家康


── 家康 ──




遠江の国、引馬の城までが徳川の領地10万石、引馬から掛川の手前袋井の久野城までの領地10万石が武田が支配する事で決着が付いた形ではあるが、隣に武田が来た事で徳川家では家全体が落ち着かず、何れ武田が攻めて来るという事が公然と囁かれていた。


当主の家康を始め重臣も武田家が侵攻して来ると確信を持ち、対応に迫られていた。

尚、引馬城は名が改められ浜松城と名を変えている。



徳川家評定。



「皆の意見を聞きたい、如何にすべきと思う」



「では、先程殿が言われました武田が攻め入る事は明白であり、油断は出来ませぬ、この浜松と岡崎の城を徹底的に防備を固め耐えるしかありませぬ、武田の兵は農兵も多く、田植えと収穫の時には引き上げます、攻められる際に半年持ちこたえれば退きます、先ずはしっかりと備え固める時かと」



「某も酒井殿の言われる通りかと思いますが、攻め口の道を今の内に防ぐなどしては如何でしょうか?」



「攻め口の道と言ってものう、何処から来るであろうか?」



「本多正信はいかに思う、攻め口を防ぐ事可能と思うか?」



「無理かと思われます、防いでも数日しか持ちません、武田の軍勢は2万以上です、此方は6000がいい所です、織田様に援軍を頼み半年間耐える方が得策であります」



「某はそのような弱い意見に従えませぬ、敵が来るならこちらも甲斐に攻め込みましょう、乾坤一滴で甲斐の山猿など攻め滅ぼしましょう」



「忠勝は黙っているが良い、猪武者のお主に聞いておらん、今後の策を聞いているのだ」



「ですから、甲斐に攻め込みべきであると某が言っております」



「え~い、煩い、お前は外で槍でも振っているが良い!」



「ではお言葉に甘えて槍を振っております、某の出番が来ましたらお呼び下さい」



「・・・・相変わらず困った奴よ、戦では頼りになるが、それ以外はからっきしよ、忠勝に軍略と言う言葉は無いのだ、あるのは目前の敵を倒すだけよ」



「まあー殿、人には一長一短があります、忠勝の槍は天下逸品です、極めております、それで良しとしましょう、それより如何致しましょうか?」



「先ずは城の防備を固めるは当たり前じゃ、他に策はないのか?」



「では某が一つ、殿は織田様以外にも頭を下げる事が出来ますか? 頭を下げる事が出来るのであれば一つだけ策があります」



「なにを言うか信玄などに頭は下げぬぞ、あのような輩に頭など下げぬ!」



「何も信玄とは言っておりませぬ、信玄などに頭を下げる必要はありませぬ」



「なんと、では誰に頭を下げれば策が見いだせるのだ、正信!」



「ではこう考えて見て下され、敵の敵は味方で御座る、信玄の敵とは又は信玄を敵と思っている御仁は誰でありますか?」



「信玄の敵? 管領殿・・・今川・・・北条?・・・・北条か?」



「そうです、確かに駿河侵攻で武田家と合力して北条家にて戦いましたが、武田は北条にも接しております、考え方を変えれば、北条と我ら徳川に挟まれております、武田にすれば北条は敵です、その敵である北条が動けば、我らは力を得た事になります、如何でしょうか?」



「流石である正信、北条が動けば・・・・負けぬかも知れぬ、隣の武田を追い払う事が出来るやも知れぬ」



「ただ本当に我らと動くであろうか?」



「そうですな、先ずは氏政殿に詫び状を書いて頂き、某が使者として参ります、先ずはそれからになります、但し、武田がいる遠江の地は返す事になりますぞ」



「まあー元々我らの地では無いのだ仕方なかろう、皆の者今の案で行く、我らはしっかり備え城を固めるのじゃ、良いな!」



本多正信が考えた策は北条を動かし徳川が生き延びる策である、遠江の引馬城をえる際に徳川は一度も戦をせずに接収した経緯もあり、武田に比べれば北条への心象も悪くないと判断しての策であった、史実でもこの正信がいたからこそ家を大きく出来たと言う、いわば軍師の本田正信である、その手腕は見事と言えよう。





── 小田原城広間 ──




「よく行けしゃーしゃーと来れたな、我ら北条を舐めておるのか、お主のそっ首を刎ねても良いのだぞ!」



「申し訳御座らん、某の首に価値などありませぬ、ただ此度は北条様に良い話になるのではと足を運びました」



「なんの事やら、まだ戦の決着はついておらぬぞ、今は静観しているだけであるぞ、その気になればいつでも攻め入る事は出来るのだぞ、その上で来たというのか?」



「はい、その通りで御座います、先ずは我らの当主、徳川家康様から北条氏政様へ、詫び状を預かりましたのでご拝読願います」



「何! 詫び状とな、家康が書いた詫び状であるか、見せて見よ!」



「・・・・・・確かに詫び状である、父上、幻庵様、家康からの詫び状になります」



「ほう・・これは面白き文が来た物じゃ、しかしこの幻庵は騙されませぬぞ!」



「この詫び状の代わりに何を求めに来たのだ、はっきりと聞こうでは無いか、申して見よ!」



「ありがとうございます、では、我らの隣には武田がおります、武田は駿河を諦めてはおらず、又、我らの三河も狙っております、どちらが先になるかと思慮すれば、兵数の少ない我ら徳川を狙い、次に掛川を平らげ駿河全土を狙うは明白と考えます」



「そこで徳川が攻撃を受けた際に、武田が支配している遠江の久野城に向け兵を出し、攻めて頂きたいと言う話です、そうなれば我らは武田を挟み挟撃する事が出来ます、遠江より武田を追い払う事が出来ます、如何で御座いましょうか?」



「先頃まで一緒に掛川を攻めておいて、都合の良い話をしに来たようであるな、では遠江から追い出した武田は徳川に向かうぞ、我らは助けぬぞ!」



「それで結構で御座います、北条様は理由の無い戦を今はしておりませぬ、我らも元々理由も無く遠江に攻め入った訳ではありませぬ、理由があった故攻め入り、引馬を得たのです」



「では遠江の引馬を得た理由を聞かせて頂こう」



「氏真様が徳川の多くの質を殺したからです、桶狭間にて義元様が討取られ我らは岡崎の城近くに居り、城にいた今川から来ていた城代までも逃亡し、そこで空となった我らの領地である三河岡崎の城に戻り、領地の城である以上当時は織田家から守るは当然の事です、それなのに三河の質となる者が多く殺されました、実に許せぬゆえ、此度は遠江を侵しました、しかし、我らの気持ちを察して頂き、お田鶴のお方様のお陰でただの一人も殺さずに城に入る事が出来ました、我らは武田とは違いまする」



「ほうまだ気づいておられなかったか、引馬の城に入れたは我ら北条の策からである、お田鶴のお方を救う為よ、引馬の城を与えたのは我ら北条なのよ!」



「えっ・・・なんと申されましたか・・・北条殿の策で我らは引馬を無傷で手に入れたのでありますか?」



「よいか良く聞くが良い、その方が使者に来るという事は頑固者の三河の中で話が出来る者だから来たのであろう、はっきりと徳川殿に伝えるが良い、我らは何年も前から武田が今川を裏切り、我らと手切れになる事を予見し動いていたのだ、そこへ偶然徳川が武田と同盟を組み遠江と駿河を攻める事になり、先ずは無傷で徳川を助けたのよ、だがそれを知らぬとは言え、掛川を後ろから攻めるとは恩知らずもいいとこよ」



「武田はのう元々駿河の次に徳川を最初から襲う気で事を構えていたのよ、それを今頃気づくとは幸せ者よ、氏真は政を習わずに当主となった、家が大きい分始末に負えず、反目する者全てが敵に見えていたのであろう、岡崎を抑えたのであれば真先り我ら北条を頼れば質も殺されず、織田の下僕として使われなくても済んだはずよ、目先が利かぬ家は自滅に向かう」



「良いかもう一度強く言うておく、残念ながら織田に先は無いぞ、もって10年じゃ、その時に今と同じように織田に臣従しておれば、家に危機が訪れるとだけ申しておこう、家が亡くなるかの瀬戸際が訪れる、その間、我ら北条の動きを良く注視しておくのだ、生き残る道を見定める事である」



「それと今回の事であるが、武田が徳川を攻めた時は遠慮なく袋井の久野城まで取り返す、徳川は、浜松を守るが良い」



「氏政様、今、幻庵様が言われた通りなので御座いましょうか? 疑う訳ではありませぬが、些か長い先を見通せた策であり怖くなり申した、本当でしょうか?」



「氏政が答える前に一つだけ儂から教えといておこう、徳川を戦でねじ伏せるは北条にとってそれ程難しい話ではない、しかしあるお方が、徳川を潰すは勿体ないという話であったのだ、徳川の家は、代々が今川と織田にいいように持て遊ばされ今日を迎えている、三河者は頑固であるが律義者である、本来は戦より政に向いた家であり、苦労を背負っても何食わぬ顔で平然としている者多き家であり、太平の世に必要であると我らに教えて下さったのだ、儂からは以上だ」



「やっと儂が話せる番が来たが全部話されてしまった、今日の事を三河の頑固者達と話すが良い、家康にしっかり伝えるのじゃ、道を間違えるなと!」



帰りの道中、今日の話を何度も確認し、進む道について思案する本多正信であった、予想のはるか上の話であり、何年も前から徳川も武田も北条の掌の上で踊っていたと言う事実に鳥肌が立つも、北条家が徳川に向ける目には慈悲の光が見て取れた、織田信長は確かに強き盟主であり今の殿では太刀打ち出来ぬ、しかし北条はそれとは違う別次元の大きな力を持っていると正信は肌で実感した。


10年後と申していたが、何が起きるのであろうか、徳川家の明暗が掛かる出来事と言っていた、道を間違えるなとも言っていた、北条の後に付いて来いという示唆であろうか、それと何者が徳川家を潰すは勿体ないと言う事を伝えた者は・・・何者であろうか? 



軍師玲子は、何故徳川家康が最後天下を取り、徳川幕府を開けたのか、その資格はなんであったのかを見極めていた、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人が歩んだ道の中で一番の違いは行った戦の中身だと判断した、信長も秀吉も自分の都合に合わせいいように戦を行い無駄に多くの者を殺し、人の命を軽く扱った。


それに比べて家康はどうであったか、家康は正直戦下手であり、野戦が得意という評価は後世の歴史家が天下を取った家康を称える中で作られた話であると玲子は判断していた。


特に秀吉が行った政には辟易しており、無駄に贅を尽くし城を作り、力を鼓舞するために愚かな朝鮮出兵などが行われた、これでは日ノ本がダメになると判断し、秀吉が亡くなるのを満を持して時が来るのを待っていた、天下を取ってからの幕府を作り上げる速度は見事であり何年も前から考え仕組みを作り上げた才は見事であると玲子は評価していた。


正信が浜松城に帰還し、北条家と話した内容を全て話し伝えた処、家康は黙り込み、暫く一人になると言って自室に籠ってしまった。


正信から話を聞き、1人震える家康、その姿を隠すので精一杯であったのだ、桶狭間から今の浜松城を得る経緯を振り返り、織田では無く北条に付いていたらどうなっていたのかを考えていた、質も殺されずに済み、三河の地を守り、武田にも怯えず、織田にも気兼ねせずに済んでいたのであろうかと考えていた。




── 氏真 ──



徳川の使者が返り、北条家三人トリオに血相を変えた小者が広間に飛び込み、急ぎ氏真の話が伝えられ、慌てて飛び出す氏康と氏政であった、幻庵はやれやれ、あの馬鹿をどうしたものかと考え、のんびりと歩き出した、あの馬鹿とは氏真である、今川家当主の氏真であった。



(ほぼ初めて登場する氏真、しかし、登場するもいきなり殺されそうな場面に)



「そこへなおれ、私が冥府に送ってやる安心致すが良い、その白塗いの気味の悪いそっ首を落としてやる」



「ひぇーお助けくだしゃい、お助けくだしゃい、悪気があった訳ではございましぇぬ、どうかお静まりくだしゃい、お助けくだしゃい!」



小田原城の離れで庇護されていた今川氏真は徳川の使者が訪れたと聞き、愚かにも徳川の使者を殺そうと登城してきたのだ、そこへ城にいた元引馬女城主の御前であるお田鶴のお方に遭遇してしまった、お田鶴のお方の夫であった、当主の飯尾連龍は氏真の偽計により殺されており敵討ちとして成敗する気で薙刀を持ち、氏真を追いかけていた。



「え~い、それでも今川の当主か、お前に恥は無いのか、逃げておらずその腰にぶら下げている物で立ち向かえ、妾はお主を殺す、我が夫に詫びるが良い!」



「我は蹴鞠しか出来ぬ、刀は苦手じゃ、立ち向かえぬ、ひぇーお助けくだしゃい、お助けくだしゃい」



逃げ回る氏真と追いかけまわるお田鶴のお方、止めようとする小姓達、そこへやっと間一髪で間に合う北条親子により、流石に二人の前で薙刀を振り回す事出来ずに。



「北条様、妾に夫の仇である氏真を討たせて下され!」



「判り申した、お田鶴のお方もこのままでは気が治まらぬでしょう、先ずは薙刀をこちらに、お渡し下さい、それからになります、ここは城中になります、お田鶴のお方の胸中を氏真殿にも聞かせその上で判断致しましょう、氏真殿も宜しいですね!」



「ひぇ、判り申したでおお・・じゃる」



薙刀を渡し、氏真、お田鶴のお方、北条三人トリオで話し合う事に。



「妾はこの愚か者を生かしては亡き殿が浮かばれませぬ、思慮無く多くの者を殺し、挙句今川家まで無くなろうとしております、妾のこの気持ちどうかご理解下さい」



「氏真殿よ、今の話を聞き、お田鶴のお方に何か言う事はありますか?」



「我は配下の者共が示しを付けねば皆が離れると言われ仕方なく処断致したのです、我に責はありませぬ、誤解であります」



「何を言うか、この腐れ者、妾がその首落としてくれる!」



「ひぇー、おおた助を~、北条殿なんとかして下され」



「では氏真殿に聞くが、何しに登城しに来たのだ?」



「そそ・・それは・・徳川の使者が来ていると聞き、裏切者を懲らしめる為にでごしゃる」



「なんとその方は、北条家に来た使者を懲らしめる為に登城したと言うのか? 呆れて物が言えぬ、なんと思慮無き方じゃ、この幻庵もその様なお方を守る事は出来ぬ、この城から追放した方が良い、北条家に災いが及ぶ!」



「ではこの氏康が許す、この様な愚か者は磔じゃ!」



「さあー参ろう、お田鶴よ、この場にいると目が腐る、向こうで茶を入れる、後は氏政に任せよう、幻庵様も行きましょう!」



実にくだらない理由で刃傷沙汰を持ち込もうとした氏真にお灸をすえる為にお田鶴のお方を連れて見放し去ってしまった、残された氏政と氏真。



「如何する氏真殿、そなたの味方はもうおらぬぞ、本当に小田原から去りますか?」



「我はどうすれば良いのでしょうか? 行き先などありませぬ、それとまだ死にとうありませぬ」



「氏真殿の爺様である信虎様の所にでも行かれますか? 今後のご相談をされてはどうでしょうか?」



「今は那須という国に行かれたので御座いますね、その地は安全でしょうか?」



「氏真殿の妹、嶺松院殿もおります、きっとここより安全でありましょう、暫く厄介になり、今後について信虎様と話し合われた方が良いと思われます、それと刀は持たぬ方が良いでしょう、その様に見境なく誰彼を構わずに切ろうとなさるは、修羅の命がどこかに潜んでおります、身を滅ぼします」



「某にもどうしてこうなるのか判りませぬ・・よろしく願います、那須に行き申す」



愚鈍の将と評され、今川家を滅亡に追いやったとされる今川氏真は年の暮れ那須に向かう事になった、奥方の早川殿は共に行かず小田原に残った。

史実では訪れない那須に来る事になった氏真である。





えっ、氏真が那須に来るの? 大丈夫ですかね。三家で持ち回りで面倒見るとか。

次章「交易」になります。

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