正太郎軍団


 ── 正太郎軍団 ──




 正太郎の館には銭だけが貯められた銭蔵がある、どでかい貯金箱ならぬ貯金部屋だ、お金の管理は百合である。



「百合、今銭蔵にいかほどの銭が貯まっているのかのう?」



「ちょっとお待ち下さい、およそ銭で1万5千貫程あります、他に金で200匁あります」



「200匁だと、銭にすると幾らなのであろうか?」



「13.75g500文なので10万文ですから、100貫です」



「では一匁は半貫なのだな?」



「はいその通りです」



「ふむふむ、では米が、米の収穫が2500俵でその半分が儂の分だから1250俵だから、500石になるから、500人が年間食べて行けるお米があるから、俸禄に一人・・いや待てよ、足軽達にも家族がおるから・・・米が全然足らんでは無いか? みんなどうしているのじゃ?」



「米が足らない分雑穀を入れ食べております、米が一番高いのでどうしてもそうなります」



「では家族6人と考え、足軽身分に米5俵とし、俸禄で半年毎に1貫でどうじゃ? 年2貫だな、他に塩や海の干し魚などを支給すれば俸禄の銭でいろいろと賄えるのではないか? 百合どう思う?」



「一番身分の低い足軽にそこまで厚い手当なれば充分かと思われます」



「家族のいない独り身にはその分減らせば良いかのう、いやそもそも米が足りん、儂の直属の兵300人を作る予定なのじゃ、百合あと、500いや余裕をみて1000俵は欲しいのう」



「それなれば村々の農民から買うとかすれば問題ないです、城の倉庫にも昨年の米が山ほど備蓄されておりますから、村々から買い取って銭を渡してあげれば喜ぶかと思います、それと職人村の者達は主に俸禄から米など正太郎様の村から買っておりますので、問題はありません」



「特に職人達は下級足軽より多く俸禄がありますので、今では職人の数も300を超えております、特に大工と鍛冶師が増えております、それでも幸地殿の話では人手不足で大変だと嘆いております」



「それでは儂の持っている村だけでの米では間もなく足らなくなるのう、先程城の米蔵に備蓄米がたっぷりあると言っていたな、米蔵が城には沢山あるから、一つを父に言って儂が買い上げてしまうか? さすれば米の事を考えずに当面は大丈夫かも知れん、いや買わないで12月の誕生日の祝いでせがんでみるか、お寝しょも、もうしなくなったし、ここは母上を使って甘い物を飯之介に作らせて、お~それが良い、うんうん、母上の笑顔は無敵である、父上も逆らえぬ、それが良い」



 悪だくみをニヤニヤ考える正太郎、横で百合が聞いているのに、そんな悪だくみ考えている所へ油屋から文と箱が届いた。



「正太郎様、南蛮船を買えないかと南蛮の者達に聞いておりますが中々大変です、前に渡しました方位版の代わりに明の帆船を小さくした模倣した船が入りましたので、その模倣の船を船大工に作らせてみては如何でしょうか? その模倣した船を実際の船と同じ構造なのか調べました処ほぼ同じ船であります、それと金平糖なる甘い菓子を送ります、油屋」



「ほうこれが明の帆船なのか・・変わっているのう、帆が三枚ある、帆が折りたたみ出来る様になっておるのか、幸地に調べもらうか、幸地も堺におったから見た事があるかも知れん」




 この船は現代も中国で現役使用されており、よく見られ三本マストで角形の帆が特徴の木造船である、この船で、羅針盤を使い、遠くインド洋まで航海した。約300トン、乗組員5~600という大型から、約120トン、乗組員2~300の中型船、竜骨をもつ構造船で船材は松・杉などであり、二重、三重に側板が打ち付けられて堅牢に、桐油・石灰によりその隙間をふさいで水漏れを防いだ。船倉部分は隔壁され、船が沈没しないような工夫がなされ外洋に適した船であり、宋、北宋のジャンク船と呼ばれ、その優れた性能と速さに西欧でも驚かれた船である。



 マストに付けられた帆は竹と布から出来ており、折りたため、帆の向きを風に合わせ、航行する為、現代のヨットと同じ機能を備えた船と言える、帆船として当時最先端の船として、スペイン、オランダのガレオン船よりも帆数が少なく操船しやすい船であったとされる。



「武田の奥方が来るのが確か10月であったからそこでの生活の費えも必要であった、五藤と林が武田殿達となにやら意気投合しておる様で、澄酒と海魚の干物を送ってくれと文が来ておったが、百合手配はどうなっておる?」



「はい、澄酒を2樽と濁酒3樽手配しました、呑み過ぎです、酒が無くなったら塩でも舐めてろと文に書いておきました、もう着いたのでは無いかと」



「百合にも般若の顔が育って来ておるようだ、そろそろ危険な女になって来たのう(笑)、それから百合もそろそろ婚の時期であろう、心に留めておる殿方はいるのか?」



「・・・なっなっ・・なんですか、急にその様な殿方など・・・です」



「何を急に顔を赤くしているのだ? 百合の家柄はしっかりしておるのだからどの様な殿方であれ問題ないであろう、だが、アウンとウインはダメであるぞ、あの巨人には百合では無理である」



「だれがアウンとウインなどと、私は言っておりませぬ」



「ふふふっ、では当てて見せようか、儂にはバレておるぞ、そうだのう母上から相手方に伝われば中々断れぬのう、母に言うてみようかのう、なにもじもじしておるのじゃ、百合が嫁になったら梅はもう百合の代わりが出来るのか?」



「一通り出来ます、今は梅にも侍女見習いがおります、それから間もなく館にも仕切る侍女の方が来られる様です、聞いておりましたか?」



「そう言えば父上がその様な事を言っておった、館に色々人が来るので応対も出来、機転が利く方であると言っていた、城の侍女の者かのう、それと梅の侍女見習いは見かけないが何処にいるのか?」



「はい、奥方様の所で少し教えてから梅に付けるそうです」



「そうなのか、では安心してお嫁に行けるではないか、ちっと耳を貸せ・・もごもご・・ゴニョゴニョ・・であろう、百合が好いてる者とは、その者であろう、そうであろう!」



「何故・・何故ですか、どうしてですか、誰にも言っておりません」



「ふふふっ、百合を見ていれば判るのよ、あの者がいる時は、お主が勝手に麦菓子を出すではないか、他の者には出さんではないか、十兵衛が最近半兵衛と一緒に来るのは、一人の時だと麦菓子が出ないが、半兵衛が一緒だと麦菓子が出ると嘆いていた、そもそも儂にも中々食べさせんではないか、だから百合を観察しておったのよ」



「これからは、他の者にも出すのだぞ、良いな、ではこの、油屋が送って来た、金平糖なる菓子を食して見よ、毒見して見よ」



「では、毒見をします・・もごもご・・ムニムニ・・・うっ、・・もう少し食さねば・・・おっ・・もっと食べねば・・・」



「きさま相変わらずボリボリ食べおって、もうやらん、飯之介に似た菓子を作らしてみよう、これでは全然足りん」



「百合を見てたら腹が空いた、平蔵の所に行くぞ、そうだ竹太郎も連れて行こう、竹を呼ぶのじゃ、それから飯之介もじゃ」



「竹太郎も来たな、よし一緒に村に行くのだ、新しい芋が出来ている頃なのだ、楽しみである、稲も立派に育っておる、これなら領内は今年も豊作であろう」



「これがあの芋なのか? 平蔵~お~平蔵~これがあの芋か?」



「あっ、若様、芋ですが、それは苗です、その地の下に大きい芋が育っております、先程掘り返し取った物がこちらにあります、これです」



「ほう、これであるか、里芋に比べて何倍も大きいのう、はい、今こちらで試しに蒸かしております、もう少しお待ち下され、匂いも美味しそうです」



「本当じゃ、里芋とは違う感じじゃ、竹太郎も嗅いでみよ」



「お腹かが空いたです、甘いに匂いがします」



「えっ、本当か、どれどれ、う~わからん、土の匂いであろう」



「それにしてもなんであの様に沢山苗があるのだ、あんなに無かったではないか?」



「はい、某も最初は頂いた芋を植えたのですが、苗が伸びて来たので、その苗を植えた処、その苗から芋が出来たのです、芋から芋が生まれるのでなく、苗から芋の子が生まれ、又苗が伸びて来るのでその苗をどんどん植えたのです、そうしたら、この様に沢山芋だらけになりました」



「お~では沢山出来た様なのだな、それは喜ばしい事じゃ、後はどんな味なのかであるな」



「どうやら出来た様です、大変熱いので冷まして食して下さい」



「よし、ここは百合の出番じゃ、食べてみよ! 既に目が笑ってあるぞ」



「ふーふーあつっっあっあっもぐもぐ・・うっ、うっ、もぐもぐ、あつっっあっ、もぐもぐ」



「百合が黙って食しているから美味しいのだ、皆で食べてみよう、あつっっあっっ、もぐもぐ・・・甘いぞ、うっ、水じゃのどに詰まる、あっっ、あちぃー、ウマウマではないか、甘いぞ、これは・・美味しいぞ、うっうっー、儂の馬が蒸かしていない芋をそのまま食べよった、馬が食べているぞ、お~馬の目が笑っておるぞ!」



「お~勝手に馬達がそこに置いてあった芋を食べているぞ、儂の愛馬春が勝手に芋を食べている、なんなのだこの芋は、里芋とは全然違うぞ、だがやはり芋の仲間であるな、里芋と食感はどこか似ている、里芋の様に粘々はないが、里芋より甘いぞ、どうであるか飯之助これなら工夫が出来るのではないか?」



「この甘い芋なら飴と絡めるとすごい芋菓子が出来そうだ、うんうん、これは相当良い芋菓子が出来る、若様これは麦菓子と同等の優れた芋菓子が出来るかと思います、早速持って帰り試してみます、この芋は腹も膨れそうです、簡単に食せ様ですし、この様に馬まで勝手に食べるなどとても重宝しそうな芋で御座います」



「流石である、飯之助は那須家お抱え菓子職人である今日より、那須家菓子職人ご意見番に任ずる、俸禄も昇級する様手配する芋菓子を見事完成させよ、母上を唸らせよ! 米蔵が一つ掛かっておる(笑)」



 この飯之助が作る芋菓子こそ『大学芋』である。



 大学芋とは、大正時代から昭和にかけて、大学生が好んで食べた芋である、当時の大学生は苦学生、さつま芋はお金がなくても買え美味しく、お腹を満たせる貴重な食材、東大の赤門前には『三河屋』という甘味屋が、さつま芋を揚げて蜜を絡めたものを売り始めたという逸話が残っている、この三河屋が売り始めた、蜜を絡めたさつま芋が好んで食べたのは東大生であると言われている。




 現在も普通にスーパーなどで見かけるおやつの代表であり、芋菓子として立派な商品である。




 洋一の出身地は川越である、この川越こそさつま芋文化を開花させた町であり、特産品である、食べ過ぎに注意、おならブーブーに注意してください。

 次章「母と子」になります。

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