第26話 神童と神童・・・3


 正太郎達一行を歓待する小田家の夕餉が開かれ、その宴席では、小田家の重臣、菅谷、赤松、真壁が参加していた。



「ささ、どうぞご遠慮なく、召し上がって下され、此度は、我が彦太郎との誼を通じる場であり、その歓待なので、主な者達と身内による夕餉ですので、気になさらず、無礼講で行きましょう」




「此度正太郎殿より頂いたこのアユの甘露煮は本当に美味ですなー、これはお父君の資胤様が自慢するのも納得出来ます、のう皆の者これは極上の一品であるぞ、食べてみよ」



「はっ、では、お言葉に甘えて我らも頂きます、うう・・・これは、甘露煮とはここまで甘くした物であるとは、砂糖とは、大変高価なものを使われた一品なのですな」



「ええ、当家でも滅多な事では食べれませぬ、正月のお祝いなど、慶事の時のみに食します、私なども最近行われた6才の祝いの席で食した他記憶しているのは数回だけです」



「ほほう、それほど貴重なる甘露煮を小田家に頂けたとは、じっくり食したいが口の中に入れると、甘みと一緒に鮎が溶けてしまうのじゃ、これではゆっくり食せぬのう」



「そうなのでございます、6才のお祝いで、ついつい口の中で溶けてしまうので、3匹目を食べようとしたら、母上に見つかり、お叱りをうけ、結局2匹しか食べられなかったのです、それにしても誰があの時、母上に誰がチクったのであろうか、見つけたら唯ではおかん・・・」とこぼし出した正太郎であった。



「あははは、それは大変でしたな、たしかにこの様な美味なるものであればわしも3匹ほど食べたい」



 それを聞き、小田氏治の妻は横から、大人げないですよ、彦太郎がニ匹目をそっと手を出している所を見て、彦も二匹までですよ、と言った事で爆笑となった夕餉であった。



 鮎は香魚、香る魚と言われており、他の川魚より一段上の爽やかな香りする魚として京でも、もてはやされている魚であり、保存の効く、鮎の甘露煮は黒羽の有名な名物であり、機会がある様であれば是非読者様も食してみてください。



 夕餉では、大人衆達はいつしか酒盛りを初め、小田様の奥方と女衆、彦太郎、正太郎のグループにいつしか別れ、それぞれが楽しいひと時を過ごした。

 夕餉を終える頃に、彦太郎より明日、朝餉の後に、湖にて船をお出しするので湾内を見学しましょうという、現代のクルージングのお誘いを受け。



「頭を下げ、それは大変楽しみでございます、ありがとうございます、彦太郎殿、大きい湖を見るのも、その様に船で見学するのも初めてであります、わくわくして今夜眠れなくなるやも知れませぬ」



 と、言えば、横にいた侍女の百合が、いつもそんな事を言っている若様ですが、直ぐに気持ちよく眠っておりますので、きっと今夜も眠れますと笑う百合でった、その言葉に一緒に梅まで頭を上下にしていたのである。



 言われた正太郎は顔を赤くし、ふんと、言って。



「彦太郎殿、私はいつもこの様に侍女にいじられているのだ、彦太郎殿も同じであろうか」



 そっと正太郎の耳元に近づいて、彦太郎が。


「私も同じ様なところです、時々母上まで参加して来ます、やれやれでございます」



 二人で笑う正太郎と彦太郎であった。



 その夜は楽しい中お開きとなり、部屋に戻り熟睡する正太郎であった。



 翌日の朝、朝餉を終え、彦太郎の案内にて土浦の城下町を見学しながら、霞ケ浦湖へ、この湖は日本第二位の広さを誇る大きさなのだ、現在は平均水深約4m程だが、当時はまだ深い所もあり、平均水位は6m以上あり、水運利用による、外海(太平洋側)へ漁に出る漁船も多く土浦は水運の町であったのだ。



 小田家の家紋を掲げた、屋形船が用意されており、小田家の彦太郎、重臣の菅谷、赤松、真壁と侍女二人と、正太郎、忠義、小太郎、侍女の百合と梅と後は小田家の船乗り衆にて操船し出港となった。



 城側から霞ケ浦の中間辺りまでの往復との事、小田家の家紋を掲げているが、この常陸では浦から上がる利権を巡り争いが絶えないと、特に佐竹が当家を狙う理由がこの霞ケ浦なのです、時々佐竹が海賊を放ち商船など襲ったり悪辣な事を行っていると。



 遊覧中彦太郎から、正太郎に。



「ここにいる菅谷、赤松、真壁は父からの信を得ている信用出来る者達です、昨夜は聞く事が出来なかったのですが、今後小田家は嵐の中へ向かうかと思います、正太郎殿より、此度の誼の話があり、この誼を発展させ、両家にて軍事同盟が出来ないかとここにいる、菅谷、赤松、真壁に相談していたのです」



 霞ケ浦の中間地点で船を停泊し、彦太郎が決意した様子で話をし出したのである。



「仮に軍事同盟とまで行かない場合でも何かしらの策が両家にて、佐竹からの侵攻を防げる手だてが見いだせるやも知れぬと思い、父、氏治に此度の件を強く願い推し進めて頂きました、どうでありましょうか、正太郎殿・・・・」



 彦太郎からの思いのたけを聞いた、正太郎も、此度、某が小田家に来た本当の目的は小田家との軍事同盟であると明かしたのである、昨夜の会見時に彦太郎殿から話される内容に、同じ危機感がある事を認識していた正太郎である。



「彦太郎殿、某の本心は小田家との軍事同盟であり、特に佐竹をこの常陸、那須の領域より追い出し、一気に形勢を有利にする方法を模索する中で、是非同盟が必要であると結論を出したのです、既に那須家では父資胤が近い内に起こるであろう佐竹との戦いを見据え手を手ち始めております、その重要な一手を、小田家との軍事同盟を、某に託したのです」



 二人の話に聞き入る菅谷、赤塚、真壁の重臣はそれぞれが感動を持って、聞いていた、この二人は僅か6才にも関わらず、既にお家の事を考え、同じ結論に至っている事に驚きと感動と、是非この軍度同盟を結び、その結果、常陸の中で小田家が勝ち上がる事に繋がるであろうと確信するのであった。



「この真壁に正太郎様、軍事同盟を結んだ場合にどの様な戦であると、戦略を描かれておりますでしょうか、よろしければお考えを教えて下され」



「真壁殿ですね、小田家の真壁と言えば関八州に聞こえし、金棒を操る、鬼の真壁として小田家の守護神と聞いております、それ程の武人の前で語るには少々恥ずかしいのですが、童の語る事にて大目に見て下され」



「では某が描いた戦略に両家の置かれている弱点が軍事同盟を結び連携して動く事により、弱点であった事が強烈な武器になります、某の考えを申します」



「1、両家は、佐竹という大きな大国に何度も攻撃をされている」


「2、両家ともに単独では佐竹とは国力に違いがあり、こちらから攻撃は出来ない」


「ここまでは共通の認識です、ところが小田家、那須家が軍事同盟をする事により、連動した動きを行えます」


「1、例えば、小田家に侵攻した場合、那須家が佐竹に攻撃をする姿勢を見せます、又、逆に那須家に侵攻した場合は小田家が佐竹に攻撃する姿勢を見せます、これだけでも、佐竹の動きは鈍り両家には取って大きな成果となります」


「2、動きの鈍った佐竹が侵攻を緩めた所へ、両家にて挟撃を仕掛けます、この挟撃は成功すると思っております、佐竹はこれまでに、いつも侵略を行う側であり、攻撃をされる、まして挟撃をされる事など考えた事は無いでしょう」



「結果、佐竹が敗退すれば佐竹の信用は常陸では信を失うでしょう。関東管領であった上杉家が北条に敗れ信を失った後にどうなったかは、この関東では誰もが知る所です」



「今は勢いがある佐竹に付いている国人領主達も、我らが佐竹を破り、同盟によって勝った我らに、佐竹から離れ、小田家、那須家の元に集まると見ております」



「小田家も那須家も、これまでに他国へ自ら侵略を行ってはおりません、この信用は簡単に築けない大きな財産です、その財産が両家にはある事も味方となりましょう」



「3、まあーこれらの動きをしていく中で、新しい盤面も見えてくるでしょう」



 と語る正太郎である、軍略の内容を聞き真壁は。



「既にそこまで見通しての軍略を描いているとは、この真壁恐れいりました」



 某も同じく感嘆したと菅谷と赤塚が感動しているのであった。

 その後は、遊覧を再び開始し、船の中で昼餉を取り、クルージングを楽しみ城に帰り、夕餉まで休息となった。



 城にて彦太郎が父上、と言って、菅谷、赤松、真壁を伴って当主小田氏治のもとへ、先程、船の中で正太郎が語った話を伝えたのである。



「やはり噂通りの神童であったか」



 我が息子嫡男の彦太郎も、6才児としては実に優れた先見の明があると、まさに神童であるとし思い、最近では評定にも参加されており意見を述べさせている。



 その神童、彦太郎に匹敵する、いやその一歩先を歩んでいる正太郎の存在に、昨夜からの話からしても驚きであったが、まさか、軍事同盟を推し進めようと手を打った張本人が正太郎である事を聞き、その戦略も既に出来上がっており、後は具体的に両家が手を取り合い、既に那須家では動いている所まで行きついている軍略には誠に恐れ入った、これはもはや悩んでいる場合ではない。



「よし我が小田家も軍事同盟に向けて動こうではないか、そのほう達この動き軍事同盟を成功させる為に全力で小田家を支えよ」




 その日の夕餉では、小田氏治より正太郎に。




「昼間彦太郎と話された件、小田家としても同盟を行う事に何ら支障なし、むしろ好機である故、那須家質胤様へよろしくお伝えください、当面この菅谷が那須家との責ある立場で、やり取りを行います、まもなく年の瀬となりますので、年明けより動きますのでとお伝え下さい。後の仔細は菅谷を遣わしますので詰めて下され」



「はっ、那須家嫡男、私、正太郎、小田家御屋形様のご配慮に心より御礼申し上げ致します、此度の件、幼き私でありますが身命をかけて果たす覚悟でございます、又、何かにつけて彦太郎殿より配慮を頂き、正太郎、必ず恩をお返し致します。重臣の皆様もどうかよろしくお願い致します」



 夕食も終え、翌日那須烏山城に帰還する事になったのである。

 ここに那須と小田が軍事同盟に向け動き出す事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る