洋一
── 洋一 ──
困惑し素っ頓狂な声で話す梅、そしてこれまた素っ頓狂な声で返事する十兵衛、洋一だと名乗る資晴、名前こそ洋一という名は何度も聞いている460年先の者であり資晴と繋がる者、那須家を何度も助け三家を大きくした伝説のような偉人、その名が洋一である。
「今の話はほんとうであろうか、このお方はどう見ても若様である、洋一様と入れ替わったのか? すみませぬが貴方様は洋一様でありますか?」
状況が呑み込めず狼狽える洋一、梅の手にはまだ小刀の刃が胸元にある、下手に返事をすれば一突きでおさらばに、返事出来ずに目で刃と十兵衛に助ける様に懇願し何度か十兵衛と刃を見比べ、やっとその意味が十兵衛に通じ。
「梅殿、梅殿手を、刃を鞘に入れなされ、危なくて話が出来ぬ!」
「あっ、これは失礼致しました、怪しい者では無いかと使命を果たす所でありました、お許し下さい」
小刀を胸の中に隠し、二歩下がり洋一と名乗る者から離れたが、どう見ても資晴と何が違うのか益々困惑する梅である。
「ありがとうございます、助かりました、まだ私の心臓は鼓動が激しく動揺しております、私は洋一です、460年先の者です、この身なり、どのような理由なのか判りませぬが資晴と精神が入れ替わっております、少しお待ち下さい」
目を瞑り資晴とコンタクトを試みるとどうやら資晴は眠っている様であった、洋一の問いかけには反応せず寝ている様であった、ではどこで資晴は寝ているのか? どうやら洋一と資晴の身体の中の心だけが入れ替わっている様であり、資晴は洋一の身体の中で令和の世界で寝ている様であった。
「どうやら状況が判明しました、資晴の精神と私の精神が入れ替わっているようです、460年先の私の身体で資晴は寝ておりました」
素っ頓狂な裏返った可愛い声で又も驚く梅!!
「本当に、本当に精神が入れ替わったのですか? 若様の御心は460年後の洋一様の身体の中にいるのですか?」
「はい、寝ておりますが間違いありません、処で貴女が梅さんですか? それと明智殿で間違いありませんか?」
頷く二人、それを見た洋一は、直ぐに精神が元の姿に戻るかも知れません、急ぎ紙と筆の用意をお願いします、それと採寸を計る竹の定規と竹の櫛を用意して下さい、お知らせ出来る事をこの時代に役立つ事を記しますと伝え二人に筆と墨などを用意させた、以前令和の洋一の身体に資晴が入りその時は目覚める時に心が戻り、その際はそれほどの時間が無かったと玲子から聞いていた、折角のこのチャンスを逃しては無駄になると考えた洋一。
用意された紙に丸の粒を書き始めた、洋一は資晴がゴムの樹液を指示通りに手に入れた事を知っており、ゴムの車輪を作る上で画期的な物を作る製作図を書き始めた、木砲から鋳物で作った大筒も作れる鋳物技術が今の那須にはある事を知っている洋一は車輪が進行方向に自動的に動くステアリングシャフトとベアリングの作り方を、製作図を書き始めた、洋一は工業大学の工学部を卒業しており農機具の開発を手掛けたくヤ○○ーに就職した。
希望は設計など開発部門であったが現場を知る事が大切だとの事でメンテナンス部門におり、農家を廻り機器の修繕メンテのプロになっていた、戦国時代ではエンジンの開発は無理でも工学として造り出すシャフトや軸関連部品であればこの時代の優れた職人達であればステアリングシャフトなど木から木造製品で作り出せる、車輪が木製であり軸となる回転の抵抗を圧倒的になくすベアリングだけを鉄製で作れば画期的な馬で引く軽量な荷馬車を作れる。
イメージは西部劇に出て来る駅馬車の完成図までなんとか残せるように一心不乱に書き始めた、その様子を見守る二人、二人は次々と何かが書かれている事に、まさしく令和の洋一という者が資晴の身体に入っている事を確信した、十兵衛は急ぎ梅に半兵衛を呼ぶように誰かを走らせる様に指示し、侍女の菊には正室の鶴様に今夜は館で資晴様はお休みになると伝えるよう指示をした。
和紙に墨で竹の定規と櫛で細かい図を書き、その横に作り方を筆で書くのは現代の日本人では相当難易度が高った、筆に慣れていないから文字が大きくなり字が乱れてしまう、図面は直線や寸法を記入するだけであったが、この時代は尺貫法という寸法であり、メートル法の寸法から変換するのに頭をひねっていた。
なんとか変換の表を作り車輪の大きさ、鉄の丸い球の寸法、鋳物で鉄球を作り、磨き上げ綺麗な球を作る様指示を書き上げた、説明文を筆で書き上げる際に何度か失敗し、横で見ている梅に読み上げる言葉を和紙に書くように手伝ってもらう事にした。
完成までに
完成した頃には深夜となっており、いつの間にか十兵衛の横にもう一人の侍が
ひと通り書き終えて、背伸びをし、忘れていた厠に、厠の場所を聞き、梅に連れて行かれ、ここだと説明されたが真暗な厠に、え~と穴はどこにあるのかと情けない声で聞く
── 資晴 ──
令和の洋一の身体は大変な状況となっていた、救急車で運ばれ点滴を受け一晩入院し、先程家に戻って静かに安静となって横になっていた、令和の真夏、埼玉はくそ熱い、それも熊谷に仕事で出かけ熱中症になり倒れたのである、仕事を終え職場に戻り倒れた洋一、身体を鍛えている洋一ですら日中の灼熱地獄には負けた、相手は日本一の暑さを誇る熊谷市である、暑い事を自慢し市の活性化に取り組む熊谷市には恐ろしいモットーがある『あついぞ!熊谷!』・・・である。
点滴を受け一晩入院した、熱中症としては軽い方であり安静にしていれば回復すると説明を受け寝ている洋一、熱中症の恐ろしい点は気づいた時には口が回らず身体が動かなくなり気付いた時には倒れている事である、幸い職場で倒れた事で重病に成らずに家に戻れた洋一はスヤスヤと寝ていた、身体は相当疲れていたようである。
26才で結婚した洋一と玲子、あれから12年の歳月が流れていた既に中年と呼ばれる年頃である娘の那美も小学校高学年となり盤石な家庭を築いていた最中に洋一が倒れた事にショックを受けていた、その夜中に洋一から起こされた。
「玲子殿、玲子殿起きて下され、儂じゃ、儂である!!」
玲子は洋一の事でこの二日間疲れていた、夫が倒れた事で精神的に疲れていた、そこへ夜中に何やら洋一が目覚め起こされたのである。
「もう大丈夫なの? 起きれるの? 本当に大丈夫?」
「・・・え~と、某は大丈夫であるぞ玲子殿、それより儂であるぞ!! 判るか儂の事覚えておるかのう?」
「熱中症だったのよ、なんか変だけどここ家だよ、判る?」
「そうであるのう、玲子殿の家であろうのう、那須家の紋章も前と同じ奴がある、う~やはり玲子殿で間違いないのう!!」
「えっ・・え~・・那須資晴さんですか?」
「そうなのだ、資晴なのだ、お久しぶりであるのう、元気そうで良かった、儂も結婚致したのじゃ、相手は北条の娘で鶴と言う、玲子殿の事だから知っておるかと思うが儂も元気にしておる!!」
「そうでしたか、お久り振りです、処で洋一さんはどこにおりますか?」
「何だか向こうで寝ておるようだ、理由は判らぬが儂と心が入れ替わっているようだ、向こうで休んでいる、今は寝ておる」
令和の洋一と心が入れ替わった資晴、今度は資晴も起き上がり玲子と会話が成り立っていた。
「では向こうの資晴さんの身体が目覚めれば洋一さんは戻られるのでしょうか? 前回はそんな感じでしたが、きっと戻りますよね?」
「いや、某に言われても困るが、戻らねば儂も困る、玲子殿の世界では儂は無力であるゆえ、養って頂かなくてはならぬ、それでは迷惑となろう、洋一殿も困るであろうし、なんとか戻りたいのう!!」
「判りました戻れると信じましょう、折角なので大切な事をお伝えいたします、那須家の左右する大事件が勃発致します!!」
「あれであるかお館の乱という上杉家の事であろうか、それであれば北条家とも回避できるように動いておるが!!」
「違います、もっと厄介な事が日ノ本を巻き込む大事が起こります、その事についてお伝えいたします、那須野の家がどう対処するべきなのかをお教え致します!!」
「えっ! なんですと、お館の乱ではありませぬのか、もっと大事なのですね、洋一殿が眠っている間に是非ご教授願います、軍師殿!!」
「ではこの年表を見て頭に入れて下さい、今は資晴さん達はこの処に居ます、この表のこの年にいます、そしてこの時に残念ですが、上杉殿がお亡くなりしてお館の乱がおこります、問題はそこから年を経てここです、この時に日ノ本に取って由々しき大事が起こります、その大事とは・・・・であります!!」
一気に顔から血の気が無くなり動揺する
那須資胤から資晴に当主が、代替わりする事は規定路線であるが正式な時期がまだ未定であった、それと残念な事であるが鶴姫との間に男子が1人しか出来ない事を告げられ史実ではその子に嫡子が生まれず養子を得てなんとか存続するが血が絶えてしまう事、それを防ぐには側室を設けなんとしても実の子を多く作るように助言を受けた、日ノ本に起きる大事にも驚いたが、自分に一人しか子が出来ない事も衝撃であった、鶴とは未だ契りも行っていないのに子が1人しか出来ない事、その子には子も出来ず那須家の血が絶えてしまう事に驚く資晴。
家を継ぐ者に取って後継者が出来ないという事は絶家になるという意味であり家を残すとは配下の者達に生きる術を残すと言う意味しかなくなってしまう、実質血を受け継ぐ者が当主として繋がる事が武家として一番大切な事と言える、明治以前の日本では血を残すという事が家を残すという事であり、その為に側室を設け絶家を防ぐ大切な制度として残っていた。
側室は現代の不倫とは全く違う、不純な意味合いは全く無い別次元の大義ある制度である、家が残るという事は嫁いだ妻側の家の庇護も残るという事であり、側室が子を設け産み育てても正室の地位は変わらず最上位であり、側室の子もその事をよく弁え生みの親である母親と父親の正室を同じ様に一歩上の立場のお方として大切にすることは当然の事とされた。
結婚したばかりの資晴に取って思いの外驚く話であった、話した相手が軍師玲子である以上重みのある話であり疑いのない事なのであろうと息を飲込んだ。
「ありがとう御座います、良くぞお教え下された、大事なる件、確かにそれに備えまする、それと側室の件も戻りましたら計らえるよう思案致します、誠に感謝申し上げます!」
最高の礼を尽くした拝礼で頭を下げ感謝する資晴、戦国武将の威厳あるその姿勢に、武将とはこうであらねばと感心する玲子であったがまだ時間があったようなので冷蔵庫から新作のフルーツサンドを資晴にごちそうした、洋一であったら絶対に夜中に食べない、日中でも中々食べないフルーツサンドを資晴の前に出した、それを見た資晴は顔は輝き目を見開き一口食べ感極まった恍惚とした表情に玲子も満足であった。
「この・・この口に広がる甘いフワフワは帰っても作れるであろうか、プリンとも違う、スフレケーキに似ておるが冷やりしておりなんとも言えぬ、これは玲子殿なんとか作り方を教えて下され御頼み申す!」
「ちょっと待ってて、このフワフワってクリームが知りたいのね、作り方は簡単、寒天は知っているよね、珠華プリンで使う寒天があれば作れるから、見ててね!」
材料を用意して僅か15分ほどで生クリームを作り上げた玲子、バニラエッセンスは無理であろうから、砂糖で甘くした生クリームを実際に作り味を確かめさせた、それをパンに挟み試食させた。
「これはこれはなんとも言えぬ、実に美味しい、これは菓子であろうか軍師殿?」
「うん、そうだね、菓子の種類と考えてもいいかな、確か那須には今パンを作れる姉妹がいたよね、その姉妹がつくるパンに挟めば立派な菓子になるよ、この白いフワフワした甘い物をクリームと呼ぶの、パンに挟むからクリームパンだね、絶対に人気になるよ、色々使えるからやって見るといいよ、それとこのクリームはその日の内に食べる事、日持ちしないから絶対にその日の内に利用して食べ切る事、腐るのが早いから余ったら捨てる事、約束してね!」
「判り申した、ではそれがし腹も膨れましたのでその床にて休みます、色々教えて下さり助かり申した、又あすよろしくお願い致します!」
身体は熱中症で体力が無い状態の洋一、精神は心は資晴、体力が無く疲れてしまったのであろう、おいて行かれた玲子も電気を消し床に就いた。
同じく戦国時代にいる洋一も疲れ果て寝ていた。
洋一と資晴が完全に入れ替わっていたんですね、お館の乱の後の大事なる件勃発とはあれの事でしょうか、あれですよ、あれ。
次章「サンダルと切子とエルケ姉妹」になります。
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