奇襲


「では武田家の皆様、ご足労をお掛け致しますが、どうぞよろしくお願い致します」



「資晴様、このような晴れ舞台を御作り頂き、この三条心より感謝致します、先代の信虎様、夫虎昌、当主武田太郎義信、嶺松院、並びに武田騎馬隊全ての者ども、ここに忠誠を持って拝礼致します」



「三条様、忝い、心からの拝礼をお受けいたします、皆々様が那須に来られ避難された際、落胆し、希望が見いだせなかったやも知れませぬが、この試練はこの日を迎えんが為の、新生武田家が誕生する為の避けて通れぬ道だったのです、新生武田家の皆様は甲斐を離れた事で何が悪で、何が善なのかを知る事が出来ました、これで良かったのです、使命があったのです、では太郎殿後はよろしくお願い致す、皆様後に再会致しましょうぞ、新生武田家進軍せよ!」



「お~! では若様行って参ります!」



「うむ、では後程、我らもこれより進軍致す!」



太郎達の武田騎馬隊が向かう先は木曽谷となる、一方資晴本軍の向かう先は甲斐躑躅ヶ崎館であった。


小田原城北条氏政、小田家小田氏治にそれぞれ那須の鞍馬飛風、颯より文が届く。



「那須家の忍びより文が届きました」



「うむ、ほう進軍されましたか、良し、守治準備は出来ておるな?」



「はっ、滞りなくいつでも出港出来ます」



「資晴殿より頃合との文が届いた、出港致すが良い!」



「では、行って参ります!」



「殿、那須の忍びより文が届きました」



「いつ来るかいつ来るかと待っておった、どれ!」



「うむ、予定通りである、という事は二日後には小田殿が来る、良し、陣触れじゃ、二番太鼓を鳴らせ、二番じゃ!」



小田原城では太鼓の合図で兵の参集が予め決められており、一番太鼓は全ての兵が一刻以内に緊急時との事で参集する事になっている。

二番太鼓は予め連絡が伝わっている兵に翌日中に指定されいる場所に参集する事になっていた。



「では我らも参ろうか、半兵衛、十兵衛良いな、行くぞ銀角(忠義)! 全軍出立!」



那須本軍資晴も甲斐に向け進軍を開始した、甲斐の国では信玄が全兵力を引き連れており主要な関所にも農兵の足軽数十人程度しか兵は残されておらず資晴率いる13000の軍勢に成す術もなく素通りで甲斐に入国となる、その際、関所を守る者達に一緒に付いて来いと指示を出し、躑躅ヶ崎館に到着する頃には500人程が何時しか組み込まれていた。



「母上、あれが木曽谷になります、主要な街道となりますので小さき町ではありますが、城下の町として栄えており宿屋なども多数あります」



「那須の高林に似ておるのう、豊かな地であるようだ、木々が大きい、木曽殿はお元気であろうかのう?」



「儂の事など覚えておるのだろうか? いつ以来かもう忘れてしまった、孫娘の真理姫には逢った事も無いし突如祖父だと申しても驚くであろうな!」



「爺様、私も死んだ事になっております、真理も我らを見て腰を抜かすやも知れませぬぞ、頼りは母上だけであります」



「見えて参りましたぞ! 何やら大勢の兵がおるぞ、まさか戦う気でおるのでは・・・」



「馬が一頭こちらに向かって来ます、使者かと思われます、武装はしておりませぬ」



「軍を停止させよ、使者を待つ! 下馬して待つ様に!」



「木曽家の使者としてまかり越しました、こちらの軍勢は那須からの軍勢でありましょうか?」



「いかにもそうである!」



「はっ、こちらが当主木曽様からの文となります」




「うむ、ようこそおいで下された、我ら木曽は太郎様ご一行を歓迎致します、安心してお入り下され!」



「皆の者木曽殿から文であり、我らを歓迎してくれておる、これより木曽殿の処へ参る、では使者殿共に参りましょう! 案内を頼む!」



「はっ、よろしくお願い申す!」



太郎は木曽家が歓迎すると書かれた文を見て心が躍っていた、父に謀反として捕らわれ処断される運命がこうして甲斐に戻れたのである、祖父の信虎様、母の三条、騎馬隊の者達、多くの者が追放されこんなにも早く戻る日が来るとは感動を抑えきれず顔を紅潮させていた。



「太郎よ、油断はなりませぬ、まだ戻った訳ではありませぬ、資晴様の策をそなたの油断で台無しにしてはなりませぬ、まだ序であるぞ!」



「はっ、ありがとうございます、母上、申し訳ありませぬ、心を締め臨みます!」



「小太郎殿では頼んだぞ、逃がしてはならんぞ、殺す必要もない、捉えるのじゃ!」



「はっ、捕縛してまいります」



「行くぞ!」



小太郎は配下20名と和田衆の忍び40名を引き連れ先に躑躅ヶ崎館周辺と資晴を暗殺しようとした忍びと千代女捕縛の為先行した。


千代女は呪印師ではあるが忍びでは無い、足が多少早く変装が出来る程度である、資晴を襲った刺客は手練れの忍びありこちらは油断が出来なかった、他は多くの歩き巫女達が住まう住居を取り囲み保護する役目の小太郎達であった。


甲斐の商店『しおや』はまだ店を館近くに開店しており何年にも渡り鞍馬の者が使用人として出入りしており領内の事を知り尽くしていた、小太郎達が甲斐に入ったとの知らせを聞き、千代女の監視、躑躅ヶ崎館の監視を行い、いつでも動けるよう使用人(忍び)達が待機していた。




── 玲子の戦略 ──



「玲子さん、どうしても戦う事は避けられないのですか?」



「無理だよ、歴史に残る大戦の一つだし、この戦いがあったから家康は脱皮出来たんだよ、ここを経験しないと家康は潰されるよ、墓穴を掘ってあっさり殺されてアウトになると考えた方がいいよ、それに信玄が戦う気満々だから避けられないの、私の責任じゃ無いからね!」



「じゃーもう一つの資晴はなんで戦う事になるのか意味不明なんですが? 史実にも無かったのに、こっちの方がもっと判らない事なんですけど!」



「それには大きい意味が二つあるの、一つは相手が信玄だからよ、信玄率いる武田軍は乱取りを平然と行える悪鬼夜行の集まり、当主の信玄は血に飢えた餓狼よ、そんな危ない集団に説得は無理、力=正義、どんな手段でも勝てば=正義、という極端な連中を抑えるには徹底的にその命に染み付いた汚れた塊を粉砕しないと、隙を見せればこちらがやられてしまうから、力でねじ伏せないと、だから幾つもの手を何年も前から仕込んでいたのよ」



「私の軍略は昨日今日考えた浅はかな物とは違うの、軍師になった時から奥底にしまっておいた手を、敵に悟られずに仕込んでいたのよ、なにしろ相手は信玄なんだから、資晴が刺客に襲われた事を思い出して、油断した訳でも無いのに、襲われたでしょ、危うく私の梅ちゃんも死ぬとこだったのよ、資晴も死んだかと思ったは、資晴が死んだら、もう那須家の再興は終わりなの、油断できない相手、許してはダメな者は容赦してはダメなの」



「では玲子さんはこの日が来る事を最初から読んでいたんですね」



軍師玲子による授けられた策。

1・お家騒動で幽閉されていた太郎、飯富他2名を救い出し庇護する。

2・西上野長野盛業を滅亡する史実から回避。

3・躑躅ヶ崎館から労咳に感染し亡くなる三条のお方を、感染前に救い出す。

4・駿河侵攻ルート薩埵峠崩落の罠にて通行止め。

5・掛川城の防御強化。

6・北条家が掛川に向け援軍を送る策。

7・武田家親族衆木曽氏の調略。


一連の策により、北条と小田が打った策。

1・掛川に向け15000の兵員輸送。

2・引馬城、引馬御前お田鶴のお方を救出。



「いい洋一さん、こんなにもいろいろと策を仕込んでいたの思い出した? 細かい策も他にもあったし、いろいろとやっていたのよ」



「言われて見れば何年前からやっていましたね、その成果が今回の戦、武田家に繋がるという訳なんですね!」



「うんうん、那須が大きくなった時の佐竹との戦、それと同等の、いや史実的にはもっと大きい戦が今回の戦いだって思っていたから精力的にやっていたのよ、武田家は史実でも滅亡するから貴重な強い戦力を取り込み、家に流れていた悪鬼の血を取り除き、滅亡と言う史実と違う結果を求めたの、武田家の戦力は那須家が残る最後の切り札の一つとなると考えたの!」



「石高より強力な強さが、簡単に言えば金剛ね、武田家は那須を守る金剛の役目であり役割として新しい命を吹き込み復活させるの、その集大成が今回の大きい意味よ、私が軍師になった役目の一つ、強力な鉾をえる家を那須の国の隣に作る事、この意味は地図を見ると判る筈よ」



「えっ、地図ですか、ちょっと待って下さい!」



「ちょちょと・・・甲斐の国が結ばれる事で・・・三家の領地と全てが結ばれ東日本、日本の半分が分断されてしまいます、管領家もどちらかと言えば既に三家側ですから、それに北海道まで・・・・日本が西と東に分かれました」



「そう言う事よ、これで伊達家、最上、南部という主要な家が史実でも北条家側寄りになる家だから充分脈はあるの、諸葛孔明が描いた蜀が生き残る道を知っている?」




「今度は三国志ですか、さあ飛び過ぎです、判る訳がありません」



「孔明が蜀の宰相となり軍師になった最初の策は、蜀が生き残る策は、天下三分の計と呼ばれていて、それぞれが生き残り覇権を争わずに生き延びる策、これが天下三分の計、いい本物の軍師に必要な事は、最初に国家の大計を作り上げる事、私が『関八州補完計画!』これってエバンゲリオンからパクった名前じゃないのよ、関東を抑える事で、東日本全体が抑えられるの、私の中では既に天下三分の計が最初に完成してたの、その要の戦が今回よ、詳しい話は端折るけど、遠大な計画の節目なの、という訳だから話し疲れたから、マッサージと晩御飯お願いね」



「判りました(笑)」



軍師玲子から語られた遠大な計画の節目が甲斐の国攻略であり、いよいよその策が終盤に向かう。




── 家康の決断 ──




「武田の軍勢再び止まりました、半里先で陣幕を張ってます、浜松城手前、半里先に武田の本陣が現れます」



「ほう又もや挑発でありますな、こちらが中々飛び出さない事に業を煮やしておるのでしょう、ここは我慢ですぞ、徳川殿我慢我慢でありますぞ!」



「(怒)判っております、ご安心下され!(怒)」



武田は浜松城手前で陣を敷き、攻撃出来るものなら攻撃してみよと挑発をしていた。

(城には佐久間の兵を含めれば11000もの兵がおるのに儂は・・儂はこのままじっとせねばならぬのか、儂は・・儂は臆病者になりとう無い、このままでは行かぬ、何か手を打たねば!)


武田軍は三日間も動かずに浜松城手前でのんびりと陣を敷き徳川を挑発していた。



「皆を集めよ!」



「そろそろ頃合いであろう、家康の腹の中で怒りが煮えたぎりまともな分別もつかぬ頃であろう、明日家康と決戦となろう、そこでじゃ、ここに誘い込む、この地なれば両軍がぶつかれる、一旦ここまで下がり、浜松城を見張るのじゃ、我らがこの地に入ったと知ればがむしゃらに家康は飛び出し、我らに襲い掛かるであろう、奴らは勝手に網の中に入って来る」



「良いな、城から飛び出し家康を網に誘うのじゃ、網に入れば後は叩き潰すまでよ、簡単であろう、明日であるぞ!」



「はっ、しかし、御屋形様本当に家康は出て参りましょうか?」



「相変わらずであるな馬場よ、いいか浜松の城には10000以上の兵がいるのじゃ、半分程度の兵であれば籠城しか無いであろうが、織田から援軍が来た事で命取りになったのよ、馬鹿な奴らである」



翌日となりいよいよ家康の決断が近づいていた。



「武田に動き有り、陣幕が取り除かれております、軍勢に動きあり!」



「物見を放て!」



「物見からの報告、武田の軍勢が城に向かって来ます!」



「いよいよ武田が城に攻撃致すか!! 城にて迎え撃つ!兵を配置せよ!」



「武田の軍勢、その距離500間(910m) 、止まりました軍勢が止まりました!」



「いよいよ来るぞ! 弓、投石を抜かるな、一人も入れてはならぬ!」



「武田に動き有り、戻ります、敵が戻ります、城から離れております!」



「ななな、何? どういう事だ、正信、信玄は攻撃せぬのか?」



「あっははははー、良かったでは無いか徳川殿、これでこの城は守られた、我らが援軍でいる事を知ったのであろう、我が佐久間軍の軍功である」



「物見を放て、どこに向かっているか物見を放つのだ!」



時刻は昼を既に過ぎており間もなく午後の二時になろうとしていた、間もなく新年を迎える12月下旬、この時期、日が暮れる時刻は夕刻5時半頃である。



「物見が戻りました、武田の軍勢三方ヶ原を通り祝田坂に向かっております!」



「・・・正信正信・・祝田坂は細道であったな?」



「はっ、幅三間から4間程度の坂道となります」



「まてよ、武田の軍勢は引馬からの5000が合流しており全軍で28000もの大軍じゃ、その大軍が細い道を通るとなれば長蛇の列となる、軍勢が多くても細道に入れば簡単には戻れぬ、そこを襲い掛かれば・・・どうであるか今の考えは、正信正直に答えよ!」



「その場合の条件は武田の軍勢六割~7割が祝田坂に入れば、こちらが城を出た兵が襲い掛かかる時に丁度武田の軍勢最後尾が坂の細い道に入った頃でしょう、その時に襲うのであれば効果は絶大となりましょう」



「今の話、聞いたでありましょう、佐久間殿、その策であれば退のきの佐久間殿であっても問題無いのでは、我らは討って出ます、時を逃がしたくありませぬ、このまま織田殿に武田を向かわせては面目ありませぬ、佐久間殿は如何致します?」



「はっ、何が退の佐久間であるか! ふざけるな、儂の力を見せてやろうでは無いか、退くのは信玄である、見ているが良い!」



「良し、これで決まった、全軍撤退する武田軍に襲い掛かる大手門前に参集せよ! 物見を放ち見定めよ!」



「御屋形様、どうやら岡崎に動きがあります、出て来そうです、言われた通り網に掛かりそうです」



「言ったであろう所詮馬鹿なのよ、家康如きに儂の策など見破れぬ、では抜かり無いであろうな!」



「城から浜松の者どもが出ましたら狼煙が上がります、それが合図となります」





── 接収 ──




「躑躅ヶ崎館を抑えました、館に入られて大丈夫です、千代女も捉えました、手下の忍びは不明であります、それと歩き巫女40名も部屋に封じ込めております、館には我らの者しかおりませぬ、若様どうぞお入り下さい」



「うむ、小太郎良くぞ成し遂げた、千代女は監視を付け部屋に閉じ込めておけ、戦の決着が終わるまでそれで良い!」



「太郎達はどうなっておる?」



「木曽路に誰も入れぬよう木曽義昌殿が関所を閉じ、手配りしております、後は時を待ち我らが南下し、合流するだけであります」



「良し、では用意した幟を掲げるのだ、武田菱を多数掲げるのだ、この躑躅ヶ崎館は今日より武田太郎義信の家となったのだ、真新しい武田菱を乱立させよ!」



資晴が用意した幟は白地の生地に黒丸に黒の四菱を書かれた、真新しい武田菱の家紋であった。


信玄が使う幟の多くは朱色の生地に黒字の風林火山であったりその逆に、黒字の生地に赤い朱色で風林火山と書かれた幟が多く、四割りの菱を使った幟は伝令役の母衣衆が旗指物として背負っていた。





いよいよクライマックスとなりそうですね。

次章「人は石垣人は城」になります。

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