死兵


── 罠 ──



「儂をここまで愚弄するとは見上げた者じゃ、だがそれも間もなく尽きるであろう、我らの半数程の兵で戦いを挑むとは、恐れを知らぬか、余程の戦知らずの愚か者じゃ、儂がこの手を上げるだけでお主の命は無くなるのだ、許しを得る機会を今一度与えよう、如何致す!! 下野の那須資晴よ!」



「ふっふっふっふ~人の話とは、噂とは、尾ヒレが付きいつしか見えもしない物を恐れ、逃げようとするのでありますな、私は信玄殿に会うまでは怖くて仕方がありませんでした、管領殿と何度も渡り合い負けぬ強き、戦国の武将として噂が国中に伝わっております、しかし、今ここで信玄殿とお会いして、先程から私から許しを乞えとの話を三度しております、それ程に戦う事を躊躇しておられるとは、我は祖を与一様からなる末裔の資晴である、たかが悪鬼夜行の類である武田信玄殿は路傍の石である、兵数が倍であろうがそのような事は些事である、風林火山の名にかけて武田信玄の本地を那須資晴に見せて見よ! これ以上は益無しでありますぞ、如何致す信玄様!!!」



「馬鹿者!!」


信玄は右手を上げ合図を送った!!!


床几に座り二人の話が行われている場から約80間ほど離れた所から身を隠して資晴を狙う3名の銃口から次々と鉛玉が発射されるも資晴には当たらなかった、談合と言う名を使い、資晴をおびき寄せ鉄砲で仕留める策を予め用意をしての話し合いであり、信玄の思惑通りに鉄砲が発射されたが、発射される寸前に三名の射撃手は帰らぬ人となった。


和田衆が既に昨夜から配置され、最初から信玄がこの様な手を打つと考えていた。



「やはりそう来ましたか、他にも手はありますかな? どうしました、顔色が悪いですよ、策とはこうやるのです、私の手を見て下され!!」



資晴が右手を上げると草むらから10名の弓を持った和田衆が信玄を狙った!



「さて、10名の者が信玄殿を狙っておりますぞ、如何致しますか? 手を放して良いで御座ろうか? 私の手の合図で10射の矢が放たれますが、見事かわせましょうか?」



「待て、済まなかった、儂の心得違いであった、些か感情的となってしまった、済まなかった!!」



「信玄殿、少しは自重して下され、この台地には無数の高札を立てております、自らの行いに恥と言う言葉ありませぬのか、戦は戦で決着せねばなりませぬ、愚かな策で決着を図っても笑われるだけであります、明日朝五(午前八時)に互いに火ぶたを切りましょうぞ! 我は那須資晴であります、お忘れなき!!」



「ふ~危なかったのう、和田衆のお陰で助かった、しかし予想通りの事をしてきおった、悪人として徹しておる流石じゃ、しょんべんを少し漏らしたかも知れん、これで明日朝五つとなった、それも破るかも知れんが用心し、支度を整えるのじゃ!!」



信玄は相手がたかが15才の若者であり、戦を舐めた小僧と思っていたが、むしろ戦を舐めていたのは自分の方では無いかと、それにしても那須資晴に一言も勝てなかった、憎たらしい小僧ではあるが面白き一刻であり、これより本物の戦をあ奴に見せ恐怖を味合わせ、儂と戦う事後悔した時には死を与えてやると決意する信玄、陣に戻り間もなく死兵が到着すると聞き満面の笑みを浮かべた。


死兵とは自らが捨て駒となりその場に留まり多くの仲間を援け自らは死地に赴くとされている殿しんがりとは全く違う性質の者であり、一向宗門徒の考える死とは、極楽浄土と言うこの上ない幸せな何の苦労も無く安心して暮せる世界であり、仏の為に戦い死ぬ事が最も崇高なる世界への扉が開かれると教えられ、洗脳されており、教えの儘に仏敵と戦う事を喜びとする死の兵である。


死兵は兵に非ず、人に非ず、邪教に操られし者達、何故このような者達が存在するのか、それはひとえにに宗教と言う名を住処すみかとし、僧でありながら出家した使命を忘れ酒池肉林の我欲に支配され煩悩と戦うべき者が煩悩に支配され享楽に身を委ねた三悪道(地獄、餓鬼、畜生道に支配された)の快楽に操られた僧徒に操られた信者の逝きつく姿が死兵である。


死兵が恐れるは僧徒の教えに反した行動を取り極楽に行けない事である、僧徒の言う極楽の世界とは信者から全てをむしり取りその財で快楽を得る世界を極楽と言う、これまた悪鬼夜行が行きつく戦国の姿と言える、その犠牲者は力なき民であり苦しい生活を強いられている領民だ。



「陣の前に篝火を、和田衆は半里全方向警戒を警戒せよ、陣幕はこの場に残し、予定の場所にこれより移動する!」



今孔明半兵衛の切れ味は剃刀のように研ぎ澄まれており、あの三条のお方の鬼の姿に書いた事件から大きく成長したと言って良い、資晴が元服し本来の使命に目覚めた半兵衛に隙は無く、今孔明の初陣でもあった、その半兵衛の指示に従い資晴全軍が陣を深夜移動した。


東西10キロ、南北15キロの広き大きい楕円の台地、最初に敷いた陣は北東側でありそこから北側一里の地点に武田も陣を敷いていた、この夜半に陣幕を残し篝火を焚き、静かに北東側から真東に陣を移動した。



「調練しておいて良かったのう、暗闇でも物音立てずに移動出来た、夜襲があってももぬけの空よ、流石半兵衛じゃ!」



深夜和田衆より連絡が入る。



「そうか無事に義重は到着したか、早朝には来るのだな、済まぬが戻り義重に・・・・・・と遠慮せずに頼むと伝えて欲しい、開戦は朝五である!!」




── 浜松城 ──




「ではこれより進軍致します、三河殿が先に進み道案内をお願い申す、それと資晴殿より武田が一向門徒を援軍として呼んでいるおり、多くの死兵が来るとの事、徳川殿は一向とは戦った経験がありますが、相手は民でありますが、どの様にすれば良いでしょうか?」



「なんと一向の信徒が来ますか、それは厄介です、侍より厄介となります、死を恐れませぬ、いや、死ぬために襲って来ます、侍より三倍は手古摺ります、最初から心の臓と首を狙い一撃で仕留めるが最善となります、腕を切り落としても襲って来ます、何しろ死を求めて襲うのです、生きる事を捨てた兵であります!!」



「なんと噂は本当でありましたか、今の話を全軍に伝わるよう手配り致します、真壁殿もよろしくお願い申す!!」



「判り申した、死兵など我らは鬼となり退治致しましょう、ご安心あれ!!」



浜松城から僅か一里半の所に広大な三方ヶ原台地が広がっており、家康は一度信玄に殺され掛け脱糞したばかりである、脱糞家康の汚名を晴らす機会が訪れた。


結局昨夜は夜襲無く翌日早朝を迎えた。



「若、若様朝ですぞ、起きて下さいまし、皆様はもう起きておりますよ!」



「う~・・梅、もう朝か、昨日はいろいろとあり疲れていたようじゃ、ぐっすり寝てしまった、今何時ごろであろうか?」



「明け六つ午前6時となりますよ、皆さま戦支度を終え朝餉にしております、若も早く支度して下され! ほら忠義殿が来ましたよ!!」



「お~忠義、すっかり寝てしまった、急ぎ支度する、待っておれ!」



「半兵衛殿初め皆軍議をお待ちしてます、朝餉は軍議の後に願います、武田が先に動く前に致します!」



「うむ、判っておる、今行く!!! 胴巻は後で良い、先に軍議をして来る!!」



「皆、待たせた、では半兵衛始めてくれ!」



「では、物見の話では武田側に多くの一向の死兵が夜半に集まり軍勢が膨れ上がっていると、それと先程多数の数え切れぬ炊煙が立ち上っているとの事です、間違いなく陣目掛けて向かってまいります、幸いにも我らが陣を移動した事は露見しておりませぬ、そこで確認ですが」



「敵死兵の多くは陣を目掛け一斉に襲って来ます、陣幕の周辺には落とし穴を多数設けておりますので、落ちる者もおれば辺りを探し回る者も多数おりましょう、そこへ騎馬隊が近づき一斉に石火矢と矢を放ち火責めを行います、地面には油を撒いております、多くの者が足を火傷となり、痛みで歩けませぬ」



「死兵が我らと戦っている最中に武田の本軍が必ず我らに向かって来ます、我らが移動した事は火責めで直ぐに露見します、我らの新しい陣を見つける事になり、長柄足軽と騎馬隊が襲って来ます、その時は大五峰弓の出番となります、敵に中々近づけさせない様に致します」



「そして徐々に日が昇り移動し始めます、我らは常に日を背に戦う事を念頭にして下され」



次々と既に練りに練った策を確認する半兵衛。



「以上であります、特に大きな変更はありませぬ、全兵士に麦菓子、栄養液みりんを持たせ体力の温存を指揮官は注意して下さい、策はここまでとなります、後は現場にて指揮官独自に判断をお任せ致します、最善の戦を行って下さいまし!!」



「うむ、半兵衛ご苦労である、本陣も常に日を背に動く、眩しい所が本陣となる、日ノ本の日ノ元に恥じぬ戦を行う皆は我であり、我は皆である必ず勝利を致す!!」 



「では各所に戻り陣頭指揮を頼む!!」



「はっ、お任せあれ!!」



「良し、梅! 間もなくじゃ、朝餉の芋を頼む、今日は一日芋と麦菓子であったな、炊煙を立てぬ様にしたので仕方がない、梅もしっかり食したのか?」



「はい、焼いた芋ですが冷めても美味しいです、しっかり食しました」



「梅は常に儂の側から離れてはならぬぞ、それが条件で来たのだから」



「判っておりますよ、若様必ず勝ちましょう!!」



「うむ!!」



ブォ~~ブォ~~ ドンドンドン ブォー~~ ドンドンド~ン ブォ~~!! ジャンジャンジャン~♪ ブォ~~ブォ~~ドンドンドン!



「ほうあれが噂の諏訪太鼓であるか、敵が動くぞ、空の陣に向かうぞ!」



深夜の内に北東側の陣から真東に移動いていた資晴の陣、陣の前方には高さ80m程の山があり信玄からは見えぬ様に隠れていた、信玄も約束通り午前八時に攻撃の合図となるときの声を上げた。


武田軍は最初に資晴達を混乱させるべく死兵の一向宗15000僧徒3000の18000名もの大軍を向かわせた、ほぼ同数に近い死兵であり、大いに混乱すると読み、収拾がつかなくなった頃を見諮り武田騎馬隊で蹂躙する予定であった。


朝八時攻撃、資晴の陣営まで早歩きで向かい約一時間前に辿り着き奇声を上げ、陣幕に襲い掛かる中、落とし穴に落ちる者も出始める、そこへ山内、千本騎馬隊2000騎が陣幕の外から石火矢、鏑矢、矢が一斉に放たれた。


資晴は死兵とは言え人であり惨い策は本当に必要なのかを半兵衛や和田衆の京に詳しい者に確認するも、狂っている者達であり、焼いても動ける場合は襲って来る、死を望んで向かって来る以上どんな手を使っても息を止めねば此方の兵に被害が生じると全ての者が話した事で火責めを許可した、信長が叡山を火責めした理由の一端がこれだったのかと理解した。


山内、千本の騎馬隊は陣幕に集まった死兵に向け、容赦なく石火矢を騎馬の上から打ち込みヒット&ウェイを繰り返し、頭上からの遠射、直射を死兵目掛けて放った、無数の爆裂音と泣き叫ぶ悲鳴が辺り一面にやがて炎が徐々に広がり春先の野焼きのように三方ヶ原台地の一角に燃え広がった。



「なんだあの煙は、何が起きている母衣を走らせよ、母衣に調べさせよ、ここからでは判らん!」



信玄の陣地からでは爆裂音も小さく、立ち昇る煙だけが確認出来た、暫くして、下間が母衣より先に戻り、一向の先兵達が火責めにあっており混乱している後続の者達もどこに向かって良いのか解らず散らばってしまった、北東の陣幕には那須の者達がいないでは無いかと信玄に向かって怒鳴り込んで来た。



「なんだと那須の者どもが陣幕にいないだと、判った下間殿急ぎ探索をする僧徒と門徒を少し下がらせて欲しい、探索を行う」



無駄死にさせる為にここに来たのではない、敵勢を早く見つけ、向かう場所を探してから我らに示す様にと怒気を強め陣から下がり主だった僧徒の重臣達に今の話を伝え、台地の中央まで下がるよう指示をした、既にこの時点で午前9時を過ぎていた。


火責めで亡くなった者、火傷で動けずのた打ち回っている者を除いてもまだ16000という大軍が台地の中央付近に参集していた、奇声を上げ、眼をひん剥き、行き先を探し四方に散らばりつつある中、母衣衆が資晴のいる本陣の所在を掴んだ。



「御屋形様、那須の軍勢を発見致しました、台地の東側にある山の後ろに隠れておりました、元の陣幕には誰もおらず、那須の騎馬隊が一向に矢を放ち攻撃しているだけです、那須本軍は東であります」



ほぼ同じ頃に和田衆より半兵衛にどうやら敵の探索に見つかりました、今頃は敵本陣に知らせている頃になりますと告げられた。



「では我らはこれより移動し南に八卦の陣を展開する、合図の狼煙を上げよ、小田殿北条殿に合図を送るのじゃ! では若様これより移動し、八卦の陣を築きます、これからが本番となります」



「良し、合図の狼煙が見えたぞ、真壁殿、三河殿行きますぞ! 風魔道案内じゃ!」



資晴の本軍が東より南に八卦の陣を作るために移動する中、浜松城から進軍し、台地の入り口付近で待機していた北条軍、小田軍真壁、徳川の軍勢は狼煙の合図を確認し、資晴達が今までいた東側に向かい、一向が南に向かう後ろから襲う為に移動を開始した。


半兵衛の策は一向衆が多い事、早く殲滅するには前後で挟み挟撃するのが最善と考え手を打っていた。



「あそこじゃ、あそこに那須の仏敵がいるのだ、我らを騙すなど、仏の徒である我らを騙すなど許してはならぬ、仏敵那須を倒すのだ、襲え、殺すのだ、極楽浄土は目の前ぞ、極楽浄土に行く為に那須の奴らを殺すのだ!! 襲え、あそこじゃ!」



「八卦の陣の前に長柄足軽隊を前に方円の陣を築き若様を守れ、騎馬隊は円内から遠射にて死兵を倒し、敵指揮官を殲滅せよ!」



那須資晴軍の長柄足軽は3500名であり、決して多くは無いが弓の騎馬隊が6400と多くおり矢を搔い潜り近づく事は容易では無かった、ほぼ全ての死兵は近づく前に打倒されて行く、仮に近づけても足軽の槍に止めを刺されるだけである、しかし多勢に無勢という数の多い死兵は息の根が止まらぬ限り攻撃を止めず、その死兵の怖さを目の前にする那須の軍勢も気持ち的に押され劣勢になっているのではと錯覚し、その恐ろしさに徐々に後退し始める方円の陣。



「良し、ここぞ後ろから倒すのだ、襲え襲え、なぎ倒せ!」



那須が後退し始めた頃に漸く東側に辿り着いた北条軍、金砕棒を振り回し次々と一撃で仕留めていく真壁、武田に裏切れられ多くの仲間を殺された徳川勢、が一向衆に後ろから襲い掛かった、その数15000、死兵とほぼ同数の兵力が後ろから襲い掛かった。



「御屋形様の読み通り北条が出て来ました、一向に襲い掛かっております、暫くは敵の援軍は一向と戦う事になります、那須本軍は裸になりました、15000の那須軍だけであります!」



「良し、これでいいのだ、これより那須を攻撃する魚鱗を展開しろ、これより那須軍に向かう、魚鱗を敷き向かう、太鼓を鳴らせ、銅鑼を鳴らすのだ!!」



「武田に動きあり、こちらに向かって来るようです、武田は魚鱗を展開中、魚鱗であります!!」



「半兵衛いよいよであるぞ、正念場が向こうからやって来る、小



「ご安心下され、予定通りであります、間もなく合図を送ります!!」



半兵衛は方円の陣から八卦の陣に移行指示を出した、襲って来る死兵には騎馬隊の一部を残し、資晴を守りながら八卦の陣に移行し完成させた、その時武田軍との距離は半里2キロである。





いよいよ大一番が始まりました、さてどうなるのやら。

次章『御旗 楯無も ご照覧あれ!』になります。

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