大凶作と大豊作


 佐野家当主、佐野昌綱とは小さい家ながら戦国を代表する知略と武勇のある武将と言える、佐野家石高は僅か4万石であり大名としては小さい家となる、その当主佐野昌綱は時には上杉謙信に従いあるいは北条に従い、北条に従ったと思ったら又もや上杉に従うと言った一見蝙蝠外交の様に見えるが、いざ戦いなれば知略を使い戦場を勝ち抜ける武将である。



永禄31560年2月に北条氏政が居城の唐沢山城へ3万余の大軍で攻撃すると昌綱は徹底抗戦し、その後上杉謙信の援軍が間に合い撃退に成功している。


永禄年間から元亀年間まで上杉謙信と10度戦うも関東一の堅城・唐沢山城で防戦し、撃退している、時には謙信に降伏したが、後の情勢によりやむを得ず和睦して城を明け渡し、使者などを遣わして改めて降伏しただけであり、謙信の帰国後に即座に離反するなどして命脈を続かせた。


上杉に臣従又は離反し北条に、そして上杉と敵になったり味方になったりしても何故臣従を求め許したのか? 簡単に言えば、佐野昌綱のその知略と優れた武勇に両家が惚れたのである。



「お初にお目にかかります那須家嫡子正太郎に御座います、佐野昌綱殿にお会い出来き嬉しゅう御座います、又7月の折り、宇都宮にて軍勢同士による戦回避誠にありがとう御座いました、こちらの配慮足らずご迷惑をお掛け致しました、これより誼を深める事誠に嬉しい限りです」



「ご嫡子殿その様に言って頂き感謝致す、当家は無用な戦を行わず品行方正に政をしている家です、那須殿は今や大国です、その家と誼を深めるは他家から身を守る事であり平穏な政を願うゆえ是非とも誼を通じたく嫡子殿のありがたい話を受けたのです、こちらこそよろしくお願い致します」



「ではこれより誼を深めます約定に署名押印をお願い致します、見届けは某幕臣和田が行います、嫡子正太郎殿は全権委任された名代として署名致します、その証の添え状を佐野殿にお渡し致します」



「うむ、確かに頂戴した、では某から書き申そう」



「次正太郎殿お願い致します」



「これにて無事に両家は五分と五分の同盟となりました、上下なく対等の関係であり、両家間の関税の廃止、通行自由となりました大いに栄えある誼を行う事になりました、おめでとうございます」



「これよりお祝いの饗宴となります、整うまで暫しお待ちください」



「和田殿色々とお世話になったこれで佐野も一安心致しました、皆も喜んでおりましょう、和田殿に入って頂き某の面目も一株上がりました」



「某あの折、佐野度と陣幕でお会いした時に、これは優れたるお人である益無き事をなさる人では無いと感じ入り両家に取って誼を深める事こそ益であると思い尽力致したまでです、それに那須の嫡子殿は既に当主の役割も行える唐代稀に見る傑物であり神童で御座います、先程某五分と五分と申しましたが、佐野殿に一方的に益が降り注ぐと思われます、佐野家が大きくなりますぞ」



「それでは困りましたな、頂くだけでは返す物はどうしたら?」



「頂くだけ頂いて力を大きくし、いざ那須が困った時に力をお貸しなされば良いのです、五分と五分とはそれで良いのです」



饗宴の準備が整い両家重臣達による祝いの宴が始まった、正太郎一行の中に佐竹義重がいると聞き佐野から是非話したいと要望され上座に呼ばれた義重であった。



「佐竹殿お初にお目にかかる佐野家当主の佐野昌綱です、つい先頃まで大国であった佐竹殿に失礼ながら是非をお聞きしたく声をかけ申した」



「某でよければ何なりとお聞きください」



「それでは遠慮なくお聞き致す、今は那須家に従臣されておりますが、佐竹家と那須で何が違いますか?」



「痛い所をお聞きしますな、一言で言えばこれまで何もしてこなかったのが佐竹であり、常に何かしているのが那須と言う事でしょう」



「何もしてこなかったとはどの様な意味ですか?」



「我ら佐竹は先祖代々戦だけしておったのです、戦で領地を広げれば富むと理解しておりました、戦で勝ち領地を広げ、広げた所より富を得る事をしていたのです、しかし、那須は全く違っておりました」



「那須は戦で領地を得ておらなくても領内を富む政を民の為にしております、民が富む、それが自然と家が富む事に繋がっております、今は大国となり新たに得た領内も以前とは比べ物にならない富を領民は得ております、ですから佐竹は何もしていなかったと言えるのです」



「深い話ですね、では那須に仕える事になり反感や嫌悪などはありますか?」



「最初の数ヶ月は己の不甲斐なさに恥入っておりました、しかし、那須正太郎殿が行う政に驚き、我ら武将が家を持つ者が本来すべき事を教わり目が覚めました、今はその一員になれた事に誇りを持っております」



「ふー感嘆するお話しですね、では佐竹殿から見てこの佐野家は此度の件でどの様な振る舞いが正しいと思われますか?」



「かの正太郎が行う政を何処までも真似模倣しついて行く事をお勧め致します、決して恥ずかしい事ではありませぬ、むしろ堂々と真似るが宜しいかと、正太郎殿の政は律令にも近く、その目は何年も先を見ております、北条家も小田家も皆正太郎殿に臣従するかの如く学んでおります」



「なんとそれ程とは、当家は北条家とも何度も争っております、関東の地を全て領地にするべく戦っておりました、その北条が静かにしておるのは那須の力なのですか?」



「その通りです、あの北条がです、上杉家とも和睦したのも正太郎殿のご助言です、関東は那須を中心に動いております」



「我らは五分と五分の誼という大それた要求を! それでは先程は恐れ多い事をしたかも知れませんね」



「その様な事に拘っておらぬでしょう、正太郎殿は心から喜んでいると思われる、その様な嫡子殿であります、我らの物差しでは長さが足りませぬ」



「いや、ご教授ありがとうございました、佐竹殿これより当家の事よろしく教導願います」



宴を行う中、幕臣の和田、元佐竹家の当主、配下の歴々を従える嫡子に改めて驚く佐野昌綱、そこへ正太郎が佐野殿に。



「佐野殿当家の秘伝の菓子を紹介致す、奥方と侍女達の分も作り申した後ほど食しましょう、それと今より囲炉裏を用意します、組み立て式の囲炉裏です、皆様にて少し高価ではありますが椎茸の炙りを用意しますのでお待ち下さい」


目配りをし組み立て式の囲炉裏をくり手際よく椎茸を炙り醤油を塗り配られた。



「この様な高価な物を用意頂くとは、それにこれを食べて宜しいのか?」



「ささ皆様方もがぶりとやって下され、がぶりと口の中に入れて下され」



椎茸を1人で食べれる事に歓声が、盛り上がる宴・・暫し沈黙の時が流れる。



「これは美味い、酒が進む、香ばしく何とも言えぬ触感、これは参りました」



「まだまだありますぞ、遠慮のう頂いて下され、余りましたら置いて行きます」



宴も三時間ほど行い最後に『那須プリン』を出した。



「これは我が母上が名付けた菓子『那須プリン』です、同盟をした家にしか教えておりませぬ、作り方は賄い方に伝えておきました、堪能して見て下され」



佐野家重臣一同思考が停止する事になった『那須プリン』であった。



この夜は城に止まり翌日朝餉の後に帰還した正太郎達、城に帰れば頭の痛い会津蘆名が待ち受けている。



「父上無事に役目を果たして来ました、佐野の皆様も喜んでおりました、こちらが父上宛てに預かりました文になります」



「うむ分かったご苦労であった、儂が文を読む間、正太郎はこの報告書読んでいてくれ、頭が痛くなり参っておった」



「何々・・・ちょっ、なにこれ・・・どうすんのこれ本当に?・・・」



書かれていた調査報告には会津の凶作は前代未聞の大凶作と書かれていた、実り高は本来24万石であるが半分の12万石程度であろう、八月に天候が回復しない場合さらに悪化が予想されると書かれていた、蘆名家では縁戚を頼れる者は侍であっても頼る様に通達され、奥州一円に渡り米を買い付ける部隊を派遣したとの事である。



 声が裏返り叫ぶ正太郎。



「父上~これは・・・これは・・とんでもない事になります、もう八月です、那須の備蓄だけでは足りませぬ・・・・」



「判っておる・・・しかしどうすれば良いというのだ? お手上げであるぞ」



「半兵衛なにか策は無いか?」



「そんな虫の良い策など・・・・」



「別に米など無くても・・・ぶつぶつ・・・」



「なんだ梅、米がどうした?」



「何も米で無くても芋でも良いのでは?」



「はっ? なんの事だ?」



「ですから凶作なので米だけでなく芋ならまだ間に合います、確かサツマイモなら120日程で食べれます、今から苗を植えても12月頭に出来ます、米が無ければ芋を食べればいいのです」



「おっ~ひょ~なんと、梅でかしたぞ、それだ米だけに頼らず芋なら間に合う、芋も各農家で大量に保存している、それだ、父上芋です、芋を作りましょう」



「梅本当か120日程で出来るのか? はい、家の畑でも作っております」



「よし七家に急ぎ通達じゃ、蘆名で予想より大飢饉である、サツマイモを大量に農民に植えさせよ、那須領内全てに触れを出すのじゃ!」



会津では1月~6月まで長雨となり、崖崩れ、川の氾濫、猪苗代湖の越水など一大名で対処できる災害では無かった、田畑は荒れ、作物が実らず牛馬も餓死し、多くの者が死に直面していた。



そこで正太郎は緊急に蘆名の代官松本に那須に縁がある者は縁者を一族を引き連れて避難する様に領内の農民等に通達させ、受け入れる那須の縁者は避難する者達の食料を提供、宿泊する寝床が足りぬ場合は村にて対応する様に行った、これでも救える命は1000~2000程度であろうと考え、急ぎ和田を蘆名に派遣したのである。



「某幕臣の和田である、那須にて客将として今は身を寄せている、蘆名家会津領にて凶作とお聞きしております、3年連続の凶事心中お心を察し致します、そこで昨年に引き続き那須にて見殺しには出来ぬとの事で某、役目を仰せ仕りました、実際の所包み隠さずどのような仕儀になっておりますか、お教え願いたい」



「お恥ずかしい限りです、現当主蘆名盛興はご存じの通り酒毒にて政出来ず某が盛氏が差配しております、お察しの通り3年連続の凶作、特に今年は経験した事のない悪作で御座います、各地に米を買い出しを行っておりますが、なんとか見込める量は1万石となります、備蓄米の供出も八月で無くなります、蘆名24万石は風前の灯かも知れませぬ、万策尽きております」



「では幾つか確認致します、備蓄は八月まではあるという事ですね、九月下旬から収穫時期になりますが、その時の見込みはどれ程になりますか?」



「恐ろしい程の悪作にて見込めまする石高は約14万石程でしょう、場合によっては12万石程度かも知れませぬ」



「では実際に領民全てが食べて行ける石高は実際の所どの位でしょうか?」



「詳細の事は某松本がお答え致します」



「某松本がお答え致します、実際に必要な量は、約21万石になります」



「という事は21万石から仮に12万石しか取れなかったと考え、一万石は手当出来たとの事なので、最大で10万石が必要という事で宜しいでしょうか?」



「はいその通りになります」



「とてつもない量になりますね、それだけの大量が米が用意出来ぬ場合、蘆名は滅びますね、民が一揆を起し、城も何もかもが襲われ破壊され領民の多くが餓死致す事になります」



「蘆名盛氏殿何か他に頼る手だて又は策がありますか?」



「お恥ずかしい限りです、最早考えつく事致しました、後は諸天に祈るだけしかありませぬ」



「そうですか、では某から一言宜しいですか?」



「失礼ですが蘆名盛氏殿の後を継がれた現当主の盛興殿では仮にこの難局を乗り越えても蘆名は滅びの道に向かわれる事でしょう、盛氏殿には他に御子息は無く家を守るに婿養子を迎えるしか無く盛氏殿には姫もおりませぬ」



「そこでこれから話す事は私の勝手な意見です、那須の意見ではありませぬ、名門蘆名を残す為に盛氏殿が那須家の次男竹太郎殿を養子として迎えたら如何でしょうか? さすれば那須家はこの難局をお家全体で支えるのでは無いかと思われます、但しこの話那須でお断りするかも知れませぬ、事が上手く運べば蘆名に取って大きい後ろ盾が出来る事になります」



「その様な事考えた事は御座りませぬが、息盛興の所業にはもはや誰も付き従う者はおりませぬ、何れ養子を迎えるしかないとは思案しておりましたが、果たして那須殿に応じて頂けるか?」



「某脈はあると思うております、次男の竹太郎殿は確か7才です、ですから元服までは親元の那須で、元服した後養子とし、それから蘆名家で信頼できる親族衆の姫と婚を結ぶのです、そうすれば親族衆も安心され、何より大国の那須家から養子を得たとなれば伊達であろうが誰であろうが手が出せなくなります」



「それとこの話が纏まれば先に諸国に伝わる様に手を打つのです、伝わった時点で他家は蘆名家に対し伊達家に遠慮せずに米を売る事が出来るでしょう」



「それともう一つ既に那須の嫡子正太郎殿は蘆名の領民を1人でも多く救える様に飢饉に強い芋を領内で植え付けをしております、その芋を供出するお考えです、その様な那須の家です、礼儀を持って臨めば養子の件、事が運ぶと考えます」



「そこまで和田殿が言われていますなら間違いないかと思われます、宜しければ和田殿から資胤様に打診頂け無いでしょうか? 話しが進むようでしたら失礼の無いように某が資胤殿の前に伺います、どうかお願い致します」



「判り申した、では先ず緊急の米1万石を融通致します、烏山城に荷駄隊を向けて下さい、養子の件は某に一任下さい」



「では松本殿荷駄隊手配頼みましたぞ!」



「はっははー」






幕臣の和田さん優秀なんですけど、流石歴史に名を残した方です。

次章「猿が来た」になります。

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