幻庵が来た


秋祭りが大成功となり来年も綱引きを行って欲しいと村々から要望が届き、来年も行う旨を通達した。



「何故我ら正太郎組があの様にあっさり負けたのじゃ、一人一人を見れば力ある者では無いか、一豊の兜鎧着用は祭りである為大目にしても何故あっさり負けたのであろうか?」



正太郎館では反省会が行われていた。



「某にもさっぱりです、皆力を出して引いておりました、この忠義が間違いなく手を抜いておらぬと断言します、しかし、負けた理由はさっぱりです」



「十兵衛、半兵衛どう思う?」



「確かに農民達は強かったと思われます、当主組を破るなど想像以上に強き引きでした」



「半兵衛はどうじゃ?」



「う・・・・負けるして負けたかも知れません、理に適って負けたやも知れません」



「えっ、負けて当然という事か?」



「我らの組は先頭がアインとウインでした、二人はとても大きく後ろの4名も立派な体格ですが、アイン、ウインに比べれば1尺は小さいです、すると綱を引く時の姿勢が『への字』となります、への字の姿勢で綱を引きますので力が綱にうまく伝わらず引く力が弱かったのではないでしょうか?」



「えっ、なになに、どういう事?」



「半兵衛殿の説明だと恐らく、背の高い二人は高い所から上側に綱を引くしかなく、後ろの4名は背丈ほどの高い所にある綱を引く事になり綱を引く力が上手く伝わらず弱かったと言っているかと思われます」



「千本義隆の言う事で正しいのか半兵衛!」



「はいその通りです」



「なるほどへの字の形で引くから力が上手く伝わらなかったのか? 一豊の鎧兜は関係ないのだな?」



「あれはあれで侍として戦に臨む姿ゆえむしろ正しいかと!」



「なんとあれはあれで良いのか? あの一豊の責で負けたと巷で噂になっておるぞ」



「そう言えば強い農民の村は綱が一本の直線になって引かれていた、力が無駄なく発揮出来たという事か」



「綱を引くだけの競技であるが奥が深いのう、洋一殿から伝わった娯楽の競技であるがあそこまで熱くなる競技とは恐れ入った、それから父上達であるが我らに隠れて調練していたそうよ、どうりで強かった訳よ、我らも来年は調練した方が良いな」



「一豊今日の話を福と万に伝えよ、あの二人が不憫じゃ、こっぴどく喝を入れられておる」



「某も喝を入れられ槍突きを1000回やり腕が腫れております」



「なんとあの蚊も殺せぬと言っていた嶺松院殿が!? 母上の三条のお方は止めて下さらなかったのか?」



「最初500回と嶺松院が言ったのを横からそれでは足りぬ、1000回じゃと母上が横槍を入れたのです、女性は見た目で判断すると取り返しが・・・いえ何でもありませぬ」



「梅、今の話し聞かなかった事にせよ、お主はすぐ母上に話す危険である、儂までとばっちりを喰うてしまう、後でプリンを用意する忘れよ!」



「よし来年はこの雪辱を果たせばよい、全員鎧武者の姿で綱引きじゃ!」



この一言で来年は絶対に出ないと考えた佐竹義重であった。





── 幻庵来訪 ── 




「某北条幻庵である、この度はいろいろと世話になる資胤殿どうかよろしくお願いする」



「お初にお目にかかります那須資胤で御座います、息正太郎がお世話になり感謝申し上げます、北条家には素晴らしき爺様の幻庵様がいる、あのお方こそ戦国を渡り歩き北条家を作られたお方であると正太郎から聞き及んでおります、どうぞ那須にて我が家と思い過ごされて下され!」



「いや、忝い、こちらこそ正太郎殿からいろいろ教え頂き今年は全領地で石高が増えました、金の算出もあり今は国力充実しておりより内政に力をいれておる所です、那須の皆様には足を向けて寝れませぬ」



「今宵はごゆるりと過ごされお疲れを取って頂き、明日小田殿も来られますので歓待の宴は明日となります、何やら正太郎が館にて幻庵様を驚かす工夫をしている様です」



「幻庵様ようこそおいで下さいました、ささこちらにお座りください」



「正太郎殿息災で何よりじゃ、又背が伸びましたな、まだまだ大きくなりますぞ」



「はい、ありがとうございます、今宵は是非私の館にお泊り下さい、今お茶をお出しします」



「ほう、赤い色の茶ですな、いい匂いがしますね」



「はい、最近作りましたお茶で紅茶と申します、お茶の葉を醗酵させ乾燥した葉をお茶にしております、味わいも良く、いい匂いがします、それと砂糖を入れても美味しいです」



「ほんに美味しいのう、うんうん良い感じじゃ、どれ砂糖を所望しよう」



「これは美味しいお茶である、これの作り方を後で教えてくれ、これは喜ばれるぞ、駿河はお茶の名産処ゆえ、茶屋商人が毎年どの茶が美味しいか選ぶのじゃ、一番美味しい茶ではそれこそ値が何倍もするから大商いになる品なのじゃ、この紅茶はそれらの茶とは別物であるが嗜好品としてきっと好まれるであろう」



「はい、この茶は未来からの茶になります、その者からの話では南蛮でこの茶を取り合い国同士で戦争になったとの事です、それほど南蛮では求める者が多い茶だとの事です、幸い茶葉は日ノ本の茶と同じ茶葉から出来るので争いまでは行われませぬ」



「よしそれなら、儂が沢山作り正太郎殿と二人で益を分けようぞ、日ノ本に作り方はまだ普及させず我らだけの秘事といたそう、儂の領地でも沢山の茶畑があるから幾らでも作れるぞ、それにしても美味い茶だ」



この日は幻庵他一行は正太郎の館で珍しい夕餉を楽しく食した。



「こちらが以前話した海魚のアジフライです、それと猪のトンカツです、澄酒を味わいながらどうぞ、皆様も遠慮せずにどうぞ、それとこちらが小田原で紹介したプリンと同じ時告げ鳥の卵で作りました卵焼き、同じく茶碗蒸しになります」



その他鮎の甘露煮、大学芋、焼きとうもろこし、椎茸の炙り、那須プリンを出した。



「最後に小腹が空いた時にあるいは何かのご褒美にと考えた『どら焼き』を紹介した」



「小田原では食べた事のない珍しい物ばかりじゃ、嬉しいのう、こうやって皆と美味しい物が食せるという事は、幸せな事じゃ、皆の者来て良かったであろう、小田原の氏康親子はいつもご飯に味噌汁をかけて食うておる、氏康は氏政が味噌汁をかけ、ご飯に味噌汁が足らなくなると汁を足すと嘆くのじゃ、こいつでは天下は取れんと言って、何故一度に量を見極めぬのじゃと、何と思うこの会話を」



「私に問われても困ります、そこまで天下を取る事と関係ある話なのでしょうか? 奥の深い話なのかその場に居りませぬのでなんと言って良いのやら」



「あの親子は似た者同士なのよ、父親の氏康は自分と同じ事が出来ぬとこいつはダメだと言うし、氏政は自分の方が二度に分け進む方が確かであると味噌汁で勝負しておるのよ、儂に言わせれば、味噌汁をかけずに米の味を味わい、味噌汁は味噌汁として味わえと言っておるが通じぬ馬鹿親子なのよ」



「それは仲良き親子です、味噌汁で意地を張り合える親子は日ノ本に他にはいないかと思われます」



「あっはははは、確かにそうだ、そんなくだらん事で意地を張り合う親子はあの二人だけぞ、これは面白い帰ったら言い聞かせてあげねばならん、あっはははは、愉快じゃ」



その頃鞍馬の家では、忍び同士による宴を行っていた、勿論鞍馬天狗一党と甲賀和田衆と風魔小太郎と配下達でこちらはこちらで盛り上がっていた。



「小太郎殿こちらは甲賀の和田殿じゃ、叔父の和田殿が正太郎殿の重臣となり、甲賀から那須に一門衆に来て頂いたのじゃ、良しなに頼む」



「はっ、風魔小太郎に御座います、よろしくお願い致します」



「和田衆の頭領をしております、和田惟忠です、こちらこそよろしくお願い申す」



「鞍馬、甲賀、風魔の顔合わせとは凄い事である、これからは面白い世が見えるかもしれぬのう、ささ飲みましょうぞ」



「小太郎殿今川の寿桂尼様の容態は聞いておりますか?」



「危のそうで御座います、今川領に多数の者を入れておりますが、館からはもう出る事が出来ぬようでいつまで持つか判りませぬな」



「やはり若様の言われた通り明年武田が来るのか、些か忙しい年になりそうだのう」



「那須の若様から授かった策をほぼ終えておりますので、幻庵様の策通り武田が動けば良いのですが、さすれば面白くなりましょうぞ」



「実はのう和田殿、今そなたが調べている西上野なのだが、ひよっとするとひょっとすかも知れん、今の武田の話と連動するかも知れんぞ」



「確かに若様より西上野の武田の動きと国人領主達の動きを調べる様にとの事で探りを入れております」



「儂も若様に仕えてから間もなく6年になる、若様は既に自分で軍略を組み描ける程凄き成長をしている、近くで見ていて驚く事ばかりじゃ、本当に駿河に武田が2万の軍勢で侵攻すれば甲斐はがら空きになる、すると無傷の長野殿軍勢2000が何時でも戻れるとは思われぬか?」



「確かにそうです、箕輪城に戻る事は簡単で御座いましょう」



「長野殿が戻ると武田はどうすると思われるか?」



「武田には三つの選択がある様に思われます」



「駿河を力押しで攻め込む、西上野に戻り箕輪を取り戻す、駿河を諦め掛川から徳川と一緒に遠江国を攻める、でしょうか?」



「その最後の遠江国攻めの後、確かに掛川まで取れれば25万石が敵の領地だが、北条殿は掛川に手を入れているので簡単にはいかぬであろう、掛川は取れぬと思う、するとどうなるかだ」



「小太郎殿が武田なら如何する?」



「掛川が取れなければ20石を徳川と分ける事になるのか?」



「遠江の隣が徳川の三河30万国である、遠江の半分を得た武田が次に狙うは三河ではないかと思うておる、武田に取って海の領地10万石程度で満足はしないであろう、西上野では出費ばかりでありあまり魅力を感じておらぬはず、それより海の領地を狙うと某は読んでいる」



「確かに鞍馬殿の言われている通りかも知れませぬ、血に飢えた獣は目の前の獲物を狙うかと、それは徳川の三河でしょう」



「某まだ関東の情勢を知り尽くしておりませぬが、武田が三河を攻めてた時に上野から甲斐に那須は攻めぬのでしょうか? 甲斐ががら空きとなれば攻め時と思われます」



「某もそれを考えたが若様は意外にも慎重な所もある、味方に被害がありそうな時は回避するのでは無いかと思われる、ただ西上野に長野殿が戻れば二度と武田に侵略させない手を打つと思われる」



「武田が三河を取れば隣に織田信長がいる、信長の勢いは凄きゆえ、この先どうなるか分からぬが、両者はぶつかるであろうな」



「和田殿と風魔が共にいる事で三家は誰よりも先に動ける、若様はこの事を先読みしていたのであろう」



この夜は忍び同士が肩を寄せ合い戦国の戦模様について話す貴重な日となった。

翌日夕餉の歓待まで幻庵は供を連れ立って烏山の城下町を散策していた。



「ほうあそこにも飯屋があるぞ、あっちは甘未処だ内陸なのに魚屋もあるぞ、酒屋、しお屋、油屋、居酒屋・・なんだ居酒屋とは?」



「ほう酒を飲む所か? 飯屋とは違うのか? おやじ酒と適当になにか頼む!」



「あいよ、焼魚おまかせ一丁! 」



先に澄酒と枝豆、そして脂がのった鯖の焼魚が出された。



「おやじこの新鮮な魚はどうやって手にいれたのだ」



「毎日港から荷馬車で運ばれて来るのよ、ほれこの氷室箱に入れられて、だから新鮮なのよ」



「なんと氷の箱に入れて来るとは、おやじこの氷はどうやって手にいれておるのじゃ?」



「そりゃー簡単だべー、冬になれば雪が沢山降るからその雪を港にある氷室庫に入れておくのよ、そうすれば夏でも新鮮な魚が食えるという話よ、すげーだろー」



「おやじ凄いぞそれは、昔からそうなのか?」



「まさか昔から海の魚なんか食える訳ねぇーべ、常陸が那須の領地になってからだ、若様が作られた荷馬車があるから運べるのよ、関心してねぇーで早く食え、冷めるぞ」



美味い、美味いこりゃ参った、小田原の鯖より新鮮じゃ、目の前に海があっても魚の温度があってはダメと言う事か、戻ったら大きい氷室蔵を作らねば、庶民が自由に海の焼き魚を喰えるとは益々那須は発展するぞ、と感じ入った幻庵である。








北条氏政の味噌汁の話は有名ですね、ご飯に二度にわたってかけた事で父の氏康が嘆いたという逸話ですが本当の話なんですかね、いろいろな場面に登場する話です。

次章「三家の戦略」になります。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る