初陣

 10月中旬、出陣を二日後に控え那須烏山城ではお祭り騒ぎであった、資晴が行って来た数々の功績に領内がお祝いムード一色に包まれ、領民にまで間もなく出陣する話が伝わり、那須家の侍たちは勿論の事、民百姓が何かしらのお祝いをしたいと自主的に家にある米などを兵糧に使って欲しいと持ち寄って城の者に渡す長蛇の列が出来ていた。


嫡子の初陣を祝うなど那須の国始まって以来の出来事である、当主資胤も妻のお藤のお方も、城から民が集まる様子を見る度に涙ぐみ高ぶる感情にそわそわし、落ち着けずにいた、一方当の本人資晴は、忠義と梅に向かって機嫌悪く文句を述べていた。



「本当にこんな金ピカな恰好しないといけないのか? なんでこんなに金ピカにしたのじゃ、戦で着る鎧であるぞ、光っているではないか、見世物ではないか、儂の鎧と忠義の鎧を交換致せ、儂は着たくない!」



「若、諦めが肝心です、これまでの数々の功績で鎧まで光っているのです、そのようにお考え下さい」



「それに若の言う通り綺麗な鎧を造れと、若が飾り職人、左之助に申し付けたのです、左之助は一世一代の技を魂を込め作り上げた鎧なのです、我侭はなりませぬ」



「その鎧は母上のお方様が『お披露目屋』を呼び寄せ、城下の町に若が初陣なさる事を触れ回っております、明後日の出陣の際には『お披露目屋』を先頭に練り歩く事になっております」



「誰が母上に入れ知恵をしたのじゃ、初陣に『お披露目屋』を呼ぶ様にした愚か者は誰じゃ?」



「それは・・・半兵衛殿です、半兵衛曰く、ここまで若の初陣が知れ渡り領民がお祝いしたいと家にある貴重な品を供物の如き持ち寄るという事は神事の如く捉えており、天下に後先無き『初陣』を行わなければなりませぬ、那須家の正念場、那須家のお披露目をしなくては領民に失礼となります、よって、お藤のお方様『お披露目屋』を呼び寄せましょうと、申し殿も御認めとなり『お披露目屋』が呼ばれ、今は町を練り歩きしているのです」



「またしても、おのれ・・・半兵衛め・・・・その様な言い方で母上に話せば母上もその気になってしまったのであろう、儂ですら、成程と感心してしまったでは無いか、しかし、初陣じゃぞ、生涯に一回しかない初陣に金ピカの鎧に『お披露目』が先頭で練り歩きした後に儂が行くのじゃぞ!」



『お披露目屋』とは現代のチンドン屋である、景気の良い楽器を鳴らし触れ回る、新装開店などを地域に触れ回る広告塔それが『お披露目屋』。



「若様はまだ知らぬようですので、お教え致しますが、『お披露目屋』だけではありませぬぞ!」



「梅! なんの事を言っているのか、他にも何か隠し事があるのか?」



「では耳を澄まして下さい!」



・・ドンドコドンドコドンドンドンドコ~♪ドンドコドンドコドンドンドンドコ~♪

木こりは木を切るとんとんと~とんとんと~与作は木を切るとんとんと~とんとんと~♪



「うぬ・・・烏山太鼓となんか木こり衆の歌が聞こえるようじゃが! それがどうした?」



「明後日の出陣の模擬を行っているのです、当日は最初に、巫女48が若達に大勝利の舞を舞い、次に『お披露目屋』が先に練り歩き、少しして、烏山太鼓が出陣の勝利太鼓を披露し、きこり衆がお祝いの木こり歌を合唱する中、若様達が城から出陣となります!」



「はっ?、はっ?、はっ? えっ? 何の話をしておるのじゃ、梅、今一度説明せよ!」



「ではもう一度、当日は最初に、巫女48が若達に大勝利の舞を行い、次に『お披露目屋』が先に練り歩き、少しして、烏山太鼓が出陣の勝利太鼓を披露し、きこり衆がお祝いの木こり歌を合唱する中、若様達が城から出陣となります!」



「だめだ気を失いそうじゃ、もうめちゃくちゃじゃ、誰の誰の・・・一体だれがその様に式次第を作ったのじゃ 誰の仕業じゃ!」



「勿論、殿に御座います、お方様が『お披露目屋』を呼ぶ事になり、それではと申して巫女と太鼓衆、きこり衆を手配したのです! 獅子舞も交渉中かと!」



「なんとなんと、父上まで加担しておるのか、そこまで儂の初陣の演出を図っておるとは、逃げようが無いでは無いか、む~如何する忠義!」



「流石は、お方様と御屋形様であります、こうなれば、後もう一押し若様の手で完成させましょう!」



「はあ~、金ピカぞ、金ピカの儂に何をさせる気だ!」



「餅です、餅を用意致しましょう!」



「餅とは、あの食べる餅の事を言っているのか?」



「餅とは、尻もち、やきもち、に非ず、紅白の餅を当日は集まった領民に配るのです、今この城には多くの者達が米などを持ち寄り若の初陣を自らの事と捉え、お供えしております、それに応えるのが若様の御役目、最後の一手、紅白の餅を配り完成と致しましょう!」



「忠義も言うようになったのう、だが許す! 儂もこうなればもうどうでも良い、此度は長滞陣となるので秋祭りに参加出来ん、紅白の餅とくるみ入りの高級麦菓子を配ろうではないか、それと大扇子を用意致せ! それと儂が造らせた儂の幟を隊列の目立つ所に配置せよ、もうここまで来たら輪をかけて驚かす以外にない!」



「それで良いな、忠義、梅!」



「では当日それぞれご用意致します、梅殿参ろう!」



二日後早朝既に烏山城の山城に向かう道々には民百姓が両側に陣取り数千名の領民が態勢を整え、少し離れた所では、露天商まで芋粥を朝餉として販売を始めていた。


ところで若様はどこに出陣に行かれるのか? 何処かで戦があるのか? 考えたら何処に向かうのかを領民達は知らなかった。

京の悪党どもを退治に行く、管領様の援軍に向かう、織田の殿様と一緒に悪い奴を退治するのでは? 等々噂が囁かれていたが、行き先は公言されていなかった。


出陣は午前10時と告げられ、集まった領民に紅白の餅とくるみの入った高級麦菓子が配られた、それとは別に大工衆右官の者達(とび職)が梯子を使い、出初式を初めた、出陣前に景気づけの演技を披露し始めた。



「忠義、何やら外の様子が賑やかだが問題でも生じたか?」



「若様ご覧下さい、右官の者達が出初式を行っております、領民が歓声を上げ若様の出陣を盛り上げております」



「・・・・もう領民が喜ぶのであれば儂が逆立ちでもして右官の者達に交じり披露した方が良いかも知れぬな、儂と忠義で二人並んで、あっははは、もうそんな気分である!」



「まあーその様な時が来れば私も一緒に致しましょうか?」



「梅なら簡単に逆立ちなど出来るのであろうな、忠義は出来るのか?」



「某は武士であります、曲芸師ではありません、出来なくて当然であります!」



「まあー良い、何れ儂の見事な逆立ちを披露致そう、しかし、今はそんな事を考える時ではない、さっきから気になっていたのだが、兜に儂の兜がやや変化しておるが、誰の仕業じゃ?」



「気付いておりましたか? 某も昨夜気付きました!」



「犯人は十兵衛殿でありました!」



「おのれ十兵衛め、小細工をしやがって、どうしてこうなったのだ、一昨日まで無かったでは無いか、これを被れと言うのか?」



「若様、諦めるしかありませぬ、あと半刻でお時間となります、良いではありませぬか、立派な兜であります」



「儂が聞いているのは何故兜の前立が変更されたのか、何故このような目立つ前立になったのかである、だれが観ても儂の顔に注目が集まり、あまつさえ、金ピカの鎧にこの兜を被れば観る者は息を止め拝むやも知れぬ、儂ですら拝みたくなる程の立派な兜であるぞ!」



兜の前立とは武将の心意気、己の武を存在誇示する装飾であり代名詞の飾りである、伊達正宗兜には三日月、真田幸村には神の使いを表す鹿の角と六文銭、上杉謙信の兜には、日輪と三日月、直江兼続には愛という漢字、秀吉の兜にはハリネズミの様に日輪が日を射した兜に。



「この飾りの前立も左之助が作った見事な飾りであり前々から手配していた事は明白である、恐れ多くも、金で装飾された五峰弓と金の矢が今にも飛び出そうな勢いで作られておる、頭の上に金の五峰弓とは、与一様を祖とする那須家そのものである象徴を頭上に掲げる儂の身になって見ろと言いたいのじゃ!」



「ふふふふふ、それで良いではありませぬか、その兜に相応しいお方になって頂く為に十兵衛は内緒で行ったのです、昨夜これを見た時某は十兵衛に感謝致しました、よくぞ気が付いてくれました、忠義この通り感謝致しますと泣ける思いでした、若が気負い、金ピカ鎧で恥ずかしい気持ちなど、どうでも良い事なのです、那須家に仕える武士五万人の皆々はこの日を待っていたのです、どうかこの気持ちをお判り下さい」



「忠義・・・そちも言うようになったのう、そこまで言われては黙るしかないであろう、見事にこの兜に相応しい男になって見せようぞ!」



「はいはい、もうお時間ですよ、若様厠へ行って来て下され、緊張して漏らされたら全てが台無しとなります!」



「え~い、煩い、判っておる、忠義厠へ一緒に行くぞ!」




ここにこんな資料が、初陣をした時の年齢が紹介されている。

源頼朝 13歳 上杉謙信 14歳 織田信長 15歳 北条氏康、伊達政宗 16歳 武田信玄 17歳、徳川家康 20歳、毛利元就 長宗我部元親 石田三成 島津義久 22歳。


初陣を飾ると言う言葉を現代社会でも使われる時があるが、初めての試合に勝つという意味であり、初めての戦に勝つという縁起物の言葉として使われている。


資晴の初陣にも何名かの目付が付き、危なくなる様であれば真先に帰還させよと当主資胤からの厳命のもと初陣が許された。


目付け役に抜擢されたのが、戦上手の佐野昌綱が、史実の佐野昌綱は戦上手であったといわれており、上杉謙信や後北条氏を何度も撃退している、また、戦で負けて落城したことは無く、戦況を見定め降伏、離反を繰り返して佐野家の命脈を保ち、下野を代表する武将が後見役に付き出陣となった。



「資晴、思う存分そなたの武勇を天下に示してこい、父と母は城にて吉報を待っている!」



「はっ、父上、母様、必ずや無事に戻って参ります、暫しのお別れであります、泣かぬ様お願いします!」



「何を言うておる、そなたの顔の方が泣きそうであるぞ、父上の事は妾に任せよ! 安心して仕事をして参れ、母は祈っておる、春に逢おうぞ!」



金ピカ鎧と五峰弓の前立を飾った兜を被り烏山城に出立の烏山太鼓がなり響いた。


太鼓の後に巫女48が勝利の舞を舞う中、変てこな『お披露目屋』がチンチントントンチャンドンドン~ピィーーヒョロ~♪ ピィーーヒョロ~♪と派手なチンドンを鳴らし先頭を歩き出す、そして獅子舞が後に続き、暫くして顔を真赤に紅潮した資晴が巨大なセンスを振りかざし大手門から出立した。

(なんでこんなにかっこ悪い出陣なのじゃ、ちきしょう~こん畜生!と腹の中で煮え繰り返すも顔は笑顔の資晴、早く城を離れ見えなくなった所で着替えると決意した)





── 木曽義昌と真理姫 ──




「そなたが北条殿の、姉上様に仕えている侍女殿であるな、態々お越し下され感謝する、それにしても毎月色々と品が送られて来る、妾は大変に喜んでいる、姉上様はお元気でありますか?」



「はい、北条の殿様と睦まじくお元気にお過ごしでいます」



「姉上様より毎月文と品が届く様になり、些か心配しているのじゃ、姉上が嫁がれた北条家と武田家とで同盟が手切れとなり、それからこの様に文が届くようになった、正直に話して欲しいのじゃ、姉上様は肩身の狭い事になっておらぬのか?」



「真理姫様出来ましたら二人きりでお話出来ましょうや、ここではなんとも・・・」



「これは済まぬ、では妾の部屋にて茶でも進ぜよう、そうじゃ姉上様より頂いた香りのよい赤い茶が良い!」



二人は真理姫の部屋に移り長い間話が交わされ、侍女が帰還した後、一人悶々と悩むも決意を固めた真理姫であった。



「お前様大切な話があります、私の部屋にお越し下さい、お待ちしております」



真理姫は武田信玄の三女であり武田家で育った戦国の娘である、何時になく険しい顔の真理姫に、では後程向かうと告げる義昌、真理から呼ばれ部屋に入る事は年に数度程である。


真理姫の部屋の扉を開け入るも、一瞬立ち止まる義昌。



「殿、お前様お座り下さい!」



そこには死に装束の姿で座り、目の前には短刀が置かれていた。



「何、何事ぞ、如何した真理、何があったのじゃ、只事ではないぞ、その方気は確かか!」



「殿、妾は気が触れておりませぬ、ご安心ください、只これより話す事は私の命を掛けての内容になります、妾と共に生きるか、それとも殿は別の道を歩むかの話となります、殿が妾と進まぬ場合はこれにてお別れとなります」



「ちょっと待て、ならんそんな事はならぬ、どんな場合であってもならぬぞ!」



「殿のお優しい御心は妾は充分に知っております、しかしこれより話す事は木曽家に取って一大事の中の一大事になります、家の命が掛かっております、どうかお話を聞いて下され!」



「判った、だが早まるな、聞くので早まってはならぬ!」



「ではお話し致します、私の兄である武田太郎は生きておりました! そして三条のお方様と一緒に暮らしております、太郎義信の奥方嶺松院殿も一緒であります、さらに飯富虎昌殿も、そして先代の武田信虎様も一緒におりました」



「ななななんと、なんと・・太郎様も飯富殿も三条様も・・ご先代様までも一緒に生きておると申すのか?」



「そして三条様、太郎と信虎様から貴方様に文が届きました、こちらをお読み下さい」



「・・・ななな・・・なんと某に・・まさか・・・まさか 信玄様が・・・戻らぬと・・・これは・・・・確かに・・・・本物の花押じゃ、そんな事が本当に起きるのか!!」



「真理よ、その方が死に装束を着る意味が判ったぞ! 儂にも同じ死に装束を着るのか着ないのかを判断せよとの事であるな!」



「儂が同じ死に装束を着ないとなれば命を絶つという事なのじゃな!」



「殿このような形となり申し訳ありませぬ、妾は殿と夫婦となり幸せで御座いました、どのような結果となりましても殿の思うが儘に歩んで下さい、妾に悔いはありませぬ!」



「うむ、嬉しいぞ、それでこそ木曽義昌の妻である、儂の腹は決まった!」





資晴の初陣、もうめちゃくちゃでしたが、これで良かったかなと思います。

次章「進軍」になります。

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