猿が来た


軍師玲子が椅子に座り一人ブツブツ何やらモゴモゴしていた。


あ~玲子さん、又何か食べてる、さっき晩御飯食べたばかりなのに・・・・


婚約してから結婚式までに3キロ太り結婚指輪が入らなかった玲子、指輪を直したものの、最近指輪が取れなくなって大騒ぎした玲子、結婚後も3キロ太り体型が横に広がった玲子。



そろそろあのフルーツサンドをなんとかしないとパンダ玲子になりそうだ、それも気が強いパンダ玲子が誕生してしまう。



「えっ、洋一さん何か言った?」



「いや何も言って無いよ(ついに心の声まで伝わるのか(笑)」



「そっかー、ちょっとこれこないだの川越の石の蔵を掃除した時に見つけた書類が入ってた箱の中にあったの、大切に袱紗ふくさに包まれていて花押が最後に書いてあるから今成家の宝だと思うから、書かれている文字を調べてやっと判読して意味が判明したの、これ知っていた? 家族から聞いていた?」



「袱紗に包まれた花押の手紙ですか? 今初めて聞きました」




「そっかー昔の崩した走り文字だから中々判読出来なかったけど、先祖の禄が記してあるの」



「こう書かれているの、あて名は御馬廻衆 宇野源十郎殿 俸禄200貫465文 知行地を武蔵国川越筋今成とする 年号が永禄2と書かれているの、花押が北条氏康なの、これって凄い発見よ!」



「私の家にも伝わっているけど今成という先祖の武将は御馬廻をしていたという話が代々言い伝えられているの、確か洋一さんの家でも以前言っていたわよね、その証拠の書面がこれなのよ、それも永禄2年だから1559年だね、私の以前の調査でも今成は御馬廻役だと伝わった今成家は多いの、そしてこの書かれた大元の書面が国会図書館に保存されていたの!!」



「その貴重な資料の名前は北条家分限帳、別名小田原衆所領役帳と言われている書物があったの、表紙と裏紙併せて74枚の書物として国会図書館のデジタル図書館で公開されているの」(※本当の事です!)



「でもさっき宛名が宇野源十郎という人になっていると、直接今成宛では無いのですか?」



「それはこの時代活躍した褒美や恩賞で頂いた知行地の名前と関係するの、ここに書かれた知行地は武蔵国川越筋今成という場所、知行地を頂いた宇野さんは宇野家の嫡子では無い可能性があるの、但し凄い活躍したから、凄い褒美の知行地を頂いた、その場所が武蔵国川越筋今成という地名になるという訳、宇野家の嫡子では無い宇野さんは知行地を得た事で、この川越で分家を創設した、地名から名を取って今成という家を興した最初の人と言えると思う、一応まだ仮定の話としておくけど名を変える場合に武家では知行地の名前を使用する場合が多いの」



「そしてこの知行地の今成って名前なんだけど、今成という名前の意味に関係があって、今と成るの二文字でしょう、二つの意味は今は、それこそ新しいとか、最新とかの意味合いで、成るは、出来たばかり、誕生したばかりという意味で、全国に今成という名前が存在していてそれらの意味は今新しく出来た村、誕生したばかりの村という意味なの、又は今~が誕生した〇〇という名前だったり、今作られた橋の名前だったり、時には今新しく発見した古墳の名前だったりするの」



「さらに調べて見たら宇野源十郎さんの俸禄200貫465文って書いてあるけど、これは知行地から得られる石高よ、この分限帖に記載されている人数は足軽とか下級武士は含まれていない、北条家に取って大切な役職ある忠臣の人達560名が書かれているの、その中で49目の禄高よ、御馬廻役の中では9番目、そしてこの川越を任されている河越衆のトップは大道寺周勝って城代で1212貫157文なの、この分限帖には河越衆という表現で書かれていて、実際に川越を支配し政をしている人達なのよ! その中に宇野さんがいるの!!」



「この宇野さんの200貫465文は、1文を100円で考えると簡単に言えば20,046,500円になる、貨幣経済が整っていない時代だからこの2000万円は現代の5倍以上は価値があると言える、それだけ何らかの活躍をしたと言えるの、それともう一つ、分限帖に御馬廻役の人が沢山いるけど、一番低いは5貫文よ、如何にこの200貫文という禄が凄い報酬だと言えるのよ」



「河越衆の中で宇野さんは5番目よ、5番目の位置にいる人が今成の先祖なの、川越に今成館があった事を証明する地位にいたの、もう一つこの武蔵の古地図を見て、川越の中心地真横に今成村が大きく表示されているの、川越市の歴史資料にも今成が真横に表示されているの、川越市のど真ん中よ、そこが私達の先祖発祥の村で間違いない証拠が洋一さんの家の蔵にあったの!!」



「この資料はどう表現していいか判らないけど今成家に取って隠されていた部分が表に出たという事でしょうか? それと玲子さん達の明和の今成家と何かしらの繋がりがあるという事でしょうか?」



「まだそこまでは確証出来ないけど、これは大きな一歩と言えると思う、紛れもなく今成家は北条家と大きな縁があったと断言出来る証拠よ、明和の今成家に伝わる先祖が御馬廻役だったとの言い伝えはこれで証明されたかな!?」



「歴史を辿るって面白いでしょう? 人のミイラや恐竜の化石に例える人がいて、生きていた年代、食べていた食物、あらゆる角度から鑑定して当時の状況を読み取りどんな生活をしていたかを探り当てるの、今では人のミイラや化石だと顔の復元まで出来るのよ、宇野さんの骸骨があれば今成の先祖を復元出来るの、洋一さんに似てるかもよ」



「復元されると困るので安らかに眠って頂いた方が安心しますね、玲子さんの話ではまだ今成家がどうして那須と関係があるのかまだそこは不明なのですね?」



「あっははは、全然そこまで辿り着いてないよ、やっとこの見つけた書面で北条家の配下であり御馬廻役だった事が判明しただけ、予想はしていたけど証拠は無かったから今回確信が持てたという所だよ」



「でも凄い前進ですよ今成家の歴史が開かれた訳だし、扉が開きました、不思議な感じがしますね」



「そうだね、後、正太郎の那須に使者が来ると言っていたね、猿が来るんでしょ、用心した方がいいから馬鹿丁寧に上げ膳据え膳で猿を煽てて持ち上げ帰らせた方が良いかも知れないね、猿は危険だよ、信長より余程注意した方がいいと思う、史実と違って織田家には十兵衛がいないから猿の出世は早いと思うわ、人誑し《ひとたらし》の才は右に出る者がいないよ、出世欲も強烈だから本当に危険だと思うよ」




 ── 猿が来た ──



9月中旬突如織田家から使者が来ると先触れの文が来た、那須家と誼を通じたいと書かれていた、使者の名は『木下藤吉郎』と書かれていた。



「父上は病気と称し、絶対に使者に会わぬようにして下さい、この木下なる者、何れ天下人までなる人との事です、野心が強く人を利用し蹴落とす事躊躇わず、人誑しであり、女狂いであり他家の妻であってもお構いなく要求する不埒な者であり要注意人物との事です、何れ敵対する可能性があるやも知れぬとの事です、ここは重臣の大関、大田原、福原と某の配下にて対応致します、何があっても出てはなりませぬ」



「儂は一度だけ信長に会っている、その時はまだ尾張を平定しておらぬ時であったが、あの者より危険だと言うのか、その様な奴は追い返しても良いのだぞ!」



「それはなりませぬ、向こうから来るのです、それを利用してこそ益になります、ここは元服前の立場を利用し、こちらが木下なる者を誑かします、当主の立場では荷が重い役目になります」



「うむ判った、ではこれより病になるゆえ、公家を寄こしてくれ、話し相手がおらぬと時間を持て余す」


「では公家の錦小路殿と半兵衛を寄こします、半兵衛には不向きな場になりますので」



「では皆の者抜かりなく頼むぞ、我らは役者になったと思え、役者として芝居を打つのじゃ、猿もおだてりゃ木に登るという事じゃ、伴殿宴では女衆を頼む、掌の上で転がしてくれ、よし広間に行くぞ」



小姓が大きい声で『ご使者様お越しになります』と述べ拝礼し、案内役が上座から入る引き戸を開け広間に通した。



藤吉郎は案内されるままに入り驚くのであった、下座先頭に正太郎その後ろに重臣他一同が拝礼し出迎えていた。



「某は使者であり上座に座るなど出来ませぬ、皆様方どうか席を御変わり下され」



「天下第一の武勇のお家、織田様の使者となれば天下第一の使者様であります、どうか上座にお座り下さいませ、我らは謹んで使者様に拝謁致します」



「なんとなんとその様に偶しておられたのですか、では心からの拝礼を受けねば失礼になります、こちらも謹んでお受け致します」


此れまでに使者として他家に行くなど経験豊富な藤吉郎であったが、上座に通され、あたかも自分が殿様として向かい入れられている様であり夢心地の対面であった。



「ご使者様忝けのう御座ります、本日お迎え出来ます事恐悦至極で御座います、当家主資胤は病で臥せっております、私嫡子正太郎がご使者様と拝謁する事になります、些か心持ち荷が重く失礼があるやも知れませぬがどうぞよろしくお願い致します」



「丁寧なる挨拶痛み入り申す、某織田家より使わされました、使者の木下藤吉郎と申します、良しなに願います」



正太郎他一同感嘆の声を上げる(笑)。



「何か驚かれておりますが失礼な事を申しましたか?」



「いえ、皆木下様の名を聞き驚かれているのです」



「えっ、? どういう事でしょうか?」



「はい、この那須には木下様の武勇が届いております、商人から伝えられお聞きしております、美濃平定の第一の功労者であり、墨俣という敵の城近くに一夜にて城を作りし大英雄と伝わっております、かの中華に天下第一の孔明でも無しえなかった策を用い城を作られたお人であると伝わっております」



既にこの時点で藤吉郎の心は感動で一杯であった、この様な僻地に自分の名声が届いているなど感無量であり有頂天になっていた。



「そのような話が既に那須に伝わっておりましたか、確かに私が行った策にて城を築き美濃平定が出来ました、皆様に知られているとは恐縮です」



「して此度のお役目はどのようなお話で御座いましょうか?」



「そうであった、肝心な事を忘れておりました、では使者の口上をお伝え致す、織田家は美濃平定により大きい大国となりました、世は戦国の世であり荒れております、平穏なる世を作る為に貴家の力をお貸し願いたい、明年足利家故将軍義輝様の弟君を将軍に据えるべく、弟君を頭し諸将と共に京に上り凱旋を行う事に致します、是非那須家の参集を願って使者として参りました」



「はっ、はあー、永禄の変にて将軍が三好に亡き者にされ都は荒れていると聞いております、織田様のお考えまさに天の采配かと感銘致しました、流石天下第一のお武家様です、我ら那須は時が来ましたら真先に駆けつけ織田様膝下に集いましょう、皆の者拝礼せよ」



「はっ、はあー!」



那須の者達が拝礼する姿に感動し目頭を熱くする藤吉郎。



「那須の心意気この木下藤吉郎確かに受け取りました、共に安寧の世を築きましょうぞ!」



「木下様、これより皆様を歓待すべく宴を開く事お許し頂けますか?」



「歓待までして頂けるとは光栄で御座います、是非誼を深めましょうぞ」



「では皆の者織田家の皆様と共に安寧の世を築きましょうぞ」



「おぅー!」




こうして木下藤吉郎一行を歓待する正太郎達であった。



「では木下様がお待ちである、女衆を呼び入れろ」



下座奥の戸が開き10名の女衆が広間に入り伴殿が藤吉郎の前に進み、この度はお初にお目にかかります、天下の英雄木下様にお会い出来る事女衆の誉で御座います、綺麗処を用意致しました、皆さま楽しく宴をお楽しみ下さい、と頭を下げ、目配りし藤吉郎の左右に若い女子くの一を侍らせ、他の者達の元にもそれぞれが横に座り酌を注ぎ歓待の持て成し、もはや藤吉郎は使者の威厳も無く、鼻の下を伸ばし、ヘラヘラとだらしない顔で酒を飲み、あっという間にちょっかいを出す下郎となっていた。



「正太郎殿儂はこの日の事を忘れません、この様に歓待を受けたは初めてになります、感無量です、この世の春が訪れ申した」



女衆が注ぐ酒には早く酔いが回る様に薬が入っており、一刻もしない内に藤吉郎達は眠ってしまい、寝床に運ばれた。



「皆の者よくやってくれた、これにて芝居は終わりである、朝まで起きぬであろう、明日になっても夢心地で気分よく帰られるであろう、伴殿助かりました」



「簡単な事でした、鼻の下を伸ばし、あれが我が旦那でありましたら妾に殺されているでしょう(笑)、楽しい一時でした」



「天狗殿聞きましたか、殺されずに良かったですね、あっはははは」



「しかしここまで持ち上げるとは、又来るかも知れませぬぞ」



「あっははは、それは困るのう、今度は小田殿に役目を変わって頂きましょうか?」



「小田家には鬼の真壁殿がおります、簀巻きにされ浦に流れるかと思われます(笑)」



「まあー来たら来たで遊んであげれば良い、皆の者お疲れであった」





今成の先祖が判明という事でしょうか?

よくたどり着けました、色々な資料を探さないと無理な話です、関心しました。

次章「蘆名臣従」になります。

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