貴もう酔ったのか、しょうがねえーな、じゃー今日は帰るか」



と言って男を抱え女郎屋街を出る真田の忍び、あるお堂の中に連れ込み千代女に渡した。



「オンバサラタラマキリクソワカ~・・・・オンキリキリ~オン キリキリ~ギャーテーギャーテーオン キリキリ~ソ オンバサラタラマキリクソワカ~・・・・オンキリキリ~オン キリキリ~ギャーテーギャーテーオン キリキリ~ソワカー~我の命に従え給え臨兵闘者 皆陣列前行!」



「どうぞ真田殿聞きたい事を聞いて見て下され」



「では、北条家、那須家、小田家の中で糸を引いている者はどの家であるか?」



「・・・・げ・・・げん・・・・・あん・・様・・・・と・・・・です」



「幻庵様と誰であるか?」



「げ・・・様と・・・・の・・・若様・・・です」



「若様とは誰の事だ?」



「おおお・・・・だ・・・・船・・・・です」



「小田の若様と船が関係しているのか?」



こくりと頷く。



「どうやら背後に小田の若様と言うのが船と関係している様だ、千代女殿明日より常陸に向かうぞ!」



「判り申した」



聞き出した侍は駿河侵攻の折、小田の軍船で小田原から掛川に荷を送る仕事をしていた者であった、小田家の帆船が大いに役立った事を自分の意思とは関係なく話していたのである。






半兵衛が大酋長に出会いましたね、それにしても梅は偉い!

次章「常陸と那須」になります。

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