三家の戦略


幻庵が那須に訪れ、翌日には小田家当主小田氏治と嫡子彦太郎が烏山城に訪れ三家の宴が開かれ楽しい一夜となった。



「なんでも楽しい秋祭りであったと聞きました、昼間に城下町で居酒屋なる酒を楽しく頂ける店に行きまして祭りの話で店主と盛り上がり、なんでも農民の村が勝者となったと聞きました、どの様な事をされたのですか?」



「幻庵殿そのような大層な事では無いのですが、毎年豊穣祭りを秋に行っており、今年は趣向を変え、正太郎が提案した綱引きという競技を行ったのです、それが大当たりしまして領民こぞって喜ばれ盛り上がったのです」



「その綱引きなる競技はどうやって行うのですか?」



「六名の力自慢による綱を引きあうという簡単な競技です、正太郎説明してあげよ」



「六名の力自慢による綱引きを各村から1組み作りまして予選を行い、最後は侍の組と戦いまして、残念ながら農民の組が勝者となったのです、決勝では父上の当主組と力の入った勝負でしたが、農民が勝ちまして凄い盛り上がりとなったのです、某の組も出しましたがやはり農民に負けてしまいました」



「農民が侍に勝つなどそれは凄いのう、那須だから許される事かも知れん、他家では絶対に行わないであろう」



「来年もやります、農民に負けたままで終わる訳には参りませぬ、来年はより強い力ある者を人選し当主組はやりますぞ、あれほど面白い競技は初めてで御座います」



「私の組も負けた理由が判明しました、来年は勝ちまする、父上とて力は抜きませぬ」



「あっはははは、それは楽しみで御座いますな、我らも見習い祭りで競技を行って見ますかな」



「幻庵様も小田様も是非お勧め致します、領民と一体に成れる祭りです、侍は日頃上から物を見ております、下の者と目線が違い、時には間違いを起こします、しかし、時には同じ目線で過ごす場があれば下の者は上の者も同じ人と認めます、さすれば政ひとつ行う上でも協力して頂けます、やらせるではなく自ら協力して頂けるのです、それが政であると考えます」



「某この年で色々と正太郎殿から教わる事が多く、もっと早く出会っておればと思います、ほんに良い青年に育って来ておりますな」



「小田の彦太郎殿も聡明なお方です、三家の海軍を差配し束ねております、文を交わして私も海の事を学んでおります、某には海の知識が足りませぬ」



「お二人とも同じ年でありましたな、小田殿も羨ましい、某と入れ替わって頂きたい処じゃ」



「何をおっしゃいますか幻庵殿、若い女子を侍らせ、実に羨ましい限りです」



「やはり父上もそのようなお考えでしたか、城に帰り母上にお伝えしておきます」



「あははは冗談である、彦太郎冗談であるぞ!」



「彦太郎殿騙されては行けませぬ、お伝えした方が宜しいと某も思います(笑)」



「こりゃ二人の前では自由に話せぬのう、あっはははははー」



こうして楽しい宴を深夜まで行う三家、翌日今度は真面目な話し合いが行われる事に。






── 三家の戦略 ──





こちらを見て下さい、ここが烏山の城、ここが常陸の小田の城、ここが小田原になります。



「これは・・・このような立派な地図は初めて見る、どれ程正確なのであろうか、見た事も無い・・・」



正太郎が見せた地図は洋一から伝えられ半年かけて作り上げた本州の地図である。



「ここに大きい日ノ本を書いた地図と、関八州と奥州の一部と東海まで書いた地図二枚を北条様と小田様の分を用意しております、この地図にて武田について再度確認致しましょう」



「残念な事ですが今川の寿桂尼様は年明けの春にお亡くなりになります、しかし幻庵様と作られた策は生きております、武田は秋の収穫を終え2万の軍勢で戦を起こします、それも隙を突いて12月に攻めて来ます、今川と駿河の領地交換を行い掛川の防衛を強化しましたが、信玄は北条家とも手切れと考え最初に薩埵峠を経て今川館を目指します」



「そこで当初の予定通り風魔の仕掛けた策を発動し、身動きが取れなくなった武田軍は一旦戻り、徳川が遠江を攻めておりますので合流し掛川を目指します、決戦は掛川城の攻防になるかと思われます」



「では以前聞いていた通りで進めて良いのだな」



「はい、その通りです」



「我ら那須は武田が徳川と合流し遠江国を攻め始めたら長野殿の軍勢と西上野に向かい箕輪城を奪還し、甲斐との国境を固めます」



「我々小田は何か手伝う事はありますでしょうか?」



「主戦場が掛川城になります、薩埵峠が通行出来ませんので北条家と連携を取って頂き、兵糧と兵員を小田原から焼津の港ここに運んで頂きたいのです、そこからは北条家で何とかなります」



「それは我らも助かる、是非小田殿協力を願いたい」



「それと小田様には明の帆船で軍船を多く作って頂きたいのです、北条家でも同じです、残念ながら那須には軍船を作るだけの船大工はおりませぬ、小田様の処に行っております船大工幸地達はそのままお使い下さい」



「戦船はどうして必要なのじゃ?」



「いずれこの者と戦う事になりそうです、この者が西側の日ノ本を平らげ、陸と海の両方から我ら三家を平らげにやがて向かって来ます、戦船を作るには時間が必要です、その為に先ずは船の事を知り、操船する者達の育成を始めていたのです」



「船を作る材木は那須で切り出し小田様の処に運びます、北条家でも必要であれば小田様の浦に取りにお越し下さい、那須は木が豊富にあります」



「それは我ら北条も助かる木は沢山あるが斜面の樹木を切り出し運ぶは大変ゆえそれは助かる」



「大きい戦船だけではなくあの50石の帆船も小回りが利くので多く作りましょう」



「その様な戦船を多く作るとなれば軍港を整備しなければなりませぬな」



「おっしゃる通りです、地図を見る限り海が荒れても大丈夫な所となりますと、那須が持っている海の領地は常陸の久慈位しか適しておらぬようです、小田様の処は浦の今使われている浜で宜しいかと、それと安房です、北条様は小田原の他に三浦か沼津辺りか良さそうです」



「戦船には大砲を乗せたいのですが鋳物の砲はどんな感じでしょうか?」



「試作品が間もなく完成する幾つか大きさの違う砲を作ったようである、試射し使えそうなら作るゆえ安心致せ」



「私が作らせた木砲も筒の中に青銅の筒を入れ二重の砲としました、強度が増し使えます、鋳物に比べ重さが無いので騎馬の荷車で持ち運び出来るように専用の荷車を作っております、完成しましたら両家に渡しますので模倣し作って下さい」



「それは助かる、正太郎殿砂糖はなんとかならんかな? 消費が増えて最近は品不足で女衆が煩いのじゃ、小田殿の所は大丈夫であるか?」



「当家も同じである、些か困っております」



「実は那須も同じです、油屋も南蛮と琉球から仕入れを増やしておるようですが我ら三家の消費が凄い事になっており追い付かない様です、そこであの者から自分達で生産しろと、暖かい地であれば作れるから生産しろとの事です」



「何ですと日ノ本でも作れるのか? 暖かい地とは?」



「この辺りです」



「この地図の外か? それもそんなに遠くなのか?」



「なんでもこの辺りに島があるようでそこは南国のように暖かい地との事です、これでも琉球より近くです、南蛮はもっと遠くになります」



「確かにそうかも知れんが自分達で作れるのであればそれは大いに助かる話ぞ、砂糖を大量に買っても直ぐに底を着く、甘いという事はそれだけ魅力がある事なのだな」



「まあーそれだけ豊かになった証であり、喜ばれている訳ですので、砂糖の作る件は某に一任下さい、それと三家の石高ですが」


那須家   81万国(佐野家、蘆名家含まず)

北条家  170万国(相模25万、伊豆9万、北条側駿河8万、武蔵85万、上野40万(西上野含まず)他諸島3万、今川の駿河12万、遠江26万含まず)

小田家  118万国(常陸48万、旧結城領含、上総42万、下総20万、安房8万)

合 計  369万石。



「この369万石ですが500万石を目指しましょう、特に新しい田を作り開墾すればまだまだ領地は御座います、戦で領地を広げるより田を増やし先ずは石高をあげましょう」



「資胤殿、佐野とは同盟と聞いております、蘆名が臣従と聞いております、そちらは石高に入っていないのですね?」



「佐野家は臣従では無く、当家とだけの同盟なので今の所入れておりません、蘆名は入れても良いのですが三年連続の悪作なので安定してからと考えています」



「成程そのような理由があったのですね」



「佐野家の場合これまで独立の意識が強く、それはそれで尊重し、お互いに支えましょうと言う意味合いの同盟になります」



「那須殿の事です、一方的に佐野家に有利となるでしょうが、何れ臣従されるでしょう」



「西上野の長野殿も同様であります、長野殿の御心一つで同盟でも臣従でも良いかと思っております、無理強いは仇が生まれます」



「その点は小田殿が上総、下総、安房を取り入れた手腕は見事で御座いました、あっという間に100万国を超えました、お見事としか言えませぬ」



「いやいや我らはほぼ何もしておりませぬ、きっと近隣諸国も戦に嫌気があったのでしょう、そんな時に小田が大きくなりましたから、我ら小田は他家と争わず来ておりましのでそれが良かったのでしょう」



「それが素晴らしい事なのでしょう、戦続きの北条では出来ませぬ、那須殿も同じく争わずに領地を広くしております、末永く三家で手を取り合い戦国の世を乗越えましょう」



「粗方主な話は終わりました、昼餉に致しましょう」



昼餉の後に小田親子は正太郎の案内で城下町に散策に、幻庵は資胤と話があるとの事で別々の行動に。



「資胤殿、実は相談がありまして、こちらが氏康から預かった文になります、先ずはお読み下さい」



「なんと正太郎に縁談の話では御座いませんか、氏康殿に姫様がいるというのですね」



「正太郎殿が小田原に来た際に10才のお祝いを行い、4才前の姫が習い始めた琴を披露したのです、ですから正太郎殿は一度会ってはおりますが、その姫を是非にと、私からも口添え願いたいと託されたのです」



「そうでしたか、話は少し違うのですが、次男の竹太郎も元服した後に蘆名家に養子となる話が纏まっております、弟の事が先に決まり、そろそろ正太郎の身を考えても良い時期とは思うておりました、ただ本人は元服するまで婚を結ぶ相手の話は遠慮したいと申しております」



「そうで御座いますね、正太郎殿を見ておりますと型通りにせずに、本人の意思を大切にする事が良かろうと思います、正太郎殿は三家の宝で御座います、今の話は元服してより資胤殿からお話しを行って見て下さい、縁があれば結ばれるでしょうし、縁がなければ自然に流れる事になりましょう」



「幻庵殿忝い、この話今しばらく某が預かり申します、時が来ましたら本人にお話し致します」



北条家の鶴姫とは悲劇の最後を遂げる戦国女性の一人である、史実では武田と北条の同盟関係は途切れず、武田勝頼の元に嫁ぐ鶴姫、やがて武田家滅亡となる天正10年4月3日天目山で勝頼と共に自刃し生涯を終える、享年19才の若さで亡くなる。

この物語では北条と武田は手切れとなり勝頼の元に嫁ぐ事は防がれた、悲劇の最後を回避出来たと言えるであろう。



「こちらが幻庵様が言われていた居酒屋です、めし屋と違い主に酒を飲む店になります、めし屋は夕刻で閉めますが、居酒屋は夕刻から客が入り賑わう店になります、某にはまだ関係ない店になります、そしてそちらが甘味処になります、最近は新鮮な卵が入った時に『那須プリン』も出ると聞きました」



「新しい店が多く賑わっておりますね、土浦もそうですが、領民が楽しく町に繰り出す事が平穏な証ですね、益々発展するでしょうね」



「小田様には しおや の件でお世話になりました、今も色々と融通頂き、甲斐に店を出した状態で居ります、何かと武田の動きを知る事が出来重宝しております」



「それは良かったです、我らには忍びがおりませぬのでどうするか検討しているのです、領地が広がりましたので目が届きませぬ、当家に仕えて頂ける忍びを探す伝は何かありましょうか?」



「私には分からぬ事なので城に帰りましたら和田殿に聞いて見ましょう、きっと良い案があると思われます、忍びの者は侍と違い戦を防ぐ又はその土地の民の事を知る事にも長けております、実に役立つ者達で御座います」






目指せ500万国、戦国時代の日本の総石高は1800万国とか、江戸時代末期は3000万石を超えていたようです。

次章「1568年」になります。

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