第37話 正太郎の戦術


評定により、正式に正太郎が軍師として認めて頂いた。



「軍師とお認め頂きありがとうございます、では忠義、弓と地図を頼む」



「まず皆様、この弓をお渡ししますので、感触を確かめて下さい」



「これなる弓は那須家の新しき弓『那須五峰弓なすごほうきゅう』で御座います、この五峰弓は、皆様が使われております、弓より、倍以上飛ぶ弓となります、直射にて、150間、遠射にて、200間飛びまする」



「新しき弓の話は聞いておりましたが、某、信じられませぬ」



重臣達が頷き、同じ様に、まさかまさか、という顔をしている。



「正太郎の言う事は確かであるぞ、儂が実際に飛ぶのを確認しておるぞ」

(おかしいぞ、鞍馬の説明では直射で200間、遠射で275間という話であったが、どうして今、正太郎は150間、200間と、言ったのだ?)



「この新しき弓が那須家に勝利を呼び込みます、これからは話す戦術は、戦国の世で、那須家が躍り出る戦いになります」



「こちらの地図をご覧になって下さい、佐竹は来年5月に、この道を通り、那須家に侵攻を開始します、佐竹の兵は約3500人、当家の3倍以上の兵力で、この烏山城を取り囲み攻城戦にて那須家を下し、臣従させる為に戦を起こします」



評定の広間は、正太郎の戦術を理解しようと、声1つ上げず聞く重臣一同。



「この戦いは、我らが佐竹に追い詰められ、籠城となれば負けとなります」



「そこで勝つ、戦術をお話し致します、3500人の兵ともなれば、兵の隊列は伸びまます、籠城を考えての攻撃なれば、兵糧なども多く、荷駄で運ぶ事を考えれば、速度も遅く、佐竹が城を出て、烏山城近くに来るには、出立して早くて二日目夕となります、佐竹が考える戦は攻城戦を仕掛けて来るものと思われます」



「我らは、新しき弓にて、野戦を仕掛けます、この新しき弓は、弓の長さが短く、馬上での取り扱いが楽となり、先程述べた通り、直射で150間飛びます、その利点を戦術に生かします、ここからが本番の説明になります」



1、「騎馬隊20~30人を一組として、10組以上を編成し、那須の領地に入った佐竹軍の隊列、先頭~後列まで、徹底的に、距離100間に近づいては矢を放ちます、一度に一人が10~20本の矢を放ちます」



「討ち終わりましたら、一旦その場を離れます、混乱した佐竹の隊列が落ち着いた所へ、また近づき、先程と同じ様に弓にて攻撃を行います、その攻撃を10隊以上の編成した騎馬隊にて、前後左右の全方向から攻撃します、夜襲も徹底的に行います、一睡もさせてはなりませぬ」



「弓攻撃により、烏山城に着く頃には、兵力三分の一程に、負傷した者や亡くなった者など被害が生じるかと思います、相手兵士が負傷するだけでも充分です、夜襲も行い、睡眠も取らずにやっとの思いで烏山城近くに到着した時には、佐竹の兵は疲れ果てておりましょう、ここまでが、初手の戦いです、次が2手目になります」



2、「烏山城近くに布陣した佐竹軍と同時に、軍事同盟を致しました、小田家が佐竹の本城、常陸太田城に向けて進軍を開始します、一方烏山城近くに布陣した佐竹は、我らを包み込むように鶴翼の陣にて進軍し、那須家の兵を城に追いやろうとします」



「鶴翼の羽が広がり、進軍してくる佐竹に向かって羽の内側から、那須の足軽が攻撃に向かいます、足軽が近づくと広がった羽をつぼみ兵が密集します、その兵に騎馬隊が矢で先程と同じ様に攻撃します、足軽の役目は、広がった鶴翼の羽を縮ませる役目です、攻撃は必要ありません」



「佐竹のこの攻撃を、なんとかしのぎます、その内、佐竹の太田城が、小田軍からの攻撃を受けていると佐竹に報告が入ります、さて、佐竹は、皆様ならどうしますか? そうです、太田城が落とされたら、帰る所を失います、そうなると那須と戦っている場合ではありませぬ、急ぎ、反転し、太田城に退却します」



「その時こそ佐竹を徹底的に叩くのです、我ら騎馬隊は徹底的に弓を放ち、佐竹軍を削ります、私の予想では太田城にたどり着く頃には1000名もいないと思います、撤退した佐竹兵を追撃します、最後は太田城まで追撃し、小田軍と那須軍にて挟撃を行い合戦は詰みとなります」



「ここまでの流れ、よろしいでしょうか? ここまでが2手です、次の3手目が那須家が戦国の世に躍り出る手になります」



評定の間は、次から次と語られる戦術に、これなら勝てる、勝てるという興奮に包まれて行く。



「3手目は撤退した佐竹軍を追撃する兵力を二つに分けます、主力は佐竹追撃を行い、100名を別動隊で馬頭宿から・・・・~まで押さえます」



「4手目は佐竹との戦いに最初から参加しない別動隊を芦野殿の城に兵を待機させ、佐竹が那須に進軍しましたら、芦野城にいる別動隊が佐竹領に進軍します、進軍し・・・から・・・~まで押さえます」



「その結果、那須家の領国の広さは約倍となります、此度の戦いは、那須家の領国が、数百年に渡り、成し得なかった、佐竹領10万石を那須家が得る戦いとなります、これが私の描いた軍略となります」



正太郎から軍略が紹介され、一同、皆が沈黙と、唸り声を繰り返し、衝撃を受け止める事が出来ずに、只々感嘆していた、当主、資胤より。



「よくぞここまでの軍略を作り上げた、実に見事である、この軍略をしのぐ策など誰も見出す事はできぬであろう」



「これほどの軍略、某大田原もただの一度も聞いた事がございませぬ、この恐るべき軍略は話を聞く限り充分に勝ちが見えまする、若様、正太郎様のお話を、お聞きし、戦の流れが目に浮かび、聞くだけで既に勝てておりまする」



「後は、我らが、騎馬隊を作り、攻撃しては、引き、引いては、押し寄せ攻撃するという、練度を上げれば自然と勝ちは見えて来ます、さらに戦に勝つだけではなく、此度、領地を得る絵図を描く軍略に、只々恐れ入り、驚くばかりです」



「佐竹が通る道は、我らが勝手知りたる自国の道なれば、後は、皆様がどこで攻撃をすれば良いかなど、私が申すまでもない事かと思います、仔細に尽きましては、小田家との密なるを通じますので、ここまでと致します」



この日の夕餉の後に正太郎は、父、資胤の自室に呼ばれ訪れた。



「今日の評定は見事であったぞ、素晴らしき軍略であった、重臣達もそちに感嘆しておったぞ、褒めて遣わす」



「はっ、ありがとうございます」



「ところでそちの説明では、弓の飛ぶ距離がやや短いのではないか、聞いていた距離とやや違うが、どうなのだ」



「父上、此度の戦が『那須五峰弓』の初めての実践の場となります、弓の実力は、凄き物なれば、この秘密をある程度の期間、隠した方が良いかと思いました、本来直射で200間飛ぶ弓の弦を従来の和弓に施している弦にすると、距離が150間になります、遠射だと、275間が200間となります、これだけでも恐ろしい弓矢になります」



「いずれどの大名家でも、那須家の弓の秘密を探るでしょう、いつかは、秘事が漏れ、同じ弓が作られましても、こちらには切り札の獣の筋から作りました弦があります、他家で同じ弓を使い出すまでは、切り札は使いませぬ、獣からの弦は当家だけにしか作れぬ弦なのです、よって暫くは伏せるのがよろしいかと判断致しました」



「なるほど、納得したぞ、お主ここへきて、一歩も二歩も大きくなったのう、早くお主と一献酌み交わしたいぞ」



「父上、まだ私には、あの様なまずい酒など無理です、勘弁して下さい、せめてあと5年はお待ち下さい、甘酒なら行けます(笑)、それから父上、私に忠義の外にも配下をお願いします、村の政も含め職人も呼び寄せ、忠義だけでは手一杯です、忠義が日に日に、目の下に隈を作り、無口になっております」



「では二人ほど手配しよう、数日待っておれ」



「ついでに銭をお貸しください、椎茸の代金が入りましたらお返しいたします」



「如何ほど必要じゃ! 遠慮せず申すが良い」



「では遠慮なく、100貫を・・・・」



・・・・・無口となる父。



「では後ほどお願いします」



数日後に父から、100貫と新たな臣下として、千本義隆21才と福原資広18才の二名が正太郎に付いたのである。



「忠義、良かったのう、そちを見ていて儂は苦しかったのじゃ、儂の指示を受け1人で奮闘している忠義が、どんどん無口となり、顔色が悪くなって行くので、父に相談して、そちも知っている、親族衆の息子達二名が臣下になったのじゃ」



「千本義隆と福原資広の二人じゃ、三人とも親族衆なので顔見知りであろう、忠義に、儂が持っている村の事も聞き、差配を手伝ってくれ、間もなく7月じゃ、収穫まであっという間じゃ、忠義、それからメノウ師と天狗殿を呼んで欲しいのじゃ、飛風に干した椎茸がまだあれば持ってきて欲しいと言付けを頼む、メノウ師は先に呼んで欲しい」



「はっ、判りました」




次々と新たな手を打とうとしている正太郎、独自で考え判断し、進もうとしている姿はまさに成長している証拠である。




後書き編集

那須家は史実でも数百年に渡って領土を広げていません、秀吉が天下を収めた時には小田原参陣が遅いと改易と言う末路。さて今後どうなるのでしょうか。

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