包囲網と信玄



── 1572年夏 ──



「これより評定を行う、ここに将軍足利義昭様からまたもや出兵の要請が来ておる、使者の話では、浅井、朝倉、がなんとか持ちこたえており我らが動く事を待っており、一向の者どもも、浅井達と連動し信長包囲網を作り上げ、信長は窮地にあるそうだ、儂も信長の動きを忍びを使い確かめておるが使者の話と一致しておる、そこで如何に京に攻め入るかと言う話をする時が来た、皆の意見を聞きたい」



「御屋形様そうなりますと、徳川の三河を通る道になるかと思われますが、駿河侵攻にて当家と同盟を結びましたが如何なされますか?」



「徳川は以前より織田と同盟を結んでいるのじゃ、このままじっとしていれば我らが徳川の仲間と思われ、逆賊となるわ、三河を攻め込んでこそ皇軍となる、胸を張り攻め入ろうではないか」



「そうしますと、後は上杉への抑えです、こちらはどうなりましょうか?」



「上杉は動けぬのじゃ、あっはははは、儂が加賀の一向を動かし封じておる、それと将軍からも上杉に武田が動くは将軍の命であり、武田不在の甲斐に攻め入る事は禁じると言う文が遣わされ、謙信は署名したそうな、あやつは動けんし、動かぬ!」



「御屋形様、では後顧の憂いもありませぬ、安心して上る事が出来ます、後は時期になります」



「間もなく稲の収穫だ、それを早く終えさせ、9月下旬に出立致す、此度は全軍の27000の軍勢で行き、徳川を飲み込み、浅井、朝倉と合流し、さらに一向の僧徒を合わせれば8万の軍勢になる、日見よりしていた者も此方に加わるであろう、さすれば10万にはなろう、三好、六角も加わるであろうそうなれば10万は優に超え日ノ本一の軍勢となろう」



「27000の兵となれば遠江の城に残している者達は引き上げねばなりませぬ、如何いたしますか?」



「それはその方、馬場が率いて、浜松に攻め入りするのじゃ、さすれば本軍は甲斐から南下し浜松に向かい、馬場は遠江から向かえば徳川は自然と袋のネズミとなろう、あっはははは!」



「御屋形様、袋井の久野城を空にしてしまいますと、北条に取られますがそれで宜しいのですか?」



「馬場よ、お主も頭を使え、良いか、先程10万の軍勢で信長を退治する話をしたのだぞ、退治した後にその兵を使い駿河に攻め入るのよ、掛川の城も、浜松城の城もすべて我らの物になる、そして小田原に攻め入るのよ、その時には15万もの軍勢に膨れていよう、如何に小田原の城が大きくてもそれだけの軍勢に囲まれしまえば動けぬ、後は時間をかけ料理すれば良いのだ、判ったか馬場よ!」



「そこまで深く考えておりました、某御屋形様の遠大な計画に只々感嘆致します」



「では皆の者此度は長き戦になるがその分見返りが大きい、三河攻めでは乱取りを自由と致す、暴れまくり武田の恐ろしさを教えてやれ、騎馬の手入れを怠らず支度するのだ良いな!」



「はっ!」



ここに武田信玄は史実と同じく将軍の要請に従い天下取りの舵を切り動く事になった。


足利義昭が自身への傀儡としての支配を弱めさせるために、浅井家、朝倉家、三好三人衆、石山本願寺、比叡山、六角家、そして武田信玄ら周辺の反織田側に御内書を連発して、織田信長包囲網を作り反撃に出る態勢を見事に作り上げた、この時点ではお手紙と言う武器が威力を発揮し織田信長は苦しい状況に追い込まれて行く、信長は全方向に敵がいる危険な場面を迎えようとしていた。


この状況を打開出来るのか、南下する武田をどこまで耐え抑えるか家康に委ねざる得ない状況がこの年の暮れにいよいよ姿を現す事態となる。



「良し、皆の者聞くのだ! 儂の要請に武田が立ち上がる事になった、浅井家、朝倉家、三好三人衆、石山本願寺、比叡山、六角家、に伝えるのだ、使者を送れ、これで儂は自分の政が出来る、この秋ぞ、良いな! ぬかるな、織田信長を懲らしめてやるのだ、我を傀儡しようとするとは思い知るが良い、将軍の恐ろしさを怖さをその身で知るが良い! 急ぎ使者を遣わせよ!」



「おめでとうございます、流石は将軍様であります、これで信長の芽も無くなります、後は武田を巧く利用し、将軍が先頭に立ち日ノ本の政を致す時が目前となりました、おめでとうございます!」



「うむ、良し、先勝祝いじゃ、酒を持て、皆で景気づけ致す、酒を持て!」





── 資晴の出陣準備 ──




「もうあと半年もありませぬ、初陣ですぞ、しっかり支度出来ねば笑われます」



「もう一度着て下され、又背丈が伸びたようで一年前の丈では合いませぬ」



「めんどいのう、これで三度目ぞ、最後に致せ!」



「若の背がこの様に伸びておりますれば、着る物の仕立て直しが必要になるのです」



「最近の若い者達は皆大きいと思うが、これも食のお陰であろうか」



「ええ、皆が米も多く食する事が出来、さらに海の魚も領内に出回り、更に子供の数も増えており賑やかになっております、食が豊かになった証拠です」



「忠義の芦野でもそうなのか?」



「ええ、子の数が三人、四人といる所も珍しくありませぬ、芦野と伊王野では難民の受け入れなども沢山しましたので子の数も入れれば倍に増えておりましょう、あと数年もすれば、村々が本田の村と新田の村に別れる所が沢山出来て来ると思われます」


「ほう、人が増えた村を二つに分けるのだな、それで本田と新田か、それは結構な事であるな、本家と分家みたいな感じじゃな、それと忠義、先の造船の話であるが、小田殿の造船を作る作業所であるがあれと同じのがなんとか出来そうかのう? あの見事な小田守治殿が作った造船所凄かったのう」



「ええ、幸地が先頭で護岸の拡張と港全体を広げております、働く者達が毎日1000名以上が集まり作業しております、それと芦野の石を造船所に凹部に利用しますので、切り出した石を運んでおります、今ある造船所はそのまま利用出来ますので、なんとか来年の末には箱物である造船所は完成出来ると半兵衛も申しておりました」



「ほう、それは良かった、今ある造船所は1000石船が造れる所が1ヶ所のみ後は小振りのが二つじゃ、守治殿のあれを見てしまったら急に寂しくなった、折角海の領地があるのに儂に知識が無い為、出遅れてしまった」



「若、ちょっといいですか、本人に確認しておりませんので、失礼な話になるやもしれませぬが、海軍を作られた場合、我らでは指揮が執れませぬぞ!」



「小田家、北条家には海の戦で指揮を執る者が居るかと思いますが、那須の我らには陸の者であります、些か無理が生じます、そこで某考えていたのですが、常陸で育ち海の近くで一国の当主でおりました佐竹義重殿であれば指揮が執れるのではないかと思いますが如何でありましょうか?」



「海軍が出来た時の総責任者であるな・・・・今、騎馬隊を率いておるが・・・それでも良いのかのう?」



「それはそれで良いかと、戦船が岸に上がり兵員が上陸して戦う事もありましょう、戦は海だけではありまぬ」



「考えておらなかった、船を造る事だけしか見えて居らなかった!」



「戦船が完成しても指揮を執る者がおらねば・・・拙った、佐竹殿しか見当たらん、海で育った武将がおらん、半兵衛は船に弱いし、船酔いして酔い止めと称して酒を飲み倒れ周りに迷惑を掛ける、そんな者に指揮を執らせたら大変な事になる」



「そうで御座いましょう、佐竹殿が頼りです、それに戦船は一隻だけでは御座りません、全体の指揮は佐竹殿で宜しいでしょうが、個々の戦船の指揮を執る者も必要です、今の内に育成せねばと思われます」



「良し、儂から義重殿に話そう、那須家海軍総司令官じゃ、海の武将だから海将じゃ、佐竹海将と致そう!」



「福原はどうじゃ? もう三度も蝦夷に行っておるぞ、来月も蝦夷に行くから四度目ぞ、半兵衛の話では内政も器用にこなし、知恵者であると、船酔いも克服しておる、義重殿と組ませればどうであるか?」



「福原殿は交渉力に長けておりますから良い話かと来月の蝦夷は蠣崎という家の件に備えた馬と大量の物資を持って行きます、それと内地側の安東とか言う者達を寄せ付けない様に海戦もありましょう、今回の蝦夷便には佐竹殿と福原殿を組ませ、海の様子も確認してもらいましょう」



「うん、それが良い、忠義が気づいてくれて助かったは、手遅れになる所だった」



「私こそ、いつ若様より話されるか待っておりました、これで安心致しました」



ここに那須家海軍 海将 佐竹義重が誕生する事になる。



そして小田守治の造船ドックを見た事でショックを受けた家がここにもいた。


「氏政お主あれを見たであろう、あの巨大な船を小田殿があれだけ立派な造船所を持っておるから巨大な船が造れるのだ、我らには大きい船を造れる船大工が揃っているのに、造る場所を造って無いとは、なんとも情けなかった、北条の名が泣いておる、急ぎ港を拡張し、あのような立派な造船所を何ヵ所も造るのじゃ、これは当主のお主の役目である!」



その頃、北条家から徳川家康に文が届く、そこに書かれていた内容は一文のみであった。



「殿、北条殿より文が届いたとお聞きしました、宜しければこの正信めにもお見せ下さい!」



「・・これはやはり、某が北条家より聞いていた事が起こるという事なのですね!」



書かれていた一文とは『武田が動く、備えよ!』という短い一言が書かれていた。



「正信、この時の為に備えていたのだ、織田殿に援軍を依頼する、その方使者となり必ず引き連れて来るのだ、徳川が無くなれば背中を、織田殿の背中を誰がお守り致すのかと、必ず説得致し、援軍を連れて来るのだ、徳川の命運はお主に掛かっている!」



「判り申した、必ずご命令を果たして見せます!」




── 蝦夷出港 ──




八月に入りお盆を前に佐竹義重を長とした蝦夷への船が出港した、那須からこれで五度目の交易船であり、福原は四度目の蝦夷、佐竹義重は初の蝦夷となるが、資晴より那須家の海軍を束ねる海将として任を与えられ、那須家初代海軍海将となった。


今回の交易船は1000石船と500石船の二隻での出向であり、主な目的は一年後の函館方面を支配している蠣崎家への攻撃力強化の戦力として馬200頭を乗せて出港した。



「これで200頭であるから全部で400頭以上になったな、次回の春にも送るから600は超えるであろう、当面600あれば大きく動け、蝦夷の広い地でもなんとかなるであろう」



「そうで御座いますね、和田衆の忍びも20名送ったので蠣崎についてどう攻めれば良いか探り当てるであろう、それと那須に来ているアイヌの子達の様子はどうであるか、もう言葉を覚えたかのう?」



「言葉を覚えさすは、子供が一番適しておりました、那須の子達と遊ぶうちに勝手に話せております、面倒を見る大人達の方が大変です、こちらの言葉は通じておりますが、まだ話せませぬ」



「もう暫く預かり、言葉だけでは無く儂の技術の村でも見学させ、関心のある技術を習わせるか、そうすればあの子達が蝦夷で広める事に繋がるであろう、与えるだけでは限界があるであろう」



「あ~それが宜しいです、自ら技を覚えるが一番であります、元々なんでも作っております、器用でありますから、覚えも早いでしょう」



前回蝦夷から連れて来た80名の子供達、将来の蝦夷を発展させる子達として通訳を初め、鍛治、鋳物、土器、紙漉き等の技術を習得すれば大きい発展になる考え連れて来たのである。


既に村には多くの子が学ぶ学び舎が開設されており、親無し子の面倒を見る施設まで備わっている、学ぶにはこれ以上ない環境と言えよう。




── 西上戦 ──




「全軍出立! 出立せよ! 山県昌景と秋山虎繁は3000の兵を率いて遠江に残っている徳川の兵を攻めよ、馬場は久野城にいる5000の兵を引き連れ浜松の城を接収し我らと合流せよ、動きは常に知らせよ! 全軍出立じゃ!」


9月に入り、信玄はいよいよ行動を起こした、信玄の敵は織田信長であり、徳川家康は路傍の石と捉えていた、信玄の軍勢はやや膨れ総勢28000という大軍となり、甲斐の躑躅ヶ崎館には老兵が残り警備しているだけであった。



「御屋形様が動いたか、我らは此度も街道の守りである、それにしても馬2000頭はきつい仕事であった、銭も沢山使ってしまった、天下を獲ったら一国を与えると申していたが、儂には縁の無い話であろうな!」



「お前様、ご苦労様でした、姉より新しい茶の葉と菓子が届き頂きました、一緒に召し上がりましょう」



「ほう、ありがたい事だ、姉様は優しいお方であるな、儂に出来る事と言ったら檜か馬位しか無いが、どちらもいらぬであろうな!」



「何を言います事やら、平穏になれば一緒に訪ねて参り感謝を申し上げれば良いのです、女子の姉妹はお家の戦事情とは別物なのです、縁は切れませぬ、年を経る事に懐かしく再び逢いたいのです、殿方とは考えが違うのです」



「そうであろうな、そうでなければこう何度も文と菓子を送って頂けるなど幸せな事よ、そなたが羨ましい、儂も女子に生まれておれば良かったかも知れぬ」



「なにを馬鹿な事を、ささお茶が入りましぞ、かわった色のお茶でありますぞ」



「ほういい匂いじゃ、普段の茶とは味が違うのう、珍しい茶じゃ、それにこの麦菓子と相性が良い!」



「姉様の文には城下に甘味処が新たに2軒も出来たそうです、そこではこの麦菓子の新作も売られていると、中々の人気で品切れとなり、予約しているそうです、手に入ったら送ると書かれておりました」



「それは凄い話であるのう、この麦菓子なら作れそうであるが真似して作らせて見るか、又は似た様な菓子を作らせて見るかのう」



木曽義昌夫婦ののんびりとした会話、同じ武田家とは思えない木曽谷の領主と妻である。


そしていよいよ秋の収穫を終え、資晴の出陣が目前に迫る10月に入った。





海将の誕生、佐竹義重が戦国に舞い戻った感がありますね、何故か感動しました。

次章「初陣」になります。

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