第41話 8月末


 正太郎は山内一豊から馬上での合戦時での馬の操り方を学んでいた、一豊は槍使いの手練れであり、馬上では一流の騎馬武者であった、正太郎も馬を乗りこなす事に慣れ、素早い左右への回転の仕方を学んでいた、休憩に入り。



「一豊は教え方がうまいのう、忠義が教えると上手くいかん、これからは一豊に教えて頂こう」



「某も父に歩けぬうちから馬に一緒に乗っておりましたので、自然と体が覚えたのでしょう、若様の腕も中々の物です」



「嬉しいのう、そうじゃ、忠義は褒めぬのじゃ、あれはダメ、こっちに引く、そうではありませぬ、といろいろと煩いのじゃ、だからじゃ」



「そう言えば一豊が面倒見ている、あの、大きい、アウンとウインはどうであるか?」



「あの者達は腕力が強く、獣を相手に狩りをして来たので、殺気を掴み取る事並々ならぬ業を身に付けており、それに目が、遠くを見る力がわれらとは違います、鷹の目を持っております」



「ほう、鷹の目とは?」



「例えば、半里先を歩く人の数が見えております、高台からであれば一里先も見える様です」



「それは本当の事か? 半里先、もちろん一里先も、人では無理であろう、それが本当なら鷹の目を持つ者なのかも知れん」



「鞍馬のそうだ、確か、申さるが遠くまで見る事が出来ると言っておった、申に二人の事を見てもらおう、小太郎いるか、はっ、今の話聞いておったか」



「申にアウンとウインの遠目がどの程度なのか確認してくれ」



「一豊その話が本当なれば戦で恐ろしい程役に立つであろうな」



「遠きから敵が来る事が、敵の動きが事前に分かれば策も打てまする」



「そうであるな、それから今後の事であるが、一豊に我が正太郎が率いる騎馬隊の長を任せたい、忠義は副将として常に儂の側に置かないと行けない、実際の部隊を率いる長として一豊に頼みたい、頼む」



「はっ、若様の御心にお応えできますよう励みます」



「那須7騎の重臣達が抱える家の次男、三男と家を継げぬ者達をわしが譲り受け致す事になっておる、その者達であれば、新たな家を興すべく忠勤に励むであろう、その者達を鍛え、いずれ那須家の本流となる者達であると思っている、間もなく来るであろうから頼むぞ一豊」



「はっ、お任せ下され」




 その頃、洋一は桜先輩から指定された、町田市のある場所へ玲子と現れた、桜先輩は同じ弓道を志す者として、高校の頃より洋一を弟の様に面倒を見ており、適切にアドバイスを行える、桜先輩であった。


 女性と付き合った経験が無い洋一、いきなり結婚という試練の壁が訪れ、同じく、彼氏不在の玲子が結婚の前に、女心に、火が灯され、強烈に恋愛という過程を求める事は女性として当然の事と言えば当然である。



 玲子が強烈に欲しかった事は洋一との恋物語であり、食事をしたり、楽しい思い出を自分の中に作りたかったのだ、女とは、感情で生き、結婚後は現実を見つめる、男とは全く違う生き物なのである。



 玲子は恋愛という感情に支配され、動かされ、それに仕える下僕となった洋一、その関係に桜は危険な信号を読み取り、二人の原点である戦国に戻そうとた、桜が待ち合わせた場所は、町田市にある、通称戦国美術館という言われる近年オープンした施設、ここは信長、秀吉、家康という戦国を代表する武将の特化した美術館。



 それぞれがどの様に勝ち上がり、試練を乗り越え、合戦時の絵巻などを取り揃えた近代の美術館、ここであれば玲子が原点に立ち戻れるのでは、洋一も同じく、玲子の存在が自分に取って大切な人であり、単なる結婚相手という打算的な人ではないという原点に戻れると考え、この場所を指定した。



 玲子は洋一がお世話になっている桜という先輩に挨拶し、一緒に美術館に入り鑑賞する事に。



 武将達の鎧兜、各年代の刀、合戦絵巻、文物名器の茶器、戦国で交わした文、武田信玄、北条家が滅びていく貴重な資料など、それはそれは息を飲込む展示に玲子は自分を取り戻して行く二人。



 洋一と玲子の原点は、那須家が戦国の世で勝ちあがる、その原点が揺らいでいては、二人が結婚しても、そもそも、その原点を疎かにしては、二人の幸せは無いという事に気づく・・・・。



 この美術館には、戦国の世を勝ち上がった、信長、秀吉、家康、三家の物語である、ここに那須はどこにも存在しない現実を改めて考えさせらる事に。



 結婚という流れを、玲子に責任を押し付けてしまい、反省する洋一、二人の原点である那須の事を忘れ、洋一との楽しい思い出作りに勤しんでいた玲子、那須が勝ち上がる事を通して、いくらでも二人の恋愛は作れるという事に気づく二人。



「私も来年、ある武道家と結婚する予定なんだよ、二人の方が先みたいなので、見てられなくて、洋一は弟みたいな存在だし、玲子さん、この洋一の事頼むね、今時珍しい位、いい青年だから、私も二人を応援しているよ」



 暖かい言葉に、感動し感謝する玲子、その決意を示す、瞳の奥には決然と『関八州補完計画』の文字が蘇ったのである。






 ─── 佐竹義重 ───




 常陸国、第十八代当主佐竹義重は父義昭より、那須侵攻前年、1653年に家督を継いだ、父、義昭が形式上隠居し、義重が15才で家督を継いだのだ。



 ここ常陸国では父である佐竹義昭は、関東管領上杉家の混乱からいち早く関東の雄として、勝ち上がり石高40万石という関東の中で頭一つ抜き出た大名である。



 義昭は自分が元気な内に家督を継がせ、院政を引き、息子義重に継せた次の年に、明年1564年5月に那須を侵略し、降伏させ、臣従させ、小田家、宇都宮家、小山家を平らげる野望を持ち家督を継がせた。



 家督を継いだ義重も15才と言う新進気鋭の覇気を持ち、自分こそが関八州を収める若き長である、その資格が自分にはあると、自信と野望を持つ逞しい青年当主であった。



 9月に入り、佐竹家で評定が開かれ、そこでは年が明け、田植えが終わり次第5月に那須烏山城に向けて進軍する事が正式に決まった、その中で鉄砲を150丁揃え、鉄砲隊の調練が始まったとの報告が。



「那須では弓を使い中々しぶとい戦をすると聞いている、那須を打ち砕く為に鉄砲なのであろうが、中々使いずらい武器と聞いておる、実際はどうなのであろうか?」



「鉄砲を扱うには鉛の弾を飛ばす火薬が必要なのですが、その火薬が爆発する音に馬は弱いのです、那須の者どもは騎乗にて弓で攻撃を行います、こちらは向かって来る那須の騎馬隊に向けて、鉄砲を放ちます、その音に馬が驚き、暴れまする、その時が一気に那須の者どもを叩き潰す時となります」



「では、鉄砲での攻撃はどうなのじゃ、弾を斜め上に向けて飛ぶ距離は180間(327m)程、但し、相手を倒せる距離は80間程(145m)となります、倒せる攻撃の距離では弓とほぼ同じになります、しかし、その那須の利点であります、馬を混乱させれば勝ちが見えて来ます、足軽の多い我らです、後は包み込めば詰めまする」



「さすがであるのう、これまで父の悩みであった目障りな那須よ、あの烏山城を落とせば那須は我が佐竹に膝ざま付く、その姿が思い浮かぶ、高い買い物であったが、広い領国の那須は是非とも欲しい国てある、では皆の者、明年5月に一気に那須を下し、余力で小田家へ流れ込み霞ケ浦全てを押さえようぞ!」



 史実では、佐竹義重の代でさらに領国を広げ、関東の中で佐竹鉄砲隊という有名な名を残し、54万石という大大名として戦国を生き残る、その試金石の戦いが、1564年5月に始まる、那須への侵攻となるのである。

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