那須とアイヌ


ひょんな事から那須に来た若いアイヌ人、ユプ・アエトヨ・セコ(兄のアエトヨ) アク・アエハシ・セヨ(弟のアエハシ)の二人、偶然にも明船を模倣し造られた300石の帆船で二人が住んでいた北海道の根室に向けて出発する事になった、正太郎配下の一豊達一行。



1568年の北海道は道南地域の函館一帯を津軽安東氏と支配下の蠣崎氏にて権力争いの最中であり、道東、道央、道北、道東の一帯はどこの大名も手を付けておらず、支配下にしていなかった、併せて樺太、北方四島、千島列島もどの外国の勢力下におかれてない、先住民であるアイヌが広範囲に住んでいた時代である。



北寒の地、蝦夷北海道にはメイプルシロップの樹液を出すイタヤカエデの木が生えており、砂糖の代わりになるとの情報の元派遣隊を送り出した那須家。



「船長遠くに見えるのがこの地図のむつという所であろうか?」



「え~一豊様あれが本州の終わりむつの半島になります、陸伝えの海岸線で来ておりますので間違いありません、間もなく北側に見えるのが蝦夷になります、蝦夷に近づきまして島伝いに東に向けて進めます」



「思ったより早く進んでいるが風だけではなく潮の流れも味方したのか?」



「どうやらそのようです潮の流れが良かったようです、少し沖に行くとどうなるか分かりませぬ、何かあれば陸側の港に避難出来るように陸伝えで進めて良かったです」



「では今夜は蝦夷のこの地図にあります湾に停泊致します、蝦夷の海は初めてになりますので、そこからは帆を二枚で慎重に進みまする」



「判った、どうであるか間もなく蝦夷の島に近づくぞ、良かったのう、アエトヨ、アエハシよ、父、母はお元気なのか?」



「助、梅、通訳を頼む」



「アチャ ハポ エイワンケ ヤ? (父と母は元気なのか?) 」 



「クイワンケ ワ、 イヤイライケレ (お陰様で元気です) 」



「それは良かった」



「ピりカ(良かった) 」



「明日根室に行く」



「ニサッタ ニイ・モ・オロ」



「ク エヤイコプンテㇰ(嬉しいです) 」



「嬉しいと感謝しています」



「うんうん、梅もやるではないか、立派じゃ」




ここで北海道のアイヌについて少し説明します。



我々日本人と深く関りがあるアイヌ人、日本が朝廷と言う天皇を頂点とした律令を行う前から東日本には多くの蝦夷(えみし、又は、えみ)と呼ばれるアイヌの人達が生活していました、この栃木にもその名残の地名が残っています、栃木の下野という名前になる前、毛という字が使われており毛野と呼ばれていました、その毛はアイヌ由来と関係があるとされています、東北に北に向かえば向かう程アイヌの地名がそのまま現在も使われている所が沢山あります。



福島県の猪苗代湖もその一つと言われています、その地域を大和朝廷に従う地域にする為に東征が行われ、本州に居た蝦夷人(アイヌ人)は北へ北へと移動して行きます、そして今の北海道へ追いやられる事に、当時の北海道は日本の支配地域ではなかった、日本書紀に渡島(渡嶋)と書かており蝦夷(北海道)と言われる様になりました。



そもそも平安時代もそうですが、朝廷の支配地域が東北には確立されていません、罪人を白河から解き放ち島流しと同様な事をしていました。


所説はいろいろとあると思いますが、明らかに、えみし、と呼ばれた文化が栃木も含め東日本にはあり、特に北海道には顕著に地名も含めアイヌ王国だったと言って良いと思います。



北海道の地名で読みにくい漢字はアイヌの地名から来ている所が多く、普通に読めてもアイヌの地名から来ている所が沢山あります。



そのアイヌ人は北海道だけではなく、10世紀~13世紀には樺太の南側半分を既に生活区域にしてます、この事はやがて樺太の半分が日本の領土になる事に繋がります、樺太半分がアイヌの方達のお陰で領土になったと言って良いでしょう。


さらに10世紀~15世紀にかけて、根室から先にある北方領土~千島列島~カムチャッカ半島にまでアイヌの生活圏が広がります。



戦国期の津軽安東氏、蠣崎氏、その後徳川幕府に移行され明治になる訳ですが、どの時代もアイヌ人を利用します、逆らう者には武力で押さえつけます、この事を今の私達は忘れては行けない事だと言えます。



まあー私的な意見も含めて書きましたがアイヌの歴史というワードで検索するといろいろと参考になる資料がヒットしますので関心がある方はどうぞご参照下さい。本文に戻ります。



翌朝根室に向けて出港する一豊達、中間地点の襟裳岬を過ぎてから急に船足が弱くなり進まなくなる事に。



「どうした船長、動かなくなってしまったぞ、先程まで順調だったがどうしたのだ?」



「岬を越えてより潮の流れが進行方向と逆になりまして、風も昼を越えてから弱く動かなくなりました」



「困ったのう、地図を見ると強風が吹いたら逃げ場がないぞ」



「ここに留まるは危険です、残念ですが今朝の場所まで戻ります」



「そうであるな、危険は犯せん、ここまで順調であったのだ、では戻ろう」



潮の流れが襟裳岬を越えてから変化した、千島海流と呼ばれる親潮である、風も弱まり戻る事にした。



ここよりアイヌ語は日本語で表記します。 (限界になりました、お許しください)



「どうして戻ったのですか?(兄、アエトヨ) 」



「風が弱まり潮の流れがこちら側に向かって進まなくなったから一旦戻った」



「それならこの島を目指して進んで下さい、潮の流れに邪魔されません」



「根室と離れてしまうが?」



「この島が見えたら根室に向かえば潮の流れに邪魔されないで根室に到着します」



「なんで潮の流れを知っている?」



「この島に親類がいる、時々漁にも行っている」



彼等の言った島とは色丹島であり小さい島々が根室から続いており、その島伝いに根室に行けば海流に邪魔されないという説明であった。



「成程、では明日はその方法で根室を目指す、今夜は昨日と同じ湾で停泊する」



「一豊様、助が心配している事がある様です」



「どうした助、何を心配しているのじゃ」



「実は某、泳げませぬ、先程彼らは漁をしていると話しました、海のアイヌなれば当然でしょうが、某全く泳げませぬ、水に浸かる事など無いでしょうか?」



「なんだそのような事か、大丈夫だ、儂も泳げぬ、ここにいる者達の多くは泳げぬぞ、船酔いだけはなんとかなる様になったが、そう言えば助は船酔いしておらぬのう?」



「そうですか皆様も泳げぬのですね、安心しました、船酔いは多分大丈夫です、某山中で寝る時に木の太い枝に上り蔓で身体を縛り寝たりしております、太い枝でもそれなりに揺れ動いており、揺れには慣れております」



「ほう、そうであったか、助は何才なのじゃ?」



「某24才で御座います」



「えっ、・・・・・本当か・・・これは参った、お主毛深い故40才位かと思ったぞ、ちと御髪を手入れし、髭を整えて見てはどうか」



「普段は山で生活しておりますので気にしておりませんでした」



「家族はいるのか?」



「父上と母上、それに弟がおります」



「では奥方を迎えてはおらぬのか?」



「中々良い話がありませぬ、機会あれば願っております」



「そうであったか、しかし24とは・・・ (本当は50以上に見えていた一豊であった。他の者達も目を見開いて驚いていた(笑) 」



翌日彼らの言う通り襟裳岬から大きく太平洋側に蝦夷から離れ色丹島を目指す帆船。



「陸側で潮の流れを受け進まなかったのですが、今は全然影響がありませぬ、潮の流れが島伝いにあったようです、これなれば昼過ぎに島が見え、夕刻には根室に着くやも知れませぬ、程よい船足です」



「では夕刻前に安全な湾に彼らが言っておった所に入れるかも知れぬのう」



彼らの伝えた安全な場所とは現在の根室港であり根室港を波浪から守る様に細長い弁天島を示していた、自然の防波堤のある港である。



「あの島が見えたので蝦夷に向かえと言っております」



「ではその先が蝦夷の根室だな」



夕刻まで根室半島に到着し、なんとか日が沈む前に根室港に入港となる。



「ここからお前達の村は近いのか?」



「大変に近いです」



「では先に家に戻るが良い、明日迎えに来てくれ」



二人は勝手に船から飛び降り泳いで行ってしまった。




「アチャ! (お父さん) アチャ!~! (お父さん) ハポ~ (お母さん) ハポ~! (お母さん) 」



「おい、今息子達の声が聞こえなかったか? ほら、なんか聞こえるぞ!  アエトヨとアエハシの声が聞こえたぞ?・・・・アチャ! ハポ! 間違いない二人の声だ!!」



急いで家から外に出ると向こうから走って来る人影が二つ。



「おい見ろ、見て見ろ、お前見たか、息子だ、息子だ、アエトヨとアエハシだ、帰って来たぞ、帰って来たぞ! 息子達が帰って来たぞ!」



「アエトヨ~ アエハシ~ アエトヨ~ アエハシ~ アチャ! ハポ~! アチャ! ハポ~! 」



「なんか外が騒がしいぞ、アエトヨ、アエハシって叫んでいるぞ、行方不明のアエトヨとアエハシの名前を叫んでいるぞ!」



外で息子の名前を叫ぶ父と母、その騒ぎを聞き外に出るアイヌの村人達。


 暗闇の中、アチャ! ハポ!と叫びながら走って来る二つの人影、村人が見守る中、輪の中に飛び込む二人、息子だと確認した家族は抱き合い、口々にアチャ!、ハポ~! アエトヨ、アエハシと呼び合い確認し合うのであった。



村長が篝火を用意させ、二人と両親を座らせた。



「アエトヨ、アエハシよ、お前達は今までどこにいたのだ、お前の両親も村の者もお前達の事を探したのだぞ」



「聞いてくれ長主様、漁していて春の嵐に巻き込まれ海に流され、遠くの倭国の地に流れ着いたのだ、その地で優しい王様に助けられて、先程根室まで船で連れて来てくれたのだ」



「なんとそうであったのか、倭国の者は危険である、よく殺されなかった、カムイがお主達を守ったのだ、その倭国の者は根室の浜にいるのか?」



「その倭国の者達は親切だ、危険でなかった、我らアイヌと仲良くなりたいと私達を態々送ってくれたのだ、明日迎えに行く事になっている」



「アントウ、カキザキという名前では無いのか?」



「違う、王様の名前はナスという名前だった、それと我らと同じ言葉を話す従者が居る、顔も我らと同じ顔であった、その者も船に乗っている」



「そうか判った、では今日はこれまでにしよう、主な者達を私の家に集めよ、隣の長と主な者を連れて至急来て欲しいと伝えてくれ一大事が起きたと言えばよい」



アエトヨとアエハシは両親と家に戻り、間もなく村の長の所で隣の長と主な者達を集めた。



「突然で済まぬ、行方不明であったアエトヨとアエハシが戻った、春の嵐で船が流され倭国に漂流したようだ、先程戻って来た、問題は倭国でナスという王様の所にいたようで、その国の船に乗り戻ったと、今根室の港に船が泊っている、我らと誼を通じたいようだ、如何する倭国の者を村に入れて良いのか?」



「事情は判った、その倭国の者達は、あ奴らとは違うのか?」



「優しい王様の国であったと言っていた」



「それではこうして見てはどうだろうか、我らの仲間を送り届けて事は感謝しなくてはならない、それが礼儀だ、明日宴で歓迎しよう、それと倭国の者が本当にあ奴らと違うのであれば誼を通じるのも悪くはない、但し、我らを騙すようであれば一人残らず返す事は出来ぬ、歓迎した後に我らと数日掛けて話せば魂胆が見えるだろう」



「お~それが良い、流石隣の長だ、先ずは歓迎してそれから考えよう」



翌朝、アエトヨ兄弟の両親と主だった者達が停泊している湾に向かった、湾では既に馬が降ろされており、米が10俵と芋他の穀物が10袋、澄酒二斗樽10樽と他幾つかの品が降ろされており一豊他20名が出発出来る準備を整えていた、他の者は船で待機となった。



「村長様あの方達で御座います、あの大きい船で来ました」



「これはでかい船であるな、あれは確か馬と言う人が乗れる獣では無いか」



「はい、私とアエハシは何度も載せて頂き今では乗れます」



「では先にお前達と両親で感謝の挨拶を行うのじゃ、そのあと私が挨拶を行う」



「一豊様アエトヨとアエハシが来ました、両親と思われます、村の者達も多数此方に来ます」



「一豊様、私の父と母上で御座います、こちらが一豊様です」



「一豊様この度はなんとお礼を言って良いのやら息子達を助けて頂き、遠くのこの地に連れて来て頂き感謝致します」



「ご両親ですね、無事に息子さんが戻られ良かったです、我らも喜んでおります、立派な息子さん達で御座いますな」



「こちらが長のイソンノアシ様です、隣の村長のエコリアチ様です」



「山内一豊と申します、態々のお出迎えありがとうございます」



「いえいえこちらこそ息子達を助けて頂き感謝致します、是非村にお越しください、ゆっくりお話しを致しましょう」



一緒に20名程が村に向かい村の広場に案内された。



「今夜は皆様を歓迎の祝いを行います、皆様方全部で何名程おりますか?」



「船にいる者も含め60名で御座います」



「そうですか、判りました、それとあれは馬でしょうか?」



「そうです、人も乗れ、荷物の移動にも役立つ獣になります、人に従順です、私の殿が持って行くようにと手配して下さいました」



「それはなんとも、有難い話です」



「それとこの者は助と言います、皆様方の子孫の者です」



「お~それは誠ですか、確かに顔が似ております」



結局この夜は大勢のアイヌの人々による歓迎の宴となった、その際に一豊からも澄酒を提供し楽しい一時となった。


翌日に長と主だった者達に一豊が持って来た荷物の一部を渡した。



「こちらは米になります、それと芋、トウモロコシになります、このトウモロコシであれば年明けの春先に種を蒔けば夏には収穫出来ると思います、それとこの小刀は特別な技で作られた刀になります、この大きい太刀は長様と隣の長様に差し上げます、それとこちらの織物は奥方や女性の方々にお配り下さい」



「一豊から渡された見事な太刀に惚れ惚れした長達、大量の穀物に驚き戸惑うもその表情は喜びに溢れていた」



やり取りを見ていた隣の長より。



「このような見事な刀を頂き感謝致します、それにこのように大量の穀物など、これ程大量の品々を頂いて宜しいのでしょうか?」



「この品々の品は我らの殿より皆様に渡すようにと託された品です、それと我らにもお願いがあります、出来ましたら取引をしたいのです」



「そうでしたか、それなら納得出来ます、ではその頼み事とは何で御座いますか?」



「トペニという木から取れる樹液と今後これらの米等と交換をして頂きたいのです、それと他に交換出来る物に海から取れる昆布が欲しいのです」



「なんだそのような事ですか、トペニの木はどこにでもあります、寒い時期に女性が樹液を集めている物です、昆布も訳なく用意出来ます、獣の皮や干し魚などは必要ですか?」



「獣の皮とはどの様な獣ですか? それとどの様な物が他にあるのでしょうか?」



「ヒグマ、エゾシカ、キツネ等の獣皮と海獣の肉と油、干鮭からさけ、干鯡ほしにしん、干鱈ひだら、串鮑くしあわび、串海鼠くしなまこ、昆布、魚ノ油、干鮫ほしさめ、塩引鮭しおびきさけなどです」



「では皆様が必要な物はなんで御座いましょう」



「我らが必要な物は米、穀物、織物類、糸類、針、酒、鍋、陶器、茶碗、鉄器、刃物、まさかり、鎌、鉈などです」



「それらの物であれば用意出来ます」



この話し合いの後暫く村に逗留する事になった、お互いを知るという事で暫く留まるよう正太郎から指示に従い過ごす一豊達であった。






無事に根室に到着したのですね。

今後の展開に期待したいですね。

次章「秋」になります。

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