五丈原


── 今孔明 ──




「彼の者より遅れる事2年、彼の者より早き事3年、我、桓武平氏良文流鎌倉氏が末裔竹中半兵衛重治、今孔明の名に懸けて五丈に眠る司隷校尉しれいこういしれい諸葛豊しょかつ ほうが末裔諸葛亮 あざな孔明に南無帰依し我が八卦の陣をここに蘇らせる! 四方の諸天我を援け策を導き給え! 三方ヶ原と記して五丈と讀よみその魂に捧げん、諸葛孔明よ安らかに眠り給え! 恐々謹言!!」



三方ヶ原の大地に到着した資晴一行は軍師半兵衛の並々ならぬ要望の元、四方に祭壇を設け上記の文言が読み上げられた、その後、一人静かに詩吟を奏でた。


祁山悲秋の風更けて 陣雲暗し五丈原

零露の文は繁くして 草枯れ馬は肥ゆれども

蜀軍の旗光無く 鼓角の音も今しづか


丞相病篤かりき


清渭の流れ水やせて むせぶ非情の秋の声

夜は関山の風泣いて 暗に迷ふかかりがねは

令風霜の威もすごく 守るとりでの垣の外

丞相病篤かりき


帳中眠かすかにて 短檠光薄ければ

こゝにも見ゆる秋の色 銀甲堅くよろへども

見よや侍衛の面かげに 無限の愁溢るるを

丞相病篤かりき


風塵遠し三尺の 剣は光曇らねど

秋に傷めば松柏の 色もおのづとうつろふを

漢騎十万今さらに 見るや故郷の夢いかに

丞相病篤かりき


夢寐に忘れぬ君王の いまはの御こと畏みて

心を焦がし身をつくす 暴露のつとめ幾とせか

今落葉の雨の音 大樹ひとたび倒れなば

漢室の運はたいかに

丞相病篤かりき


四海の波瀾収まらで 民は苦み天は泣き

いつかは見なん太平の 心のどけき春の夢

群雄立ちてことごとく 中原鹿を争ふも

たれか王者の師を学ぶ

丞相病篤かりき


末は黄河の水濁る 三代の源遠くして

伊周の跡は今いづこ、 道は衰へ文弊ぶれ

管仲去りて九百年 楽毅滅びて四百年

誰か王者の治を思ふ

丞相病篤かりき


星落秋風五丈原 作詞:土井晩翠



間もなく来るであろう武田信玄の軍勢を迎え討つべく一足先に資晴は三方ヶ原台地に八卦の陣を完成させ鉄壁の布陣を敷き、武田は否応無しに那須資晴と戦うしか選択肢がないという状態にして待つ事にした。


竹中半兵衛は、秋祭りの際に三条のお方を鬼の姿にした絵を描き、綱引きで披露した事で罰を受け自ら髷を切り落とし、侍としての命を一度は断った、今ここにいる半兵衛は、半兵衛であって半兵衛では無い、あの日より、煩悩から菩薩の悟りに至り本地垂迹の境地を得た半兵衛、正に今こそ孔明となったと自らを自覚していた。 

(本人談、あくまでも本人談)


※半兵衛の決意と詩吟が披露される中、資晴は資晴で半兵衛がそう来るのであれば、と考え別の一計を紙に書いては何やら文章を作り上げていた。



「出来た、これで良いな! これを、この大地に200枚の高札を作り掲げよ!」



『天誅!』


近年戦国の世とは言え、悪辣な人外の者甲斐にあり、遠江今川が衰退し同盟者でありながら手を差し伸べず、数々の恩恵を仇で返し、それを諫めし義の息子を事もあろうに処断せしめようと諮り、我欲の為なら同盟者北条を裏切り駿河に攻め入る、或いは父親を追放し、時には感情の赴く儘に降伏した敵兵3000首を城壁に並べたる悪行の数々、その者、人の姿にて人に非ず、人畜の獣にて候、否、獣とて情はあり子を育てる、その者今再び餓狼となりて同盟者徳川を裏切り三河を襲い無辜の民を蹂躙す、我祖を人としての矜持を示した那須与一の末裔なり、義ある者を援け、苦しむ民に手を差し伸べる、ここに悪鬼餓狼の戦国の申し子『源 晴信 武田信玄』に天誅を下す者也! 下野国 那須資晴!!




── 小田北条軍 ──




「注進、注進、舞坂に多数の大船が現れました、その数不明、多数の船が舞坂の港に現れました!!」



「見よ!! 判ったであろ、これで儂の話が信用出来ましたでしょうか、後半日もすればここに常陸小田家、小田原北条家の軍勢1万が来られますぞ、そろそろ決断の時でありますぞ!!」



「なななんと本当の話であったのですか、余りにも大それた話であり、絵空事の話をされているものだと・・・一体那須の嫡子は何者なので御座ろうか?」



「良く聞かれる事なれど、いつも某その事を聞かれた場合は『上宮厩戸豊聡耳太子(うえのみやのうまやととよとみみのひつぎのみこ)』であると説明しております!」



「・・・・・」



「判り申した、我らの執念を兵数少なくなりましたが、戦える者を集結致しましょう、この戦に参戦させて頂く、和田殿どうかよろしくお願い申す!」



「私はその為に来たのです、では、城に向かい入れる支度をお願い申す」



那須資晴は小田家と北条家、初の三家連合による戦を対武田に備えていた、小田家は主に軍船と兵糧と鬼の真壁率いる槍騎馬隊1000騎、北条家は武田家との決着に燃える北條氏政率いる騎馬隊3000騎、長柄足軽7000を従え舞坂に降り立った。


そこへ浜松城にいる家康が主に足軽4000が死力を尽くし参戦する事になった。

これにより徳川、北条、小田連合軍15000が南側より北側にある三方ヶ原に進軍を行い上と下から挟撃を図る形となる。


夕刻には小田、北条の援軍が浜松城に入り、場内は活気に満ち大敗した大負けの屈辱を晴らす一戦を決意する徳川勢であった。




── 怒髪天 ──




「御屋形様大変で御座います、千代女の配下が申した事、本当でありました、忍びに甲斐に潜らせた処既に躑躅ヶ崎館も接収されており甲斐の国は占拠されております」



「怒! 怒! うぬ~許さん!!! これより軍議を行う皆を集めろ!! 至急集めろ!!」



「怒! 皆の者聞いたであろう、我らに還る処が奪われた怒! 留守を狙い木曽を調略し甲斐の国が奪われた怒! 悪辣な者達を皆殺しせねばならぬ、これより京に上らず甲斐に戻る、物見の知らせでは三方ヶ原に国を奪いし下野の那須が布陣しているそうだ、一切の情け無用根絶やしに致す怒! 明後日出立致す、準備怠るな、それと近隣の村々に行き戸板を取って来い、逆らう者は殺せ!怒怒怒!」



「御屋形様、戸板で何を作られますのか?」



「那須の国は古武士の戦法を用いる、我らと違い弓にて戦うと聞いている、戸板は矢盾に使うのじゃ、矢盾になる物であれば何でも良い沢山集めるのだ、一つの村で数百枚は集まるであろう!」



信玄は刺客を放った際に那須の国が大きくなった原因を調べ上げていた、そのきっかけは佐竹との戦で小田家と連合し戦い、弓による騎馬隊の活躍で勝ち、他には戦らしい戦を行わずどうやら調略で他家を臣従させたと理解した、要は弓による古武士の家であり、鉄砲を持っていない一昔前の戦法で戦う家と判断していた、信玄の読みは八割方正しいが、掛川で戦った時は相手が北条であり、槍騎馬隊の後方から石火矢を使った者達を那須の騎馬隊だとは気づく事は出来ていないかった。


織田信長との決戦に備えて温存していた兵力を全てぶつけ根絶やしにすると決めた信玄、その武田軍の軍勢は総勢31000名。


武田軍本陣  6300  

本陣警護 長柄足軽3000 

本陣及び予備軍 武田勝頼 武田太郎の異母弟 騎馬隊2000    

騎馬予備軍 穴山信君 御一門衆 騎馬隊1000    

本陣馬廻役 真田信綱 騎馬200騎侍大将 騎馬隊200 母衣ほろ衆 伝令役

真田昌輝 騎馬 50騎侍大将 騎馬隊100 母衣ほろ衆 伝令役


攻撃騎馬隊  9000

秋山信友 譜代家老衆 騎馬隊1500 

突撃隊 一条信龍 信虎の八男 騎馬隊1500    

突撃隊 高坂昌信 譜代家老衆 二期四天王 騎馬隊1500 蛇行突撃隊

山県昌景 飯富虎昌の弟    二期四天王 騎馬隊1500 蛇行突撃隊

内藤昌豊 信玄側近      二期四天王 騎馬隊1500 蛇行突撃隊

馬場信春 三代に仕えた側近  二期四天王 騎馬隊1500 蛇行突撃隊


長柄足軽隊  8500

小幡昌盛   足軽総大将  長柄足軽3000    突撃隊

小山田信茂  譜代家老衆  長柄足軽2000    突撃隊

土屋昌次   譜代家老衆  長柄足軽2000    突撃隊

三枝守友   足軽大将   長柄足軽1500    突撃隊


援護隊     7200

武田鉄砲隊    600 攻撃援護

武田弓隊  弓兵2000 攻撃援護

武田工兵隊 1000   攻撃援護

諏訪衆  軽装足軽雑多混合軍 1500   

支援

諏訪太鼓衆(100名)                 

その他兵糧部隊 2000   



戦国史上初となる、武田家対那須家の大戦の火ぶたが切って落とされようとしている中、小田、北条、徳川の軍勢も準備を整え、後は風魔からの進軍合図を待つだけであった。


武田信玄の強さは戦略もさる事ながら、戦になる前に情報を集め、弱点を見抜き、準備を整え勝利の段取りが出来るまで動かぬ辛抱強さにある、表面上の怒りとは違い冷静に分析し勝ち筋を見出し、勝ち筋が見つからなければ他から持って来る用意周到さがあり、上杉謙信、織田信長を上回る軍神と言える。



「真田を呼べ、真田である!」



「御屋形様、お呼びで御座いますか!」



「真田、お前の足早の忍びを使い、急ぎこの文を届けよ、ここにはこの様に書かれている、そして返事を聞いて来るのじゃ、五日後に三方ヶ原に来る様に話をして来るのじゃ、良いな!」



「判り申した、急ぎ使いを出しまする!!」




── 大津浜 ──




「あとどれ位であろうか?」



「あと一刻で積めるでしょう、慎重に積まねばなりませぬ、下ろす際は大丈夫でありますが、船内は船が大きいと言えども狭いのです、一度事が起きましたら終わります」



「儂は使い方をまだ覚えておらん、弓之坊が頼りぞ!」



「ご安心下され、私が作らせた品です、それにここに居る者達にはちと銭は掛かりましたが皆熟練の者となりました、午後に出発すれば三日後には到着出来ましょう、春の嵐はまだ先になります、あと一ヶ月遅ければ危ない所でした」



午後に大津浜を出港する那須家の主力船1000石船、500石船二隻、300石船の三隻、目指すは目的地は浜名湖である、船団を率いるは佐竹義重海将は昨年夏の終わりに資晴より、那須家には海の戦を知る者が無く、このままでは小田家、北条家に遅れを取り迷惑をかける、那須家160万石を支える海将として海の将軍として采配を依頼された佐竹義重、蝦夷より帰還し多数の兵器と米等の糧食を積み三河を目指し出港する所であった。


一方烏山城では当主資胤と鞍馬天狗より緊張漂う話が行われていた。



「御屋形様、恐れながら申し上げ致します、先程入った知らせによりますと、資晴様はどうやら戦を行う事を諮っております、私では止める手立てがありませぬ!」



「本当なのかあれ程戦に成れば帰るようにと伝えたのに、帰らぬというのか? 簡単に留守である甲斐を手に入れ帰還すると言っていたのにどうなっているのだ?」



「申し上げにくいのですが、最初から戦を行う計略であり、殿を憚ったように御座います、手の者によりますと、既に甲斐を占領した後に武田信玄の後を追い、戦をする構えである様で御座います」



「待て待て待て、念の為襲われても大丈夫なように芦野と伊王野から騎馬を用意させたが、最初から戦をする為だったと申すのか?」



「どうやらその様であります、後は資晴様が蘆名と佐野にも増援を依頼された由に御座います」



「相手は武田信玄であるぞ、資晴はどれ程の軍勢なのだ?」



「西上野の箕輪衆も引き連れており15000名はいるかと」



「15000だと・・・・信玄はどれ程の兵力なのだ?」



「30000近く、又はそれ以上かと思われます」



「武田の軍勢は30000を超えていると言うのか? 馬鹿なのか資晴は、相手は軍神と何度も戦った信玄ぞ、兵数が全然足りぬではないか・・・・済まんが至急、大田原と大関を呼んで欲しい、急ぎじゃ、一刻を争う!」



当主資胤は初陣となる此度の甲斐への行軍を認めたのは、武田が三河に攻め入り、京に上りガラ空きとなった甲斐を接収し、甲斐を武田太郎に任せば国内も動揺なく占拠できるという話であり、軍師玲子から授かった策であり、戦にもならず安全だと説明されていた、しかし、その話は一部勝手に資晴が話を歪曲しており、父上である資胤を諮り騙していた、資晴は最初から戦を行う準備で初陣していたのだ。



「如何致しました殿、急ぎの事が出来したとは?」



「おお、申し訳御座らん、あの馬鹿資晴が儂を騙し、信玄と戦を行う事になったのだ、信玄の兵数が30000を超え、資晴の兵数は15000だそうだ、あの信玄相手に半分の兵数なのじゃ、このままでは大負けとなり、資晴も亡くなるかも知れん、そこで儂自ら戦に出向く、城に主が不在となる、そこで相手が信玄である以上、儂が駆けつけても儂も亡くなるやも知れん、その時は竹太郎を那須家の当主に大関殿が後見となり支えて欲しい、儂が留守の間烏山城の城代となりここに居て欲しい」



「では某は!」



「大田原殿は儂と共に戦場に駆けつける一緒に那須軍の救援に向かう!」



「お~、それは名誉な事である、久しぶりであります、では大関殿那須七騎筆頭の大関殿が城におれば某も安心して迎えます、急ぎ支度を行います」



「うむ、では明日朝一番に太鼓を鳴らし、午後には進軍致す、兵糧部隊は今日中に徴収してある城の備蓄を儂が手配しておく、それと済まぬが資晴が矢を沢山持っていったしまった、城には余りが無い、急ぎ各城から矢の手配を二人にお願いする」



「矢でありますな、お任せあれ!」



資晴が武田と最初から戦を行う事を考えていたという事で武器庫を調べた結果、矢がほぼ残されておらず、資晴の馬鹿野郎と独り怒鳴り声を上げ戦準備を整える父資胤。


大戦模様となる三方ヶ原台地、信玄は信玄で新たな手を打ち、那須側も鞍馬によってもたらされた報告に手を打つ当主、間もなく戦いの火ぶたが切られる事に。





渋いですね半兵衛は、詩吟を披露するとは、詩吟が広まった時代は江戸時代後期、漢詩に独特な節を付け聞いている者にその世界に引き入れる魅力ある文化に発展したようですね。

私の祖父祖母も既に亡くなっていますが詩吟の師範資格を持っており、時々詠っていたのを覚えています、伴奏無しに詠う詩吟は魅力ある芸術です。

次章「開戦」になります。

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