第45話 兵糧丸


── 油屋との楽しい商談 ──




数日後に堺に帰る事になった油屋との夕餉、当主資胤が正太郎に。



「此度も沢山の砂糖を買い付けたそうだな、一体その様に大量に砂糖を買い込んでどうするのじゃ?」



「実は父上、合戦では、遠くへ移動する際も、日数を経過すると何時しか身体も心も疲れてしまわれる経験はありましたでしょうか?」



「それは当然じゃ、だが、疲れていようが敗れる訳にはいかん、勝つまで戦う気構えがあってこそ武士よ、そちは何が言いたのじゃ、砂糖と関係があるのか」



「では、気構えがあっても、それだけでなく、身体の疲れや戦で心の疲れを取る方法があれば戦の時に、猶更良い事ではありませぬか?」



「勿論じゃ、疲れが無い方が良いに決まっておる」



「そうです、その為に砂糖が必要なのです」



「どういう事じゃ?」



「身体が疲れている時、心が疲れた時に砂糖を食すると、疲れが解消するのです、甘い糖を体が得ると疲れていた身体の力が戻るのです、疲れを一時的に解消します、体の疲れが解消すると、心の疲れまで回復するのです、私が菓子料理人に作らせた麦菓子、父上もお食べになった菓子を兵糧丸として使用します」




「御屋形様、正太郎様が言われている事は本当の事で御座います、裕福なお家や公家様など、身内が病となり、体力を無くした者へ、薬用として糖を与えております、物を食せぬ状態の者に砂糖を水に溶かし与えます、糖を与える事で回復させるのです」



「父上、確かに砂糖は高価な物です、しかし、戦で疲れた体で戦うより、疲れが無い方が敵と戦え 相手を負かせる事に通じます、兵士1人が1人前になるには時間も必要であり、何よりも大切な命です、その命と砂糖を比べれば、砂糖は実に安き事です」



「戦は何日にも及びます、父上が食された麦菓子を疲れた時に食べた兵は、相手より早く元気になります、これも軍略かと思われます」



「その様な効果があれば、言われて見ればそうであるな、麦菓子は食べ易く、簡単である」



「父上、菓子なれど、兵達の事を考え、高価な砂糖が入っている麦菓子を那須家では兵糧丸として用いているとなれば、那須家への忠節も更に上がるかと思われます」



「油屋よ、その方が仕入れたる砂糖はまだまだ都合が付くのか?」



「はい、砂糖は南蛮との商いで仕入れております、前もって注文をしておれば問題なく仕入れる事が出来ます、今以上に用意する事は大丈夫です」



「では年に数回、此度と同じ様に届けて欲しい、それと、この紙に書いた、芋と長い棒状の周りに豆が沢山付いている物が南蛮にはあるそうだ、南蛮から仕入れて欲しい、あと変わった食べ物が手に入ればお願いしたい」

(コロンブスがヨーロッパに既にさつまいもとトウモロコシは伝えています、さつまいもは1600年頃、とうもろこしは1579年頃に日本に伝わります。両方とも原産はアンデスです)




「正太郎様はどこでその様な芋の事を知ったのでしょうか?」  



「それは秘密じゃ・・今は聞かないで欲しい」 



「それでは椎茸の事も秘密なので?・・・」



「それこそ、秘密じゃ・・・油屋殿も那須家から仕入れている事は絶対に秘密じゃぞ。バレたら他の商家に卸すゆえ、秘事じゃぞ」



「こりゃ参りましたな」



「正太郎、此度は油屋に如何ほど椎茸を売ったのだ」



「はい、全部で3貫です、銭で337貫程です」



「砂糖を沢山仕入れ、いろいろと他にも、火薬も買付けました。支払いは130貫程です。残りが207貫ですが、これから注文する品の手付金を50貫先渡ししましたので157貫程が手元に残ります」



「油屋よ、この様な大金を取引している大名家はどれほどいるか知っているか?」



「中々一度に100貫以上の品が動く事は稀なのですが、寺社の方が懐が温かい様で一度に500貫程買付ける所もあります、お武家様では、両手あたりでしょうか」



「私どもから那須家様に卸しております火薬は、当家が別の商家から仕入れて渡しております、その商家では、鉄砲と火薬の注文が大量に来ているとの事です、そこでは一度の注文は数百貫はあるかと思います、戦国の世ゆえ、追い付かない様で御座います」




「成程、当家では鉄砲はほとんど所持していない、無いに等しい、余りにも高価であったゆえ、それは仕方なし、火薬も高価であるしな」



「はい、この油屋で火薬が扱えたのは、正太郎様から椎茸を卸して頂けたからです、火薬を仕入れる事が出来る商家は納屋という商屋だけです、そこに、那須家から仕入れた椎茸を分けて卸した見返りで、火薬を分けて頂ける事になりました」



「椎茸でお互いが誼を通じ、鉄砲は納屋が独占しておりますが、当家でも鉄砲と火薬を一部扱える様になりました、いずれ鉄砲を必要になる時が来るやも知れませぬ、その時はこの油屋お役に立てるかと思います」



「正太郎より、そういう事情であったか、火薬をこれからも手配して欲しい、鉄砲以外にも使い道があるゆえ頼む」




夕餉では、南蛮人の話など那須の地では聞けない貴重な話を聞き、ひと時を過ごし堺に帰った。

(砂糖を菓子に変え兵糧丸にするなど、那須家が初めてであろう、一部の者が贅沢の為ではなく兵達に使用するとは、足軽の命など、雑草の様に扱う武家が多い中に、と感心する油屋であった)






 ── 洋一と玲子 ──




桜先輩からの配慮で町田の戦国美術館で本来の二人に戻った洋一と玲子、間もなく10月、来年5月に結婚となれば、浮かれている場合ではない、結納は、式場は、住む所は、と急に焦る二人である。



「最近は結納は無い場合もある様だけど、それでいいのかな? 洋一さんどうなの?」  



「たしか結納って給料の数ヵ月分とかを玲子さんに渡して、そのお金で結婚の支度金とかだったよね?」



「そもそも私達今、24才よ社会人3年目、洋一さん貯金あるの?」



「総支給額から、いろいろと引かれて手取り24万円位です、その内、5万を家に入れて、車のローンと保険代とか、貯金が月5万円、お小遣いが5万円って所です」



「ちょっちょっ、・・・やはり専業は無理だね、ちょっとまって、無言・・・・私の職場、明和町よ、洋一さんは川越だけど、住む所も大問題よ・・・・」



「あっ、それなんだけど、ここ最近、玲子さんを送迎していたから判明したけど、高速で玲子さんの家まで約65キロなんだけど、一般道だと40キロ位だった、高速だとかなり遠回りになってた」



「一般道で一時間ちょっとで行けました、高速の方が長時間でした(笑)」



「えっ、そうなの、それなら、どちらかの家から通勤出来そうだね」



「私が洋一さんと結婚して、農家のお嫁さんだからと言って農作業は無理だよ、経験ないし」



「それは大丈夫です、そもそも私が普通に勤めているので、将来は解りませんが、当分の間、農家になるとか考えなくても良いかと」



「じゃー住む所は検討して、最初に何をすればいいの?」



「5月だから、人が集まるなら連休に式? あと、七ヶ月後だけど予約まだ行けるの?」



「やばいかも知れません、早く場所と日程を押さえないと」



「そうだよね、なんか急に焦って来たよ、ちょっとこれから毎週結婚式場巡りしないと、来週からスイーツ巡りから結婚式場巡りになるね、遊んでいる場合じゃないね」




「式場が川越がいいと玲子さんのお母さんが言っていたかと、そうそう、観光したいとか言ってた、群馬だとやだって言ってたよ」



「結納も、式場もお嫁さんの希望を優先だと思うから、玲子さんのご両親と相談して見てください、私は、川越の式場リストにしてメール送ります」



「わかったわ、じゃーよろしくね」




9月下旬、稲の収穫が始まり、昨年試験的に植えた田では約2割増産に成功していたが、今年は3割増産である報告を受けた正太郎、父に報告し、父と正太郎一行が村に赴むいた、村長を初め膝を付き拝礼し迎える農民達に忠義が。




「皆の者当主資胤様である」




一同に声を掛け、正太郎が父資胤に、こちらが村長の平蔵ですと紹介、ははあーと、拝礼する村長に。



「平蔵と申したな、田の収穫が増えたと聞いたが、いかほどなのじゃ」




「正太郎様の村は5村で例年は約1200俵ですが、正太郎様から教えて頂いた田植えですと、今年は3割増産の、1560俵になるかと思います」



「ほほうー、480石が624石であるな、それは見事である、どの様にして増やしたのだ」



「はい、不要となりました、もみ殻を炭に変え、田に蒔きました、正太郎様の話では、田の土に栄養を与える事で、稲も良く育つと言っておられ、その通り行ったのです」



「馬の寝床に利用していますもみ殻を、傷んだもみ殻を再利用して炭に変え田と畑に撒きました」



「畑では、どうであるか?」 



「はっ、こちらもいつもより大きく元気な作物が育っております、畑の土も元気を取り戻しております」




「父上、田に関しては、忠義の芦野の叔父殿でも真似て行っています、ここより寒い地ですので、収穫これからかと思われますが、そちらでも増産が期待出来るかと思います」




「おおーそうであったか、来年は領国内で広め増産を行えば大収穫になるのう、見事である、皆の者よくやった」




「此度の褒美に、当家お抱え菓子職人より作らせた麦菓子を家族1人三枚の甘い菓子を渡すゆえ、家族で労を労わるのじゃ、では、忠義その方達から渡してあげてくれ」



忠義、千本、福原、百合、梅と菓子職人飯之介にて農民を並ばせて渡した。

(いつのまにか、料理人飯之介は菓子職人に)



「皆の分はあるから、家で寝ている婆様とかにもあるのじゃ、家族の人数を言うのじゃ」

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