交易


── 資晴館 ──




「若様この内海側の日本海という陸沿いに交易の船を出す場合停泊する港が多く一隻ではとてもまかない切れませぬ、最低で三隻の船が必要となります、それも操船する者が定期的に帰還する事を考えればその倍の六隻は必要です」



「六隻で最低なのか、ではやや余裕を見て八隻は必要であるな、四隻が交易を行い、四隻が戻り交代で交易に出るという事か」



「若様某の説明不足でした、先程は最低と言ういい方でしたが、最低の数で交易船が各港に停泊出来るのは四カ月に一度位です、本来であれば月に一度は訪れたいと思います、ですから将来的には最低の船数の四倍は必要となります」



「えっ、四倍と言う事は16隻が運行しており、16隻が交代する船という事か?」



「ええ、最初は四カ月に一度でも良いですが、全部で32隻が必要となります」



「それも日本海側だけの交易船となります、この地図に書かれておる外洋は含まれておりませぬ」



「ちょっとまて、そうなると全部で64隻の倍が必要となるのか?」



「その通りとなります、一隻の船で停泊出来る港は2~3です、品物によっては2港位かと、交易でありますので仕入れと売りを行いますので一度停泊すると10日程は留まる必要になります、そうなればやはり2~3の港にしか行けませぬ」



「半兵衛の言う通りじゃ、それでは時間ばかり掛かり荷が腐る場合もあるぞ、どうすれば良いかのう」



「半兵衛殿、この地図の佐渡を中継地とし、大量の荷を蔵にいれ、ここから日本海側へ運行致せばどうであろうか、那須の大津、高萩、久慈の港に来てから運行するは時間の無駄である、蝦夷からこの佐渡の島に陸揚げし、そこから必要な物を運び、仕入れた物も佐渡にいったん置き、必要な品を那須に運ぶではどうであろうか?」



「十兵衛殿はこの島を大きい倉庫と見立てておるのですね、島を拠点とする事が出来れば確かに運行が楽になります、海が荒れた時にも避難出来ます」



「この島はあれかのう管領殿の島であろうか?」



「さあどうでありますか、管領様の国に近いですから、どちらにしても管領様の協力は必要となりますね」



「一応儂の烏帽子親ではあるが、苦手でのう、どう説明すれば利用するお許しが頂けるかのう」



「・・・・・?! 若様管領様の家の特産品である青苧を交易の品として扱いましょう、全国の港に売ると申せば莫大な資金が管領様にも入ります、如何でしょうか?」



「恩を売り、場所を借りるのだな、それなら借りを作らなくて済む話であるな、それは良い案じゃ、ここは烏帽子親の力を借りてみるか!」



「問題は船で御座りますな、小田様と北条様で500石船、1000石船を造っておりますが、大津での造船はどうなっておるのか、最近幸地から何も文が来ておらんがどうなっておるのかのう、誰か知っておるか?」



「幸地殿も大津で300石と500石を造っておりますぞ、船大工達も200名おり、他の者達数百名が港の護岸を広げております、小田家と同じく1000石船が造れるように造船所を作っておりますぞ」



「そうであったか、暫く浜に行っておらぬ、来春の小田彦太郎殿の元服式に儂も行くのでその帰りに行って見ようでは無いか、彦太郎殿の話では3000石の船を間に合う様に造っていると文が届いた、500石でも大きいと思ったが3000石とはどんな船であろうかのう」



「三家の帆船は船板が二重になっており、和船より一回り大きい船です、3000石ともなれば城の様に巨大な船かも知れませんぞ!」



「海に浮かぶ城であるか、彦太郎殿も凄い事をやるのう、船を造る造船の館が今では八つあるそうな、外から見ると巨大な倉庫に見えるそうよ!」



「雨風を防ぎ造りますから相当大きい物なのでしょうね」



資晴達が交易について話している所に武田太郎が泣きそうな顔で訪れた。



「どうした太郎殿、何処か痛いのか?」



「些か込み入っており、胸が痛く若の顔を見に来ました」



二刻程前太郎は妻の嶺松院に家を追い出された、夫婦喧嘩と言えば喧嘩であるが、別名家出ともいう。



「なにゆえ認めぬのですか、母上様の幸せを願わないのですか? いつからその様な不幸者になったのですか、何故認めぬのか理由をはっきりと言うて下され」



「儂はこれまで母上の幸せを誰よりも願うておる、それなのに何故じゃ、どうしてなのじゃ、相手は儂の傅役であるぞ、どうしてこうなったのじゃ!」



「え~い、煩い、認めぬとあらば家から出て行くが良い、妾が母上様をお守り致す、もう太郎殿とは離縁じゃ、どこかに行くが良い」



「という訳で御座います」



「なんの話だ? 太郎大丈夫か、話が省略されておるぞ、余程動揺していると見える、十兵衛お茶でも飲ませて落ち着かせろ、太郎の様子が変じゃ!」



「なにやら高林の館で一大事があった模様です、最近飯富殿も見かけませぬ!」



「おおおおぶ・・飯富が・・・飯富の馬鹿野郎!」



「どうしたのじゃ、飯富殿の身に何かあったのか?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・という訳でございます!!」



一同大笑いとなる。



「あっはははははは、あっはははははは、ダメだ、あっははははははは、腹が痛い、あっははははは」



「なんと、あっははははは、飯富殿が、あっははははは、太郎のあっははははは、父になるあっはははは」



「すまん、すまん、ダメだ、あっはははははははは、十兵衛、お茶だお茶を、あっははははははは」



「いや~すまんかった、太郎の身になれば笑い事ではないのう、でも笑えてしまう話じゃ、許せ!」



「母上殿は御幾つじゃ」



「今年で50となりました」



「飯富殿は?」



「爺は、67であります」



「恋とは不思議な物よな、皆はどう思う、太郎殿に何か言うてあげよ」



「太郎殿も頭の中では判っておりましょう、三条のお方様は那須に来られてより甲斐にいた頃より生き生きとしておられるのでしょう、太郎殿の館では女主人であり、隠し事もありませぬ、今初めて自由を謳歌しているのでは無いでしょうか、飯富殿も同じです、太郎殿が独り立ちし二人とも謳歌しているのです」



「太郎殿ここはお二人を祝福致しましょう、飯富殿と母上様は良き夫婦となりましょう」



「某、爺を今更父上と呼べませぬ、なんと呼べば・・・・」



「なんだそんな事か、それは勿論、父上じゃ!」



「・・・・・」



「太郎殿よ、ここは男に成れるかどうかである、信虎様もいるでは無いか、信虎様が太郎殿が反対していると聞いたら、張り倒されるぞ、ここは笑っておめでとうございますと言うてこそ武田太郎義信である」



「そうで御座る当主は太郎殿であります、母上殿の側に飯富殿がおれば安心では御座らんか、母上が無い者もおるのだ、贅沢な悩みであるぞ」



「どうやら某の心得違いでありました、皆様の言う通りここはおめでとうございますと言うて来ます、今から戻ります」



「うん、それが良い、さすが太郎じゃ、婚儀では盛大に祝おうでは無いか」



「皆さまありがとう御座いました」



武田太郎の母上、三条のお方と、飯富虎昌がいつしか恋仲となり母より夫婦になると言われ気が動転した太郎であった、三条のお方の中では躑躅ヶ崎館を後にした時に既に信玄とは縁を切りその関係は断たれたと意識されており、飯富虎昌との再婚になんの支障も無いと判断しての夫婦になる話であった。



「いや~驚いた、あんなに笑ってしまった、悪い事をした、ダメだ思い出すと笑いたくなる、噂は聞いておったが本当の話になるとは男と女とは判らん、半兵衛なら今孔明の半兵衛なら判るであろう」



「某もそれどころではありませぬ、あれ以来百合がいじって来ます、あの旗を作り振った事で髷を落とし、落とした髷を懐にしまい、何らかにつけ、又こうなりたいのかと、某をいじめます、他の家に構っている処ではありませぬ」



「・・・・忠義、そちは百合の従妹であろう、何か対策は無い物か?」



「対策はありませぬから半兵衛殿には某の家で寝泊り出来るようにしております」



「どいつもこいつも尻にひかれておって、まあー女子が強いという事は平穏だという事じゃ、きっと半兵衛に甘えたいのじゃ」



そうこうしている内に那須の国では新年を迎えた1572年が開幕した、正月の祝いは比叡山が焼かれた事で縮小となった事を事前に各大名に通達しており、今年は内々で正月を祝う事になり、久しぶりの静かに正月を迎えた。





── 真理姫 ──




すこし遡り木曽谷の木曽義昌の奥方真理姫に又も届け物が。



「ほうこれは又立派な着物と生地が届いた、この木曽には無い品物じゃ、殿方用の生地もあるのか、妾が仕立てて見るか、それと正月用のもち米、蝦夷の昆布と砂糖それに沢山の麦菓子とな、姉上は裕福な北条家へ嫁いでおるから妾にお分けして下さったのじゃ、ありがたい事じゃ、おっ、文が隠れてあった」



蝦夷の昆布は那須家から頂いた品をおす分けしたと書かれておる、遠くの蝦夷と交易しており、北条にも品が入る事になり、これからは時々おす分け致す、それと困りごとがあれば何なりと甘えるが良い、家は違えども我らは姉妹じゃ、妹が姉に甘えるは当然の事である遠慮は要らぬ、中々文を送れず申し訳なかったと書かれていた。


姉からの温かい文に触れ涙する真理姫である、そこへ主人の木曽義昌が訪れ。



「なにを泣いておるのじゃ」



「これをお読み下され!」



「これは・・・・良い姉様であるな、立派な姉上である、お礼の文を書くが良い!」



「はい、この昆布はよい出汁が出るようです汁物に使う様にとの書かれております、賄い方にお渡し下さい、それと殿方の生地が届いておりますので着物を御仕立て致します」



「それは助かる、儂からも文を一筆入れるのでそなたの文の中に入れてくれ」



「えっ、どうしてで御座いますか?」



「そなたは姉妹じゃから問題無いが、儂が直接文を届ければ御屋形様に疑われるかも知れぬ、それにこの城にも(・・御屋形様の忍びがいるやも知れぬ)余計な疑いをされても困る、だからじゃ」



「そういう事でしたか、判りました」



「武田の家と北条殿との同盟が手切れとなりましたから男のお方達は何かと難しいのですね、女子には解らぬ話です、早く元の様に仲ようなれば良いですね」



「儂もそう願うておるが、こればかりは相手もおり御屋形様も難儀しておるのであろう、我が木曽の者はこの街道を守るが主命の家であるから戦には駆り出されなくて済んでおるが、守り支えるというのも大変な事なのじゃぞ、しかし、文と品が届き良かったのう」



「ほんに嬉しい事です、姉上に会いとう御座います」



「はやく平穏な国になるのを待つしかあるまいかのう」



「戦が憎う御座います」



「儂も同じだ!」



その後、北条家から数ヶ月に一度届く品と文は真理姫を支える貴重な品となった、届く度に主人である義昌も配慮が行き届く姉上でありそれを許している北条家に親近感を徐々に湧く事に。




── 来客 ──




正月も終え月の半ばを過ぎた頃に先触が届く、そこに書かれていた内容は伊達家が疱瘡での那須資晴殿が医師を派遣した事で手遅れとならず嫡子梵天丸が回復した事へのお礼に伺うという文であった。


父でもあり、当主でもある伊達輝宗はどうやって嫡子が罹患した事を知ったのか、それを突き止めねば危険であるという理由も奥底に秘めての来訪であった、それは当然と言える。



「此度は、梵天丸が疱瘡に罹患した際に医師を派遣下さり本当に助かりました、この伊達輝宗感謝申し上げ致します」



「良かったで御座いますのう、手遅れにならず、疱瘡は命に係わる病です、今当家でもかからぬ様に医師達が賢明に事前治療にあたっております」



「当家に医師と使者として千本義隆殿が来られ、那須の家では罹患しないための治療方法を行って来たと申しておりました、本当にその様な方法があるので御座いますか?」



「その事はこの資晴と医師の錦小路殿という日ノ本一の医道を極めた二人で時間をかけ編み出した方法なのです、罹患する予防の方法なので本来は罹患する前の正しい処置が必要です」



「本当の事で御座いましたか、資晴様その節は本当にありがとうございました」



「その様に頭を下げる必要はありませぬ、当然の事をしたまでに御座います、疱瘡は病であり、祟りなどではありませぬ、赤い布をぶら下げ厄除けしても効果はありませぬ、病であれば病と受け止めこの日ノ本一の医師と知恵を絞り予防方法を見つけたのです、那須の国では今それを順次行っております、領民全てに施す予定であります」



「民、百姓にも施すので御座いますか?」



「当然の事に御座います、那須の家では国という字は『くにがまえにの中に民という漢字であます囻』を使用しております、ですから那須囻になります、民があって国と成すのです、広義から言えば我ら那須の者という言い方をすれば民も全て含まれます」



「囻で御座いますか? それは新たに造られた字でありましょうか?」



「さあどうで御座いましょうか、くにがまえの中に何の文字を入れるかで政も変わります、玉の文字を入れればその土地を治める王の国となりましょう、しかし、それでは王の為の政が中心となり今の戦乱の世が又も再現されましょう、では民という文字に入れ替えたらどうなるでしょう、それが答えであります、それが那須という囻なのです」



14才という年の嫡子に28才の青年当主伊達輝宗は驚いていた、すらすらと語られる政の基本となる考え方に、初めて聞く話であるが、思慮して考えれば行き着く答えでありその聡明な話に、これは那須の家についてもっと深く知る必要を感じていた。



「これは嫡子殿に良い事を教えて頂いた、資胤様はお子に恵まれております、那須の家は安泰で御座いますな!」



「お褒め預かり恐縮です、今夜はゆっくりと歓談致しましょう、この正月は昨年の叡山の焼き討ちがあり祝いを自重しておりました、正月も開けました、些かそろそろ飲みたい時でありました、某にお付き合い下され」



「はっははは、それは良い時に来ました、今宵は楽しい一時と致しましょう、ではお言葉に甘えてお世話になり申す」



伊達家の当主が来客として来た事であり護衛の者も多く、城中の歓迎の間にて城にいる重臣達も参加しての饗応となった。


歓談の中、何度か、疱瘡を知り得た理由を聞き出そうとする輝宗であるが、仕方なく資晴が明日朝餉の後に少しお時間を頂き歓談致しましょうとなり、饗応の場では何も語らずに終えた。


翌日朝餉を終え、伊達輝宗と二人だけの対談が勝負が始まった。



「伊達様此度のご訪問の真の目的は疱瘡でありますな、それもなにゆえ嫡子梵天丸様が罹患した事を知り得たのかでありますね」



いきなり本題に入る資晴の気迫に圧されるも冷静に答える輝宗。



「その節は本当に助かり申した、資晴殿が言われた事は当主であれば知らぬまま過ごす事は出来ませぬ、是非知り得た理由を教えて頂きたい」



「判り申した、疱瘡の予防治療を確立した話を昨日説明致しましたが、最初の誰の為にという話の中で囻についても説明しましたが、その中に、最初から伊達家の嫡子梵天丸様の治療を行う事が前提で那須家の医師と総力をあげ確立したのです、梵天丸様が疱瘡に罹患する事を私は既に一年も前から知っておりました」



「・・・・・・・・・・」



「勿論その治療方法は那須の民にも施しております、驚かれたかと思いますが、最初から梵天丸様を救う為に始めた事も大きい理由であります」




既に言葉を失う輝宗。



「何故梵天丸様が罹患するのかを知っているのか? ここが重要な話かと、一番聞きたい処であろうかと思いますが、これは言えぬのです、説明するには特別な条件が必要なのです、申し訳御座りませんが伊達家に何か策を持って梵天丸様を治療した訳では無い事だけ信じて下さい、今はそれだけして説明出来ませぬ」



「失礼ですが、その特別な条件とはなんでありましょうか?」



「気を悪くされないで頂きたいのですが、条件とは当家に臣従する事になります」



「秘密とはその様な大それた事がないと聞けぬのですか?」



「怒られるのは同然です、しかし、この秘密を聞き、蘆名殿、上野の長野殿、佐野殿も皆納得し臣従となりました、今はあれ程戦で血を流した佐竹義重殿も納得し臣従をして頂いております、那須の家はそれ程大きい特別な条件を持ち合わせているのです、そのお陰で那須一国で150万石を超える家となりました、ほぼ戦をせずに僅か数年でなり申した」



「それともう一つ、我が那須家は常陸の小田様、小田原の北条様と不戦の約定を交わし同盟以上の関係を作っております、その三家の石高は500万石を超えております、その全てがその特別な条件の下で巨大な国づくりを今進めている処なのです、それ程の秘事でありますので明かすには臣従が条件となるのです、ご理解下さいます様願います」



「申し訳御座らん、余りにも大きい話ゆえ、頭が回りませぬ、回りませぬが、我が伊達家は那須家と抗う時がありましょうや?」



「那須と伊達家が争う理由はこちらにはありませぬ、伊達殿の思うが儘であります、無益な戦は無用で御座る、戦で領地を広げ、安寧の道を探るは下の下の策であり、結局は身を亡ぼす策となりましょう」





いや~飯富殿が三条のお方様と再婚する展開に書いていながら笑ってしまいました、オリジナル作品なのでついつい作中に入れてしまいました、気分を悪くしたお許し下さい。

次章「海軍創設」になります。

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